Chapter12: もしも記憶が飛んでたら……
僕の洗濯物しか掛けたことのなかった部屋のハンガーラックに、現在、女性ものの服一式が掛けられている。通常ハンガーにはスリムジーンズと長袖Tシャツが。角ハンガーには洗濯バサミで留められた下着セットと靴下。
それらが友達でも交際相手のものでもないから自分でも驚きだ。
空前絶後の光景だろう。
床に設置したサーキュレーターのそよ風によって、洗濯物がゆれ、フローラルな香りが漂ってくる。〝洪水〟による汚臭被害は解消されている。白い長袖Tシャツは別にしたほうがいいか、ブラジャーの型崩れとかってどうなんだ、と悩んだけれど、思い入れのある服でもなければ捨ててしまうだろうから、やけくそになって全部つめこんでいた。
大騒動の渦中にあって、忘れず洗ってあげただけでも感謝してほしい。
「くしゅんっ」
と、その騒動の発起人がベッドでくしゃみをする。
……やはり冷えてきたのだろうか。
こんなときイケてるプレイボーイだったら、裸体だなんだ構わず隅々まで体を拭いてあげて、服まで着せて、目が覚めたら、「濡れたままだと風邪ひいちゃうだろ」と、涼しい顔でさも当然のごとく言い放つのだろう。しかしそれが許されるのは少女漫画の主人公くらいなもので、リアルでやれば前科がつく。
僕にはもうどうすることもできない。
まぶたが重くなって、体力もいよいよ限界である。
あとのことは明日、目が覚めてから――もう今日か……今日の朝、目が覚めてからゆっくり検討しよう。
部屋の壁にしだれかかり、僕はよたよたと尻もちを着く。
そうして、まどろみの中へと落ちていきそうになったが、
「いやいやいや、ここで力尽きちゃダメだろう!」
と、バネのように跳ね起きた。
直面しているのは先送りにはできない非常で異様な緊急事態なのだ。
敷島さんは全裸で寝てるんだぞ!
射し込む太陽とチュンチュンチュンの合図で起きたときのことを想像しろ。彼女にとっては、夜中風呂に入っていたはずなのに、気づけば、ベッドに寝かされ朝になっている、よくわからないタオルまみれで、しかも、真っ裸である。
どう考えたって、よからぬイタズラをされた、と思うだろう。
思わないわけがない。
僕が逆の立場だったら、ヤラレタ、と信じて疑わない。
……それに、だ。
敷島さんは、はたしてどれだけの事柄を正確に記憶しているのだろうか?
へべれけの彼女は一度、記憶を喪失している。
駅のエレベーターで自身が酔いつぶれていた理由もわからなくなっていた。
もしも、僕と出遭ってからの記憶がすっぽり抜け落ちてしまっていたら。
現在進行系でアルコールに記憶が蝕まれているならば。
「誰だちみは~?」
ひっ!?、と僕はすくみあがり、ベッドを見やる。
敷島さんが上半身を起こしていた。
水気を含んだタオルが胴体の前後に貼りついており、体の横のラインだけ絶妙に肌の色が見えている。
顔はこちらを向いてはいなかった。
恐る恐る表情が見えるところまで移動すると、目をつぶっているのがわかる。
またもや突発性寝惚け行動のようだ。
「そ~です、私が敷島ゆか……ゆか……はなだっけ?……いいえ、敷島花子です!」
そう宣言したのち、バタンと倒れて寝戻った。
……激マズだな、と僕は震える。
寝起き後が修羅場になる未来しか見えない。
彼女を裸のままにしておくのは論外だ。
記憶が失われていることを前提にすれば、申し開きが立たなくなる。
すくなとも、覚醒したときに着衣姿であらねばならない。
服さえ着ていれば、風呂上がりに自ら着替えて寝ていた、という方向に話をもっていけるだろう。
「なんとしても服だけは着せておかないと!」




