Chapter11: 丑三つ時の誘惑
廊下で洗濯機がぐるぐる回っている。
ナイトモードなので、住民の皆さん、どうか許してほしい。
苦情なら敷島ゆかり宛でよろしく。
部屋の壁掛け時計は、午前2時になろうかというところ。
チクチクタクと刻む針がやたら遅く感じる。敷島さんと遭遇してから長編映画一本分しか経っていない。その間、パンドラの箱を紐解いてしまったかのような多事多難で、ふりかかってくる事態は増し増しになって悪化の一途をたどっている。
あのとき、エレベーターではなく階段を選んでいたなら、ベッドには僕がぐっすり眠っていたはずなのに……。
神か悪魔が僕を試しているのか?
途方に暮れて正座していた僕は、背後をチラリと見返る。
敷島さんは依然として熟睡中。
シーツに敷いたタオルと、裸体にのせたタオルに挟まれた、サンドイッチの格好だ。
ベッドに降ろしたあとは、ありったけのタオルをかけて放置していた。濡れた体はタオル軍団による自然吸収にまかせ、僕はノータッチである。
拭くのが紳士か、拭かぬのが紳士か――という究極命題には、前者を選択。
せめて、上や下のふれてはいけない部分を避けて、体を拭いてあげた方がいいのではないかとも思った。六月とはいえ風邪をひくおそれはあるだろう。
しかし、風呂場での〝生マシュマロ鷲掴み事故〟の後である。
生々しい感覚が手のひらに残っている。
童貞の身の上には刺激的すぎだった。これ以上さわりつづけていたら、自我崩壊を起こして狼になってしまいそうである。彼女だって僕みたいなやつにベタベタさわられたくないはず……。
首を正面に向け戻し、座卓を見つめる。
卓上にあるのは、無残にもボディーソープで洗われてしまった僕の非防水スマホ。
裏面カバーとバッテリーを取り外して本体を乾かしていた。
復活に一縷の望みかけてのことではあるが、やっぱり無駄になるのだろう。
それでも無駄を承知で乾かさずにはいられない。
一流メーカー品ではないけれど、そこそこ高性能で、5万円はした。
買い替えて日が浅く、端末保証の契約はしていないのだ。
ついてないにもほどがある。
過失はあきらかに敷島さんにあるが、弁償してくれるとは到底思えない。その可能性はスマホが生き返るよりありえない。哀しいかな、こんなことになるくらいだったら、タクシー代を払ってあげたほうが何倍も安上がりだった!
……ああ、5万か。
僕はふたたびベッドを見返る。
彼女はきっと朝まで目を覚ますことはないだろう。
「いっそ体で払ってもら――」
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
洗濯終了を告げる警報で、ハッとする。
意識がだいぶ鈍ってきたみたいだ。
シャキッとしろよと頬を叩き、僕は洗濯物を取りに立ち上がった。




