ウメコ対パセリナ 其ノ四 ドジョーも諸手を上げるの巻
ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天プラ流」。それはパセリナの流派「雁モドキ流」の宿敵であった。そしてついにウメコとパセリナとの決闘が実現する!
「おいモリゾ!9班だけ特別具合のいい調整してんじゃねえだろうな!」クラックウォーカーの腰殻の中へ、脚立に乗って身体を突っ込んでいる整備要員のモリゾ・ヒッツマーブッシュを見上げて、ウメコは下から声をかけた。「8班の整備と比べたらずいぶんと念が入ってるようじゃないの」
「そらそうさ、おめえのフラーイの股下なんて虫焼け臭がきつくて1秒ともたねえからな!」顔を出したモリゾは鼻をツマんで手を振った。
「フン、どうせお前の腕じゃ、たいしたチューンもできねえな!」ウメコはモリゾの下品な侮辱に構わずやり返した。
「ほら、これでも食らってろ」モリゾは虫フンを投げつけてきた。
「クソっ!ノンコ野郎!へっぽこ技術労!!」ウメコはたまらず立ち退いた。
この日もさっさとアンテナ保全のノルマを終えてしまったウメコは、このあと執り行われるパセリナとの古式捕虫術試合の承認式が始まるまで、退屈しのぎにガレージをぶらついていた。承認式は、パセリナと立会人のタルカと三人揃わなければ始まらない。捕虫ノルマを終えて二人が戻ってくるまでは、まだ時間がかかりそうだった。
ノルマを早くこなしすぎたと、ウメコは後悔していた。ゆっくりやってるつもりでも、慣れた手つきは止められない。あんまり早く終わらせて、余裕があると見積もられ、次から点検数を増やされたら困る。だから注意が必要なのだけど、経験と権利労としての矜持で、ついテキパキこなしてしまった。そんなこんなで時間を持て余しすぎて、モリゾなんぞをからかってみたけれど、これで労務妨害に問われたらバカらしいから、あれくらいにしておいた。
この日、二度目の地下の労食に降りて、今度は缶ケーキとお茶をすすり、テーブルに備え付けのトラビでスカラボウルネットワークを見ていたとき、広報室から呼び出しを受けた。
ウメコが部屋に入ると、班長のイーマと、捕虫労組合の8区宣伝部長ラテオ・バレーショー男労、8班レモンドロップスの後援企業エクスクラムの8区捕虫労組合支部長のトクマ・ワサンボーン男労と、7区8区9区の學務所、通称「なやこ學所」古式捕虫術の師範教労ゼウド・ドジョーズィル男労、それからパセリナとタルカもすでにいた。
「捕虫要員、前線部第8班、権利労番号60198985012、浜納豆ウメコ!ハッセマイル!」
バナナコーンのような演台から、ホログラムの承認書が出力された。連合と捕虫労組合の認証印が映され、続いて、ラッパに乗ったウィキッド・ビューグルが流星のように姿をみせてロゴマークへと変わった。その場の全員がかしこまったところで、演台の前に立った宣伝部長のバレーショーが、エヘンと咳ばらいをして、承認書の本文を読み上げた。
「えー、この度の柳川新鍋流師範、浜納豆ウメコと雁擬流家元、雁擬パセリナとの古式捕虫術の試合、ウィキッドビューグル・ホルネ様の名のもと、第1の月、13日9時00分より決行されることを、ここに承認するものである。開拓推進連合、捕虫労組合総長アンミッツ、代理、8区捕虫労情報部宣伝要員バレーショー」
続いて演台の前に立ったのはドジョーズィルだ。「えー、それではまず制限時間をきめる。それから勝利条件の方式、クラック値と総量の合算方式にするか、虫の量は問わずクラック値の高さのみにするのか、どちらか。とりあえず時間はどうする?6時間くらいでよろしいか、」
「その二択でございますか!?」パセリナが疑義を呈した。「試合方式でございます。どちらも時間制限があるのですか?それでは決闘になりませぬ!」
「ええと」ウメコもぎこちなく異を唱えた。「合算式でもなんでも、時間制限の総計式では困ります。虫捕りが勝負とくれば、時間無制限『必決』、デッド・オア・ハント方式でなくては」
「は!?」 支部長と班長のイーマが顔をひくつかせた。
制限時間を設けずに延々と続けていてはノルマに差支えがある。当然、組合が推奨するのは時間制限制である。
「これは古式での試合でございます!決闘にございます!必捕決着以外ありえませぬ!ぜったい『必決』です!」パセリナが断固として言った。
「古式ですから、量より質。どうでしょう、高クラック値、最低でも80、85、」ウメコが提案する。
「翌日のノルマどうすんだよ!」イーマが気色ばんだ。
「明日のうちにちゃんと終わらせますって」
「ウム、その意気やよし!」と、喝采したのはドジョーズィルである。「捕虫者が勝負とくれば、必決以外あるまいて。だがしかし、君たちは捕虫者であるより前に、連合労民であることを忘れてはいかん。必決方式、おおいに結構。そのかわりクラック値60とする」
「ろ、60!?」ウメコが素っ頓狂な声を発した。
「それは侮辱にございます!」パセリナが声を上げた。
「では65」
「90」ウメコは大きく出た。
組合の支部長とイーマはもはや無言でウメコとパセリナを睨みつつ、半ば呆れかえっていた。タルカはずっと面倒くさがっていたけれど、この部屋へ入ってからの厳粛な雰囲気にかろうじて姿勢を維持していたものの、このやりとりが続くと緊張も途切れ、元の露骨なノンコ態度がぶり返し、どうでもええわと、うっかりあくびをもらしてしまった。
「75」とドジョー。
「80」とパセリナ。
「うむ、クラック値80vでの必捕決着方式。認めよう」ドジョーは手をうった。「ただし制限時間、一日とする。そこで一旦区切る。勝敗がつかず、引き分けで納得できぬのであれば、あらためて後日、決着をつけることを認める。これでよいですな」先生は有無を言わせぬ態度で言い渡し、バレーショーに同意を求めた。
「翌日のノルマは絶対に達成させること!!」ワサンボーン支部長がつけ足した。
捕虫者が決闘とくれば、『必決』方式、俗に言う「デッド・オア・ハント」方式なのは、言わずもがなのことであるけれど、そこに区切りを設け、日を何日か跨いででも決着はつけるという、捕るか死ぬまで終わらない必決と、お仕着せ競技ルールとの、うまい折衷案となった。
承認式が終わると、2人はトラメットを没収された。虫に関する情報から一切遮断するためである。そして代わりのヘルメットが用意された。これはトランスヴィジョン非対応の、ただの耐虫メットだった。
タルカはトラビで、この試合の条件や進行指示がプログラムされているレギュレーションデータを受け取った。
ウメコは早速渡されたヘルメットを被ってみる。消毒液の匂いはしたけれど、使い古された感じが嫌で、ポケットから耐虫用の顔面タイツを取り出して被り、その上から被った。バイザーを下げてみると、視界の合成機能は普通で不便はなさそうだ。そしてトランスネットにはつながっているという。しかし、きょうび自由労民でさえ使ってないというような代物だった。
「一緒に行く!?同乗しろと!?」パセリナの声が飛んだ。「決闘でございますよ!」
イーマから試合進行に関する諸々の説明を受けるタルカの側で、それを聞いていたパセリナが抗議していた。
「なになに?」耐虫メットの仕様をチェックしていたウメコが、関心を移して近寄った。
「それではまるで遠足か修労キャンプではないですか!その宿舎へ泊まるのを、わたくしは辞退いたします!わたくしは個別にテントを張って眠ります。そして試合に臨みたいと存じます」
「まさか同じ宿舎に泊まるって!?それはないわ」ウメコも同意した。
しかしトラビにつながっているのが立会人ひとりしかいないのだから、やむをえない。立会とは監視と言う意味合いも持つ。連合捕虫圏居住民である以上、片時といえどトランスネットからの離脱とトランスヴィジョンからの失踪は許されないのだ。すべて違反を働かせないためのルールである。
ダダをこねても無駄だ。ここはドジョー先生の指導や、イーマの一喝を頂戴するまでもなく、パセリナもウメコもあっさり観念した。そして3人はガレージに降り、用意されたバグモタ車に乗り込んだ。
目的地までタルカが運転する。助手席に座ろうとしたウメコは、荷物のリュックに阻まれ、仕方なく後ろの席へパセリナと並んで座ることになった。
「ったく、申請なんか出すからこういうことになるんだよ!礼式、礼式、かったるいったら、ありゃしない」
パセリナはぷいと車窓を向いた。
「グチりたいのはこっちやで。ほんまいい迷惑や」タルカがバイザーを下ろして言った。「班長、なにカリカリしとったんやろ」
「ノルマの鬼だもの」とウメコ。
「せやったらウチ、おらんでええやろ。ノルマこなしとる方がまだ気楽でええわ」
「班長が説明したでしょ。立会人というのは建前でね、実際はトランスヴィジョン監視員なんだよ。トラメット外したウチらがドロンしないように、あんたが見張るんだよ」
「ウメコさんには注意しろと訊いてます」
「ワイナのせいだ。こないだ査問されたよ、バカらしい」ウメコは動き始めた車の後部席の中から、窓越しに見えたイーマの姿に向かって見えすいた作り笑顔で敬礼した。「行ってまいります、班長どの!」
「なんや、お見送りですか?」タルカが訊いた。
「班事務室に戻るんでしょ」
3人が乗ったバグモタ車は組合ガレージの駐車場から屋外への二重シャッターのゲートを抜けて虫霧の中へと進みだした。
「で、どこなんですかタルカさん、場所は」パセリナが屈託ない調子で口を開いた。
「まだ言えませんていうか、ウチもよくわかりません」タルカのバイザー内に広げられたトラビマップの中のビーコンは、目的地までの経由地を表示しているだけだった。「このさきの放射道路までしか示されてないよって」
「本当は明日、非番だったんでしょ」ウメコがタルカに訊いた。「かわいそうに」
「そうですよ!」3区訛りのきつい語調でタルカが応えた。「爆走集会、楽しみにしとったのに」
「文句はこいつに言ってよね」ウメコは無愛想にパセリナを向いた。
「きっとそのようなノンコ活動しているから、この役目を与えられたのですよ」パセリナが端然とした口調で言った。
「許可もらってやってますって!ただのレースや」タルカが言い返した。
「そうだよ。パセリナ、他人の趣味を悪く言うの、よくないよ」
「ただのレースならば、率直にそういえばよろしいのでは。なぜ爆走集会などと反風紀的な呼び方をなさるのです!?これでは連合を挑発しているように聞こえます」
「ウチが名付けたんちゃうし」タルカが捨てるように言った。
「あえて悪く見せるのが、シャレてるわけでしょ。いいんじゃないの、これだって開拓推進のための活動の一環だよ。私は立派なグーコ活動だと思うね。でなきゃこんな役目与えられないよ。むしろ評価されているからこそでしょ。ちゃんと見てるからね、連合も組合もウィキッドビューグルも。わたしも知ってる。爆走しながら、タルカが開拓のことひと時たりとも忘れてないこと、わたしはちゃんと知ってるよ。スバラシーヴァ!!」
「なんや怖いわ!そんな言い方やめてもらえます!?そんなん絶対ウソやし!ウチはそんなグーコちゃいますって!」
――見え透いたことを!――立会人のタルカにおもねるようなことを言って、勝負を有利に運ぼうとするウメコの狡猾な悪知恵を見抜いてパセリナはイラつくが――これこそがウメコの思う虫壺!こんなことにいちいち精神をかき乱されているようでは、とても勝機など見えぬ――と昂ぶる神経を落ちつかせる。
さらにやっかいなのは、立会人のタルカだった。彼女もパセリナの神経を逆なでするようなノンコ気質の持ち主である。後輩だから、ウメコに対してとはまた違った、余計にピリつく感情が、パセリナの中に沸き立つのである。
――対決を前に、この二人と今日一日を過ごさなくてはならぬとは!お祖父様、これは試練でございます!――
驟雨のような絶望線が頭上から落ちてくる白虫夢に耐えながら、パセリナは労民ツナギの腰ポケットの中で、ぷにぷにの感触のジェリードールをこっそり握りしめ、隣のウメコに気取られないよう、じっと平静を装うのだった。




