ウメコ対パセリナ 其ノ五 いつもどこかで虫まきの巻
ウメコが謹慎期間中に会得した古式捕虫術「二天プラ流」。それはパセリナの流派「雁モドキ流」の宿敵であった。そしてついにウメコとパセリナとの決闘が実現する!
「着いたで」
トラビのナビに従ってタルカが車を走らせ連れてきたのは、組合虫屯地から20キロほど離れ、放射道を大きく外れた7区との区境に近いところの休息スポットだった。大型のナット級バグモタのジャンク腰殻を再利用した、労民用の休息所である。道中、ほとんど寝ていたパセリナもウメコも、タルカの声で目を覚ました。
捕虫圏のあちこちに多く点在する、ベリー級バグモタの腰殻より二回りほど大きいナット級の腰殻は、三人くらいなら寝ても立っても伸びができるほどの余裕はある。ベリー級腰殻の中で泊まり込まねばならない最悪の事態を想定していた三人をとりあえず安心させた。
「先輩、自分の分は持ってって欲しいねんけど」タルカは降りて、助手席の荷物を引っ張り出そうとしていた。組合が用意した、三人分の遠征用荷物バッグだ。
聞いたか聞かなかったか、寝起き頭のウメコは自分の手荷物だけ持って、とっととナット腰殻の方へ歩いて行き、いつもの休憩のように、前に立ってドアロックが解除されるのを待った、そこで、支給された耐虫メットでは反応しないのに気づく。「タルカ開けて」
タルカは荷物バッグを両手に下げてきた。
「早くしてよ」ウメコは耐虫メットの中で口を尖らせた。「あんたじゃなきゃ開かないんだから」
「ウメコさんの分も持ってんねん!ほな下に置くで!」タルカがムカついて言った。
荷物は、ラーババッグと呼ばれる寝袋を、折りたたんだ状態で袋にして、それに持ち手と背負い帯をつけたものだ。寝袋を虫の死骸だらけの地べたに置かれるのは嫌だから、ウメコは黙ってタルカからラーババッグを受けとった。
タルカのトラメットのセンサーに反応して、ドアのロックが解けると、除虫剤が噴射され、そのカーテンの下をくぐって、三人は中へ入った。
照明がつき、虫霧に浸食されてくすんだ室内を見るまでもなく、バイザーを上げかけた三人の手は、すぐに止まる。それは耐虫服ごしにもわかった。じっとり淀んだ空気が充満していた。長い間使われてないようだった。除虫剤や虫タバコ、虫の死臭が混じり合った、いびつな匂い。十分に換気されるまで、耐虫メットは脱げそうにない。
腰殻の円形に囲まれた土間は、ドアを挟んだ左右の壁に沿って、硬そうなマットレスが敷かれたベッドが2台、室内の真ん中に敷かれた床の上に丸い卓袱台が置かれ、ドアの横には粗末な洗面台と湯沸かし器、バーニア用の開口部分にはトイレがしつらえてある。
「ベリー級よりはましさ」ウメコは室内を見まわし、ベッドのひとつに手荷物とラーババッグを置いて腰掛け、そのまま構わず耐虫メットと顔面タイツ、手袋、ブーツと次々に脱いでしまった。「やっぱりまだちょっと匂うな」
反対側のもうひとつのベッドにはパセリナが荷物を置いた。序列があるから遠慮はいらない。
「なんでないねん、ウチのぶん」タルカは鼻息荒く、荷物をドサッと床に落とした。
「8班は滅多にこないよね、この辺は。ここも普段は捕虫要員は使ってなさそう」ウメコは誰にともなく言った。
この辺りは8班のテリトリーではなかった。勝負に際し、土地勘に公平を期するための措置だろう。そしてこの休憩スポットは主に保安労や治安労のためのものであった。
「ほんま、とっとと終わらせてほしいわ」タルカがつまらなそうに床に腰を下ろしてグチった。「こんなとこ一泊すれば十分やで」
ブンブン唸る換気扇の下の洗面台に立って、パセリナは耐虫メットと手袋を脱ぎ、両肩に下げたツインワームの髪を覆うミミズ袋を外した。それから蛇口をひねって、流れる水の様子をじっくり確認してから手を洗った。その正面に汚れた鏡があって、その脇にとめられた貯水メーターを見ると、200リットルタンクの目盛りのうちの半分にも満ちていない。「水、100リットルもないですね。トイレはせいぜい、おひとり3回ですよ」
「心配いらないよ」ウメコは床にあがって、卓袱台の前であぐらをかいた。「タルカは外でするから」
「ウメコさんは、いつも流さないんやから関係ないな」間髪入れずやり返し、タルカはツナギのチャックを胸元深く下ろしてくつろぐと、折りたたまれた寝袋の中に手を突っ込み、中身を取り出し始めた。缶詰の食料や飲料が数缶入っていた。「ホンマ、しけとるな。こんなんやったら出るもんも出えへんで」
タルカが卓袱台の上に並べていった缶詰を、ウメコは手にとって見た。どれも三等品だった。そうしてまたベッドの上に戻って、自分のラーババッグの中の缶詰を手に取ってみる。
「なんや、ウチだけ差別されてんのとちゃいますの!?」タルカは勘を働かせてつっこんだ。志願労の自分と、権利労の二人とでは、支給される缶詰が違うのではという疑念が生じたのだ。
「同じだよ。ったく、これじゃ自由労と変わんないね」
「働かざる者食うべからずですよ」パセリナが取り澄まして言った。
「おまえのせいだろ!」
「ホンマや!ウチかてこないな食料ならノルマやっとる方がよかったわ!」タルカはクッキーの缶詰を開けにかかった。「ウチになんの得があんねん」
「なんらかの査定はなされるでしょう。爆走の集いなどというものより、よほど評価はつけられると思いますよ」パセリナはニコッとした。「それに、さきほどの先生の話の通り、捕虫術試合は開拓事業の意欲促進に大いに役立つものなのです」
「ウチ、試合せんし。 だいたい誰が注目すんねん、きょうび古式捕虫術の試合なんか」タルカが早速、クッキーを齧ってボヤいた。「開拓の意欲促進いうたら、それこそ爆走集会だってそうやろ。ウチら、バグモタ賛歌歌うしな。レースも公認にして欲しいわ」
「少なくとも『爆走集会』などという反風紀的な呼称は避けるべきですね。たとえば『安全に高速で走る友労集会』ですとか、連合公認『安全競争友労の会』などとしてはいかがですか?」
「デスダサ!!オモロないですよ。堪忍してや」
「ならいっそ『爆笑集会』とでもしたらいいでしょう。さぞかしオモロ、いえ、滑稽な方々の集まりなのでしょうから!」
「はぁ!?」タルカが缶詰をガチンと卓袱台に叩きつけた。「パー先、先輩やからって言うていいことと悪いことあんで!」
「後輩のくせに、しかも志願労の分際でそちらがわたくしを愚弄するような口をきいたのでしょう」パセリナもやり返した。
「ウチはパー先のことバカになんかしいへんわ!捕虫術のこと言うたんやろ!」
「その呼び方!」
「パセリナぁ、」ウメコが割って入った。「タルカは好き嫌いが激しいんだからね。立会人にそんな態度とってみな、地獄の虫も沙汰次第って言ってね、勝ち負けだって、好きなように操作されちゃうんだから、気をつけなよ」
「そんなことできませんて!トラビつけてるんやさかい、妙なこと言わんといてください!」タルカはムキになって否定した。
「じゃあタルカ、これあげる。食べていいよ」声色やさしくウメコは缶詰のひとつを差し出した。二等品のフルーツゼリーだった。
「いらんて!やめて下さい」タルカは見もせず突っぱねた。
夜が更けて、卓袱台の上は三人が平らげた配給缶詰の空き缶で散らかった。タルカは空き缶から、やはり自分が差別されていたと知り文句の声を上げたが、さっきウメコの好意を受けとらなかったことは後悔しなかった。それより、こっちがはねつけることを見越して、いわくありげに好意をみせたウメコのやり方に、ノンコたるものの気概をみて、ひそかに感服した。それでパセリナがグーコ仕草で寄こした二等の缶ケーキも、いつもなら反射的に突っぱねてしまいそうなところを、その気概に感化されたか、「おおきに」と鷹揚な態度で受けとって食べた。
洗面台の前で順番に歯を磨き終わると、タルカのトラメットのスピーカーで開拓日報を聴いた。三人ともトラメットの前でちゃんと正座して聴いた。終わると、すぐにウメコは真っ先に、寄りかかっていたベッドの上の寝袋の中へ身体をすべりこませた。急に冷え込んできて、タルカものそのそとラーババッグの中にもぐり込もうとした。
「タルカが起こしてくれるんでしょ」寝袋の中から、ウメコが心持ち顔を出して声をかけた。
「なんでですの。先輩らの対決やのに」タルカが応えた。
「だってトラビないもん。どうやって時間に起きるのよ」ウメコがとぼけた口ぶりで言った。
「そのトラメットにも目覚ましくらいついてるやろ」
「旧式すぎてセットの仕方わかんないもん。パセリナのもそうでしょ」
「そのようですね」ベッドに座って、ツインワームをほどいていたパセリナは抑揚なく言った。「でもわたくしはいつも自然と目覚めますから」
「とにかくよろしくね」ウメコはもう半分寝入っていた。「いつもより遅起きできるんだから、感謝しろよ」
「こんな近くなんやから、フツーに音聴こえるやろ!ええで、音量MAXにしといたるから!」
三人とも寝かけたころ、さっき音量を最大限に調節したタルカのトラメットのスピーカーから、突然、呼び出し音が鳴り響いた。⋘ホッホホヒー♩パッパハパー♩ハパパパヒッポッポー♩⋙
「ぎゃっ!!」っと、皆が耳を塞いでたまらず跳ね起きた。
「うっさいな!」ウメコは咄嗟に怒鳴り声をあげ、途端に血の気が引く。
すぐにそれが、捕虫要員にはおなじみのメロディであることに気づいた。ウィキッド・ビューグル<ホルネ>の御出座を告げる音である。その場の三人に高ヘルツの緊張感が走る。特にウメコとタルカは、寝袋から這い出て姿勢を正すまで時間を要した。パセリナはとっくに正座である。
タルカはあわててトラメットを被り、バイザーを降ろした。「はいっ、ホルネ様!」
これは開拓日報のような、全体御出座とは違う、個別の御出座であった。
ウィキッド・ビューグルは、どこにもいないようで、どこにでもいる。連合労民に希望を与える存在。捕虫要員が開拓のために汗水垂らして頑張っていれば、それをどこにもいないのに必ず見ている。そうして、そのときでなくても、いつか思いもよらないときに褒めてくれる。それに落ち込んでいれば励ましてくれるし、悩んでいれば助言をくれる。だからときどき心の中まで覗かれて、頭の中にも現れるのではないかとドキドキしてしまうこともある。そして捕虫をサボって怠けていれば、どんなときでもお説教。いつもどこかで見ている存在。
少し遅れて、ウメコとパセリナの耐虫メットからも、古式ゆかしい着メロ音で、ウィキッド・ビューグルの御出座音が鳴りだした。
あわてて耐虫メットをかぶり、バイザーを下げたウメコとパセリナの旧タイプのバイザーモニターの中にホルンに乗ったウィキッド・ビューグル、ホルネが現れた。今日はホルネの第1の月、12日である。
「ホルネ様!」ウメコもパセリナも揃って声を上げた。
「こんなところにも現れるんですか?」思わずウメコが口走った。トランスヴィジョン以外の、程度の劣るこんな耐虫メットのバイザーモニターにまでウィキッド・ビューグルが出現しようとは思いもよらなかったのだ。捕虫要員ならば誰でも同じようにきっと驚いただろう。
「いけなかったかしら?何か問題でも?」
「とんでもございません!ありがたいです!」
「恐悦至極にございます!」
「パセリナちゃん、古式捕虫術は虫とりの原点、心技体の三拍子揃ってこそなせるわざ。ティンカーズセンスを磨くには古式捕虫術は最適です。虫を捕るだけでなく、人の成長にも役立つ要素が十分ありますから、自分を信じ、邁進するのですよ」
「はい、ホルネ様!」パセリナは立ち上がって敬礼した。「日々、精進いたします!」
「それからウメコちゃん。あなたの最近の活躍、ちゃんと見ているわよ。行動すれば必ず周囲に風は起こります。風が吹いたからといってそれで咎められたとしても、行動しないことには先に進めません。それこそが開拓精神というものよ。励みなさい!それから、日頃の言動には注意するように!」
「はいっ、ホルネ様!」ウメコも立ち上がって敬礼した。
「タルカタタンちゃん、捕虫あってのバグモーティブだということを忘れないように。虫の前にバグモーティブはありません。明日は立会人として最善を尽くすのですよ。それからあなたも、日頃の言動には十分注意するように!」
「はいっ、ホルネ様!」タルカも立ち上がって敬礼した。
「ではみなさん、Back to larva you again!おやすみなさい」




