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乙女ゲーム。
確かにそう言われれば、夢咲望という少女を取り巻く環境はそのように見えた。
文化祭の実行委員にも関わらず、演劇でクラスのムードメイカーたる男子と共に主役を務め、不良たちとは大立ち回りを演じ、生徒会役員に追い回され、風紀委員に叱られる。
乙女ゲームと言われれば、すべてが伏線であり、フラグだ。
彼女はフラグ回避をしているつもりが全て裏目に出ているのは偶然か必然か。
そして彼女は私の元に来てはしくしくと泣くのだ。
けれど、フラグに見えるそれは、日が起つにつれ目に見えて減っていく。
彼女を意識し始めたクラスメイトとは疎遠になり、生徒会とは指導するもの、されるもの、風紀委員とは朝に軽口を叩く関係へと。徐々に、けれどはっきりと変化していく。
乙女ゲームの大筋にはいくつかパターンがある。
だが、共通するのは攻略対象がどれだけディープな過去や現状であっても「そこ」まで踏み込まなければデッドエンドを迎える事すら難しい。
夢咲望は踏み込む選択肢を選ばなかった。
起こったものは強制イベントのみ。けれど、知らずに立てたフラグがないとは言い切れない。まだ盛り返す可能性もあるのだから。
だから知念由利は情報を集め、厳選した乙女ゲームを夢咲望に託した。同一、もしくは類似したイベント、選択肢のあるゲームを。彼女のスペックは基本悪くない。集中的にプレイすれば、彼女は自ずと正しい選択肢を選ぶ事だろう。
「確か、なんだっけかな?」
頬杖をつき、ぼんやりと眺めながら由利はぽつりと呟いた。
どれだけ記憶を探ろうと、出てくるのは数多プレイした乙女ゲーの中で唯一偏執的にやり込んだゲームのタイトルを掘り起こそうとするが出てこない。
乙女ゲームのお約束の一つとして非攻略対象キャラというものが存在する。時として、攻略対象レベルのクオリティを持ちながら、攻略できないキャラという場合もある準キャラだ。由利はその非攻略対象たるサブキャラに惚れ込んで攻略対象そっちのけで、ただそのワンシーンを見る為だけにひたすらノーマルエンドばかりを繰り返した己の不毛な過去を振り返る。
あの頃の由利に攻略キャラは邪魔でしかなかった。一つも彼との逢瀬を逃すまいと攻略キャラ達との最低限の接触に抑える為に邁進した。ともすれば、彼に会いに行っただけで攻略キャラと遭遇し、好感度が上がり、イベント発生など、由利からすればう嬉しくないハプニングだ。例えそれが、制作側の意図から外れた楽しみ方だったとしても。サブキャラたる彼の設定は全て調べつくし、攻略キャラはイベントのタイミングと好感度の低い選択肢しか覚えてない。
「だって、仕方ないじゃん、ヴィジュアルも声も好みドストライクだったんだもん」
そんな独り言が出るのはやはり、あれは不毛だったという自覚があるからだろう。
しかし、今となって思う。
「ヒロインが攻略不可なだけであって、私が攻略不可なんて事、どこにも載ってなかったわよね」
知念由利は今日もお気に入りのカフェでお気に入りのロイヤルミルクティーとチーズケーキを前にぼんやりとお気に入りの彼を眺めるのだ。
いつもと変わらぬ仁王立ちで入口を睨んでいるようにしか見えない彼の姿を