表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者は、私の妹に恋をする  作者: はなぶさ
今生の、ソレイル=バン=ノルティスという人。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/82

2

表向き、病死とされたシシリアの生家とは親交を絶つことになった。この件に関しては王家の意向もあったようだ。我が子を亡くして悲嘆にくれるシシリアの両親を、これ以上政治に巻き込まないための策でもあったのだろう。ともかく、込み入った事情があったことに間違いはないだろうが、両家でどのような密約が交わされたのか僕は知らない。

ただ、口さがない使用人の噂話を信じるなら、我が家は多額の賠償金を支払ったようだ。少なくとも過失があったことを認めた形である。

だけれども、そのことが辛酸をなめるような事態だったかといえば、違う。

なぜなら、母はシシリアのことをとても気に入っていたからだ。賠償金とはいえ哀悼の意を示すことができてほっとしていた部分もあるのではないかと思う。

いつか家族になるのだからと実の息子よりも可愛がって甘やかしていたことを思い出す。本当は息子よりも娘が欲しかったのだと宣うような母だ。彼女の為に何枚のドレスと、何足の靴を購入したか分からない。

女の子の物は選ぶのも楽しいと、積極的に商人を呼びつけた。

そういったものを受け取ることに遠慮もなく、ただ「嬉しい」と笑って大切に身に纏ったシシリア。彼女もきっと実の娘のような気分だったのだろう。

そんな彼女が我が家で死して。どうすることもできずに手をこまねくしかなかった母が、どれほど深い傷を負ったのか想像することができない。

その痛みを、シシリアの両親には金貨の重さで示したのだ。


それほど、我が家に暗い影を落とした出来事だったのだ。

で、あるというのに。悲惨な出来事を払拭するかのように、マチス家との顔合わせの準備は滞りなく進んでいく。


元々父親同士には親交があり、母親同士は社交界での顔馴染み。互いに知った者同士であるから、室内での形式ばった顔合わせではなく、我が家の庭で軽食でも取りながら会話を楽しむことにしようと、そういう話になったようだ。

主役は僕とイリア嬢であるものの。あくまでも家同士の交流であるから、必然的に両親の都合が優先される。

そもそもこういった他家との交流会のようなものの準備は女性が中心となって進めるものであるから、僕はただその日が来るのを待つだけで良かった。

「そこに置く花瓶はこれにしましょう」

出入りの商人にいくつかの花瓶を用意させて、その中からこだわりの品を選ぶ母。

落ち着いた色合いのクロス、装花は華やかすぎず、凝った意匠の茶器は地味ではなく派手でもない。侯爵家としての威厳は損なわぬよう、けれども浮つかない様相で。母は、細部に至るまで拘った。だけれども、どこか事務的である。その姿を見つめながら、僕はどこかほっとしていた。シシリア以外の誰かのために、心まで尽くしてほしくはなかったから。


そうして迎えたその日。

「初めてお目にかかります。私はイリア=イル=マチスと申します」と、つつましく挨拶した新たな婚約者はシシリアとは全く違う性質の女の子だった。伏し目がちな瞳が長い睫毛に隠れて、虹彩も確認できない。

頬が白く見えるのは文字通り蒼褪めているからだ。緊張しているだろうことが、手に取るように分かった。

そんなに堅苦しい場でもないのに不思議なことであったが、爵位の差を考えれば、それも当然のことかもしれない。


この婚約が決まったときも、爵位に差がありすぎるのは問題ではないかと苦言を呈す者がいたらしいが、父が一蹴している。確かに、位階も含めて考えれば身分違いともいえるが、爵位だけでいえば侯爵家と伯爵家の縁組はさほど珍しいことではない。実際、僕と同年代でつり合いのとれる家柄の子もそう多くはないので、様々な事情を鑑みれば、こうして顔合わせに至ることができたのはきっと幸運なのだろう。

「初めまして、僕はソレイル=バン=ノルティスです」

彼女の両親はどこかひんやりとした雰囲気を持ち合わせていて、僕の両親と気が合うことも踏まえると、家族よりも政治的なことに関心の向く、王家への忠誠心が高い人たちなのだろうと察しがついた。

何となしに、イリアの両親を眺めていれば「かわいらしいお嬢さんだこと」と母が感想を述べる。

「お嬢さん」とは不躾な物言いであるし、鮮やかな紅を刷いた唇は緩やかな曲線を描き、威圧感すら与えそうな侯爵夫人だというのに、言われた本人は喜びを隠しきれずに頬を染めた。ほんの少しだけふにゃりと緩んだ唇に、これもまたシシリアとは違うと実感する。


自尊心の高かった()婚約者は、器量が良く努力家でもあったので他人からの評価も良かった。褒められることに慣れていたともいえる。賛辞を当たり前に賛辞と受け止め、有難く自分のものとする。謙遜さえ必要なかった。

称賛は、事実でしかなかったから。どんな褒め言葉にも「ありがとうございます」と微笑するシシリア。ともすれば高慢だと指摘されそうなものだが、由緒正しい家柄の生まれであることが全てを許してしまう。

産まれたその瞬間から気位が高かったのかもしれない。


「ソレイルもお食べなさい」


黙りこくって観察するような真似をしていたからか、母に促されてテーブルを見れば、そこにあったのは菓子皿だ。あの日と違って、クッキーは並んでいない。

不意に、対面のイリアと視線がぶつかる。

この刹那、しっかりと確認することのできた双眸は淡い緑に金色の花が咲いていた。希少な色彩だ。柔らかな日差しを含んで、顔が動くと瞳の光もちらちらと動く。

あまりに見つめすぎたのか「……あの、」と戸惑ったように首を傾げる少女に、微笑を返した。そして、煮詰めた果物を載せた菓子パンに視線を向ける。食べても良いのだと示したつもりだが、うまく伝わらなかったようだ。だから、手本を見せるようにしてパンを千切り、口に含んだ。

やがて、僕の仕草を真似るようにして菓子パンを頬張るイリア。妹がいればこんな風に道を示してあげたのだろうかと、ありもしないことを想像する。

彼女がこういった場に慣れていないのは、一目でわかった。全ての事象に戸惑っているのも。

伯爵家で生まれ育っていれば、侯爵家の大きすぎる屋敷と敷地に萎縮してしまっても仕方ない。

社交界の話題に花を咲かせる大人たちの前で、紅茶の注がれたカップを持ち上げるタイミングすら分からないようだ。


何だか気の毒に思えた。

イリアはそもそもこの婚約を望んでいないのだろう。喜びよりも戸惑いや混乱の気持ちが前に出ている。


だというのに、彼女の心情など一切構わずとんとん拍子に進んでいく此度の縁談。既に決定しているにも関わらず、まだ確定しているわけではないという雰囲気を醸し出して、相手の出方を見ている。

大人たちは実に、自分勝手であった。


「ソレイル様は本当に落ち着いていらっしゃいますね。我が娘とは大違いですわ」

「そんなことありませんのよ」

「イリアは……、外に出しても恥ずかしくはありませんが、まだまだ足りないところが多いんですの」


会話を楽しんでいるようで、まるで中身のない話をして時間を潰している大人を気遣う必要はない。そのはずなのに、イリアはどこか怯えるような眼差しで、自分の両親にちらちらと視線を送っている。

きっと、この茶会について色々言い含められてきたのだろう。

侯爵家との縁談は、それほどの重責を与えるものなのだ。シシリアが特別だっただけで、僕の両親を前にすれば大抵の人間がイリアやイリアの両親と同じような反応を示す。侯爵夫妻を褒め称え、侯爵家を持ち上げ、自分たちは侯爵家に従順で害をなす者ではないと証明しようとするのである。


しかしそれも、我が家の社会的地位を思えば、当然のことかもしれなかった。

父は先日も国王陛下から呼び出されていたようで、つまり、どれほどの信頼を得ているか理解の範疇を越えている。現状、侯爵として任されている仕事は多岐に渡り、主に外交を任されているらしい。父の父親、つまり祖父もそういった立場にあった。ノルティス侯爵家というのは、国家の中枢を担う数少ない家の一つなのだ。そして、侯爵夫人も侯爵と並んで公の場に出ることが多いが故、必然的に政治に関与することになる。

イリアの頼りなげな顔を見ながら思う。この子に、そんなことができるのかと。

何かと自信ありげだったシシリアには何の不安もなかった。彼女自身、いずれは侯爵家の社交を一手に背負うつもりで準備をしていたはずだ。それに。王妃の庇護もあったあったはずで、要するに王家が後ろ盾ともなれば先を案ずる必要もなかった。


我が家はシシリアと共に、多くのものを失ったのだ。


「それでは、私たちはそろそろ席を外すとしよう。部屋に食事と酒を用意してある」


父がそう言って、一旦この場は解散となった。屋敷に戻る大人たちを見送り、僕とイリアはそのまま庭の散策へ出る。庭師が丹念に手入れをしているので雑草が生い茂ることもなく歩きやすい。芝を踏めば、さくりと良い音がする。薔薇の季節になれば圧巻なほどに美しい景色が見れるはずなのに。

東屋にはまだ、行けていない。その内、またあそこでお茶を飲めるようになるだろうか。

今はまだ、そんな気分にはなれないけれど。

そんなことを考えながら歩いていれば、薬草を育てている畑が見えた。良い機会だからイリアにも見せてあげようと振り返れば、いつの間にか彼女との距離が随分空いている。たっぷりとした質感の、裾の長いスカートのせいで歩きずらいようだ。

迎えに行こうとして躊躇う。


『女性は何事も時間がかかるものなのです』というシシリアの声が耳に蘇った。


自分自身はどちらかというとせっかちな性質である為、誰に対しても急かすような振る舞いをしてしまう。事、シシリアに対してはそうだった。婚約者という特異な立場であるが故、自分と同じ目線でいてほしいという願望もあった。同じ速さ、同じ歩幅で歩いてほしかったのだ。

シシリアはどうやらそれが不満だったようなのだけれど。


―――――ああ、いけない。

また、彼女のことを思い出している。


「申し訳、ありません、」


やっと追いついたイリアの頬は赤く染まっていた。少し、息も切れているようだ。それでも、僕に追いつくために急いでくれたらしい。

「ここで育てている薬草の一部を薬師に卸しているんだ」

どの葉にどういった効能があるかを説明していく。

「医学の進歩に貢献したいという祖父の願いがあってね」

「……医学の、」

大きく目を瞠ったイリアは、一生懸命に耳を傾ける。一言も逃すまいとしているかのように、しっかりと僕の顔を見つめて、分からないことがあればその場で質問を重ねた。

不思議な感覚だった。

きらきらと輝くイリアの双眸に僕はどんな風に見えているのだろう。

初めて、そんなことが気になった。


そもそも今まで、僕の話をこんなにも楽しそうに聞いてくれる人がいただろうか。

歩調を緩めて、なるべく彼女の歩幅に合わせて歩く。それでも時々、距離が空いた。その度に、離れまいとして追い付こうとする新たな婚約者。


なるほど。

僕が背中を向けていても彼女は絶対についてくるらしい。


「見てください、ソレイル様。白い鳥ですわ……!」

僕にとっては見慣れた侯爵家の庭だったけれど、一緒に歩く人が違えば、新しい発見もある。いつの間にか庭園の奥に位置する池の近くまで来ていた。そこに数羽、水鳥が浮かんでいて水面に羽を叩きつけて遊んでいる。跳ねる水滴が陽の光を含んで七色に染まった。

普段、ここまで来ることは滅多にない。小さな指を差して興奮気味に「あんな大きな鳥、初めて見ましたわ」と、頬を緩ませる姿に強張っていた胸の奥が和らぐ。

すうっと息を吸えば、澄んだ風が指先まで満たしていくようだった。


シシリアを亡くしてから初めて。

楽に呼吸できた気がする。


「……あ、」


飛び立つ鳥の雄大な姿に目を奪われた。それは隣に並び立つイリアも同じだったようで。仲良さげに群れを成して飛んでいく姿に、自分たちの未来を重ねた。

不意にイリアの指先が触れたので、そっと合わせて言った。


「―――――仲良くしていこう」


そうだ。

これから先ずっと、仲良くしていこう。

幼稚な誓いではあったが、僕にとっては重大な約束でもあった。

傍に居れば、守ることができる。そのためには心を通わせていなければならない。近くに居て、彼女に危険が及ばないように守らなければ。


今度こそ、絶対に。


守ってみせる。

死なせたりしないと、誓う。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ