第9話「突然の異動」
帰り道。
蓮の口から出た言葉に、陽菜は足を止めた。
「来月、異動の話が出てるんだ」
さっきまでの幸せな気持ちが、一瞬で揺らぐ。
「異動……ですか?」
蓮は小さく頷いた。
「まだ正式じゃない。でも可能性は高いと思う」
陽菜は何も言えなかった。
やっと想いが通じ合った。
これから少しずつ距離を縮めていけると思っていた。
なのに。
「どこに……?」
恐る恐る尋ねる。
「大阪支社」
その言葉に胸が締め付けられた。
遠い。
簡単に会える距離じゃない。
その夜。
陽菜は何度も蓮とのトーク画面を開いていた。
付き合えた。
本当なら幸せなはずなのに。
異動のことが頭から離れない。
するとスマホが震えた。
『今日はありがとう』
蓮からだった。
続けて届く。
『ちゃんと付き合えて嬉しかった』
その文章を見ただけで涙が出そうになる。
陽菜は返信する。
『私も嬉しいです』
送信した直後。
また通知が鳴る。
『だからこそ話しておきたかった』
陽菜の胸がざわつく。
翌日。
会社に着くと、どこか社内が騒がしかった。
「異動の発表近いらしいよ」
そんな声が聞こえてくる。
陽菜は思わず蓮の席を見る。
目が合う。
蓮は優しく笑った。
でもどこか無理をしているようにも見えた。
昼休み。
真奈が陽菜の隣に座る。
「付き合ったんでしょ?」
いきなりの一言。
陽菜はむせそうになった。
「な、なんで知ってるの?」
「顔見れば分かる」
真奈は笑う。
しかし次の瞬間、表情が真剣になった。
「でも異動の話聞いた」
陽菜の笑顔が消える。
「うん……」
「陽菜」
真奈は静かに言った。
「後悔だけはしないでね」
その言葉が妙に胸に残った。
そして数日後。
朝礼。
部長が前に立つ。
「人事異動について発表します」
社内の空気が変わる。
陽菜は息を呑む。
蓮も真っ直ぐ前を見ている。
部長が紙を見た。
そして――
「営業部、蓮。大阪支社へ異動」
陽菜の頭が真っ白になった。
正式決定。
もう変わらない。
その瞬間。
蓮が静かに拳を握ったのを、
陽菜だけが見ていた。




