七十六回目「愛や恋を考える」
二千二十六年五月二十日。水曜日。お空は曇り。霞雲。思索にふける宵。室温は摂氏二十六度。
お勤め先の女の子に聞いた話ですが。
「恋愛をするとIQが下がるんですよ」との事で。
おいどんはびっくりしましたが、「甘えたいとかそう言う事で?」と聞いてみました。
でも、どうやらそう言う事じゃ無いらしい。
女の子「『好き』って成ると、がーっと行っちゃうって言うか」
おいどん「つまり衝動的になる?」
と聞いたのですが、そんな感じなような、違うようなと言う曖昧な様子。
なんか知らんけど、恋愛をした事が無いおいどんには、「恋愛」と言う世界は未知の領域のようです。
「IQを下げてまで相手に合わせるの?」と思ってしまうのです。
相手が猫だったら、「愛」や「フォーリンラブ」とか分かるんですけど、人間を特別好きになるって成った事ないので、「IQを下げてまで衝動に走る」と言う状態が分からない。
たぶん我はこれからも、猫以外は「特別好き」にはならないだろうなぁ。
おいどんにも自己愛はあります。その自己愛を越えて「こいつの方が大事だ」と思える対象は、猫しかおらんのです。
猫だけは、人類が滅んでも生きていてほしいのです。おいどんの寿命が来てシナシナ……って成ってキュウって成って死んでしまっても、世界の何処かでは猫は生きている。なんて素晴らしい事だ。
おいどんも、自作の小説の中で「愛や恋」を扱った事もありますが、何処となく理屈っぽい「愛や恋」を登場人物に体験させる事が多いですね。
それは、「愛や恋」を感情や衝動ではなく、脳医学の一部だと思っているからだと存じます。
「フォーリンラブ」に陥ると、脳の某所からドーパミンがどばーっと出てきて、ウキウキ・ワクワク・ソワソワしてしまうと言う事は分かるんですけどね。
おいどんは、猫嬢以外の知らん猫さんに出会った時に、ウキウキ・ワクワク・ソワソワしてしまうので、その対象が人間になると言う事ですよね?
近所で知らん猫さんに遭遇した時に、「三秒でこの猫さんの心をつかまなければ!」って思う時のおいどんの心は、たぶん人間に当てはめると、「ナンパせな!」って言う感覚に近いんでしょう。
おいどんにとっては猫はみんな「ええおんにゃ」なのです。
あんまり難しい事を考えると疲れちゃうから、おいどんが簡単に理解できる話にしておこう。
おいどんもええ歳なのに、「愛や恋」について千文字使って考えてるって、少しばかり照れくさいですね。




