No.98 これまでの自由
憂希の目はまだ瞳孔がうまく機能しておらず目が暗さに慣れない。そもそも光を信仰しているくせに何で教徒はこんなに薄暗い空間にいるのだとすら感じていた。
「俺は...入信者じゃ...ない。...あんな....拷問みたい...な...やり方....狂わせてるだけだろ。...なんなんだよ。...あんたら」
「拷問...。それは失礼。私は教徒たちが何をしているか管理しておりません。光の導きのままにこの教えを広めるよう説いているだけですので。光を信じる者に光の加護が授けられ、闇に潜む者に悪が宿る。神の力を与えられし我々は愚かな悪に光を示し、悪の潜む影を消し去る。そうすることで世界は美しい光に包まれる。それが教えです」
「...悪って...なんだ」
憂希は教徒たちが非人道的な手段を使ってまで根絶やしにしようとする悪が何かを問わずにはいられなかった。憂希自身ももう少し期間が長ければ気が狂っていた可能性も十分にある。戦争という環境に身を置かず、平和な世界で生きていたなら、数日で精神にガタが来ていたことだろう。
「悪とは複雑です。人は様々な悪を抱え、それを世界に満ちる光で蓋することで世界は成立しているのです。ただ、神の御加護につけこみ、その力を私利私欲のために利用する輩が多いのが現状、一番の問題と考えています。人によこしまな考えを芽生えさせる闇が人の中に根付いているようです。それを神の御加護である光の力で浄化することが世界を救うことにつながると考えております」
「...戦争のことか」
世間に公開されていない情報である戦争どころか能力者についても知っている集団。拷問から解放され、冷静になった現状でちゃんと考えればおかしい部分が次々に思い当たる。日本本部に信者を潜らせ、情報を抜き取っていたとしても、能力者を抱えているということまでは知らなかった。どのくらいの規模の組織になっているのか次第では、国単位でも無視できない脅威だ。
「偉大な光に眩惑し、自分の立場すら見失った者を正しい道に導くのは先導者の使命。そのために世界を回り、教えを説き、正しい世界へと修復しているのです」
「....」
戦争を愚かな行為とし、それが過ちだという教祖の考えを憂希はすべてを否定できないと感じていた。実際に戦争は愚かな行為だ。国単位の欲や権利の押し付け合いであることには同意すらできる。実際にそれに巻き込まれて戦場に身を置いている人間は少なくない。この戦争がなければ平和に暮らせていた人間はかなり多いだろう。
「何で俺を回収したんだ」
「神の御加護を身に宿した者は我らの仲間であり、神に仕える使途です。例外なく救済する対象です。手を差し伸べるのは当然と言えるでしょう」
「...じゃあ、なんで拷問なんか....したんだよ」
「拷問と仰っているのはどのようなことですか?」
「影もできないほど...強い光に包まれた部屋で監禁された」
「...それだけでしょうか?」
「なっ...」
表情はまだ見えないが、声色だけでも伝わってくる違和感。あの部屋を心の底から異常だと思っていないことがわかる声色。非人道的な行為ではないという絶対的な認識を感じさせる声だ。演技でもなんでもない本心からくる言葉だからこそ伝わってくる違和感。気味が悪い理解できない考えが染みこんでいる。
「闇に眠るのは光による活力が枯渇するからです。光が満たされている空間であれば体は活性化し、意識もはっきりとするでしょう。光は救いであり、神そのものです。その御前に身を晒し、何かしらの異常が出るのであれば、それは身や心に宿っている悪の陰が抵抗している証拠でしょう」
思考が光を中心に固まっている。どこから発生し、派生した宗教なのかすら定かではないが明らかに異常だ。能力者を教徒の一人だと断定し、仲間にするために洗脳に近い精神的負荷の高い拷問にかけ、その拷問に耐えられず消耗した人間に極端な教えを植え付ける。一般的な宗教にはない過激な思想だ。
「...光の部屋を拷問と認識しているあなたは、まだ心に悪が宿っている人間.....ということになりますが」
「...俺も能力者が原因となっている戦争には反対だ。そもそも、戦争自体に賛成する意思はない。誰も死なないならそれに越したことはない。国の利益やら世界情勢やらに振り回されるのは迷惑だと思ってる。戦いを強いられるのもごめんだ」
「...ほう。あなたはどうやら、かなり特殊な人間のようですね。悪を宿しながらそれを自ら制している。それは大変すばらしい精神です。光の部屋で過ごした後で、入信する思考になっていない人とは初めて会いましたよ」
入信する思考になっていない者が本当にいなかったのか、存在を消したのかは定かではない。しかし、この教祖から見た憂希はとても興味深い存在のようだ。
「光信聖教...?が光を敬い、感謝するって話なら別に否定しない。ほかの宗教でも光や太陽を神格化しているのはあるだろうし。...でも、それを一方的に押し付けるのはどうなんだ。それぞれに考えや意志があることを否定してもいい理由にはならないだろ」
「...光が白一色ではないように多彩な思考は教えを受けた教徒たちの成長になると。なるほど、それは寛大な考え方ですね。世界に広がる光そのもののようなお考えです」
「だったら」
「ですが」
憂希は自分の考えが受け入れられたものだと思い、説得しようとしたが、それに被せるように声の主は続ける。
「世界の人間は光を自然の一部として当然のように認識しすぎています。闇を恐れ、陰に惑わされていた時代に人は光を求め、闇を照らすことで安心を手にしました。しかしそれが今となっては日常の一部になったがゆえに、その有難みを忘れ、噛み締めていた安心を軽く扱っています。その結果、光への信仰は薄れ、神の御加護を授かったとしても自分たちの功績と勘違いし、心に影を落としてしまっているのです」
その言葉だけ聞けばもっともらしいことを言っているように聞こえるが、その言葉の延長にあるのは悪意のない狂気だ。
「その悪やら影やらを取っ払うためなら....何やってもいいって言うのか」
「戦争を起こし、欲によって人を殺す存在に平和的交渉は無意味ではないですか。異端やリスクは排除するという思考で固まった集団は手が付けられませんから」
「...」
まるで自分たちはそうではないと認識しているようだ。憂希は教祖ならまだ話のわかる人、もしくは教徒を洗脳しているからこそ、一歩引いた位置で傍観しているような人物が出てくるものだと思っていたが、そうではなかった。教祖そのもの。考え方も何もかもが、この宗教における中心にいるような人物だった。
「...あなたたちは何をするつもりで動いているんだ。能力者を誘拐して教徒を増やすのが目的なのか」
「私たちの目的は一つです。この世界から闇を消し去り、神の御加護をその身に受けた使途たちと共に、人を正しい姿へと導くことです」
「...闇を消し去る」
憂希はそれが意味することをこれまでの会話から理解した。欧州の全人類進化とも、日本の能力者抹消とも違う。他の国の軍事利用とも異なる主張。能力者かどうかに関係なく、全人類にこの宗教が掲げる思想や価値観を植え付け、欲や考えなどを一切排除した真っ白な世界にしようとしている。常に同族で争い続ける人類すべてを共通思想で上塗りして、社会を潰そうという話だ。
「手始めに神の力を私的に利用し、戦争を引き起こしている国を対象に、一人ひとりに対してカウンセリングを行っていきます。懺悔も受け付け、個人が抱える闇を抽出し、美しい人間へと生まれ変わっていただく。地道な努力ですが、それでもその小さな一歩が大切であると考えています」
そのどこか心地よい深い声の中に満ちている何も疑わない狂気。隠し切れない異常さが下水の汚臭のようににじみ出てくる。感じたことのない恐怖が憂希の手足を冷たくする。最初の試練を乗り越えただけに、これから何をされるのか見当もつかないこの状況に吐き気さえ感じてきた。周囲を刃物で囲まれているかのような緊張感が額から頬を伝った。
「それでは...まずはあなたからカウンセリングさせていただくとしましょう」
「っ...」
その男はゆっくりと薄暗い部屋を照らす小さな燭台の前に歩いてくる。ようやく瞳孔が麻痺している憂希にもその姿が映る。その恰好はまさに神父。教会などでしか見ないような白い衣装に身を包み、物腰柔らかく憂希の前に座った。思ったよりも若い見た目であり、おおよそ教祖とは思えない。
「神崎 憂希。あなたは光の部屋で過ごしたにもかかわらず、闇を表に出さぬよう抑え込む強い精神力を持っています。それは素晴らしいことです。しかし、あなたはその闇がなぜ生まれたのかを理解する必要があります」
「...何を」
まるで今、初めてあった憂希を以前から知っているかのような口ぶりで何かを語り始めようとするその男に、憂希は嫌悪感を覚えた。知らない間に家を知られ、住所を言い当てられたような気持ち悪さ。得体のしれない存在に自分の何かを掴まれているという状況が我慢ならないほど気分が悪かった。
「あなた方、日本軍は神の御加護を自分たちに向けるべく、卑劣な行動に走っています。それはあなたが我々の宗教活動の一環で行っている力を授かりし人物に光の部屋で過ごしてもらうことよりも、はるかに卑劣であり、非人道的と言えるでしょう。我々はその事実が戦闘という愚かな行為と同レベルで許しがたいと考えているのです」
ゆっくりと箱のふたを開くように、相手をじらし、その内容に興味を持たせ引き込む。逃げ場を次々に奪っていくような話題展開。憂希が展開していた光信聖教についての話題から完全に切り替わっている。意識の誘導が天才的にうまい。人心掌握こそ教祖の必須スキルであり、それこそが宗教が人に強く根付く理由の一つである。
「どういう...」
「神崎 憂希。あなたがその力を授かったのは偶然ではありません。神があなたを見るように仕向けられたのです。日本軍は『青少年高負荷実験』と称し、日本で生活する民間人を対象に様々な負荷を与え、力の覚醒に影響するかどうかを調べていたのです。調査の結果、精神的な強いショックを与えた対象が覚醒しやすい傾向になることを日本軍は突き止めました」
「...っ」
「その結果、日本軍はあまりに罪深い手段を実行します。偶然を装った境遇としてシナリオを描き、強制させられたレールに乗った人に力の覚醒を試す実験を行いました。悲惨な環境、無慈悲な状況を人工的に作り出し、精神的な強いショックを刻み込み、人生という概念をまるで実験の条件のように操り、自分たちの欲を叶えるための手段として利用するため、能力者に仕立て上げたのです」
憂希の心拍がどんどん激しくなっていく。目の前の神父の声をかき消すほどにうるさく。まるで神父が何を言おうとしているかをもうすでに知っているかのように、脳や心臓が警鐘を鳴らす。知ってはいけないと伝えてきている。その自分の体の反応にすら憂希は困惑する。信じられないほどの冷や汗が額から滴っていく。
「まさに...あなたなのですよ。神崎 憂希。あなたの両親を奪い、あなたを天涯孤独にしたうえで、戦争という極めて愚かな殺し合いに巻き込み、あなたが持って生まれたのだと言わんばかりに持ち上げた。そのすべてが日本軍の実験なのです。あなたからすべてを奪ったあの日の天災は、すべて日本軍の仕業というわけです」
能力者の適合者であることを告げられたあの日に受けた衝撃をはるかに越える、嵐のような衝撃が憂希の体を走る。行き場のない感情が体を駆け巡り、瞳から雨を滴らせた。
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素人の初投稿品になります。
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