No.96 小さく偉大な一勝
ニコはロシア極東管区にある一つロシア側の基地に移動していた。神酒に最前線基地を破壊される前にそこに存在した兵器などの軍事設備はすべてこちらに移動してある。基地という施設は破壊されたが、そこにある軍事物資はほとんど無傷だった。
「いや~米軍のあの能力はちょっと隊長くらいじゃないと勝てないかも。でも奇襲して戦闘不能にはしたよ~」
『そうですか。無事で何よりです』
「え、どうしたの?ネスメヤナらしくないね?」
『そうでしょうか』
「あなたの任務は基地の防衛でしょって怒られるかなって思ってたからさ」
『...。私も一度、空間掌握の能力者には苦戦しました。情報ありましたが、適応の能力者とも併せての戦闘となれば、想定外な事態も起きるものだと』
「そっかそっか。さすがだなあ、ネスメヤナは。頭よくないからそういうの難しくってわかんないや」
『あなたは作戦立案もでき、兵器の操作や効果も誰よりも把握しているでしょう。得意不得意というものです』
「へへへ、ネスメヤナに褒められると嬉しいねっ」
『嬉しい....そうですか、覚えておきます。しかし、本当に能力対象に該当するのですね』
「そうみたいっ。一部義手とか義足になってるからかな。自分も能力で転送できるようになった!まあ、空間操るみたいなことできないけど便利だよっ」
ニコが戦線から離脱したのはニコ自身の能力だった。兵器を対象とした転送に自分も含めることができた。実際、ニコが身に着けている義手や義足はAZの技術を結集したものであり、内部にはスラスターやステルスナイフなどが仕込まれている。左腕には銃火器も内蔵されていることもあり、それだけで十分に兵器足り得るだろう。それを装備している自分自身もまたそれに属するのではないか、という仮説を見事立証して見せたのだ。
「AZちゃん様様だよね~」
『日本語ですか?敬称がわかりづらいですね』
「ね、日本語っていっぱいつけるのあって面白いって...誰かが言ってたよ」
『では、私から隊長には報告しておきます』
「は~い。またね~」
ニコは通信を切り、自分の左腕を満足そうに眺める。兵器や武器をこよなく愛する彼女にとって自分の体にそれが搭載されていることにロマンを感じている。
「...能力の対象が兵器だけなら......この腕と足だけ転送されちゃいそうだけどなあ。...なんかコツでもあるのかな」
少女が人形を眺めるように、さぞかし楽しそうに。心から愉快そうに能力について考える。この戦争にかかわっている人間のほとんどが能力というものに対して違和感を無くし、まるで自分の体の一部のように考えるようになっていった。それがどれだけ異常なことか、この状況でそれを冷静に考察できる者など誰もいなかった。
AZの軍勢に囲まれた小龍は苦戦していた。ただ兵器を相手にするのとはわけが違う。学習する実戦兵器は戦場に充満する情報を餌とし、みるみる成長していく。その結果、敵の能力に対する対策や作戦を自動立案し、それを各々に共有する。連携は必然的に最高レベルとなり、継戦すればするほど、その戦場において手を付けられなくなるほどの軍隊となる。
「くっ...くそっ。くそっ!」
一定距離を保ちながら周囲に火炎を放ち、酸素濃度を奪い、気温を高めることで小龍が適応するレベルではない環境変化をもたらして小龍の体力をじわじわと奪っていく。複数体のAZが継続的に小龍へと攻撃することで継続的に適応を使わせ、小龍への接触を避けることで一方的な攻撃を継続していた。
「なんでっ...」
『これだけなら楽勝だよね!』
『うちらに勝とうなんて百年早いって!』
『百年先でも負けないけどね!』
小龍は焦りを感じていた。神酒が空間転移してからというものの、状況は何も変わっていない。AZは一体も破壊できていない上に、自分がいくら移動しようともAZの機動力の方が勝っている。状況を変えることができないまま、相手の好きなようにさせている。年齢や実戦経験にかかわらずこの状況になれば焦りも出る。
「なんで僕はっ」
自分がグレード1であるという責任感と周囲のグレード1よりも自分がそれを果たせていない葛藤が小龍をさらに追い詰める。与えられている任務の種類や状況が異なるだけで、必ずしも小龍が戦果を挙げられていないわけではない。
「何をどうすれば...」
今、無駄な体力を消耗しないよう、ひたすらにじっと耐えている。暑さや息苦しさによりじりじりとそれでも削られている。まるでサウナに閉じ込められているような感覚だ。
「自分から...適応できるように。...どうやって」
今までずっと、適応してきたものはすべて受動的だった。一度自ら少しでもその害を受け、適応するものを無理やり増やしていくような訓練だった。それゆえに環境や状況に対し、自ら選択して適応したものは存在しない。本来であればそれだけで有能だ。一度受けた攻撃をすべて無効化するということは、相手からすれば理不尽なほど手段を奪われる。それでも主体的な能力行使には難点が多い。
「自分が...どうなりたいかを...考えないと」
能力行使は何度も言う通り、イメージが重要だ。その能力をどう扱うか、どう応用するか。その発想がなければ体の一部のように扱うという異次元の感覚操作は不可能だ。走るイメージのできない人間に走るという動作は難しい。
『全然動かないじゃん!つまんない!』
『死んじゃった?なんだかあっけないね』
『さっさと終わらせて帰ろ!』
小龍の能力はグレード1に限らず、能力者の中でもイメージせずに扱える能力がゆえに、その感覚をちゃんと掴んでいない。それが小龍の弱点であり、成長の伸び代である。
「今...僕が適応するべきなのは」
適応とは自分自身の変化である。環境や状況に合わせて自分を変え、最適解に近づける。長い目で見れば生物の進化そのもの。それは絶対的な後出しじゃんけん。条件さえわかっていれば自ら勝ち筋を切り開けるという絶大な能力。できないと諦めているものに道はない。
「...このアンドロイドの速度。...距離。...能力を当てられないという状況」
適応する対象を簡略化し、単純な能力行使にすることで条件をイメージしやすくする。複雑に考えれば考えるほど能力行使の難易度は増える。これだけは全能力共通のコツと言えるだろう。
『一気にもっと熱くしてもっと削っちゃお!』
『そうしよう!』
AZたちは長期戦を避けるため、環境をさらに悪化させ、小龍の適応の出力を無理やり引き上げることで体力消耗を加速させる作戦に切り替える。小龍の周囲温度はとうに千二百度を超え、地表は融解し、存在する可燃物はすべて自然発火して燃えていく。その中で、AZの熱操作を直接受け、本来であれば周囲の温度に限らず、焼失するほど加熱されているはずだが、小龍だけが平熱を保っている。
「まずは...この距離から」
『えっ...うわあ!?』
『え!?なになになに!?』
狙った対象との距離に適応した小龍は一歩でその距離を縮め、瞬間移動のように接近し、AZが反応する暇もないまま一体破壊した。対象との距離という常に変化し続けるものに適応を使用してもその一度のみの適応となり、常態化はしない。
「よし。次は...速度」
一体のAZが破壊されたことを確認したAZがその場から離脱するためスラスターを全開にして移動する。地面を走ることなく飛行に近い高速移動で戦闘機なみの速度に到達する。
『え!?嘘っ!?機動力はないんじゃっ』
「もう一体っ」
その速度に瞬時に追いつく速度まで適応し、並走する形になったところで適応による能力で防御不可の一撃をお見舞いする。適応対象が破壊された時点で急ブレーキがかかったかように減速した。
「...適応は対象がある限り....なんでも適応できるんだ」
今まで小龍は、自分に発生したダメージとその原因もしくは、対象の耐久力を凌駕することのみに絞って能力を行使していた。発動条件はその対象が発生したときのみに絞っているからこそ能力行使の消耗が少ない。ただ、適応する対象を自分を起点にしていては限界があった。ただ、自分以外のものを発動条件にするとほとんどのものが変化し続ける現象や状態において能力行使は安定しない。
「一時的な適応でも...状況を変えることはできる」
そう、ただ一時的な適応であっても、それが状況をひっくり返す条件であればそれに適応するだけで有利不利は逆転する。その都度、出力する適応を変え続けなければならないデメリットはあるが、それは戦闘においては基本的なことだ。臨機応変に自分の有利条件をいかにして押し付けるか。逆に言えば、適応はそれを無条件で押し付けることができると言える。
「僕は...一人でも戦える。...僕だって、グレード1にも勝てるんだ」
『やばいっ、なんか変わった!?』
『私たちに合わせてる?』
『え、私たちの学習機能みたいなのついてるの!?』
『適応という情報を基に考えるなら言葉通りかも!』
『だったらなんでもありってこと!?ずる!』
「そっちだって無尽蔵でしょっ!」
適応の能力が強力とはいえ、条件の単純化は戦闘中ともなれば簡単ではない。瞬間的に適応条件を定めるには状況を俯瞰して把握し続ける必要がある。だからこそ、目視で確認しやすい距離と速度に小龍は対象を絞ることにした。それさえクリアできればAZを破壊できると考えた。
『うわ!?』
『こっち来ないで!』
『やばいっ!冷却に切り替えて障害物を作るよ!』
『おっけ!』
AZは加熱から冷却に切り替え、周囲に氷壁を何層も展開する。小龍が距離や速度に適応したとしても障害物というノイズはかなり邪魔になるとAZは考えた。
「それを待っていました!」
その手段をAZが選択することを小龍は誘った。周囲に乱雑に展開された氷壁を利用し、それを木っ端微塵に吹き飛ばすことでその氷のつぶてをショットガンのように飛ばす。その氷のつぶてに適応の能力を付与し、氷壁とAZの強度と硬度に適応した攻撃として撃ち込んだ。小石ほどもない氷が自分の何百倍も大きい氷壁を次々に粉砕しながらAZたちまで到達する。
『うわ!?』
『きゃああ!?』
弾丸すらはじく硬度を持つ超合金製の体で咄嗟に防御態勢に入る。自分が放った氷壁の残骸に自分の体が負けるとは考えられず、反射的に行動したが、それはAZにとって致命的な判断だった。小龍の能力を付与された氷のつぶてはAZに触れた瞬間にAZの最新鋭の体を木っ端微塵に破壊した。自分たちの氷壁でふさいだ視界からそれと同化しながら粉砕してくる氷のつぶてまでは感知できなかった。
『うあ...嘘』
「僕の勝ちだ」
『くそお!負け...』
最後の一体が動揺で立ち止まったその隙を逃さず、適応で距離を詰めた瞬間に小龍は破壊した。米軍とロシア軍共に壊滅したこの戦闘はどちらかと言えば消耗の大きい米軍側の敗戦と言える。だが、最終的に戦争として軍とは切り離した勝利を少年の手が掴んだ。確かに掴んだその勝利はその少年にとっても、将来的には米軍にとっても大きなものとなる。
「はぁ....はぁ....はぁ...」
弱者のために立ち上がった弱き者は、身に余る力に立つことすらままならなかったが、それを乗り越え、自らの足で立ち、今や戦場にて唯一経ち続けることができた戦士となった。自らに掲げた正義に勝利を掴んだその手は力が入ったまま固く握られていた。汗と血が混じるその拳の痛みを小龍は忘れないだろう。
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