No.95 生粋の玄人
米軍侵攻部隊の本隊にAZが転送され、隔絶空間に侵入されたように神酒と小龍の空間にもAZが転送された。その瞬間、神酒は反射的に自分の体を基準にした空間隔絶に切り替える。最小範囲の空間隔絶であればニコの能力で侵入されることもない。目視ではなく能力による感覚的な位置の把握のため、そこまで緻密な操作はできない。
『絶対零度っ!!』
転送された直後、そのAZは自分の周囲を極限まで冷却した状態で転送されたことにより、最大出力の冷却で転送先を凍結させる。
「がっ。ぐっ。動けな」
凍結の適応を獲得している小龍自体は凍結しないが、周囲の大気を構成するすべての物質が固体化したことにより、体の形を象られたようにその場に固定された。
「君は招待してないっての!飲めないやつとはどう絡んでいいかわかんないの!」
『うあっ』
出現したAZをすぐに処理するが、周辺の空間はすでに存在しなくなったことにより猛烈な乱気流が発生する。そもそもの空気が枯渇し、早すぎる呼吸などできないような環境が二人を取り囲む。
「ぐっ...うぅ...よしっ、やっと壊れたっ」
「小龍っ、いったんここから離れるよっ」
神酒の能力でもすでに変化した空間に対して何かをするのは精度と難易度が高い。大気の対流だけならまだしも大気が固体化しているともなれば状況は複雑であり、AZを排除しても絶対零度近くまで下がった温度はすぐには戻らない。神酒はほぼ勘でその場からの一時離脱を判断し、小龍と共に距離を取った。
「はぁ...はぁ...」
「すいません、ありがとうございます」
「能力を持ってるロボも能力対象なんて、ずるいって。あたし今回こんな頑張るつもりなかったのに」
「敵の拠点周辺も同じようにされてたら、もう普通に近づくのは無理ですね」
大気が固体化された空間に気圧が消えることで周囲から激流となった気流が流れ込み、それらが衝突することでさらなる破壊が生まれる。それに加えて呼吸できる大気が無くなり、行動不能な空間が広がるだけ。
「適応って一回適応したらその能力の効果はずっと続いてんの?」
あまりに想定外の状況になったことでアルコールは入っているがかなり神酒の思考は冷静になっている。米軍は通信が途絶えたことからもほぼ全滅したものと捉えてもいいだろう。そんな状況で敵軍の脅威的な兵力を前にどう戦うかがかなり重要だ。
「効果はずっと続きます。同じ状況が発生したときにそれに自動的に適応する感じだと思います。自分の意志で能力を発動するときは攻撃するときくらいです」
「...じゃあどんくらいしんどいかはちょっとあたしにはわかんないけど、消耗はしてるんかな」
「おそらく...」
小龍もまた例外なく能力に対しての消耗は存在する。火に適応している状態で火の海の中にずっと居続ければ、継続して適応し続けることになり、必然的に消耗による限界がいつか来る。どの能力でもそうである。
「基本、適応し続けるっていう状況になったことがないので...ちょっとまだわからないことが多いです」
「ん~でも、適応できなくなってやられちゃったらヤバイしね。あのアンドロイドちゃんは無尽蔵って話だし、本隊みたいに範囲攻撃でボンッってやられたら不利だよねぇ。えっ、てか本隊やられたってことは持ってきたお酒全滅!?えっっっぐうう」
「神酒さんの能力ってどのくらいの範囲までできますか?」
「ん~きっちりはわかんないけど、まあ見える範囲はいけると思うよ。ただ、そこまでやったらあたしもどうなるかわっかんないね。二日酔いよりもダウンするかも」
「まずは敵軍の拠点を壊すしかないかなって」
「そうね~。んあ~あたしも頑張んないとちょっとやばいもんな~。くあ~」
「ごめんなさい。僕が突破できないばっかりに」
「あたしたちはどっちも突破できるかもってだけで確信持てないってだけでしょ。広い範囲って言っても高さはいらないから、範囲絞って全部消滅させちゃうわっ」
ロシア軍基地の正確な位置は把握できていないが、方向さえわかれば味方が展開していない戦場において躊躇するものはない。神酒は自分から扇状に広がるような範囲に能力を行使する。その空間に存在するものを例外なく断裂と圧縮を極限まで繰り返し、根こそぎ抉り取る。防御することなどできない攻撃。単純な圧縮や断裂ではなく、細かい範囲を一瞬で何回も繰り返すことで抉っているため、神酒の中でもトップクラスに消耗する。
「くっ...。どうよ!」
さっきまで空間にひしめき合うほど充満していた爆発と冷却による乱気流が、一瞬完全にピタッと止まった。その後すぐに、それを越えるほどの猛烈な大気の流れが発生し、竜巻のような暴風が生まれる。
「はぁ...はぁ...うえ、気持ち悪っ」
神酒は空間隔絶での本隊防御から継続して能力を行使し続け、この大規模な能力行使まで出力したことで消耗から倦怠感に襲われる。神酒自身にも空間隔絶による防御をしている余裕がなくなるほどの消耗。
「待ってましたっ」
その瞬間を狙いすました凶弾が不気味なほど静かに神酒の体を貫いた。肉に銃弾が撃ち込まれる鈍い音が鮮明に聞こえる。
「うぐっ」
神酒はそのまま無抵抗に地面に倒れ込む。腹部から鮮血がじわじわと流れていき、荒野と化した戦場を鮮烈に染めていく。銃弾はたった一発にもかかわらず体を縫うように貫通し、神酒にいくつもの風穴を開けた。
「なっ、どこから!?」
「いや~君たちの部隊もまるごと含めて能力使われたら危なかったよ~。自分らの本隊にAZが行ってるのに、いつまでも拠点にいるもんだと思ってくれて助かったよっ」
かなり距離があいた位置からニコは狙撃するように神酒に向けて弾丸を放っていた。小龍を警戒し、神酒に悟られない距離で確実に当てるための絶妙な距離。
「しっかり狙えないけど当たったらこっちのもんだからね」
ニコの戦略は実に軍人らしく効果的だった。本隊の位置と神酒と小龍の位置を割り出した後、情報でも二人を孤立させるために本隊を先に叩き、安全を確保してから本隊側の後方へと移動する。拠点防衛は敵の能力的にも厳しいと考えたニコは、侵攻することを阻止する方針に切り替えた。そのため、神酒と小龍の消耗を待つために継続的な攻撃を行った。消耗を知らない無尽蔵なAZも含めて攻撃できるニコにとって能力のリソースはそこまで割かずとも攻撃を行える強みを存分に活かした消耗戦に持ち込んだ。
「くそっ」
「ああ、君とは戦いたくな~い。どれだけ撃っても手応えがないなんてつまらないし。あんまり使いすぎると怒られちゃうからさっ」
接近しようとした小龍を警戒し、ニコはさらに距離を取りながらスタングレネードを放り投げる。ここで慢心し、敵の反撃をもらうほどニコは素人ではない。神酒がまだ絶命していないことを前提にニコの位置を視覚的に把握させないよう光と音でノイズを放つ。
「くっ...」
もちろん、それは小龍には効果がないがそれでも問題ない。防御を展開できない神酒はただの若い女性だ。軍人出身ではない彼女にとって能力を使わずに戦場で生き残る術など持ち合わせてはいない。
「神酒さんっ。僕のことは無視してここから離脱してくださいっ。米軍基地でもどこでもいいのですぐにっ。何も考えずにとにかく早くっ」
「うぅぐ」
「逃がさないってっ」
小龍は神酒に残りの力すべてを使ってこの場から離脱するよう指示を出す。命令できる立場ではないが、この緊急事態を切り抜けるため、小龍は自分考える最善を突き進む。そしてその判断はこの状況において的確だった。
「っ...」
ニコが瞬間的に放った弾丸は神酒を掠める直前で空を切ったまま地面にめり込んだ。どこに空間転移したかは不明だが、少なくともこの場から神酒は離脱した。
「あの状態でも能力使えるんだ。ミスったかな~。まあ内蔵はかなり傷ついてるはずだからそんなすぐには復活しないよね」
「っ...危なかった」
「君は何が効くの~?AZにも耐えてたよね~?」
「想像できる範囲のことはおおよそ適応してますよ。核兵器でもおそらく死にません」
「何それやば。兵器形無しじゃん」
「あなたたちはなぜこんなことをするんですか。戦争を仕掛けてその先に何を」
「え、なに、ゲームか何かの導入でよくあるやつみたいな?部隊の誰かがそんなこと言ってたな~」
小龍の性質上、そう問わずにはいられなかった。前回その質問をした相手は自分を悪と自覚してもなお、戦っていた。その真意までは戦場だけでは理解できなかったが、それでも戦う理由はあった。だからこそ、今対峙している相手にも戦う理由を確認したくなった。
「戦争の目的なんてよく知らないよ。てか、そんなこと気にしたことないし」
「え...」
「軍人で兵士。任務をただこなすだけだよ。それ以上なんもないし。命令に従う以外必要?」
「な...」
戦場において最年少だろうと思っていた自分よりも年下に見える少女。その少女に戦う理由なんて聞いた自分を後から考えればバカらしいかもしれないが、それでもその質問をしたことは小龍にとって必要なことだった。
「あなたずっと...兵士なんですか?」
「うん、そうだけど?あ、米軍とか日本軍は民間人出身者が多いんだっけ?戦場の最前線に素人が来るのはめっちゃ変だな~って思うけど」
「...」
小龍は思わず絶句した。目の前にいる少女が常に命が左右されるような状態で生きていること。ロシア軍の兵士にどれくらい未成年の兵士がいるかは不明だが、それでもそれが常態化していることは事実だろう。兵士の育成について表社会に浸透はしていないだろうが、最前線に投入されている部隊は間違いなく手段を選ばない組織だ。
「そこまでやって目的もわからないまま命懸けで戦わされているなんて...間違っていますっ。そこまでして戦う理由なんてないでしょ」
「だから知らないってば」
小龍が許せない理不尽な悪にロシア軍そのものが該当した。人の命を軽く扱ったり、人として扱わないものに堪えきれないほどの怒りを感じる。純粋無垢な正義に火が付いた。
「まあここで相手する必要はもうないからおさらばするよ~」
「っ!?待ってくださいっ」
「君の相手はAZに任せるよ~。相性悪いのはわかってるから任務は切り上げ~。さ、これ使えるようになったの便利だなぁ」
「なっ....」
まるで神酒の空間転移のようにその場からニコが消えた。そしてそれとスイッチして入れ替わるように複数体のAZが出現した。
『君の攻撃に当たんなきゃいいんだってね!』
『私たちめっちゃ賢いから学習早いんだよね!』
『もう壊されないからね!私たちだって痛いんだよっ』
「...どうして。空間転移の能力者がいるのか。...いや、それよりも」
自分を悪と認識している悪人と自分たちを悪と思わず、悪に染まっている組織。かつて対峙した憂希にあった葛藤や悩みが一切感じられないロシア軍に明確な敵意を持った。彼の目指す弱者が淘汰されない世界に、無知な人間を手ごまにしているように映るロシアの存在は明確に邪魔だ。
ご拝読ありがとうございます。
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素人の初投稿品になります。
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