No.87 死の再点火
憂希の能力で雨をさらに強くし、視界が見えなくなるほどの雨量で降っている。地面は湖面のような水たまりが広がり、何かに隠れずともステルスが可能なほどだ。
「上空も...大丈夫そうか」
雨雲ギリギリの高さで飛行する憂希は、前線部隊がやられた症状がでないことを恐る恐る確認する。雨は不自然に憂希を避けて降り注いでいる。
「雨量を増やしました。いつでもいけます」
『了解。この量ですと長時間は体力的に消耗が激しいため、敵の動きを確認できるまで少し様子を見ましょう。神崎上等兵は攻撃を継続してください。こちらでタイミングを計ります』
「了解」
そうは言っても憂希も体力は全快していない。劉との戦闘と同じ規模では能力を行使できない。無理をして能力を自分の体に浸透させたことで、ずっと手の震えが止まらない。疲れとは違う震え。だが、今は気にしてはいられない。そんな状態であっても通常兵器よりも広範囲かつ高威力な攻撃を放つことが可能である。それがグレード1の強みである。
「では始めます」
仁野との連携は憂希の能力の攻撃を合図とする。この豪雨では何ら不思議ではない落雷。しかし、まるで雨のような数が戦場と敵拠点へ降り注ぐ。雲から地上に到達するまでに雨へ伝播し、まるで雷が滴っているようにすら見えるほどだ。中国軍が急ピッチで形成している防壁や屋根も含めてその高電圧で吹き飛ばしにかかる。
『地上に死人兵の軍隊が出現っ。爆発で一網打尽にした兵士が復活した者と思われますっ。敵が拡散した毒素も効果は見られず、こちらへ侵攻を始めていますっ』
『うちが相手しますっ』
「また...死人兵かよ」
日本本部を蹂躙した倒しても倒しても復活する死人兵。単体では脅威ではないが、数と消耗を知らない再生する体は一方的な消耗を強いられる。
『え!?待ってっ。うちが壊した壁が直ってる!なんかどんどん直っていってるっ』
『...こちらでも確認した。...こちらの攻撃により破壊した防壁が完全に修復している。敵軍の能力者によるものかもしれない。各自警戒せよ。仁野一等兵は死人兵殲滅を継続せよ』
『了解っ』
無生物の再生。単体では戦闘においてそこまで力を発揮しない能力ではあるが、戦争においてはそうではない。人が中心となることから人の回復、再生が重宝されることはもちろんだが、無生物もまた戦争においては重要だ。武器や兵器も拠点も防壁も無生物。死人兵と組み合わさった今、無尽蔵な軍隊がまた進軍を始めた。
「くそ...再生が早い。今の攻撃じゃ追い付かない。...いや、一点集中で切り開くか」
一度落雷を止め、狙いを定める。爆撃を中心に考え、どこを標的にするかを考える。
「体力が戻っていれば...死人兵も含めて。...いや、驕りすぎだ」
自分ができる範囲を弁えることこそ、戦争で長生きする秘訣。自分の範囲を越えればリスクは大きくなり、それに紐づくようにどんどん瓦解していくだろう。
「相手はこっちの消耗だけが狙いか?死人兵は攻めでは厄介だけど、攻めには...。いや、毒みたいなものと合わせ技だったら十分に効果はありそうだ。...なら砲門を崩すのが先決だ。花菱さんっ。聞こえますか」
『こちら花菱。どうしましたか』
「敵の毒に類似した能力は砲撃により散布されています。俺が防壁を一時的にでも破壊します。そこに爆撃することは可能ですか」
「可能ですが、再生速度はかなり早いです。そこを逃せばより警戒され爆破は困難になると考えています。能力者が確認できない以上、砲門を叩くことは私も考えておりましたが、その数や位置が不明瞭です。先ほども申し上げた通り、無駄撃ちはできません」
「少しかく乱してみます。砲弾だけであれば俺の能力で無効化できるかもしれません。敵の動きを焚きつけます」
『了解しました。こちらも状況次第では追撃します』
「...雷だと瞬間的な威力はでるけど継続的な攻撃には向かない。ならこの大量の雨水で」
憂希は拠点の範囲に絞って降水量を引き上げる。もはや雨と言っていい量ではなく、拠点を押しつぶすほどの水量で滝のように叩き込む。
「さらに....ここから」
その大量の水に圧力を加えていく。高圧ジェット水流をこの水量でウォーターカッターレベルで出力していく。
「全部まとめて...ぐっ。くそ、圧力が安定しない....」
だが、憂希の体力消耗は激しく、その出力は安定しない。それでも大量の水が生み出す圧力は十分に中国拠点全体を押しつぶすレベルだ。
「っ....。これくらいじゃ再生の方が上なのか」
その水を押し返すほどの再生速度と防壁の生成範囲で傘のように防ぐ。確実にその傘を削っているがそれでも拠点への直接的な打撃はない。
「今の状態では複数人での能力行使には勝てない。それならっ」
憂希の中で常套手段となった大量の水を蒸発させることによる水蒸気爆発をこの規模の水で発生させる。雨雲から地面にかけて降り続いている大量の雨を一瞬ですべて吹き飛ばすほどの爆風が中国拠点を中心に戦場を迸る。
「っ...あれ」
憂希は自分の今の体力状況では大量の水を蒸発させるほどの熱を発生させるのには苦戦すると身構えていた。しかし、思ったよりも熱操作にリソースを持っていかれずに能力を行使できた。そのことに自分のことながら憂希は驚きを隠せなかった。温度操作の訓練を頭の片隅に入れ、戦場へとその意識を戻す。
「これでいけますかっ」
『能力付与完了。神崎上等兵、爆発する雨を加速させてください』
「はいっ」
水蒸気爆発が吹き飛ばした中国拠点の防壁。それを取り除いた瞬間を日本軍は逃さない。一瞬爆風で消し飛んだ雨はすぐに降り始める。それらすべてが爆破属性を付与されている。それをただ降らせるのではなく憂希の能力で弾丸のように加速させ、雨粒一つずつですら岩を砕くほどの威力にまで速度を上げて撃ち込む。
『地上部隊っ。爆撃に合わせて一斉攻撃っ』
日本軍はこの好機を逃さずに畳みかける。砲撃による遠距離攻撃を爆撃に合わせて放つ。この連携力の速さと正確さこそ日本軍の強みと言える。
「っ...。くそ、もう少しもたせないと」
大量の水を降雨させるだけでなく、銃弾同等の速度まで加速させるには能力行使の消耗は少なくない。ほぼ限界に近い状態の憂希にはかなりしんどい。
『敵拠点への着弾を確認。敵防壁を突破し、こちらの攻撃は効果のあるものと推測。攻撃を継続する』
「よし...。効果はありそうだ」
これほどの猛攻撃でもすぐに突破できないのは中国の守りの堅さが故だろう。しかし、その守りの堅さは無生物の再生だけの話ではない。この場にグレード1は死人兵の召喚しか投入していない事実。日本軍はグレード1を二人投入しやっと攻めに転じることができている。それは控えめに言っても決して盤石とは言い難い。そこにグレード1が介入すれば、たちまち形成は傾き方を変える可能性を秘めている。
「なっ!?ぐっ」
分厚い雨雲が抉られるほどの熱気と水蒸気が一瞬で到達する。地上で何が起こったのか視認でいないほど水蒸気が濃い煙が舞い上がって雲を成す。
「これは...」
憂希はこの光景に嫌なほど既視感を感じる。それはもうすでに一度、文字通り死ぬほど苦労を強いられた光景。それをこの短期間で対峙すれば嫌でも焼き付いている。そう、焼き付いているのだ。
「嘘だろ。同じ能力者でもいるってのかよ。それとも...まだ戦線復帰できるほど」
『敵拠点に超高温の熱源を確認。温度上昇による大量の水蒸気と上昇気流により爆撃が無効化。能力者が投入されたものと推測』
「振動隊長っ。この能力は俺が前線基地で戦闘した相手に酷似していると思いますっ」
『なにっ。...了解。そうなると回復し、戦場復帰したか、別にも同様の能力者がいるか。先ほど、神崎から報告を受けた能力と同じとなれば...かなりの脅威だ。神崎上等兵は救護班に戻れ。体力回復を優先し、敵能力者への対峙を想定しろ』
「了解っ」
雨と一言で言っても、その量は拠点に降り注ぐ滝のような量であり、それらはすべて弾丸の速度で落下していた。それをすべて蒸発させるとなれば生半可な熱量ではない。だが、現時点で大気の温度上昇は前線基地ほどではない。同レベルであれば拠点諸共融解していくはずだ。だが、その火力を引き出せていないだけというのが事実である。
「回復したばかりですぐ激戦地。うまく誤魔化せたのかわかんないけど、行動で示せって感じかな。まあいいや、適当に防衛すりゃいいんでしょ。雨を蒸発させろってだけなら楽でいい」
中国拠点に投入されたのは自軍に在籍するほとんどの能力を自分の能力とする。それに基本的に例外はない。その中に劉の火炎も含まれていた。上空へ火炎を放つことで大量の雨を蒸発させた。
「もう何でもいいや...。味方いないんだったら適当に能力を放って...」
「おい、日本人。貴様は拠点の防御をさらに拡大し、強固にせよ。そのあと、私の能力を敵陣へ拡散するのだ。グレード1であればそれくらい容易かろう」
「は、はい...。拡散ってどうすれば」
「砲弾では速度と射程距離が足りん。目的は私の能力を敵陣に到達させることだ。手段は問わん」
「能力を付与するのはなんでもいいんですか?」
「選択できればなんでも構わん」
「じゃあ風で運ぶのはどうです?見えないし、違和感もないし、防ぐ手段も少ないかなって...。だ、だめですか?」
「すでに戦場に充満している大気に希釈される恐れがある。能力付与した大気をその純度のまま敵陣へ叩き込まねば意味がない」
「す、すいません。出しゃばりました」
「この雨を利用せよ。大量の水に能力を付与し、火炎で他の雨を蒸発させたのちに自然に降らせよ」
「わ、わかりました。...なら最初から言ってくれよ」
雨を蒸発させる範囲を広げ、日本軍に向けて火炎を放つ。その火炎自体は何かしらで防がれたが、それでも雨の除去という目的は完了できた。
「じゃあ...始めます」
明海は黄の能力が付与された水を雨雲付近まで上昇させ、一気に拡散する。まるで蒸発から解放された雨が再び降りだすように。日本軍が講じた策を逆に利用する形で、中国軍は反撃に出る。その方法は決して派手ではなく、豪快ではない。ただただ、静かに、冷たく降り出した冷雨は日本軍の命を濡らしていく。
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