No.86 見えない死
中国軍は日本軍の作戦で完全に出鼻をくじかれた。防衛線の要とも言える兵力が削られ、敵相手に腹をさらけ出しているも同然の状態。隙だらけで何の障害もなくなった更地を我が物とするのはたった一人。
『作戦通り、ここで一気に叩く』
「了解っ」
日本本隊から中国拠点まで一瞬で移動するその衝撃で雨が衝撃により空中ではじけたことで不可解な飛沫が仁野の軌跡として姿を現して、すぐに消えた。
「『ステラ・インパルス』!!!」
中国拠点の防壁に到達した直後、その壁を木っ端微塵にする一撃を放つ。中国側から見れば、瞬間移動のように眼前に現れたと思った矢先、理解不能な衝撃で宙を舞っているようなものだ。
『全軍突撃せよっ』
仁野の一撃を一斉攻撃の狼煙とし、日本軍は中国拠点を殲滅するため突撃する。陸上部隊を中心とした進軍で一気に叩く作戦だ。敵に動きがあれば地上からの情報を基に爆撃部隊が敵の動き諸共吹き飛ばす。憂希が考案した雨爆撃を基にした日本軍の襲撃作戦である。地上部隊の前線は装甲車や歩兵戦闘車を中心とした編成で拠点の破壊を優先し、何かもが崩れたところにダメ押しを狙う。
「っ。めっちゃ撃ってきてるっ」
仁野が防壁を破壊したとはいえ、迎撃システムはそれだけではない。地上部隊のみとなれば砲撃で弾幕を放つだけでもかなりの抑止力となる。
『敵軍の迎撃を能力兵で無力化しながら、侵攻を緩めるなっ。体制を立て直す時間を与えるなっ』
「うちが全部落とすっ。『プロミネンス・レイ』!!!」
空中に跳躍した仁野はそのまま日本軍に向かう砲弾たちを蹴りの一撃ですべて薙ぎ払う。仁野の周囲に味方がいない状況での大立ち回りを止められる者はそういない。
「うわっ。またなんか噴き出し広がったっ」
今度はさきほどよりも拡散範囲が大きい何かしらが砲弾から放出し、散布するように地面へ落ちていく。
「え?」
仁野が迎撃した砲弾と同様の砲撃がまた日本軍に向けて放たれたように見えたが、それは仁野の位置にくらいで地面へ次々と落下していく。凄まじい音で着弾するが爆発というよりは着弾時の衝撃のみで、誰もいない更地にクレーターを作っていくだけ。
「なに?狙いが変だっただけ...?」
第一陣の誤射かと思ったが、そうではなかった。次々に放たれる砲弾は日本軍の手前で落下し、地面に着弾を続ける。日本軍の侵攻を止めるにはこの時点ではあまりに何の効果もない。
「なんかめっちゃ撃ってきてるけど、うちがいるところくらいで全部落ちてるっ。なんか狙ってるかもっ」
『了解。爆発物の設置やその他、何かしら起点にするものを放っている可能性がある。十分警戒し、侵攻せよ。仁野上等兵は特に異常ないか?』
「うちは平気ですっ。...さっき敵の兵士が倒れたみたいなやつかもしれないっ」
『了解。劇物の可能性もある。各自突入時は防毒マスクを着用せよ』
「なんでうちは平気なんだろ...?まあいいや!うちが全部壊しちゃえば終わりなはずっ」
降り注ぐ砲弾の中を駆け巡りながら仁野は単独で拠点に接近する。この作戦のメイン火力は爆撃と仁野だ。ただ、仁野は無意識にブレーキをかけている。能力で発生したものや砲弾などの兵器であれば全力を出しているが、対人となるとまだ躊躇がある。強い相手だと認識して対峙するときはそのブレーキも緩むが、人がいる施設などには百パーセントを引き出せていない。それが引き出せていれば、先ほどの一撃で防壁だけでなく、敷地内の施設までその影響は達しているはずだろう。
『地上部隊より本隊へ伝達っ。...敵の砲撃が着弾したエリアに到達した最前線部隊が次々に音信不通のため、侵攻を一時停止し、周辺を分析中』
『何が起きているか把握できるか?』
『音信不通になる前に苦しんでいるような様子を通信越しに聞きました。敵兵の症状と酷似しているかは不明ですが、無関係とは言い切れません』
「もしかしたらわざと地面に何か撃ち込んだのかもですっ。うちはわかんないけど、毒とかそういうのかもっ」
『防毒マスクを装着しても効果がある毒...。地上部隊での侵攻は一時停止。後退しつつ砲撃で敵拠点を攻撃せよ』
「うちが止まってる車を本隊に運ぶっ」
『仁野上等兵。本隊後方の救護班まで運び、容態や症状から原因を究明するよう連携を取れるか』
「了解っ」
五台ほど動きが完全に停止した装甲車らを持ち前の怪力と瞬発力でピストン輸送する。器用なことに発進と停止に速度のグラデーションをつけることで衝撃を和らげている。中の兵士が武士かどうかを確認する余裕はないが最低限の配慮をする。
「仁野ちゃんっ。中の人は?」
救護班まで装甲車を運ぶと、そこに美珠を始めとした救護班が防毒マスクや防護服を装着した状態で待ち構えていた。
「ごめん、わかんないっ。中見れてない。でも敵と同じだったら血を吐いたりして倒れてたから同じかもっ」
「わかった。ありがとう。こっちで診察してみる」
「ニノっ。俺も前線に連れてってほしい」
そこに憂希が声をかけた。その様子はいかにも万全ではない。外傷などは美珠の能力で回復しているのだろうが、肝心な体力面はまだまだという感じだろう。
「憂希君...。ダメ、今一緒は無理。毒とかそういうのがあるかもしんないんだって。うちはもしかしたら能力で大丈夫なだけで憂希もやられちゃうかもだし」
「何か砲弾からは拡散したんだよね...?」
「うん。一回目も今回もなんか出てたのは間違いないかな。でもそれだけなのかもわかんない。匂いもないし、噴き出したやつも舞っちゃってわかんない」
「...何かしら物質が出てるのは確定か。じゃあ前線部隊が停止している位置まででもいい。俺が吹き飛ばせるかもしれないから。破壊も着弾もさせなければいいって話なら俺が仁野をサポートする」
「っ...。わかった。えっと、どうやって」
「頑張ってしがみつくから引っ張ってくれる?」
「え、あ。おっけ!しっかり掴まっててよね」
差し出された手に仁野は一瞬年相応の反応を見せたが、すぐに我に返り、憂希の手を引いた。
「いくよっ」
「うん、お願うわっ!?」
少し強引にその場から前線へ出発した。その照れ隠しは憂希にはちゃんと効果があり、その勢いに気を取られ、仁野の少し赤くなった耳を憂希は見ることはなかった。いつもは自分からきっかけを作る仁野が、不意を突かれたように憂希から手を差し伸べられたことが、能力のフィジカルを優に超えるほど、仁野に効いたようだ。
「この辺なら大丈夫なはず」
「うん、俺もなんともないかな」
前線に到達したが、そこは変わらず爆発の痕跡のみが残る更地のままだ。無色無臭の毒ガスが充満しているとすればここは死の空間となっているだろう。
「一度吹き飛ばしてみるっ」
「うん、お願いっ」
憂希は暴風を中国側へ向けて放ち、充満していると思われる毒ガスをすべて吹き飛ばす。地面の表面から数十メートルの高さまで、一気に攫うように空気を入れ替える。
「一度火で地面を覆ってみる。可燃性かもしれないから。」
地面を這うように炎を薄くまとわせる。それに過剰に反応している部分はない。何かしらのガスであれば消滅したはずだ。
「これで...もう大丈夫なのか?」
「ん~わかんない。うちも違和感とか感じてなかったから、差がわかんないし。でもこれでダメだったらどうしたらいいか」
「毒ガスっていう能力じゃないとすれば、能力を見抜かないと対策はできないかもしれない。そうなれば攻め方を変える必要がある。...花菱さん、聞こえますか」
『こちら花菱。どうしました』
「上空は特に異常ないですか?」
『現状は特に。地上で発生しているような症状は確認できていません。現在、上空一万メートルに近い高度にいるため、雨雲でこちらと遮断できている可能性もあります』
「そうですね、ありがとうございます。こちら神崎です。毒ガスが原因であれば、今俺の能力で吹き飛ばしましたが、解決しているかはわかりません」
『了解。神崎上等兵が前線にいるのであれば攻撃手段は爆撃を主軸とし、地上部隊は敵の砲撃を迎撃せよ。可能な限り敵陣地側で堕とせ。こちら側に到達すれば蹂躙されるぞ』
『こちら救護部隊です。全体通達させていただきます。搬送された前線部隊は全員死亡していることを確認しました。死因は失血死です。出血毒によるものと思われます。ただ、現時点で毒物を検知できておらず、何を体内に取り込んだのかは不明です。血液検査など引き続き調査を行いますが、単純な毒物ではないことを警戒してください』
予想通り毒物が原因だということは発覚したが、それでも真の原因は不明なままだ。毒物を検知できないことなど普通はあり得ない。血液中もしくは体内に毒物が確認されるはずだが、症状に結びつく毒素が出てこない。つまり、毒ガスではない可能性が大きくなった。
『前線部隊は後退しつつ敵の追撃を迎撃せよ。地上部隊の突入は危険だ。何が毒素を放っているかは不明だが、敵の砲撃が撃ち込まれたエリアは進入禁止とし、爆撃を主軸として攻撃する。神崎上等兵は高度を取りながら、上空から敵拠点を確認し、能力で攻撃せよ。仁野上等兵は地上から敵拠点をさらに攻撃し、敵の砲撃や他の動きを監視し、逐一報告せよ』
「「了解」」
中国が見せた敵の侵入を一切許さない不屈の作戦は展開を許せば攻略は困難である。軍の規模の侵攻をそれ一つで食い止められている。
「はい。...ええ、申し訳ありません。...現時点では防壁の崩壊程度です。...ええ。私の能力を使った以上、こちらから地上部隊を出動させることはできません。...ええ。敵は何かしらの手段で爆撃を行っています。そのため、生存している能力者は急ぎ、拠点を覆う防壁を構築している状況です。...はい。よろしくお願いいたします。...くそ」
黄が通信していた相手は王である。地上部隊の攻略は仁野を除いて侵攻を完全に食い止められた。日本軍の攻撃は致命傷ではない。前線部隊を失ったのは大きいが、それでもここで次の手を打てていることが大きい。しかし、それでも王を頼らずに防衛戦を完遂することができなかった失態を黄は悔やんだ。
「日本軍、貴様らはトラウマであろう。私の能力の中を侵攻する死の軍隊。一度もこれを攻略できていない貴様らは私の能力と共に沈めてみせる。砲撃部隊に告ぐ。弾道ミサイルの準備を急げ。死の軍隊とともに発射し、人が立ち入れぬ空間にしてみせよう。次弾は麻痺と幻覚症状を中心にし、混乱したところへとどめを叩き込むとしよう」
だが、黄の目はまだ死んでいない。味方が前線にいなくなったことは黄にとっても都合がいい。能力をフルに行使し、敵を蹂躙する策をここで講じる。最後に戦場で立っていた者が勝者になる。




