No.82 命の篝火
劉は能力を自身の体からアウトプットするだけでなく、熱という火炎の特性を自分自身にインプットしていた。体に灼熱を宿し、周囲を燃焼させるそれはまさに火炎そのものだ。実際に燃焼し、炎が立ち上っているかはこの炎熱空間では確認できない。それでも現象をただ発生させるだけではないという点があまりに大きすぎる。様々な能力を掛け合わせることでその能力の幅や規模を拡大してきた憂希にとって、そもそもの起点が変わるというのは新たな可能性だ。そして何より、その領域にすでに独自のセンスだけで到達している劉は若くして中国軍の部隊長という将軍の座に就いているだけある。
「くっ...通信機器が」
この状況と相手の能力を通達しようと試みたが、この熱空間ではさすがに最新機器といえど機能しない。
「あんたを倒せば俺はさらに強くなれるっ」
まっすぐな向上心をむき出しにして劉は憂希に挑む。自然現象という能力だけで考えれば圧倒的に憂希の方が有利なはずのこの対面はその熟練度と能力の解釈の広さの違いで十分に覆る。今の拮抗した状況を傾けるのは簡単な変化でいい。
「炎ってのは物を燃やすんじゃねえんだって、この能力を使っているうちに気付いたんだよ」
憂希の言葉が理解できていない状況で、劉は伝わっているかなんてどうでもいいという風に語りだす。
「炎の本質は全部炎で染めちまえるってことだ。何でもバカ熱い炎で燃やせば、それは元の何かってのより炎の一部として生まれ変わっちまう。燃えているものを食らって炎にしちまうってことだ」
何かを燃やすために放たれる炎はある意味感染するように広がり、光と熱を伴って対象を酸化させる。炎は繁殖するかのようにその範囲と勢いを大きくしていく。
「だから、炎は本来消火なんてできねえんだよ!!太陽だって消せねえだろ!!」
太陽は炎というより核爆発に近いため、ここで例えに出すには少し的外れではあるが、地球上において熱を発生し続ける存在を消火するのは現状、同じくらい難しいだろう。
「火炎の大津波だぜ!」
火炎の大波が日本側に向けて広範囲に放たれる。憂希単体で狙ったわけではなく、その火炎の影響範囲を広げることが狙い。火炎自体の操作ももちろん可能であるがゆえに憂希は全方位を劉の能力で囲まれている状況となった。ただ、それは憂希にとっても武器になり得るもの。
「あんたどこまで耐えられんだよっ」
そのまま広げた火炎の温度をさらに急上昇させ、極限空間を形成していく。残された兵器や武器の残骸が次々に爆破していく。
「俺が...ただ温度を上げれば倒れるなんて思わないで下さいっ」
今まで能力を行使してもなお苦戦することはなかったことから劉はその場で能力行使に集中しきっている。その隙を逃すわけにはいかない。地面を一気に隆起させ、劉を空中へと射出するように吹き飛ばす。
「ぐぅっ!?」
「これならその能力でも効くか...?」
最高到達点まで上昇した劉に向けて落雷を数発撃ち込む。劉を経由して地面まで到達するほどの高電圧で放たれた稲妻は轟音を鳴らし、熱で緩くなった地面を抉る。
「ぐっがああ!!痛ってえ」
通常即死する電圧が体を貫いたのにもかかわらず劉は無事だった。ダメージを受けたのはあくまで稲妻が生み出す熱量から生まれた衝撃。しかしその熱量と同程度の熱を劉はすでにその身に宿している。熱による破壊の一切を受け付けない劉は並大抵の攻撃では致命的なダメージを与えられない。
「くそっ。だが、効果はある」
「何で一気に空中に!?ここにいたらまた攻撃されるっ」
空中にいながらその場から離脱する一心で劉は能力を行使する。まるでジェットエンジンのように両手足から炎を放出し、空を一息に駆ける。
「ぐっ...くそ」
憂希もまた無傷ではない。熱だけであればまだしも炎となればその有害性は熱だけではなく酸素を消費するということだ。人間が呼吸で摂取する酸素を軒並み奪いつくすことで行動不能にする。実際火災において火傷の次に一酸化炭素中毒や窒息が原因で死亡するケースが多いのだ。
「炎だけなら」
その場から炎を消し飛ばすため、自分を中心に竜巻を発生させ、炎を巻き取って自分の周囲に安全圏を作る。
「うわっ!?なんだあれ竜巻!?何でもありかよ!?何の能力だあんた!」
空中を高速で移動しながら劉は叫ぶように文句を放つ。初見ではあまりに理解しがたいほど規格外なのもグレード1の強みだ。
「これでリセットだ...」
地面が融解していくほどの温度の中で耐えることができたことに憂希はさらなる可能性を見出す。単純と言えばそれっきりだが超高温空間で耐えることができたということは超低温空間でも同様に対処できるということだ。分子レベルで停止していく極限状態の中で、自分自身に能力の効果を発生させながら身体機能は失わないという神業的な能力制御。言うは易く行うは難しだが、乗り越えなければならない壁である。
「体を...極限まで......冷たく」
今まで電流操作での身体制御くらいしかやってこなかった自分自身への能力行使にここで挑む。いつだって実践で一歩引いてしまってはその一歩が命取りになるのだ。先に有利な方へと一歩進めるものが命を勝ち取る。
「ふぅ...もっと...寒く...周囲が....熱い」
口から吐く息が白く染まる。まるで肺が氷室になったかのように気道から冷気が出てくる。気付けば周囲はどんどん氷結していき、発生させた竜巻が外と内の温度差でさらにうねり、その勢いを増していく。
「ただの暴風ならかき消すまでだっ」
「急激に氷点下になれば...いくらこの炎でもっ」
劉が火炎を放った瞬間、発生していた竜巻が爆散するように内部に滞留した大量の冷気が外に激流のように拡散する。冷気は火炎に潜り込むように地を這いながら地上と炎を分断し、融解するほどまで熱されていた地面から一気に熱を奪う。火炎は熱を保持するものを失い、空中でどんどんその火力を弱めていく。
「なっ」
劉の動揺はこの状況を一変させるには十分な時間だった。さっきまで灼熱地獄となっていた戦場は一気に氷点下を下回り、世界が停止していく。
「氷なんて効かねえって言っただろ!」
自分自身に炎を宿している劉にとって外部からの熱による干渉はほぼ意味をなさない。だが周囲への火炎や熱の放出は影響を受ける。温度が上昇しにくい状態で炎の火力は上がらない。
「くそっ、だったら!」
放射する火炎の威力が不十分と見るや否や、すぐに対応を切り替える。自分の中に存在する熱を高め、外気に影響されない場所で火力を高め、放出することで周囲の氷結ごと吹き飛ばす。
「そう来ると思いました」
「っ!?ぐああ!?なんだ!?」
その熱の放出に合わせて大量の水を地面から発生させ、水蒸気爆発を引き起こすほどの蒸発が劉を襲い、また施設側へと吹き飛ばす。
「ぐうっ」
「畳みかけるっ」
その吹き飛んだ位置に稲妻のような速度で回りこむように移動し、転がった劉にその勢いを乗せた打撃をお見舞いする。
「ごはっ」
「熱量でダメージを受けないなら衝撃を中心に仕掛ける」
「ぐぅっ、なんだこれ冷てえっ」
まだちゃんと完全になじませることはできていないが、それでも憂希は自分の体温を確実に下げていた。それは人の体温と呼べる領域をすでに超えていて、気温との温度差で憂希の皮膚に結露した水滴が滴る。その水分がまた憂希の温度を下げていく。
「熱量を無効化できても筋肉の緊張は防げないでしょっ」
打撃で吹き飛ばしたところに雷撃を叩き込み、その衝撃と筋肉に電流が流れることによる筋肉の硬直を引き起こすことで動きを阻害する。
「ぐがあああ!?」
「これでっ」
憂希は必死の戦闘により敵を攻め、追い込むことに躊躇などなく、ただひたすらに敵を打倒することを目的に攻撃をし続けた。そして完全にとどめを刺すことを流れるように意識する。
「なっ...」
だが、その決意や攻撃の意識などが完全に崩れる光景が目に焼き付く。殴打した劉の肩が溶け出した溶岩のようにその殴打の衝撃が風穴を開ける。だが、その穴をドロッと皮膚なのか筋肉なのかわからない肉体が穴を塞いでいく。
「どうなって」
「俺が炎に近づくんだっ...。周囲に影響されない無敵の炎にっ」
劉は能力の真髄を一つ越えようとしている。能力者であるということはその能力を使いこなすだけではない。グレードごとに明確な差があり、その本質は言葉だけで語ることはできない。実際、まだ能力者として明確になっていないことは山ほどある。
「近づいてみろよっ」
その温度はさっきまでとは比べ物にならないほど上昇し、その熱で劉の体は熱された金属のように赤く光っている。まるで本人自身が炎になっていくような変化。
「そういうことまで...。もう人の領域じゃっ」
「来ないならこっちから行くぞっ」
状況はひっくり返る。手足から放出する火炎で急加速し、爆熱の拳を憂希に向けて叩き込むために急接近する。
「くっ」
その接近を阻止するため憂希は目の前に氷壁を展開する。
「無駄だっ」
その氷壁をただ接近するだけで融解し、勢いを微塵も落とすことなくそのままさらに加速する。
「だったらっ」
「おらあああ!!なっ!?」
直線的な攻撃は速度と温度こそ驚異的ではあったが、その軌道の制御まで意識は向いていなかった。憂希は銃弾を逸らす要領で劉の軌道を風の能力でずらし、その近接戦闘を無力化する。
「どれだけのダメージなら再生できなくなる?そもそもダメージはあるのかっ。確かめるしかない!」
逆噴射のように急ブレーキし、そのままその噴射の勢いのまま折り返してくる劉に対して憂希は高圧の衝撃波を放つ。その威力も範囲も今までより精度が上がり、無意識にイメージに置いた和日月の斬撃に匹敵する切れ味にまで成長していた。
「があああああ!!!だりゃあああああ!!」
その衝撃波に正面から衝突し、建造物が瓦解するほどの暴風が発生する。
「...嘘だろ」
「ぐうあああ...。痛ってえ!!...痛ってえけど効かねえよ!!」
片腕を切断されているはずなのに、その片腕はすでに炎に置き換わっている。実体がないはずの炎はまるで個体のようにしっかりとそこにある。そのまま切り落とされた腕をその炎にはめ込むように沿わせると、まるで溶接するように片腕は元通りに接着した。完全に人間の回復力を超越した超速再生。炎の延長にあるのかも不明なほど概念を凌駕した能力行使。
「がはっ。ゲホゲホッ。ぐが。...ぐ。だあああああ!!」
口から吐き出された血がすぐに蒸発していく。滴るはずの血液はすぐに上昇気流に乗り、天に落ちていく。明らかな能力の過剰行使。体力の消耗を越え、命を削る領域になってもその解放を緩めない状態。生命力を代償にした能力者は常識には到底収まりきらないほどの能力をその手に宿す。
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