No.77 幼き軍師
β版の資料には能力者への進化について、過去の実験や施術の結果から進化した人間の年齢別分布がグラフ化されていた。
「...圧倒的に若者が多い」
十代から二十代が一番能力者への進化割合が高く、この資料では六十パーセントを越えていた。精神や身体の成長過程となっている若年層において能力者に適合することは何かしらの関連性があるという前提のもと、その真の要因が何なのかを研究することが『青少年高負荷実験』の目的と記載されていた。
「...」
確かに日本軍だけではなく、今まで対峙した能力者を思い返してみても同年代くらいの能力者が多かった。そもそも他国が一般人から募集しているのもそういった背景があるのかもしれない。
「...受刑者を対象とした人体実験って」
そこには成人者の無期懲役または死刑求刑者を対象とした人体実験結果が記載されていた。かつての人類進化を目指した原初の実験とは異なる、完全に最近まで実施されていた実験だ。それがこの日本で一般社会に溶け込み、それがずっと根っこを伸ばし続けていた。
「...あれ、これで終わりか。この番号が最後」
β版の記録はその実験結果がナンバリングごとにまとめられていただけで、その結果どういう結論に至ったかは記載されていない。
「...え」
最後の番号に記載されていた資料の裏面に手書きで記された文字に憂希は絶句する。そこには『肉体への負荷は効果なし。精神面への負荷に移行』の文字。それが何を意味するのかまでは具体的にはわからなかったが、それでもより人の道から外れた手段に移行したことだけは理解した。そして、その先にあるものこそ、自分たちにも関係のある情報になってくることも簡単に予想できた。
「...俺たちは一体.....何に変えられたんだ。何を....変えられたんだ」
今は答えの出ない問いがどんどん憂希の中に重なり、その歩みを重くしていく。それでもそこでひざを折ることなく進む覚悟を憂希はまだ灯し続けている。
憂希はまずは任された仕事をこなすことにした。整理している最中にも他の情報が見つかるかもしれないと考えたが、それは肩透かしに終わった。
「これで全部か...」
指定された場所に荷物を移動し、倉庫整理を完了した。自分で運ぶことと能力で運ぶことを同時に行うことで能力の最適化や繊細な制御に加え、肉体の行動と能力行使の併用を行うことで無意識化でもある程度の能力行使をできるように訓練した。何回も低空ではあるが荷物を落としたりもしたが、それでも能力の操作イメージではなく、やりたいことのイメージで能力を紐づけるようにする練習はある程度掴めた。
「くそ...やっぱり能力者なんて人体実験や改造の結果じゃないかよ」
様々な発明のすべてが人類の発展のために利用されるわけじゃない。なんなら革新的な発明は軍事利用されることも多い。ただ、この能力者というジャンルは起源こそ人類の可能性を求めるものだが、どの国も同様に人類を兵器化する道を選んだ。人間の本質は侵略することなのかもしれない。
日本本部の襲撃を成功させた中国軍はさらに次につなげるために大きな動きを仕掛ける前準備に取り掛かっていた。
「おいこんなつまんねぇとこに呼び出したんだからもてなせよおい」
「菓子をたいらげておいて何を言うんです。もう少しで来ますから大人しくしておいてください」
一人眼鏡の男性がNo.999をなだめる。No.999は無作法に高そうな机の上に足を置き、椅子の背もたれに全力でもたれかかって天を仰いでいる。ここまで寛いでおいてまだ求めるのがNo.999らしい。
「お待ちしておりました。義子様」
「お待たせ。瑞賢、待たせてごめん。....では始めようか」
重厚な扉が開き、そこに現れたのは一人の少年。その見た目とは裏腹に不気味なほどの落ち着きとにじみ出るカリスマ性が雰囲気をまとっている。
「No.999、今回の作戦に協力してくれてありがとう。..どう?楽しかった?」
「時間制限付きってのがナンセンスだが、まああんだけ殺し合えるのは快感だったな。あの日本にいる災害野郎は毎回新鮮な痛みをくれる。爽快だったぜ」
恐怖という感情を失っているNo.999は分泌されるアドレナリンなどを楽しみ、現実離れした状況をアトラクションのように感じているようだ。
「今回珍しく君を呼び出したのは、今後君たちグレード1が単体で暴れる機会が減るだろうということを伝えたくてね」
「は?どういうことだよ」
義子の言葉に急にイラつきを前面に出して、足を乗せていた机を蹴り倒す。その態度だけで見ればそこら辺のチンピラと何ら変わりない。
「もちろん、君に活躍してもらう機会をゼロにするって話じゃないよ。ただ、僕としてもいろいろ考えているんだよ。軍としては能力者を配備した上でうまく成立させていかないといけないんだよ。...君には興味のない話だろうけど、政府は国民の犠牲を前提にする軍の拡大には腰が重いんだ」
「殺し合いを何も知らねえバカどもに俺が従う理由はねえよ」
ただの殺意と悪意の塊。ある種一番純粋な殺人衝動だけで生きるNo.999は理屈も理由も聞き入れない。災害に意志がないように、彼にもまた明確な意志はない。目的は手段を行使することであり、目的と手段が同一な時点で行動として破綻している。
「俺は別に暴れられればこの国でもいいんだぜ?戦争が一番お誂え向きってだけだからなあ」
「まあ、そう言わないでくれ。君に自由を認めている僕のメンツも配慮してくれると助かる。...それに君に何かを気にして戦えとか、暴れるなって話じゃない。ただ君単体ではなく、軍としても前線に派遣する部隊を用意しているって話なんだ」
「じゃあ俺には関係ねえじゃん」
どこまでいっても極端なNo.999。とはいえ、そんなことには慣れている様子で少年は淡々と続ける。
「あとになってから邪魔だとか何だあれはって言われても説明したと言えるようにしているだけだよ。君が覚えているとも思えないしね」
「あったりまえよ。何回も死んでんだからその前に生きていたことなんて覚えてられるか」
実際に死んで生き返るなんて経験をしている人間にしかわからない価値観でNo.999はぶっきらぼうに言う。なら説明してもしなくても同じではないのかと思うところだが、義子なりの筋の通し方なのだろう。
「君には変わらず戦う機会を用意するよ。まあ、頭の片隅に今後は味方も戦場にいるということを入れておいてくれると嬉しい」
「それで死んでも文句言うなよ?俺の邪魔すんなら誰だって関係ねえ。一緒に死ぬまで踊ってもらうだけだからなあ」
No.999は心の底から愉快そうに不気味な笑いを浮かべて言う。そのままサッと立ち上がって扉ではなく窓の方へと歩いていく。
「じゃあ話は終わりだろ。俺はこんな堅苦しい牢獄からはおさらばさせてもらうぜ。こんなとこいたら死にたくなっちまう」
返答も聞かず、反応も見ないまま蜘蛛の巣でも払うかのように窓ガラスを粉砕してそのまま外へと出ていく。
「少しは人の文明に適応してほしいんだけどね」
諦めきった顔で義子は呟く。壁を破壊しなかっただけまだマシだという判断なのだろう。
「さて、これでいいかい、神美」
「むぐ、は~い、いつもありがとね~」
一切会話には入ってこないまま、目の前に並べられた様々な料理を凄まじいスピードでたいらげていく女子。口いっぱいに詰め込む大きな一口が次々に運ばれていく。呑み込んでいるかのように料理が放り込まれていく様子は見ていて爽快だ。その華奢な体のどこに吸い込まれていくのかはわからないほどの吸引力。
「少しはあなたから説明してよ。こんな子供にいつも任せないで」
「な~に言ってんの。今更神美が偉そうに話し始めたら誰も聞いてくれないって。王ちゃんだから皆聞くんだよ。難しいことわからないし面倒だし」
「それが本音じゃないか」
「いいじゃん適材適所ってやつでしょ。お姉さんにはお姉さんのやることがあるんよ」
「...なら食べてるところ以外も見てみたいけど」
「かわいい女の子がおいしそうに食べてるとこ見れるなんてラッキーだよ~?それに惚れる男だっていふんはから」
「言い切ってから口に運んでよ...」
「神美様。お言葉ですが義子様は連日能力を行使されていることもあり、軍の統制においては恐れながら、多少のご助力賜りたく」
「わかったわかったよ~。でも、とりあえずお願いされてたやつはもう終わったよ?各部隊の隊長選出と編成は適当に」
「なんだ、やってくれてるんじゃん。ありがとう」
「一応言っておくけど性格とか相性とか知らないからね」
「それで、その人たちは今どこに」
「え?知らないよ?集めたいなら集合かけるけど」
「わかった。...じゃあ集合かけてほしい」
「おっけ~後でやっとく」
「今すぐだよ」
「ええ、おなかすいたのに」
神美は口に運びかけた一口を口惜しそうに見つめながら、一度食事をやめて部屋を出ていく。彼女の中では食事が何よりも優先なのだろう。
「やっと形になってきましたね」
「うん。ここまでかなり厳しい状況だったけど、なんとかなった。これでちゃんと戦えるかな」
「彼を解放した采配。お見事でした。また、継続的な能力行使も大変お疲れ様でした」
「ありがとう。...この立場になったならやれることはやるよ。誰かも知らない人の陰謀だろうと策略だろうと、この戦いを生き抜くためなら修羅にでもなるさ。先生もいろいろありがとうね」
明らかに立場は義子のほうが上のはずだが、彼は瑞賢を先生と呼ぶ。少年が能力者の長を務める異様な状況はやはり自然に発生したものではない。それでも手にした能力とNo.999をうまく扱うその力量は年齢など関係ない義子自身の力だと言えるだろう。
「じゃあ、日本には悪いけどここで大戦の席から降りてもらおう。太平洋側を完全に中国軍の管理下に置くことで、アメリカが簡単に手を出せないようにする。そうしたらロシアとヨーロッパに集中できるだろうからね」
そして日本を狙う策もまた大戦を俯瞰して席を見据えた軍略の一つ。じわじわと日本軍は追い詰められ、中国の手がもうすぐ首元に回る位置まで来ていた。
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