No.75 抉れた痕跡
ついさっきまで戦闘状態だったのにもかかわらず、その後の日本の足取りすら筒抜けという状態に、この訪問に慣れ始めていた憂希もさすがに不気味さを感じる。
「...ここに俺たちがいるってどうやって」
「私に不可能なことはないんだ。...と誤魔化しておくとするかな」
「っ...」
そんな言い訳にもなっていない理由で納得するわけがないだろう、と憂希は内心悪態を吐いたが、それを言ってもはぐらかされることを理解し、言葉を呑み込んだ。
「何の用ですか。日本は今緊急事態で厳重警戒中です。敵対関係にある以上、あなたの存在は厄介なのですが」
「はっきり言ってくれると気持ちがいいね。とはいえ、頭ごなしに敵視していないのは大人な対応だ。いやなに、君と話がしたくてね」
日本本部に一番出入りしていた部外者は憂希の目の前にいるこの老紳士だ。そもそも本当に老紳士なのか、性別すらはっきりとした確証がないこの人物は日本に襲い掛かってきている裏切り者や襲撃といった事件の有力な容疑者候補であることに間違いはない。
「なんですか」
「君にいいことを教えようと思った、と言ったろう」
「あなたたちが発表した能力者の促進については知っていますよ」
「ああ、まあそれも関係あるが、本題は違うよ。...君は各国がどのように能力者を生み出しているかを知っているかい?」
「...聞いているのは志願制が多いと」
「多い...のではないよ。君たち日本軍以外はすべて志願制だ。待遇や対象に違いはあるが、それだけは...事実だ」
「...」
憂希はその重要性に気づかない。だからなんだ?とこの老紳士が言わんとしていることを理解しようと思考を回す。
「確かに国家間の力関係で雑兵として無理やり能力者を増やしている国はあるだろう。だが、私の知る限り能力者としてグレードが高ければ高いほど強制されて能力者になった者は他国ではいないんだよ。ロシアは確かそもそも軍人しか能力者になる資格がないはずだ。...なんなら表ではそんな組織が存在することすら普通の軍人では知らないだろう。エリート部隊ってやつだね」
老紳士はまるですべて見てきたかのようにつらつらと国の極秘情報を話し始める。憂希はその重要さに混乱する。具体的に戦場で役立つ情報化と言えば、すべてがそうではないが、それでも一個人には余りある情報だ。
「中国は...正直私もそこまで把握していない。だが、能力者部隊を急ピッチで拡充している動きはある。グレード1を一人、君に殺されているからだろうね。まあ例外なく、そこも国の裏側で組み立てられている秘匿組織だろう。まあ、それはどの国も一緒だろうけどね」
「...だから、何だと言うんです」
「戦闘後なこともあって少し疲れているか。いつもより察しが悪いね。...なぜ他の国は志願制にしていると思う」
「え...」
疲れもあって憂希は思考が回らない。志願制のほうが人が集まるからとか、そのくらいの理由しか思いつかない。
「私のタイミングが悪かったね。君との会話が楽しみで急ぎすぎた。率直に伝えよう。例え能力者になれる人間に死ぬリスクがなく、百パーセント能力者になれるとして、君たちのような軍隊に誰彼構わず入隊するのはリスクだろう?それに加えて死ぬリスクがある以上、当人の意志に関係なく能力者への進化実験を施すことなんて普通はできないんだ」
「それは...そうでしょうが」
「なるほど。本当に疑問に思っていないんだね。思考の誘導がうまいな君たちのトップは」
「どういうことですか」
「君が....君たちが選ばれ、グレード1の能力者になったことは偶然ではないということだよ。他国と違い、志願制ではい日本軍が半ば博打に近い能力者への進化を人数を確保できない状態で他国と同じ人数を揃えている事実は、偶然じゃない」
他国が数千人、数万人と能力者への進化を施術していることを日本でやれば、行方不明者を世間に隠し切れないだろう。年間数万単位の行方不明者届が受理されているものの、それのすべてがこの絡みではないはずだ。そもそも、日本軍がどこまで行政機関に権力を持っているのかは定かではない。
「じゃあどうやって選ばれたんですか。何か知っているんですか」
「申し訳ないがまだ確証を得ている結論はないんだ」
老紳士はそこまで踏み込んだ話を展開したにもかかわらず、肝心な質問にははっきりと答えない。憂希は揺さぶりをかけられた上に、肩透かしを食らう。
「ただ...そのどうやって選ばれたかの確証はないが、日本軍には何か仕掛けがあるということはあらゆる情報を整理した時に見えた結論だよ」
「俺を混乱させるのが目的ですか」
「いや?私の方こそ疑問だったんだよ。自分が強制的に能力者にされたということを追求しない君たちが。気になったから私が調べたんだが、完全に情報を収集することはどうにも難しくてね。...それに、死というリスクを帳消しにできるほどの条件が本当にあるのだとしたら、それは生半可なものではないはずだ。まあ、同年代以外に君たちに共通点があるのかはこちらもわからないけど」
「...」
確かに自分を完全に捉えるために、和日月たちが仕掛けてきたことはまだ記憶に新しい。自分以外がいない両親の墓の前で声をかけられたのだから。道を歩いているときにスカウトするようなものではない。行動パターンを把握して接触してきたことには間違いないだろう。
「戦いを目的としていない君は何を成すのかに私はとても興味がある。私の誘いはもちろん継続的にウェルカムだ。戦いを避けたいのであればその環境は用意できる。...ただ君はそうではないと答えた。逃げずに向き合った先に何を求めるのか」
「...それは最初から決まっています」
「ほう、それは何だい」
「こういうしがらみや誰かの陰謀に左右されない、現代においては普遍的な自由です。自分の選択で人生を歩むことのできる自由を俺は能力者に取り戻したいんです。戦争に巻き込まれて死ぬことも、誰かに利用されて傷つくことも、命懸けで殺し合うこともない。能力の関係ない世界」
和日月が求める世界、欧州が掲げた社会。そのどちらとも違う憂希の目指す世界は、能力者であるかどうかなど関係ない公平な世界。
「...それに君がどう歩んでいくのか楽しみだ。混乱させてすまないね。だが、現状をただ消化するだけでは君のように戦いではない場所に何かを求める人間はその目的にたどり着けないということをアドバイスしたかった。君のみに起きている不自然を見落とさないようにすることを勧めるよ」
そう言って嵐の様に老紳士は去っていった。日本軍に対する不信感を植え付け、欧州への勧誘をスムーズにする狙いなのか、日本軍の能力者進化技術の重要情報が欲しいのかは定かではない。だが日本軍の中でも憂希に固執しているのは事実だろう。
「……戦争なんてしてる時点でもうすでに異常だ」
憂希は適応し始めている自分を不気味に感じる。そんな自分と他の仲間が共通していてほしくないと思う半分、皆はなぜ耐えられているのかを今一度疑問に思った。
日本軍は今後の対応や編成、中国軍に襲撃を許した原因究明と対策構築のため上層部が連日会議を実施していた。各支部での警戒体制は最高フェーズまて引き上げられ、連日交代制で周囲の監視および出動待機状態となっていた。
グレード1のメンバーは本部襲撃の消耗を回復することが優先となり、数日間は待機命令が出ていた。とはいえ、じっと待ってるわけにもいかず各々が最低限の訓練をしながらグレード1同士の連携について仁野と憂希は認識をすり合わせていた。
「ガチでピンチになったら最悪うちらでチームになってもいいかもね。そしたら結構バランス悪くないんじゃねって思ったりしたんよね」
「確かに…索敵できる輪廻と前線に立つニノ、全体的なサポートと広範囲や遠距離に対応する俺と、不測の事態に臨機応変に立ち回れるラプラス。振動さんがいればこっちからの連絡は心配ないし、いざとなったら離脱もできるか」
「そー。バラバラだとめっちゃ囲まれたり、相性悪いと詰んじゃうし。グレード1とか出てくるとぶっちゃけ余裕ないじゃん」
仁野は努力家だ。憂希と同様かそれ以上に頭を使い、自分にできることを考えている。また、自分に足りないものを理解しながら、それを単独で解決しようとするのではなく、できることできないことを切り分ける大人な考えを持つ。知らぬ人が聞けば絵空事だと笑うヒーローという目標も近くで見れば否定できない。
「相手の能力が初見じゃわからない以上、すぐに対策できるようにある程度動き方は決めておかないとね」
「ラプちゃんが完全回復したらもう一回話そー。正直今回はラプちゃんいなかったらマジで無理だったね」
転送の瞬間、自分たちの周りに出現した死人兵をなりふり構わず吹き飛ばすことで致命的な事態は避けたが、基地全体はほぼ全壊であり、立て直しは不可能と判断された。ラプラスが死守した物資や人員の転送が失敗していたら恐らく軍全体としての立て直しすら怪しくなっていただろう。
「でも総司令全然出てこなかったよね今回。本部にいなかったのかな?」
「いつでも司令室にいるもんだと思ってたけど、実際あの人の行動はわからない部分が多いよね」
見えない部分、見せない部分が多いトップというものはどこか信用に欠ける。憂希に関しては最初から信用などしていないのだが。
「あの人は最初からよくわからない。…そういえばニノのときってどんな感じで軍に入る流れになったの?」
「え、うち?…うちはね気づいたらここに運ばれてたの」
「気づいたらって…どういうことか聞いてもいい?」
「うん、憂希君ならいいよ。えっとね、うちがここに運び込まれたのは、交通事故に遭ったからなんだ。意識なかったからあんまり覚えてないんだけど、家族と道歩いてたときにトラックがぶつかってきて…。その…うちを庇ったパパとママが…」
「ごめん、もう大丈夫だよ。辛い話させてごめん」
いつも眩しいくらい明るい仁野の表情が、暗く翳り、今までで一番悲しそうで悔しそうな表情に変わったのを見て、憂希は思わず仁野を止めた。
「ううん、うちが話そうって思ったから。憂希君は悪くないよ。……でも、それがうちがヒーローになりたいって思ったきっかけ。うちにそこでトラックなんかに負けないくらい強い力があったら……パパとママを助けれたのかなって。なんなら事故なんか起こさないようにできたんかなって」
「…そっか。ニノは強いね」
「…憂希君はやっぱり優しいよね」
憂希の言葉にこもる心が、仁野の心に響く。じんわりと痛んでいた胸の中心が少しだけ暖かくなった。仁野は思わずその感覚が無くならないようにと服をキュッと握った。
「…」
憂希は一つ、欧州の老紳士に言われた言葉を思い出す。自分たちグレード1の共通点。その答えに嫌な考えが頭をよぎった。
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