No.74 日本本部壊滅
No.999の不死は通常何をやっても死なないという不死性にこそ注目しがちだが、その最たる能力はその再生能力にある。どんな状態でも不死を発動するということは単純な事象、現象の類であれば死なないという結果が勝つ。酸素が無くなれば生物のほとんどは死ぬが、No.999は死んでも再生し、酸素がなくても死から再生し続けることができる。適応とは呼べないほど粗く、現実的ではないその選択をNo.999はブレーキを知らぬまま突っ切ることができるのだ。
「ああ?てかここどこだっけえ?よくわかんねえけど殺し合ってんだよな?なあ?じゃあ...俺がいるのは当然だよな!!」
絶対零度という空間で死滅するはずの生命力を不死というあまりに無理やりな解決法で脱出したNo.999は戦場と認識するとにたりと不気味に笑った。
「最悪だ...。こいつに付き合ってたらいくら命があっても足りないっ」
明海は自分の体力がすでに限界な状態で放った憂希の天変地異をNo.999に向ける。体力が底をついた状態でNo.999が暴れ始めれば明海は必ず戦闘不能に陥る。そうなればラプラスの能力を確認することなど夢物語となるだろう。ただ拘束されただけの足手まといという烙印が押されるだけだ。
「んだよここは。地球がバカになっちまったのか?飽きたぜ嵐やら氷河期やらはよ」
憂希との激闘をずっと継続していたNo.999からすれば、明海の大雑把な能力行使はグレード1の域には達していない。ましてや体力が万全ではない状況での攻撃だ。No.999にとってはただの雨や風でしかない。肉を穿ち、骨を断とうとも命を絶つことはない。
「がああ...くそだるくなってきたな」
ただ、不死とて能力である。本人の体力をもって行使される能力の本質はどの能力においても例外はない。効率や消耗量は能力によって異なるが、そこは変わらない。憂希の能力と自分の自爆による疲弊はNo.999と言えど隠せていなかった。
「...ああ?時間じゃねえかよ。どうりでだるいわけだぜおい」
ただただ暴れるだけのNo.999が時間を気にし始めた。
「この戦場も終わりか。じゃあな」
そのまま暴れることも何もせずにその場から去っていく。
「は?」
「なんで...」
『作戦実行時刻まで残り五分。各自撤退準備。敵を掃討し、離脱せよ』
その瞬間、ラプラスに離脱命令が入る。明海の攻撃がNo.999に向けられたことで日本軍の待機場所に被害はなかった。
「くそ....なんでこんなタイミング悪く」
悪あがきの能力行使が祟り、明海は完全に能力を使えるリソースが尽きる。
「なっ...」
中国が仕掛ける最後の攻撃が姿を現した。ずっと集団で出現していたはずの死人兵が次々に一人ずつ距離を置いて出現する。その手に武器はなく編成も組んでいないし、棒立ちで作戦行動をする素振りもない。ただ、通常ではありえない量の爆弾を体に巻き付けていた。
「そういうことか....」
「くっ」
中国軍は死人兵の部隊投入で得た情報をもとに、死人兵を媒介にした大規模爆発を仕掛ける。爆撃は兵器の転送のみという印象を持たせ、現地での能力行使はNo.999と死人兵のみであるというブラフすら組み込んだ大がかりな作戦だった。大量かつ広範囲に発生させることですべてを完全に防ぎ切れない確実な攻撃。
「『The world is mine』」
ラプラスはそれらが起爆する直前で世界を停止させる。対人戦では基本的に有利を取れる能力だが、戦闘領域が広く、敵の数が多い戦争においては万能な能力ではない。規模を拡張することを強制される中で、限られたリソースを意識しながら能力を行使しなければならない。ただ、このタイミングでできることは限られていた。
「っ...どうする。どうしたら」
止まった世界にたった一人のラプラスは必死に考える。ずっと能力を行使し続けていたこともあり、世界規模の時間停止は長くは維持できない。次の手段まで考えるとなおさら体力は残しておくに限る。
「まずは...転送地点にっ」
すぐそこにある転送地点にラプラスは走って向かう。集合地点はいくつかあるが、物資や兵器、兵士ではない人員たちの集合場所はその場所だった。兵士たちは憂希や仁野が対処すると信じ、一番近くの集合場所を護りに向かう。
「っ...はぁ....はぁ。...もうやるしかない」
大きく開けた発着場の傍にある航空機格納庫に皆が集まっている。大量の物資や武器と一緒に医療関係者や自衛隊関係者がほとんどで兵士はいない。
「『Dawn of an era』....『The world is mine』っ」
世界全体の停止を解除し、すぐに格納庫全体に範囲を絞った時間停止を間髪入れずに発動する。
「これで...」
世界の歩みと軸をずらした時空間にすることでロシアのグリゴリーのような変化を一切しない干渉を拒絶する空間となる。
「っ...ここにも」
しかし、その停止空間の中にも死人兵が数人出現していた。ここにいる人間は死人兵の存在を知らない。ゾンビと言われて思い描く死体とは完全にイメージが異なるそれを異常な存在だと認識することはできない。
「っ....できるのか。...違う、やるんだ。...これをできるのはオレしかいない。なら、オレがやるのは必然だ」
ラプラスは複雑な時間操作を今まで挑戦したことはなかった。範囲を決めた空間に対する時間操作は一種類のみだ。
「『The world is mine』」
複数の対象や違う範囲で同時に行使する時間操作を発動する。発動した時間停止を格納庫を覆うドーム状の薄い時間停止空間に変更し、その範囲内に存在する認識した死人兵それぞれを停止させる小規模の時間操作を行使した。周囲の爆発が収束するまでの絶対防御空間を展開し、日本本部最大の窮地を救う。
「くっ..ぐぅ....」
連続使用に範囲拡大や複数同時行使という消耗がラプラスを蝕む。もうその足で立つことすら難しく、地面に膝をつき呼吸を荒げる。まるで全力疾走をした後のような倦怠感と呼吸の乱れが襲ってくる。
「っ....」
だが、それに気を取られて能力を緩めることはできない。少しでも緩めれば干渉を許し、防御として機能しなくなる。少しでも時間が進めば外の影響が確実に侵入してくる。ラプラスは歯を食いしばって能力行使に全力を注ぐ。対軍戦闘であまり活躍できない自分をここで挽回するためにも。命懸けで戦う仲間と並び立つためにも。
「転送担当の人!この周囲で敵軍の爆破攻撃が仕掛けられた!敷地内全体でも爆破する!オレが周囲からこの建物を隔離した!今のうちに転送を!!」
「なっ、どういう」
「いいから早く!」
「りょ、了解っ」
いつもの冷静沈着な態度を維持できる余裕などなく、ラプラスはできる限り大きな声を出して、転送担当者を急かす。事情を詳しく説明している余裕も時間もない。外の爆発が収束しても中に発生した死人兵が起爆する。この場にある転送対象をすべて転送完了させる必要があり、それ以外にこの状況を打破する方法はない。
「くっ....早く」
次々に物資や人が転送されていく。緊急性の低いものが集まっていたこともあり、転送の能力者は一回の転送で移動できる量が少なく、何回にも分けて転送している。時間にすればほんの数分という短い時間でも、極限状態のラプラスにはものすごく遠く感じる。一秒ごとに体力が削れていく実感を確かに感じてながら耐える。
「転送完了しました!あなたも早く」
「ここから...動けない」
「っ...今行きますっ」
その青年が全力で駆け寄り、ラプラスに触れるかどうかのタイミングで時間停止が解除された。皆が集まっていた格納庫は周囲の爆発から数十秒遅れたタイミングで大きな爆発により木っ端微塵に吹き飛んだ。日本本部は完全に業火と爆風に包まれた。全体的な被害がどうであれ、中国の日本本部襲撃作成は完全に成功となった。
数時間後、事態は収束した。日本軍はそれぞれが全国に点在する支部にバラバラで転送された。本部司令室は内陸山間部にある自衛隊施設に仮で設置された。物資なども一点集中せずにばらして置くことで襲撃による被害を最小限に抑える。兵器や武器は自衛隊に還元し、必要に応じてそこから収集ような体制となった。
「...ラプちゃん」
新本部に設置された医療室は専門の病棟設備が十分にはなく、仮設的に設置された応急処置と能力による回復が主となってしまっている。そこに設置された医療用ベッドに点滴を受けてラプラスが横たわっている。その周りに憂希と仁野、振動がラプラスの様子を見つめている。
「捉えていた明海は...」
憂希はやるせなさのまま、思わず振動に質問した。能力を酷使しすぎたラプラスは過労のような症状で意識を失った。美珠もまた治療にかかりっきりだったため、現在は療養中だ。自然回復を待つしかない。救われない気分が充満していた。
「中村上等兵の報告では途中まで同行していたがNo.999の介入や最後の爆破により、どうなったかまでは把握できていないそうだ。能力をフルで扱えるほど回復していなかったことから、爆破に巻き込まれた可能性もある」
「そうですか...」
本部も捕虜も失った日本軍の損害はあまりにも大きい。また日本本土、その本部にまで侵入を許すどころか攻撃を受け、本部が壊滅した。その事実が実被害よりも大きい損失。攻め入れば容易いという前提ができてしまったことが、複数の国と緊張状態にある日本にとっては最悪と言える。
「...今はゆっくり休め。事態はもう予想できない。いつ何時でも対応できるように備えておくように」
「了解」
憂希たちはせっかく慣れ始めた本部での生活はまた一変し、地方のビジネスホテルのような部屋が割り当てられた。知らない部屋と知らない建物では休みたくても落ち着かない。
「...くそ。....くそっ」
ベッドに仰向けに倒れ込むと悔しさが滲みでてくる。支部の襲撃が事前にあったうえで警戒していたのにもかかわらず、結果だけみれば何も防げなかった。
「....戦うしかないのか。戦いを止めるために...終わらせるために戦って、護るために強くなろうとしているのに。何も」
「そう憂うものではないよ。神崎 憂希君。君が悪いのではない。古い人間たちの言いなりとなり、新しい存在であるはずの我々が戦争の道具になっていることに問題がある。そもそも争う必要がないんだよ」
「なんでここに」
「当然じゃないか。君を勧誘しているとずっと言っているだろう。君にいいことを教えようと思ってね」
完全に敵対したはずの欧州軍。侵入を許していた本部ではなく、移動先の拠点にこのタイミングで姿を現した欧州の老紳士がまたひそかに微笑んで佇んでいる。
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