No.73 刹那の決裂
出現した死人兵たちはゾンビのように無我夢中で襲い掛かるような真似はせず、作戦を遂行する軍隊のように編成に合わせて展開する。銃を構えながら広がり、ラプラスたちの進行方向を完全に遮った。展開が完了した瞬間、持っているアサルトライフルを容赦なく、情けなどなく、心がないように乱射した。そこに味方の明海がいることなどお構いなしに。
「『The world is mine』」
その瞬間、ラプラスは世界の歩みを止めた。この世界において一番短い現在という瞬間を切り取り、自分だけの時間を作り上げる。その世界には誰の関与も許さない。
「っ……」
放たれた弾丸たちは空中に留まり、完全に停止している。ラプラスはそれらを手で無視を払うように軌道を変えながら死人兵たちに接近する。その軌道はしっかり確認するまでもなく明海も捉えていた。
「まずは...」
時間停止をこの規模で行使すると体力の消耗は尋常ではない。とはいえ、焦って行動すればそれこそ無駄な労力を使うことになる。
「...死んでもなお、戦うことを強いられるのか。...だが、ここは通してもらう」
ラプラスは死人兵の一人からアサルトライフルを取り上げ、自分と同じ時間軸に置き換える。停止した時間の中で展開した死人兵たちに容赦なく乱射する。放たれた弾丸はすぐにその勢いを完全に停止し、空間に固定されていく。
「あとは...」
死人兵の胸元に装備されていた手榴弾をいくつか取り上げ、それのピンを抜き、コロコロと死人兵たちの足元に転がす。投げられたことを認識するころにはもう起爆していることだろう。
「...よし。『Dawn of an era』」
世界はまたゆっくりと歩み始める。ラプラスによって一気に書き換えられた世界は誰も知らぬまま道順を変える。
「え?...は?うわっ!?」
自分に放たれたはずの弾丸が自分を貫くことはなく、それどころか死人兵たちがまるで誤射をしたかのように放ったはずの弾丸が死人兵たちの体を貫いていくように見えた明海は驚きを隠せない。身構えることすらできないまま、目の前で爆発が起き、明海は情けない声を出す。
「再生する前にここを離れる」
「...君は本当に何の能力者なんだい?」
明海はラプラスの得体の知れなさに不気味さを感じていた。完全に後手だったラプラスが死人兵を一瞬で蹴散らしている。何がどうなってそうなったのかすら認識できない。仮に自分の能力で不意打ちを試みてもそれが成功するヴィジョンが明海には描けなかった。
「...」
ただ、それでも明海は動かなければならなくなってしまった。ラプラスに能力が通じるかどうかも、ラプラスの能力が何なのかも関係ない。明海がようやく能力阻止で与えられたダメージを回復しきったところで、他の能力に割ける体力が全然ないことすら関係なくなった。
「...ずっとこのままだったら」
「どうした。....早く歩いてくれ。死人兵が復活してまた追いかけてくる。ここに来たということは敵に我々の位置が露見したということだ。追撃も警戒しなければ」
「...ごめんね、それはもうできなくなった」
「...っ」
兵器の転送なんて便利な能力を明海が複写していないわけがなかった。手元には慣れない手つきで握られている拳銃は躊躇いを残したままラプラスに向いている。
「今の死人兵に僕の場所が特定された。ただただ掴まっているだけじゃ、後から何を言われるかわからない。すぐにここへ死人兵が大量に投入されてくるだろう。僕はその時に君に抵抗している必要がある」
「...君はいつだって人の目を気にして自分を作るのだな。そこに本物はあるのか」
状況が変わればそれに応じる。環境が変わればそれに合わせる。立場が変わればそれに準ずる。それは人間らしさを表現するのと同時に、個性を殺す人が抱える矛盾だ。
「本物なんてないから僕はこの能力を発現したんだろうさ。僕がなんて呼ばれているか教えてあげるよ。....偽造者だ。グレード1という位置づけは他のグレード1が存在するからこそ成立する他者の威を借りる卑怯者だ。能力者がいなければ能力を使うことすらできない。そりゃあ面白くないだろ。自分が命懸けで手に入れ、それを武器に戦っている中、我が物顔でその能力を真似してくるやつが味方にいるなんてさ」
「君自身が君を偽物にしているんだ。借り物でも模倣でも、偽物でも贋作でも関係ない。君が曲げずに貫くものこそ君を形成する」
ラプラスは自身を憧れの影に隠し、本当の自分を偽って、模造とも言える人格で生きている。すべてが自分で作り上げたものだが、ラプラスはそれを否定しない。その自分を肯定し、それを強く貫くことで自分の存在を誇示し、認めることができている。
「この世は所詮、多数決だ。いくら正しい主張があろうと同調圧力で歪む。なら最初から自分なんて持たない方が得策だ。僕はそういう人間だ」
「数多の創作物を好んで嗜む君はそれらから何も得ないのか」
「僕にとっては現実逃避だよ。成功や成長する登場人物に自己を投影して、その成功体験をまるで自分のことのように消費するものでしょ。登場人物に対して自分を棚に上げた評論家のような態度で見るのが基本だ。他人のふり見て我がふり直せる人間はそう多くはない。ネット社会に口だけの人間が虫みたいに湧いて出てきているのが証拠さ。今までよりもあらゆる作品が世に出ているのに、人間は悪化する一方だよ。この僕みたいにね」
「...君がしてきた経験をオレは体験していない。過去の君を否定することはない。オレもまともな方ではないから。...だが、これからもその過去の惰性で生きるのは間違いだと断言できる」
「君の言うことは正しい。それは否定しないさ。でも僕はこういう人間だ」
「ならばやはり...君とは仲間にはなれない。同じものを好み、同じような立場にいたとしてもオレは君の歩む道をともに行くことはできない」
「残念だよ。...共犯者だと思ったのに」
躊躇いはそのままに明海は引き金をゆっくりと引いた。ラプラスがどんな能力だろうと自分が不死の能力を複写できている以上、自分が死ぬことはない。やっと解放された痛みから逃げるため、戦闘を避けたかったが、それも状況が許してはくれない。
「『Over Clock』」
ただ、その引き金を引き終わるころにはもう、ラプラスはその時間軸には存在していなかった。ラプラスは世界から数百倍もの速さで進む時間を作り出し、圧倒的な速度差を生んだ。自分自身の時間加速によって仁野や憂希に勝る速度を我が物とする。
「消え...」
あまりの衝撃にその引き金を引ききることができなかった。撃とうと思った対象が目の前から消えたのだ。死人兵の奇襲に対応した時と同じ感覚。だが、明確に違う部分がある。
「どこにいったんだ...」
完全に姿が消えた。死人兵に反撃した時は一瞬で死人兵が攻撃を受けただけで、ラプラス自身は一歩も動いているようには感じなかった。だが、今は完全に視界に捉えることができない。
「....うわ!?ぐぅっ」
自分の周囲を見渡していたその時、急に銃弾が出現し、今度は間違いなく明海を貫いた。ただ、その弾丸たちは一方向からの射撃ではなく、明海を中心とした三百六十度全方位からの射撃だった。
「ぐ...がは...うぅ」
一気に銃弾を浴び、その場に倒れ込む。再生の速度はまだ全開にできない。貫かれた瞬間に再生できなかった明海は起き上がることができない。
「...っ。これ...じゃあ....僕が敵を...抑えてるからどっか...行けって....言えないじゃんか。..がふっ。....っ」
ぼやける視界の中で明海は諦めずにラプラスの姿を探す。しかし、そこに映るのは死人兵の大群。明海の予想通り、撃破されたことを受け、中国側は死人兵を大量に投入し、明海の奪還とラプラスが向かおうとした場所の襲撃に乗り出した。
「...っ。...死人らしく冷たいね」
ただ、血を流しながら倒れている明海には一切興味を示さず、姿を消した敵を探すために方円陣形で周囲を確認する。ただ、死人兵たちは明海同様、ラプラスを認識できない。
「...ぐぅ。....あ」
キョロキョロと生者のような挙動で周囲を確認していた死人兵が次々に首を切り落とされていく。抵抗することすらかなわず、死人らしくそのまま地面に伏せていく。
「...何の能力なんだ」
明海はまるで理解できなかった。能力の結果だけが次々に突き付けらえている現状で、変化があるのは自分なのかラプラスなのかすら把握できない。攻撃手段が武器なのか能力なのかすら定かではないのだ。
「君に教える義理はない。同行してもらう」
「っ....」
突然、ラプラスは明海の横に姿を現した。まるでずっとそこにいたのかのような予備動作の無さに明海はさらに混乱する。
「君の能力くらい...見抜いて帰らないと....ますます白い目で見られることになりそうだ」
明海を戦闘に投入することのメリットは他のグレード1には絶対にできない扱える能力を増やすという点が大きい。敵を始末できた暁にはその能力を奪ったとすら言える功績。能力者としては単体だがその可能性は能力者の数だけ広がる。手段が多いということはそれだけ有利な状況を作れる可能性につながる。だからこそ敵軍のグレード1をなるべく戦場に導入させるように作戦を練り、少ないリソースで敵の能力の情報を得るという基本スタイルを中国は貫いていた。
「君の能力が...摩訶不思議だろうと苦手な能力はあるはずだ」
目の前で対峙する未だかつてなかった能力が理解できない相手に、コピーペーストのように吸収してきた今までとは違う状況が捕虜になっていた言い訳になると明海は考えた。手段を選ばない中国軍にとっての手段となり続けるための立ち回りで頭がいっぱいだ。
「君の仲間の能力はまだ相手にしたことがないだろうっ。ここらへんで激熱なマッチアップをしてみようじゃないか。...君が好きな物語のように」
明海は体力を振り絞り、限界を超えてもなおその能力を無理やり行使する。立つ気力すらなく、地面に伏せたままそれでも関係なく能力を使う。
「日本のエースである彼が...日本軍に歯向かうということを再現してみようか」
明海が複写し、再現する能力は日本軍の本部において最悪。その規模と能力の応用力で様々な攻撃から護ってくれていた力が、日本側に牙をむく天変地異に変わる。
「憂希の能力っ...」
暴風と豪雨が雷鳴を伴ってうねり始める。大気そのものを武器とする暴力的な破壊が転送地点を巻き込むように襲い掛かってくる。十九時目前の日本本部に最後の窮地が訪れた。
「くそ...。『The world is』...」
その天変地異を世界ごと止めようと、また最大規模での時間停止を行おうとしたその時、目の前に空から何かが降ってきた。隕石とまではいかないまでも明らかに雨や雹の類ではない物体が落下してきた。
「あったけぇぇえええな世界は!!氷河期一生分体感したわ馬鹿野郎がよ!!……あ?んだよお前ら誰だ?」
天変地異とは異なる災害が破壊そのものを連れてきた。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
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