No.45 天を突く拳
No.45 天を突く拳
明海が狙う空間の削り取りは神酒のような感覚肌で能力を行使することは難しく、その目標付近に視覚的に捉えられる空間の歪みを発生させる。
「ぐっ」
仁野は痛みに悶える体を無理やり起こし、その歪みの範囲から緊急離脱する。
「うわ....かわされた」
「っ....!?」
仁野が離脱する前にいた場所は球状に抉り取られていた。そこに存在したものは今や見る影もない。その事実に仁野はゾッとする。冷や汗と痛みか恐怖かわからない震えが自分の動揺を嫌でも実感させた。
「うえ...うぅぐ....やっば、これ僕ごときの体力じゃ乱発できないわ」
その範囲をうまく制御できずに放った空間消滅により、明海の消耗は一気に加速する。倦怠感に加えて吐き気も明海を襲う。
「でもまあ.....だから何って話だよね」
自分の優先順位が一番低い明海にとって、自身の体調不良は気に留める必要性すらないものだった。
「はぁ....はぁ....うぅ....」
慣れない傷の痛みに耐えながら、仁野は次の手段を考える。こういった怪我をしながらでも臨機応変に立ち回っていた憂希を思い出し、自分との差を痛感する。
「やっぱ...憂希君はマジぱないわ」
痛みに慣れることが強さではないが、痛みを越えることは強さとなる。仁野は自分を奮い立たせてまた立ち上がる。
「...ヒーローは....ボロボロになっても立ち上がるからかっこいいんだ」
憧れに近づくために歩みを止めない姿勢こそ、仁野の強さの一つと言える。痛みで震え、消耗で重い手足に今一度力を込めて、仁野は立つ。
「数撃てば当たるよね。君の速さを捉えきるほど僕は器用じゃないから。...物量でいかせてもらうよ」
空中に複数の空間の歪みと乱気流や放電が同時に発生する。怪奇現象と異常気象が同時に発生したような地獄絵図を巻き起こす。能力同時併用の最大の強みを惜しみなく全面に押し出す。
死人兵たちの動きも活発化し、仁野を無視するように日本軍側へ進軍する。
「ああ...しんどい。....早く終わらせよう」
「『プロミネンス・レイ』!!!」
まずは物理的攻撃と死人兵の侵攻を阻止すべく、蹴りの衝撃波で一帯を薙ぎ払うように吹き飛ばす。空間の削り取りはその衝撃波を呑み込んで微動だにしない。
「っ!」
すぐさまその衝撃波の砂埃を隠れ蓑にしてその場から高速で移動する。仁野の速度を追う動体視力を得るには、仁野の能力が必須である。明海が持つ有効打が空間掌握による防御不可の攻撃をするために、仁野の能力を行使することを強制する形となった。必然的に明海の消耗は加速する。
「くっ...もういいか」
明海は無意識に視界に捉えようと仁野を目線で追いかけるも、倦怠感からその行為を中止する。吹き飛ばされた他の攻撃をそのまま置き換えるように空間攻撃の数を無造作に増やしていく。
「これなら....逃げても何しても関係ないよね」
空間を削る球体を空中に散りばめる。まるで近未来の芸術作品のように空間の歪みが不気味に美しく、空間を支配する。一斉にそれらを縦横無尽に拡散させ、一帯すべてを消滅しにかかる。空気も抉られることで瞬間的に発生する真空が気流を混ぜるように粗く乱し、暴風が吹き荒れる。
「終わりでしょう」
「マジうちのことなめすぎだから」
完全に油断した明海の背後に仁野はすでに移動していた。高速で移動する自分目掛けて攻撃が放たれていないことに気づき、明海が動体視力を向上させていないと読んだ。
「『ステラ・インパルス』!!!」
隕石を穿った一撃と同じ、仁野が今持ち合わせる全力の一撃。明海の肉体を破片一つ残さずに消し飛ばす一撃。仁野の接近に反応することさえ許さない一撃は見事に明海を完全に捉えた。
仁野は無意識に明海が行使する空間を削り取る級の拡散を見切っていた。何もかも無条件に抉り取るその球は一つの共通点をもって拡散していた。それは、その能力を行使する本人には当たらないようにするという単純なルール。
「はぁ....はぁ....これで、そんな簡単に....はぁ....治んないっしょ...」
霧散した体を瞬時に再生させられるほど、明海の体力は残っていないと仁野は読んだ。実直なほど自分を貫き通した仁野の勝利だ。複数の手段、能力を持ち合わせていようと、研鑽された一本槍には敵わなかった。
「よし...よしっ....」
仁野は限界ギリギリの状態のまま無意識にガッツポーズをした。それはまるでヒーローの勝利宣言のように見れた。
『仁野上等兵っ。すぐにその場から離脱しろっ』
その瞬間、矢場から仁野に伝令が入る。
「...っ。え!?」
『その一帯に再び一斉射撃をぶち込むっ。もう一定距離で射出した砲弾たちが待機してるっ。よくやった、敵が単独でこの状況を作っているなら能力による消耗が単純だが最も有効って話だ』
「おっけ!了解!」
明海が再生する前に仁野はその場から全力で離脱する。どの範囲までラプラスの能力が適応されるか、視覚的には判断できないため、自陣に帰還するのが一番早いという結論だ。
「っ....。でもっ、あいつすぐ再生して、うちの能力使われたら効かないんじゃっ」
『大丈夫だっ、そこも対処する。よしっ、作戦開始だ』
仁野がラプラス能力範囲から出た瞬間、作戦開始の指令が下る。
「『Dawn of an era』」
時間停止を解除し、空中に停止していた砲弾たちが一斉に再侵攻する。
「『|χρονoστασία《クロノスタシス》』」
ラプラスが支配する時間という概念は能力が発動すれば回避不可能のルール。秒針の進みが遅く見えるように、時間の間隔そのものを引き伸ばし、対象の時間経過を遅延させる強制スローモーション。
仁野の善戦により、敵の能力の分析と対象の位置把握を正確に行えたことにより、能力行使の対象を最低限にまで絞ることができた。そう、その対象は明海のみに絞っている。
死人兵たちは明海が複写した能力により、稼働している。今、仁野に吹き飛ばされた体の再生に能力キャパを全て割いている。よって、死人兵たちは機能していない。
ラプラスの能力行使にほぼ時間差なく、本隊から放たれた砲撃は中国軍に全弾命中し、爆炎が上がる。
「....よし。捉えた。憂希、頼んだ」
「わかった」
ラプラスは能力対象を着弾の瞬間に切り替えた。明海へのスローモーションを解除し、明海の周囲を対象に定めた。つまり、砲撃による爆発、爆炎、衝撃波がその対象となっている。
憂希は発生した爆炎や衝撃波による爆風を制御し、その場にとどまる火炎の竜巻に変える。
「なっ!?うあああああああああああああああああ!?」
明海は自分が仁野に吹き飛ばされたところまでの記憶と一致しない状況と、永遠に焼かれる炎と体を吹き飛ばし続ける衝撃波の痛みに叫び声をあげる。
痛みを無視して再生し続ける狂気はNo.999にしかできない。仁野の一撃があまりに強力で痛覚を通り越した破壊だったため、痛みはここまで感じていなかった。
「何で!?ずっとぐああ!?」
時間を遅延させた衝撃波は空中に漂う見えない破壊そのもの。爆炎の熱を合わさり、状況把握できるほどの冷静さは皆無だった。
「ぐうううああああ!?ヴヴぅうう!!」
明海は何の能力を行使したか自分でもわからないまま、無我夢中でその場から離脱する。
「ガハゴホゴホッおえっ。ゴホゴホッ。うぅぐう」
地面に転がりながらその範囲から脱出し、燃焼による酸素欠乏症で意識が朦朧としながら必死に呼吸する。
「動くな」
明海がなんとか脱出した先は日本軍本隊の目の前だった。焼きただれた皮膚や燃え上がった服が再生しきる前に、抵抗する手段をほぼ失った明海は最悪の場所に逃げてきてしまった。
振動が拳銃を構え、明海に警告する。再生の能力を保有する明海を完全に殺し切るにはこの状態でも時間がかかると日本軍は判断した。現に再生速度が遅くなっただけであり、再生できていないわけではない。その時間で中国側から増援が到着すれば、日本軍側の被害は予想できない。よって日本軍が完全に消耗し、反撃する余裕のない明海を捕縛し、中国軍の拠点を破壊した上で撤退することにしたのだった。
戦闘機での爆撃を中心に、中国軍前線基地を破壊。その爆撃地を占拠し、日本軍は朝鮮前線を奪取することとなった。明海の陥落を想定していなかったと思われる中国軍の残党は抵抗する術を失い、日本軍に蹂躙された。
反撃の意志を無くし、投降する兵士が出たところで、それらの兵士を捕虜とする形で日本軍は朝鮮戦線に見事大勝といえる勝利を収めた。
明海にはラプラスの時間停止を行使し、消耗を維持したまま日本軍まで搬送した。
作戦終了後、日本軍本部に帰還した隊員たちは和日月に結果を報告した。
「..なるほど、ご苦労。今回の勝利は日本軍の力を示す有効的な勝利だ。皆の功績は称賛に値する。...また、中国軍グレード1を始めとする捕虜は中国側への交渉手段になりえる」
「複写の能力者の処分はどうなさるんですか」
振動が和日月に問いかける。能力者撲滅という方針を知る振動は他国の能力兵の扱いを気にして質問した。
「本人の意思を確認した後に、能力行使できないよう継続的に消耗させる。情報提供などこちらに協力的な姿勢を見せれば、待遇含め、本人の交渉に条件次第で応じるつもりだ」
「能力は複写です。少しでも使用可能になればかなり厄介ですが、時間停止状態を維持するのもまた難しいかと」
「この後、私が面会する。その時に時間停止は解除して構わない。私の能力で体力は消し去る」
「わかりました」
体力を消耗すれば、戦闘後で気力を擦り減っている状態で無理やり能力を行使することはほぼ不可能となる。それを狙って削り切れる和日月の能力はある種、能力者殺しと言える。
和日月としてもリスクはあるものの、貴重な情報源であり、戦争が激化の一途をたどっている現状で捕虜となった敵勢力を、自身の方針に従って即極刑ということはしなかった。そこは司令官として公私は分けている。
「仁野上等兵、君に活躍はかつてないほど目まぐるしいものだった。これからも期待している」
「はいっ。頑張りますっ!」
仁野は褒められて心から嬉しそうに返事をした。
「中村上と」
「ラプラスだっ」
油断していたラプラスが遅れ気味に訂正する。もう和日月には諦めたほうがいいのではないか。
「君の能力があってこその作戦だった。能力行使による消耗はいかほどだったか?」
「今回の作戦ではオレの魔力切れは起きていない。...肌勘としては六割程度の消耗という感覚だ」
「なるほど。軍全体を対象とする能力行使を二回と局所的な能力行使で六割か。まだ余力はありそうだが、君の能力は決定打として有効という見解に変更はない」
「切り札ということだな。任せろ。...それで、この後やつにかけている魔術を解けばいいんだな」
「ああ」
戦争の報告が終わり、その足で和日月とラプラス、花菱は明海を拘束している独房に向かう。
「...では解除する。『Dawn of an era』」
「っ....。なっ....ここは....」
「体力切れ」
「ぐっ....うぅ.....」
外傷が治り切った瞬間に、和日月は明海の体力を削り切った。明海は倦怠感からその場に倒れ込み、自分が置かれている状況がさらにわからなくなり、混乱する。
「...僕はいったい....」
「君は我々日本軍の捕虜として拘束する。情報提供などこちらに協力的な姿勢を示せばそれに応じた交渉権を与える。基本的に君自身の交渉権は気味の行動により左右されると考えろ」
「っ....。何が...どうなって....」
「ではオレは失礼する」
「ああ、ご苦労だった」
ラプラスは能力解除が完了したため、その場から退室しようとした。
「えっ!?ゲホゲホッ...ゴホッ。アンゼツのカイザー!?え!?」
明海は戦場で燃え上がった時と同じくらいの声量で驚いた。
「なっ....。い、いや、オレは失礼する」
コンセプトが伝わったことにラプラスは驚いたが、それを隠すようにその場を後にした。その作品を見ていた仁野ですら初見では気づかなかったことを明海は見抜いた。
「...あの人と...ゲホゲホッ。会話できるなら....情報を話してもいい」
「....」
和日月は予想外の提案に珍しく動揺した。しかし、それを表に出すことは一切なかった。
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