No.113 利他的なエゴ
憂希はここから秀明を一歩たりとも進ませるわけにはいかなかった。神酒が攻撃してきていないこの状況が、欧州軍の作戦が成功していることを示している。それは紛れもない事実であり、憂希が展開した絶対零度の包囲網を突破できるのは秀明しかいなかったことも明白だ。
「あなたが俺の相手取る理由がなくても、俺にはあるんです。今、欧州軍を潰されるわけにはいかないっ」
例え今この場で米軍に相対していること自体が、身勝手で自分勝手な行いだとしても、憂希には選択肢などない。受け入れるには余りあるほどの理不尽が降りかかり、それに傘をさすように日本軍から立ち去ったことを、憂希の弱さであると指摘するのはさすがに人の心が欠けている。そもそも日本軍だろうと他の軍だろうと、憂希自身には戦争に参加する理由など最初からない。
「事情を知ったうえで参加しているあなたにはわからないだろうけど。俺には今...これしかないんですよっ」
全く別のエリアを対象とする大規模な能力行使。いくら出力の効率を訓練してあげたとはいえ、単純な許容量をはるかに越え、体力というゲージからリソースがはみ出る。
「ぐっ...がっ......くっ」
体に亀裂が走ったかのような痛みが全身に回る。持久走を全力で走った後よりも濃い血の味が呼吸に混じって喉を締め付ける。膝から崩れそうなほど全身が倦怠感で満たされていく。ただ、それでも憂希は能力の出力を弱めない。それどころか、一切構わずに出力をじわじわと上げていく。
「ここを出るためにあなたは能力をフルで使わないといけないっ。...でもあなたがノーリスクで透過までできるとは思っていませんっ」
展開した電界によって空中で何回も放電が発生し、稲妻が滴る。そこへさらに乱気流を発生させ、竜巻による砂塵と雨が混じった壁で視界を塞ぐ。自分は空中へと移動することで秀明からの直接攻撃を警戒する盤石な対策。そこに唯一足りていないとすれば、人が扱える範囲を超えた能力行使である点を考慮していないことだろう。
「君さ、命知らずにもほどがあるよね。僕なんかの足止めのために、ここまでする必要ある?しかも僕を殺す気ないだろ…」
秀明もさすがに憂希の思惑を肌で感じ取る。実際、秀明が姿をくらませたエリアは呼吸できる程度の干渉しかなく、明らかに秀明自体を狙ってはおらず、そこから移動させないために能力を行使している。
「僕も別に自分がすごいとか、この作戦の主役だとか思っているわけじゃないけど。そうやってわざとらしく甘く見られるのはそれはそれでいい気分じゃない」
「まだ、蒼鷺さんとの話は終わってないんですっ」
「何言ってんの?会話することなんてないでしょ。僕に君の裏切りを手伝えって話なら悪いけど無理な話だよ。いかにも裏切りそうなやつが裏切っても何もおもしろくないでしょ。それに君に協力することに対して、全然魅力を感じていない」
「俺のことはどうでもいいんです。これは俺自身の問題で、誰かを巻き込むつもりはない。裏切りだろうと反逆だろうと、今、俺が進める道はこれしかない」
「じゃあ、なおさらなんだい?話なんてないじゃないか。戦うのは好きじゃないけど、作戦を終わらせて早く帰りたいとは思っているんだよ。それくらいには僕は真面目なんだ。意外だろうけどね」
「輪廻のこと、お願いしたいんです」
「は?」
秀明は憂希の発言に思わず、頭を埋め尽くした疑問符を包み隠さず一言にまとめて宙へと放り投げてしまった。
「どの口で何言っているかわかってて、言ってんのかい?」
「日本軍にも仲間がいますが、輪廻のことをものすごく気にかけてくれていたのは秀明さんです。俺が抜け出したせいで他のメンバーにはただでさえ迷惑をかけて」
「君、頭おかしいんじゃないのかい?」
「え?」
輪廻の話であれば、秀明に話すことが最適だと考えていた憂希は、秀明の反応に面を食らった。そういう話であれば、快くとはいかないまでも受けてくれると思い込んでいた。
「自分で何言っているかわかってないね。...あのさ、ものすごく自分勝手なこと言ってるってわかってる?ていうか、それどころじゃないくらい矛盾点が多すぎて気持ち悪いんだけど。悪いけど、もう君と会話するの疲れるわ。何があったか知らないけど、本当に君は神崎 憂希かい?...ああ、どうでもいいよ。人に興味持つのはやめたんだ。もう、君に何言われても無視させてもらう」
「なんでっ...」
何が気に食わなかったのか、憂希にはわからなかった。被害者意識の渦に呑まれ、自分が引き起こしている現状を客観的に理解できていない憂希は、まるで義理や義務を度外視した思考に支配されている。もちろんそれは、自分が不義理や不条理では説明できないほどの絶望を、知らず知らずのうちに仕込まれ、すべてを奪われた結果による必然的な感覚だ。自分が奪われた側であることは紛れもない事実であり、極端な思考ではない。ただ、その結果、自分も奪う側に回っていることに気づいていない。
「君はこの位置ですら、僕が透過状態になれないようにするべきだったよ」
秀明は透明状態で手から閃光弾を取り出し、上空へと打ち上げる。あらゆるものを透過する状態で放たれたそれは、憂希の超常現象を完全に無視して、光を放つ。
「なっ...」
「ここへ呼べば解決だ」
「ここに呼んでもあなた以外は皆、神酒さんが護ることになるっ。何にも」
「そんなことを予想せずに作戦を組むほど、僕らは素人じゃない。僕らは人殺しを生業にしているんだ。その点においてはプロでなきゃいけないんだってさ」
そのセリフを憂希が聞いて、認識するころには、憂希は自分が展開した超常現象のエリアをごっそりとそのまま、全く知らない場所へと移動していた。作戦エリアからどれくらい離れているのか、そもそもどこの国なのかすらわからない。理由は簡単だ。
「海...。やばいっ」
瞬きをする間もなく、憂希が空間転移させられたのはだだっ広い海のど真ん中。見渡す限り陸地など見えない。それを認識した瞬間に、憂希はやられたと頭の中で机を強く殴る。自分の能力が地球においてどの範囲まで影響が届くのかなんて検証したことはない。今いる地点から、能力を維持しようとして可能なのかすら不明だ。そうなっては神酒の能力ですぐにでも欧州軍は突破される。能力をどう対処するかではなく、能力者自体を戦線離脱させるという作戦だった。
「くそっ...。どうする」
携帯端末は圏外を示している。欧州軍から渡された端末では衛星通信への切り替え方なんて知らない。陸の位置がわからない以上、どこに向かえば最速なのかも想像つかない。ようやくたどり着いても作戦エリアとの位置関係が明確になったところで、戻るのには数時間以上かかるだろう。
「...これしかないっ」
憂希は一つの打開策を思いつく。海の上でできることは限られている。その中で一番確実で、作戦エリアへの帰還が最速な手段を取らなければ、欧州軍は瓦解する。それだけは避けなければならない。考えている余裕も無い中、憂希はまるでロケットのようにはるか上空へ急上昇するように飛行する。
憂希が戦闘エリアを強制離脱させられたことは米軍と欧州軍どちらも、すぐに認識した。この世の終わりのような現象が嘘か夢だったかのように一気に霧散した。酷く穏やかで気象が荒れることなどないまっさらな空間。乱雑に塗られたキャンバスが、一気に真っ白に戻ったような状況だ。
「神崎 憂希君の位置情報が消えた...。これは相手に何かされたね」
「彼のおかげでゼスの能力でも対抗できることがわかったわ。ケビン、彼の状況を確認してちょうだい。生死含めてね」
「ここで死ぬような人間ではない...というのが私の見解だけど。まずは安否を確認しよう。少し時間をもらうよ。君にお願いしても大丈夫かい?」
「ええ、少しの間は大丈夫。助けが必要ならすぐ呼ぶわ」
「了解。では、任せたよ」
ケビンはその場からすっと消える。まるで最初からそこにいなかったかのように前触れなく。ゼシカはそれを見届けることなく、自分が対策として考えた作戦を決行する。
「各員、海岸線より米軍側にいかないように。ゼスの能力に巻き込まれるわ。米軍は欧州軍側へ無理やり上陸してくる可能性があるわ。容易にテレポートできないよう警戒してちょうだい」
そう言い切った瞬間、ゼシカは能力をすかさず発動する。対象となるのは海上に存在する空気。酸素、二酸化炭素、窒素の空気の大半を占める三種の物質における質量を何万倍にも引き上げる。海上に存在する空間はまるで深海数万メートルにも匹敵する圧力が加わり、たちまち存在するものすべてが圧によって原形を失う。空間をドーム状の範囲で隔離している神酒の能力に対して、その球状の表面全体に同じ圧が加わる。
「あの場所から出さなきゃいいって話よね。欧州軍全体、さらに後退して、数か所にまとまって固まりなさい。それ以外の場所すべてを能力の対象にするわ」
陸上に逃げられては本末転倒だ。であれば、陸上にも同じ圧を展開する。空気は急激な圧縮により圧縮熱を帯び、海面が徐々に沸騰し始める。大地は表面がどんどん融解を始め、まるで太陽が接近してきたかのような地獄がどんどん広がっていく。
「あら、空気を圧縮するとここまで熱くなるのね。興味深いわ。でもこの能力じゃ固定されていない熱量は変化させるのものすごく効率悪いのよね。エドワースがいないことが悔やまれるわね」
欧州軍周辺の地表の体積を肥大化させ、スカスカな断熱材を構築し、発生した熱から軍を護る。まるでウレタンやスポンジのような性質を持つ土壁は熱を吸収していく。
「これだけじゃすぐ対応されそうね。...じゃあちょうど沸いていることだし、海水の体積を大きくしましょうか」
温度という概念で液体から気体へ蒸発させることで体積を増やす行為を、温度という壁を取っ払って行う。急激に大量の海水が体積を数千倍にされることで起きることは一つ。水蒸気爆発だ。海面から数メートルに及ぶ計り知れない量の海水が一瞬にして強制的に水蒸気へと変化させられる。それで巻き起こる爆発は質量を倍増された大気と衝突し、その間にあるものをすべてすり潰す威力を放った。密度が膨れ上がった大気は、水よりも早く衝撃波を伝達し、破壊の爪痕を世界に刻んだ。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




