No.112 心中に影一つ
秀明はどんな作戦でも基本的に後ろ向きであり、消極的だ。自らが大きな役目や作戦の要となる役割を担うことを極端に嫌い、作戦ではわき役に徹することを望んでいる。ただ、いざ作戦となると客観性や判断力の高さから、必要となる役割を全うすることにおいて、一定の信頼を集めている。その実績として、秀明は与えられた任務を失敗したことがない。重要かつ高難易度の任務を避け、自分ができる範囲の成功を積み上げることで、本人も予想外なほど評価され、伍長という立場にまで上り詰めている。
「あの規模の能力者を抱えてるって、聞いてないんだけどっ。..,神酒さんの能力で様子見ながら接近しないと、解除するタイミングないとかやばすぎでしょ。はぁ~~~~。っ」
秀明は海面に到達した瞬間、透明化に透過を加えていたイージス艦から弾道ミサイルを放射し、弾道ミサイルのみを着弾直後に能力解除した。爆発する場所としない場所から絶対零度に近い極寒エリアを割り出し、自分が降り立ち、侵攻する場所を特定する。
「くっ....息が」
海岸線沿いからより内陸側に自分の足で移動する。透過している最中に自分は他のものと干渉できない。足の裏の表面だけ地面に触れるよう、能力を限定的に対象外にしている。よって、息を止めながら走って移動するというシンプルにきつい行動で移動しなければならない。
「くはっ...。はぁっ...はぁっ...はぁっ....がっ.....。ここで来れば大丈夫か...はぁ...」
能力者として覚醒したとしても、秀明は仁野や憂希のような移動手段は持ち合わせていない。透過して物と重なることで位置情報の優先順位付けをすることはできるが、基本的に地中や水中で自分の優先順位を下げ、空気中に自分の体をはじき出そうとすると、必然的に距離が近い側が排出先として優先されるため、水平方向への移動は不可能となる。
「上陸する手段を一気に奪われた。...もっと早く上陸して、前線を構えてても狙われたかな。...情報と違って全然ぐらついてないじゃんか、欧州軍」
悪態を吐きながらいそいそと欧州軍の迎撃軍本隊へ接近する。透過を解除しているとはいえ、姿は透明だ。兵器や能力によって轟音が鳴り響く戦場で、それを瞬時に見抜ける者はほとんどいない。
「神酒さんが転移できるポイント探して、連絡すればこの作戦は終わったようなもんでしょ。早く欧州軍が全部捉えられる場所見つけて帰ろ」
戦場の最前線なんて秀明にとってはすぐにでもその場から離れたい場所だ。誰に見られているかもわからない状況で、たった一人というのは普通の人間ならかなり不安だ。緊張と不安で心拍数が上がる状況はとても苦手だ。生きた心地がしない状況に生命の危機を知らせるアラートのような心音が酷く鬱陶しい。
「軍を中心としていないから編隊がわかりづらい。軍の規模や展開が視覚的には読み取れない。…くそ。思ったより面倒じゃんか。徒歩とか聞いてないし」
ぶつくさと不満を垂れながら、少し急ぎ足で欧州軍の方向へ、大きく回り込むようなルートで接近する。直線的に接近して流れ弾を食らうわけにはいかない。
「僕の能力ってこう、文字通り見えない努力をしないといけないから嫌いなんだよね。楽に効果的なことできれば、それこそ...。いや、そうしたら今よりこき使われるか。これでいいや」
死と隣り合わせな状況から逃避するように、口数がやたらと多くなる。まるで戦争映画でも見ているように現実感が足元から離れていく。そういう自分が酷く情けなく、はるか昔に見限った自分が鏡のように映り込み、影のようについてくる。
「...ここまで来れば。...攻撃の割に数はそんなにいないんだな。強いやつがやっぱいるんだ」
秀明が作戦ポイントとしたのは、欧州軍の脇腹を突くような位置。完全に警戒していないサイドからの攻撃を神酒の防御不可の攻撃で襲撃すれば、欧州軍が展開している迎撃態勢は瓦解するだろう。米軍が先行攻撃を仕掛けていれば、欧州軍はひとたまりもなかった。欧州軍が持久戦に持ち込めたのはゼシカの戦略あってのことだろう。
「よし、合図....。っ!?」
米軍本体に転送ポイントを合図するため、手持ちに持っていた携帯端末を開くが、圏外を示している。無線通信機器も同様。電波を介する電子機器はすべて全滅しているような状況だ。
「どういうことだ...。こっちには能力なんて使ってないだろ。何の影響で...」
「あなたはこういう戦いには参加しないものだと思っていました。...蒼鷺さん」
「....今回の作戦には、日本軍は一切かかわっていない。...そしてその登場の仕方。まるで僕に立ちふさがる敵のようだけど」
「...」
その電波妨害は憂希の内部で最大限にまで生成された雷電による磁界と電界が生み出しているものだった。空気の対流を米軍を閉じ込めている沿岸部だけではなく、欧州軍の周囲全体に展開していた憂希は、存在が目視で確認できないのに、確かにそこに何かが存在することを感知し、欧州軍の感知メンバーに確認を依頼した。その結果、そこには透明な熱源が存在したのだ。憂希の頭の中でそれが実現できる人間は、一人しか思い当たらない。
「沈黙はYESだって誰かが言ってたよ。どういうつもりかな?...君が日本軍から逃げ出したって聞いて、君への好感度が上がったばかりだったんだけど」
「米軍にも伝わっていたんですね。それで好感度が上がるのはちょっと複雑ですけど...」
憂希が秀明の目の前に姿を晒したのには理由がある。生半可な覚悟ではない。米軍の兵士に居場所を示すことは、日本軍に居場所を晒すようなものだ。
「...米軍には撤退してもらいたいんです」
「...何を言い出すかと思えば、命乞い的なやつかい?正直僕に言われても困るよ。そういうの判断できる立場じゃないし」
「光信聖教の対応で、欧州軍が他の軍の潜入に対する警戒が弱まったから狙ってきたんだと思います。...ただ、欧州軍で起きているなら米軍でも同じはずです。日本軍でもそうだった」
「...だから、こっちに構ってないで、いろいろ対処したりしたほうがいいんじゃないって話かい?...それはただの杞憂というか、いらぬお節介だね。あ、UFOって視線を逸らそうとするのと何も変わらないよ。そもそも...裏切り者の言葉を信じろってのかい?」
秀明は心底鬱陶しそうに憂希の提案をすべて否定する。光信聖教の脅威は確かに共通認識だが、それでも侵食度合いや被害には差がある。この差は戦争中のこの世界では重要な有利不利につながる。これを逃すほど、国を率いる軍は愚かではない。
「何?普通にわけわからないんだけどさ。君さ、僕にいろいろ言ってたじゃない?戦う目的だの意義だの。あれは何、嘘かなんかだったわけ?もともと欧州軍の手先だったとか?」
「いや...俺は日本軍の人間でした。...ただ、日本軍が今は信用できなくなっただけです。俺が知りたいことを聞こうとすればするほど、日本軍は俺を拒絶する」
「だから逃げ出したのかい?君が何に裏切られたんだか知らないけど、それで君も裏切ったわけか」
「裏切ったわけじゃ」
「それは無理があるだろ。こうして米軍に立ちふさがっているんだ。君は裏切り者だよ」
「...」
秀明の指摘はもっともだ。実際、和日月だけが問題ではない。日本軍の上層部が行っていた青少年高負荷実験自体が問題だ。その根っこを掘り返そうとしたら大きく組織が抉れる。それほど、組織内に広く、そして深く根っこを生やしている。それらに対する反感や不信感から反抗し、組織を抜け出している。立派な反逆者だ。
「何かに裏切られた君に、部外者の僕がとやかく言う資格ないけど。あえて聞くよ。...君、今なんのために戦っているの?」
「俺は...」
頭にはいくつもの理由が浮かぶ。仲間を護るため。戦争を終わらせるため。これ以上、理不尽に人が兵器として扱われないようにするため。ただ、現状はそのすべてに矛盾が生じていることに気づかされる。
「...あれだけはっきりと言い放っていた君が、今ではそれかい。じゃあ、こっちの作戦を邪魔される道理はないね。僕は面倒くさいことは嫌いだけど、怒られるのはもっと嫌いなんだ」
秀明は憂希が磁界と電界を発生させている状況では、神酒にポイントを連絡することができない。憂希は秀明の前にいながら、継続して米軍を閉じ込め続けている。絶対零度に加えて、欧州軍の能力兵による物理的攻撃を惜しみなく放ち続けているが、その関係性を継続できるかどうかは時間の問題でもある。
「随分と欧州軍は少数精鋭なんだと思ったけど、君の能力だったわけだ。別に僕を邪魔したところで、神酒さんは荒業を使って今の状況を艦隊ごと脱出できる。これは短い時間稼ぎだよ。...そろそろ僕も君との会話は飽きた。...弱そうに見えているのかもしれないけど、僕もなめられるのは好きじゃない」
その瞬間、見えない秀明の体から空を切り裂くような轟音が鳴り響いた。表情も所作も見えない状態から、容赦のない鉛玉が憂希に向かって駆けだした。
「...って、こんなの効くわけないか」
「もう、引く気はないんですね」
憂希は常に自分の表面に乱気流をまとっている。強い光が当たればキラキラと光る程度に氷の粒子を含み、強い衝撃をいなすように工夫している。見えない防弾チョッキだ。
「君は自分の怒りに身を任せて、気に入らない場所から立ち去ったんだ。仲間を護るとかいろいろ言っていたけど、今の君は仲間すら見捨てたんだよ。光信聖教だとか日本軍だとかごちゃごちゃ言っているけど。君は感情一つでそれらを捨て去ったんだ。こっちの邪魔をするなら、やっぱり君は敵だよ」
「っ...見捨ててなんか」
「君は見捨てたんだよ。君を頼りにしている仲間も。君を信頼していた仲間も。...君を親のように慕っていた彼女も」
その言葉を紡いだ瞬間、秀明は姿を現した。透明化を解き、自らのすべてを憂希に曝した。そんな危険な行為を行った理由は、聞かずとも表情を見ればわかる。いつもの飄々として掴みどころのない表情とは裏腹に、さっきまで声色に乗っていた感情がすべて虚像のように、その表情は今にも胸ぐらを掴んできそうなほど、怒りに満ちていた。
「...輪廻のことか」
「輪廻ちゃんって言うだね、そうか。..君との関係性は知らないし、彼女がどういう人かわからないけど。前に作戦で一緒になったとき、君に伝えたはずだ。僕から見てもあんなに怯え切った人を前線に出すことは、どうかしているだろって。君がそこを面倒みるって言い切っていたのに、それを蔑ろにしたわけだ。僕との口約束だから効力はないけど、それを破られていい気分はしない。そんなに大人じゃないんだよ」
秀明は米軍では見ることはない、自分と同じような戦争に消極的な輪廻に、勝手にシンパシーを感じていた。自分よりも怯え、震えていた輪廻をフォローするよう、秀明は自分なりに真面目に憂希に頼んだつもりだった。弱者が淘汰される世界は心から憎い。人の恐怖や嫌悪を無視して、都合や義務を数に物を言わせて強いる人間も嫌いだ。つい、そんな本音が彼の仮面を外していた。
「君を撃ったのは君への反感だ。日本軍だろうが、欧州軍だろうが関係なく、僕は今、君が嫌いだからね」
「っ...」
憂希は呪いのようにこびりついた自分の中に素材する倫理観が、まるで体の内側から体を引き裂こうとしているように肥大化していく感覚に痛みを感じる。自覚したときには息は荒く、額には汗がにじんでいた。それでも、ここでただ自分を責めるだけの罪悪感に負けるわけにはいかない。
「俺は...それでも。ここで停滞するわけにはいかないんです」
「君の都合なんて知らないよ。この世は別に、個人の軸で回っちゃくれないだろ。話は終わりだ。君の相手をしている暇はない」
消えゆく秀明の表情からは、憂希に向けられた怒りは消えないまま。人から見えればそれは個人的な怒りであり、自分の中に芽生えた表面的な正義感による薄っぺらい怒りかもしれない。それでも秀明は、無視することはできなかった。いつも通り、自分に関係ないと切り捨てることはできなかった。生きる希望を失うほど、人を信じられなくなる苦しみを、知っているがゆえに。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




