No.111 互いが違う戦場で
米軍迎撃作戦とロシア軍殲滅作戦は奇しくも同タイミングで決行せざるを得ない状況となった。まるで敵軍同士である両軍が示し合わせたかのようなタイミングだ。
「悪いことはまるで歩幅を合わせるかのように冷たく重なるものだ。いくらそれを退けても褒美となるようなことは起きえない。何倍も重なる不条理を対処し、難を逃れた先でも壁にぶつかり、それを越えてもなお、その先に見えるは天高くそびえる試練の山だ。だが、その身に余る不条理を踏みしめ、歩みを止めることなく進むことで、世界に散らばる無数の幸福に気が付くことができる。その幸福を噛み締め、次の幸福のためにまた歩みを進めることを人は生きる道としてきた。その歩みを止め、すべてを諦めては、次の幸福を見つけることはできず、ただただ不条理に呑まれ、生きる希望を失う。私たちは止まることはない。不条理や試験を乗り越え、その先にある希望を掴むために、今日も、この局面を乗り切ろうじゃないか。皆、準備はいいかい」
「「はいっ」」
ケビンは持ち前の余裕と人の心に響く言葉選びで部隊の士気を高める。組織的なトップはゼシカなのだろうが、ケビンも同様、組織の軸となっているように見える。鼓舞するというよりも人の抑揚をうまくコントロールし、精神の流れを作ることに長けている印象だ。
「それでは、期待しているよ。神崎 憂希君」
「はい...。精一杯やります」
昨日のよどんだ思考がまだ頭にこびりついて、流しきれていない。しかし、相手は米軍だ。そんなことにリソースを割いている余裕はない。目の前の戦いを越えなければ何にもつながらない。これまでの時間を無駄にはできないという焦りだけが表に出てくる。冷静さを保つだけでやっとだ。
「では、移動しようか」
その一言を憂希の脳が処理するころには、目の前の景色は完全に切り替わっていた。欧州軍にもテレポート系の能力者はいる。軍事行動で距離や時間の短縮は必須だ。
「始めよう。遠距離攻撃系の能力兵は一斉射撃。米軍に我々の領土を踏ませないように。陸軍、空軍は能力兵の攻撃に被弾しないようサポートと牽制を。能力兵の攻撃に集中させないよう、攪乱してほしい。敵軍の能力は目に捉えられない可能性が高い。索敵班はより一層警戒し、米軍の動きに目を光らせておいてほしい。そこを一撃で崩されては、こちらの作戦は崩壊する」
「神崎 憂希。行くわよ。最初の攻撃はあなたから初めて。前触れの無い異常気象ほど警戒の隙をついて、有効打を与えられるものはないわ」
「はいっ」
本格的に戦闘が開始すれば、米軍の能力者も惜しみなく前線に出てくるだろう。そうなっては米軍は短期決戦を仕掛けるため激戦となり、持久戦に持ち込むのは難しい。よって、最初の一撃で米軍を守りに入らせる必要がある。
「いきますっ」
初撃の範囲や威力を上げる訓練はここ最近、かなり重点的に行ってきた。憂希の息が白さをまとうほどの冷気を内側から一気に解放する。ただすべてを無造作に解放するだけでは効果が薄い。能力によって防御を展開されていては、二撃目までの予備動作で反撃や対策を挟み込まれる。
「海面をすべて氷結させ、敵軍の動きを封じながら、米軍の上空にボールサイズの氷塊を発生させていますっ。ゼシカさんの能力でこれらを活用してくださいっ。俺は次を仕掛けますっ」
「全軍、一斉攻撃っ」
米軍の艦隊は解き放たれた前兆の無い氷結により、甲板まで氷で覆われる。そこから空軍の発艦はもちろん、人の出入りすら容易にはできない状態で動きを封じた。その動かぬ的のまま欧州軍の集中砲火を浴びせる。
「砲弾重量と硬度を倍増し、数を十倍。氷塊の質量と体積をそれぞれ三倍にして、重力加速度を五倍。神崎 憂希。氷塊の着弾と同時に攻撃を合わせなさい。敵軍の注意が砲撃と氷塊に向いているタイミングが一番の隙よ」
「わかりましたっ」
能力者が放つ能力の出力を増やすことはできない。射出する物体やその能力によって生み出されたものに対して、後から上書きするような形となるため、放たれる前はゼロの状態。増やす倍率や対象の数など、その変化量に応じてゼシカの能力行使によるリソースは変わってくる。
「追い打ちで敵軍が停滞するエリア全体に存在する物体の質量を三倍にしたわ。能力者が出てくる前にチェックメイトとなるかもしれないわね」
「っ....そう一筋縄ではいかないみたいです」
弾丸のように加速した氷塊や強化された砲弾たちが着弾するころには氷結で拘束していた米軍の艦隊はすでにそのエリアには存在せず、海を覆っていたはずの凍結が不自然に大きくくりぬかれた少し前線から離れた場所にそれらは移動していた。
「...神酒さんかっ」
「範囲攻撃を主体として攻撃を継続。空間掌握の能力者がいるわ。接近の選択肢を取らせたら負けよっ」
「俺が米軍艦隊への攻撃を継続させますっ」
神酒が一瞬で空間転移し、欧州軍の迎撃部隊を空間ごと破壊されれば一撃で終わる。防御に徹するように仕向けることが必須条件。背中側が崖の状態で綱引きをしなければならないシビアな持久戦に持ち込まねばならない。
「絶対零度と氷塊降雨の合わせ技でっ」
憂希は無意識に自分の能力を察知されないようにするときに氷雪系の能力をよく使う。単純な温度操作や氷雪発生など、自然現象を発生させるような能力は比較的多い。だが、それでもこの規模と温度低下速度はグレード1である証拠だ。一瞬で大気の温度を奪い去り、氷の地獄を米軍が転移したエリアに展開する。地に落ち始める大気を利用して氷山のような氷塊を叩きつけるように落とす。周囲の空気が流れ込まないように巨大な竜巻のような乱気流で大気を隔絶させる。
「...まるで星を操っているようね。エドワースでもこの規模を原子操作でやろうとすれば、骨が折れるでしょうね」
「できるなら、そちらのほうが有用というか上位互換では?」
「原子操作は対象をあくまで原子。自由度は確かにあなたの能力よりあるかもしれない。けれど、原子一つひとつが能力の対象となる以上、現象を対象とするあなたより消耗は激しいはずよ」
グレード1同士でも同じ芸当ができる能力は確かに存在する。しかし、お互いにそれを発生させるための起点は異なり、起点が異なることで難易度や消耗量にも差が出る。似た能力でも引き出しの多さと消耗量の差でも勝敗を分けるが、一番はその能力の強みを最大限発揮し、相手に押し付けることができた側が勝る。
「...なるほど。...まずはあの空間に閉じ込め....。ん?...なんだ?」
「どうしたの?」
「いや...」
憂希は大気の対流で障害物の輪郭を触覚のように感じ取ることで、相手の位置や状態を把握している。狙い通り、氷点下を大幅に下回る空間で大気の対流も干渉できない空間が展開されていることは感知できている。ここまで本格的な攻撃を米軍に対して仕掛けているのは、そこまでしなければ神酒に突破され、欧州軍が壊滅する恐れがあるからだ。圧倒的攻撃力を持った相手に対しては防御に回ることが多い神酒の立ち回りを、共同戦線で見ていた憂希の推測は当たっていた。
「これは...大気じゃない。海流?」
大気と同様、常に変化し続ける流れを持つ海中。その海流は重さや密度の違いからまだ大気のように情報を取得できるレベルには至っていない。だが、それでも明らかに異常な感覚を検知した。空母に匹敵するほどの大きさを持つ何かが、海流を押しのけて進んでいる。ただ、明確にその形をしているわけじゃなく、それを覆う流線型の巨大なラグビーボールのようなものが空間を抉りながら移動している。
「海中から接近している可能性がありますっ」
「索敵班、海中を念入りに確認してちょうだい。なるほど。器用なことするわね。空間掌握が防御で他に回せる余裕がないところを他の能力でカバーするために死角から能力者を運び入れる算段でしょうから。潰さないと作戦の寝首をかかれるわ」
「欧州軍全体を少し後退させることはできますか?海岸沿いを線引きにして、冷却空間を広げますっ」
「そんな大きく範囲を広げて大丈夫なの?」
「普通の状態から異常気象を発生させようとしたり、変化の大きいものを形成するのはかなり消耗します。ですが、冷却を最大出力で放出してから行えば、温度変化も空気の対流も発生させるためのスタートダッシュが準備できるので、そこまで消耗しません。変化させることより、維持するほうが省エネできます」
「であれば、それが一番有効ね。海から出てきてもその空間から外に出さないよう動きを封じましょう」
「わかりました。出てきた空間を目視できればその空間内に能力は発生させることができると思います。内外の隔絶だけなら俺の能力は通ると思います」
「そう、ではそっちはお願いするわ。全軍前線より後退し、敵軍の奇襲に備えて。防御部隊は数多の攻撃に備えて」
こういう盤面で通常兵器のみでできることは少ない。超常現象がランダムで発生する戦場において、その穴をつつくのは至難の業だ。ロシアのニコのような能力であればまた別だが、基本的にこの戦争に切り替わる前に戦争というカルチャーの最前線を張っていた兵器たちは、今や見る影もないサブウェポンとなっている。
「来ますっ」
憂希能力がなくても目視で確認できるほど、海面の氷塊は大きく割れ、高波というより間欠泉に近い海水の噴射が高層ビルをすっぽりと覆う高さで発生する。しかし、その中からは空母は愚か、戦艦や兵器の類は何一つない。姿かたちどころか影すらない、ただの巨大な空間が海中を通って、出てきた。
「なっ...。いや、これはっ」
憂希が気づいた時にはもう遅かった。突如として欧州軍が陣取るエリアは爆発の花畑で一帯を覆われる。砲弾どころか能力そのものすら見えないのに、爆発だけがまるでそこに種でも植えられていたのかのように発生した。欧州軍の防衛部隊は必死でランダムな爆発から自分たちを護る。
「透明化と透過。...蒼鷺さんだ」
この世のすべてを問答無用で隔絶し、一切の干渉を受けないまま、敵陣まで侵攻する。奇襲襲撃は秀明の十八番であり、それこそが最大の強み。姿がなくてもありありとその存在感を戦場で示した。
ご拝読ありがとうございます。
皆様の娯楽として一時を楽しんでいただくきっかけとなれましたら幸いです。
素人の初投稿品になります。
これからも誠心誠意精進いたしますので、ブクマや☆での評価・応援、どうかよろしくお願いします。
感想もお待ちしております。




