No.110 誰がための戦い
米軍迎撃部隊に配属された憂希はゼシカとケビンと共に迎撃作戦の詳細について会議を継続した。
「...」
恐らく憂希同様、米軍迎撃部隊に配属となっているだろう軍人たちの視線に、憂希は居心地の悪さを感じる。信頼も実績もない憂希に命を預けるというほうが無理な話だ。ただ、そう割り切れるほど憂希も強心臓ではない。こういうことを避けたくて、ゼシカに自分が作戦に参加することについて異を唱えたまである。
「私たちが掴んでいる米軍の能力者についての情報は空間掌握と物理的相互作用の掌握。そして適応の少年。そのくらいかな」
「米軍の攻撃力において、要とも言えるのが見えない力を扱う二人よね。兵器に勝る範囲攻撃と、能力すら通じない防御力。まさしく脅威だわ」
「神酒さんの能力は攻略不可なくらいすごいですが、スタミナはかなり削られます。長期戦はきついはずです。アレックスさんの能力は対応できる現象に限りがあります。もちろん、その能力にこっちが対応するのも大変だとは思いますけど」
「なるほど、能力行使のリソースがかなり高いと。基本攻撃ではなく、防御面に能力者を投入する米軍の作戦方針の要だったというわけか。逆にそれを温存して攻撃に出てきているということは、能力者が出てくる可能性はますます高いね」
憂希は目の前にいる二人の能力について、質問していいのかを迷っている。交互に二人の顔見ては、作戦の話に集中しているようにふるまって誤魔化す。
「神崎 憂希。あなたにゼスの能力について先に伝えておくわ。どうせ戦闘になれば隠しても意味ないしね」
「え。あ、はい」
しかし、探りを入れようとしていた憂希は肩透かしをくらった。何かを聞くまでもなく、相手から知りたい情報を話し始めた。しかし、それがただの偶然ではないことを憂希はゼシカの顔を見て察する。憂希の狙いはすでに見透かされていた。ゼシカの鋭い眼光は些細な仕草や所作も見落とさない。
「私の能力はあらゆる対象の規模を操る能力よ」
「...規模?」
「見せたほうが早いわね。...このペン、指でつまめるくらいに軽いでしょ?」
ゼシカはおもむろに自分の近くにあったペンをつまみ上げる。子供でも持ち上げられるペンを軽々しく扱う。
「このペンの質量を大きくすると、このペンは机を弾丸のように貫くわ」
その発言と同時に、ペンは何かに射出されたかのようにゼシカの手を独りでに離れ、机を貫通し、床に突き刺さった。ペン先は割れ、細かい破片が散らばっている。
「変えられるのは定量的なものであれば基本的に能力の対象。体積、質量、数、速さなどなど。いろいろ適用できる条件はあるけど、イメージが簡単な方が正確に発揮できるわ。あなたの能力と併用できることは少ないでしょうね」
「そうですね」
存在するあらゆるものに存在する定量的な情報。それらの量をまるでヘッドフォンの音量を調節するように増減させることができる能力。この世の理を捻じ曲げる強力な能力だ。この能力に敵として対峙していた場合、少し考えただけでは攻略方法を思いつかない。憂希の能力よりも対象範囲が広いと言える能力は次の手が読めない上に対策も難しいだろう。兵器との相性もいいだろう。
「私の能力については控えさせてもらうよ。私も部隊に配属されているとはいえ、前線には出ないつもりだからね。私はロシア軍側も含め、バックアップに徹する。不足の事態に対応できるのは私くらいだからね」
「はい。…失礼になるかもしれませんが、質問が」
「言ってみなさい」
「お二人は戦闘経験はどのくらいでしょうか?欧州軍は中立を保ってきたこともあって本格的な戦闘はそこまで多くないって認識です。その中で司令塔であったり、組織のトップであるお二人はなおさら、戦闘に出ることは少ないんじゃないかと。だから、普段どんな風に能力を扱っているのかを知りたいんです」
「戦闘経験が乏しいのであれば前線に出る必要はないのではって話?」
「ああ、いえ。そういう意味ではなくて。…俺の経験だけの話になってしまいますが、これまでの戦闘で作戦通りになることはほとんどなかったです。作戦だけでは読み切れないような状況が多かったんです。その時、味方の能力や普段の作戦、戦闘スタイルとか、そういうのを把握しておけば、臨機応変な対処もある程度できるかと思って」
憂希にとって、できる限り情報を揃えておくことは作戦と同レベルで重要だ。憂希は日本軍の中だけでなく、この戦争全体においても、作戦を外れた状況に陥る経験が最も多い能力者だ。戦闘経験の数は文字通り、死線を潜り抜けた数であり、その度に憂希は自分の能力を最大限に引き出し、その時できる範囲を超える戦いをしてきた。ただ、その経験と同時に身に着けたのは状況を瞬時に、そして正確に把握し、対策を講じることができるスキル。憂希の能力との相性の良さもあり、民間人出身でありながら、多くの戦果を残した。
「そう...。あなたのそういうところ、ちょっと不気味だわ」
「え?」
「やらなければならない、と割り切れるのは大人よ。必要となれば前向きに考えることも素晴らしいと思うわ。でも、人間ってそう簡単に切り替えできるもんじゃないでしょ。納得のいかないことには腰は重く、受け入れられないものには顔をしかめる。それも人間らしさ。でもあなたは、機械みたいにスイッチした。半年前まで民間の学生だったとは思えないわ。これを不気味と私は感じるのよ」
「...」
まだほとんど何にも知らない、関係性などないに等しいゼシカにそう言われ、憂希はなぜか胸の奥底に痛みを感じた。その声色には明らかにイラつきのような余裕の無さがにじみ出ていた。初対面の時に感じた湧き水のような清らかさの中に、墨汁が染みこんだようなゼシカの感情が滲みだしている。憂希の奥の方でじっくりと鈍く苦しい痛みが湧き出す。喉の奥が狭くなり、内側から締め付けられているかのように息苦しい。
「別にだからといって、嫌いだとか気持ち悪いって話じゃないわ。別に悪口を言いたいわけじゃないのよ。あなた、何かを切り捨てることが染みついていない?無意識に削っていると、そのうち、後戻りできなくなるわよ」
ゼシカなりの優しさからくる忠告のようなもの。忌避されたわけではなかった。ただ、憂希はそのことに対する安堵よりも、ゼシカに指摘されたことが頭にこびりついて離れなかった。無意識に何かを切り捨ててきたとしたら、自分は何をどれくらい捨て続けてきたのか。それを考えるのがなぜか怖くて仕方なかった。
議論された対米軍迎撃作戦はシンプルなもので、基本的には持久戦に持ち込むというものだった。欧州軍として万全とは言い難い状況で、米軍の殲滅に動くなんてできない。米軍の誰が投入されているかもわからない以上、能力者に絞った作戦立案も難しい。ゼシカと憂希の能力の強みを活かし、範囲的に米軍の襲撃部隊を攻撃し、能力を防御に集約させる。二人の能力の汎用性の高さと応用力をフル活用し、戦況を拮抗させ、消耗を狙うという方針だ。
「...君が表に立つときに、ああいう言葉を出すとは珍しいね。最近じゃあ見なくなったと思っていたのに」
「ええ、そうね。少し取り乱したわ。...こっちは必死に冷静さを保っているっていうのにあの歳で、この状況なのにあれだけ冷静だとやってられなくなっちゃって」
作戦会議が終了した後、ケビンとゼシカは二人で会議室に残って会話をしていた。内容はゼシカが憂希に放った言葉について。
「かつての君が同じ状況であれば、彼に掴みかかっていたんじゃないかい?」
「それどころか殴ったりしててもおかしくないわよ。...限界を超えて気丈に振舞ってるときに、ああいう人が目の前に来ると、自分がいかに愚かで弱いかを思い知らされる。それが耐えられないのよ。そこが嫌いなところ」
「...君は強いよ。ご両親が築き上げた研究成果を外に出さず、誰にも利用させず、自らの力としてここまで保持し、歩んできた。その歩みの勇ましさの陰に弱さや愚かさが隠れていようと、君の歩みの輝きから出てくることはない。君を蝕むことはあるだろうけどね」
「いいのよ、お世辞は。縛り付けてくる運命も、迫ってくる業も、もう気にしないわ。ゼスにはこの道しかないの。今更躊躇してらんないわ。...でも、彼は異常よ。それだけは確か」
「ああ、知ってるさ。だから僕は気に入っているんだ」
「...物好きね」
ゼシカはどこか疲れた表情をしていた。CEOであり防衛開発局局長という立場は生半可なものではない。若くしてその地位にいる彼女が会議一つで擦り減り、余裕がなくなるほどの重圧の中にいるのはそれ相応の理由があるのだろう。その綻びを許さない強さもまた、彼女が自分を律する厳しさによるものだ。
憂希は用意された部屋に戻り、ベッドに仰向けに倒れ込んだまま、しばらくそのままだった。知らない部屋の知らない天井も見慣れてくる。ゼシカの言葉が勝手に頭の中を反芻する。ただ、自分が切り捨てているものなんて見当もつかない。どちらかと言えば、執着に執着を重ねた結果、今の状況にいるとすら思っていた。
「不気味でも...なんでも...俺はやらないと...」
いつも通り、自分の進むべき道に思考を軌道修正しようとしたとき、ふと、自分自身にある問いが生まれる。今、戦っているのは自分がなぜ青少年高負荷実験の対象になったのかを知るため。そして、光信聖教の魔の手から日本軍の仲間を護るため。そう自分でも思ってやってきた。
「...本当に俺がやる必要があるのか。....っ」
ふと漏れた言葉に自分で驚愕し、その情けなさに頭をかきむしる。迷っている暇はない。自分のことだ。他に誰がやる。そう自分に言い聞かせる。逃げて解決することなんてない。問題の先延ばしは結局、自分を緩く、それでもずっと長く、首元を締め続ける。
「何を弱気になってる。誰がこの状況を変えてくれる。...誰もいないだろっ。自分以外っ」
両親が亡くなってから、誰も救ってくれる人なんていなかった。自分を護れるのは自分だけだった。どうしようもないと諦め、現実から視線を外せば、次目を開くときにはどこにいくこともできないほど周囲が崩れ去っているかもしれない。そうなってはもうどうしようもない。生きることすら難しい。人生を歩む足が進まなくなる。
「まずは...米軍との戦争か」
かつて共に肩を並べて戦った相手を敵に回す。それに躊躇できるところはもう過ぎ去った。後戻りはできない。ただ、自分がいる場所を米軍に知られるのもまずい。情報は日本軍と共有している。そうなれば和日月の息がかかった何者かが欧州軍に探りを入れてくる。光信聖教の対応をしながらそっちまではさすがに手が回らない。そうならないために、憂希はうまく立ち回らなければならない。そういう意味でも、この作戦は憂希とっても重要な局面となる。
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