No.101 満天の霹靂
憂希は数日間、昏睡状態となっていた。そうはいっても限界まで消耗した体力を回復するために必要な休養だ。憂希が目覚めるまで、行方不明の状態でどこにいて、どんな状況だったのか。なぜあの場所にいたのかなど、事情聴取することはできず、日本軍は全体的にもやもやした状態のまま、憂希の回復を待つこととなった。
「......はい。わかりました。ありがとうございます」
病室で日本本部の医療病棟に所属する医師の診断結果を聞いた後、美珠は医師が病室を退室するのを頭を下げて見送った。その顔はいつになく浮かない。病室に憂希がいる時はいつもそうだ。
「え、どういうこと。作戦とは関係ない何かって話?」
「うん、そうみたい。軽度の栄養失調に加えて、睡眠不足などによる自律神経失調症もあるけど...。眼球の瞳孔を中心にひどい炎症が見られる。目がものすごく疲労しているって。詳細は神崎君に直接聞かないとわからないけど、普通じゃない場所にいたのは間違いなさそう」
「何それ...。じゃあ作戦の後、憂希君が作戦エリアにいなかったのって」
「...もしかしたら、どこかに誘拐されてたのかもしれない」
「...なんで憂希君ばっかり」
二人は憂希が眠る横で一緒に眠っている輪廻を見ながら、言い表しようのない悔しさを噛み締めている。仁野は肩代わりできない不甲斐なさを。美珠は自分の能力で回復しきれない無力さを。
「輪廻ちゃんが憂希君の存在に気付いてなかったら、今も見つけられてかわかんなかったよね」
「...そうだね。通信機も持ってなかったらしいし。本当に...何があったんだろう」
ぶつけようのない感情を二人が抱えている最中、病室の扉が開いた。
「神崎はまだ目覚めないか」
「振動隊長...。はい、まだ」
「えらい人は何か言ってました~?」
今回、輪廻が起点となって憂希の救出へ出撃したのだが、それはもちろん正式な救出作戦ではない。輪廻が憂希の能力による気象変動を感知した瞬間、すぐに仁野たちにそれを伝えた。伝えた後、すぐにその場から憂希のもとへと向かおうとした輪廻を単独で行動させるわけにもいかず、仁野は振動らに声をかけ、即席の救出部隊を組織してもらうよう依頼した。振動もまた、その緊急性を理解し、部隊長としての立場で救出作戦を決行を判断し、あのタイミングで駆け付けることになった。
「...君たちが気にすることではないが、正直に言えばいい顔はしてなかった。確証の薄い情報をもとに重要な戦力を敵軍との最前線に派遣することはかなりリスクが高かったと。軍全体としても神崎を捜索対象から除外したこともあり、私の判断にも指導が入った。それぞれが当分、自室待機を命じられた。...私の力不足だ。申し訳ない」
「...そんな」
「こんなになるまで戦ってる憂希君を見捨てておいて、助けに行ったら間違いだなんて...。なんでそんなに冷たいわけ」
「仮にその情報が罠、もしくは誤情報で神崎があの場にいなかった場合、その隙を敵軍に突かれては軍は完全に壊滅する。そういうリスクを考慮せよとのことだ。言っていることは正しい。一般人の救命活動や捜索活動ではない。軍単位で見れば、ひとりの兵士に軍の主力が出撃するほうが、今の日本軍にとってはリスクだという見解だろう。ただ、君たちも間違ってはいないよ」
振動は軍としての立場もある以上、一概には軍の考えや方針を否定しきれない。その悔しさを声色ににじませながらも、自分を諭すように二人をなだめる。
「最近...神崎君がものすごく辛そうな顔をするのをよく見かけます。作戦の後に限らず、軍の施設にいるときも」
「...神崎にはずいぶんと無理をさせている。能力の汎用性が高い分、作戦の要となることが多い。その分、敵軍のグレード1などと対峙することが多い。神崎の臨機応変さに甘え、作戦に含まれていない対応にも入ってもらうことが多い。日本軍の戦力が大幅に削られている現状、情報の無い敵軍の能力兵が出てきた場合の作戦変更がほぼ発生する。神崎は頭も切れる。最前線で拾った情報を基にこちらへ作戦を提示するほどだ。半年そこらの実戦経験でできる芸当ではない」
本来の軍隊規模における作戦は兵士一人が単独でどうこうできるものではない。作戦は配置する兵力に加え、装備や兵器にも関連する。一度決めた作戦が失敗した場合、軍を撤退させることも視野に入るほど、戦闘においては重要な軸となる。それを容易に変更できる能力者という存在の異常さが際立つ。
「...これ以上、君たちに負担をかけるようなことはしない。神崎が目覚めたら教えてくれ。...気休め程度ではあるけど、神崎は二階級特進で伍長となった。それを伝えたい」
「わかりました」
振動は数分の滞在で病室を後にした。憂希の二階級特進は例に漏れず、死亡扱いになったことによる勲章だ。それが憂希を完全に切り捨てていた事実の動かぬ証拠となることを振動は二人には伝えなかった。
「...うち、訓練してくるね。美珠ちゃんは輪廻ちゃんと一緒に憂希君のこと見てて」
「わかった...。仁野ちゃんも無理しないでね」
「ありがとねっ。うちが...憂希君の代わりになれるように、頑張んないと」
仁野は憂希が行方不明になっている間も、訓練を欠かさなかった。憂希が生きていることを信じて、憂希の隣に並び立てるようにと自分を追い込んだ。あらゆる格闘技を学び、自分のフィジカルを磨いた。瞬発力もあらゆる肉体的出力も、防御力も。空手道やキックボクシングで突きと蹴りをより洗練させ、あらゆる兵器を肉体ではじき、壊せるように訓練した。憂希が無事帰ってきたら、火炎や氷結、雷撃などあらゆる攻撃を出してもらい、それに対応できるようになろうと考えていたところだった。米軍の小龍のような耐久性と破壊力を持ち前の機動力で出せるように。
「うちが...ヒーローになる。憂希君のヒーローに」
皆のために戦うヒーローももちろん強いが、誰かのために戦うヒーローのほうが強いのだ。
憂希が目を覚ましたとき、時間帯は深夜だったのにもかかわらず、傍らには輪廻が丸くなっており、ずっと憂希から離れずに見守っていた。これではどちらが親代わりかわからない。美珠もまた基本的には憂希の看護を担当し、定期的に様子を見に来ていたが、深夜にはその姿はなかった。
「ん...。....はぁ」
目を開けたときに部屋が暗いことにものすごい安心感を覚え、深く息を吸う。普通の病床がこんなにも落ち着くなんて、数か月前であれば考えもしなかっただろう。
「輪廻....。心配かけちゃったか」
丸くなって猫のように寝ている輪廻が目に入り、その姿に申し訳なさを感じる。数日間、家を空けてしまったかのような感覚だった。
「さて....。聞きに行くか」
目覚めたことを輪廻や仁野、美珠に伝えることよりも優先すべきこと。憂希の中にある優先順位は完全に決まっていた。多少の罪悪感はあれど、その行動を止める理由としては弱い。憂希は病室からまっすぐに和日月のいる司令室へと向かった。
「...ふぅ」
司令室の前に到着しても、憂希は自分でも驚くほど冷静だった。光信聖教から解放された瞬間はかなり動揺し、疲弊もあって錯乱に近い状態だった。今となっては和日月の人間性から見れば、呑み込めはしないがあり得なくはないと思えてしまう。憂希は自分でもそこまで和日月に対して期待も信頼もしていないのだと自覚した。おおよそ、仲間意識などない。光信聖教から情報を聞く前だったらどうだったのかは、今となってはわからない。
「.....神崎です」
深夜にかかわらず、憂希は容赦なく司令室の扉をノックする。戦闘後の休息などなく、そのまま拷問されていたのだ。和日月を気遣う考えなど浮かばない。
「入れ」
「失礼します」
体裁として司令室に入る前は礼儀作法に則って入室する。この流れにも慣れたものだった。
「目が覚めたか。約一週間音信不通、所在不明。こちらでも捜索隊を派遣したが、君を発見できなかった。そのため、軍の指揮を統一するため、君を死亡扱いにさせてもらった。その結果、君は二階級特進となり、上等兵から伍長へと昇進だ」
「そうか。そんなことはどうでもいい」
「...君の報告を聞こう。この一週間どこにいた」
「破壊される前の日本本部で、内通者が情報を抜き出し、漏洩しようとしていた一件があっただろ。その首謀者である光信聖教が俺を拉致監禁した」
「....光信聖教。戦闘後に介入するとは、想定よりも厄介な団体か。脱出方法は」
「最初から俺を監禁するのは一週間が目安だったようだ。白く光の強い密室に閉じ込められて、頭がおかしくなりそうだった。それをやつらは入信者の試験のように扱っていた。洗脳できる精神状態にまで消耗させるのが狙いだろう。その異常さをやつらは認識していなかったが」
「文字通り、光に憑りつかれている集団ということか。光の神聖化は宗教としては珍しくもないが。君はそれに屈しなかったというわけだ。見上げた精神力だ」
和日月はいつも通り、憂希からの報告を違和感なく聞いている。まだ情報が少ない光信聖教の報告ともなれば、貴重な情報源として把握しておきたいのだろう。
「俺を解放するときに教祖と名乗る男と面会した。そこそこ若い男だった。その男が言うには日本のみならず、各国の軍に信者を生み出しているって話らしい。新しく潜入させるんじゃなくて元々軍に所属しているものを信者に変えるってやり方。下手をすればどの軍よりも世界各国の内部情報を知っている」
「...軍として構えていない分、正体を掴みにくく、寄生虫のように情報と人員を吸収する寸法か。...無視できぬ脅威だな。我が軍の情報もどこまで露呈しているか怪しい」
「そのことで...一つ、俺に情報を開示してきた。日本軍の最高機密情報の一つだろう」
「情報開示...?」
日本軍の情報を日本軍の兵士に伝えるという矛盾に和日月は違和感を示した。他国の軍の情報でかまをかけたり、戦争を激化させ、共倒れを狙うなどであれば理解は早いだろう。しかし、光信聖教の意図はそこには向いていない。戦争という世界情勢そのものを改変し、戦争に加担しているすべての軍を壊滅させることが目的だ。極端な思想と手段を問わない思考が狂気的である。
「俺が能力者になった経緯、と言えばわかるか?俺はそれが真実かどうかを確認するために、目覚めた直後にあんたの部屋を訪ねた。報告とかそういうのはどうでもいい。さっきも言ったが、日本軍の情報も多かれ少なかれ抜かれている。その中に『青少年高負荷実験』の内容も含まれていたらしい。...精神的負荷を高めるために、手段を問わないやり方をしていたらしいな」
「正体不明。得体のしれない集団の世迷言を信用しているのか」
「そういう論点のすり替えはいいんだよ。否定すればいいじゃねえかよ...。俺の能力覚醒の可能性を引き上げるために俺の両親を殺しっ、まるで偶然選ばれたかのように演技までしてっ、俺を軍の兵器として仕組んできたってことをさあ!!」
「....」
激昂する憂希に対して、何も表情や態度を変えることなく、動揺を一切見せることなく、和日月は静かに口を開く。
「今更、言い訳するつもりもない。その話は事実だ。君をこの世界に引き込んだのは我々だ。日本軍が少ない人口と軍事力の中、他国の軍事力、危険因子に匹敵する能力者を生み出すためにたどり着いた結論。君は我々が生み出した実験結果の成功例。日本軍が勝手ながらに仕組んだ、世界平和への礎だ」
和日月のその言葉を聞いた瞬間のことを憂希は決して忘れることはないだろう。全身の血液が沸騰するような感覚と、それに反して驚くほど冷たい手先。砕けそうになるほど噛み締めた口。その感覚に自分が気づいたころには、司令室の壁や屋根は吹き飛び、憂希の心情とは正反対な雄大で透き通るような星空が、広がっていたのだった。
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