3話 Side:ゴブリン族 アイン
ビゲス大陸の北東部から中央の大部分を占めるディパ大森林の端に、俺達ゴブリン族の集落がある。
そこで俺らは皆で力を合わせ、大森林の強力な魔獣を狩り日々の糧としている。
このディパ大森林ではゴブリン族は最弱と言っても過言ではない。
しかし、ディパ大森林しか俺たちが生活出来る場所はないのだ。
この世界は弱肉強食。
人族にとって、俺達ゴブリン族は特に害を成した訳ではないが醜悪に写るようで、良くて迫害、大抵は討伐対象となっている。
数でははじめ俺達の方が勝っていたが、人族の強みである知恵や兵器などを用いられる事でどんどん有利であったはずの数は削られ、ジリジリと追い詰められる事となり、最終的に俺達はディパ大森林に逃げ延びた。
先にも言ったが、この世界は弱肉強食が基本である。
その最たる場所がこのディパ大森林というのが全種族の共通認識である。
そのため、この大森林から外に出ない限り俺達は人族に攻撃を受ける事はない。
だから俺達ゴブリン族は、この強力な魔獣の蔓延るこの大森林で細々と生活を営むしか、大森林を出て人族に蹂躙されるかのどちらかの選択肢しかないのだが…俺達はこの大森林で生活する事を選んだ。
今日の俺たちは、集落の戦力と呼べるほぼ全ての戦力で狩りに挑んでいた。
「今日こそは何かしらの成果をあげなければ…今度は何人の命が失われるか…」
ボソリと誰かが呟いた声に俯き歯を食いしばる。
ここ数週間、狩りの成果が思わしくなかったが、繁殖力があるゴブリン族は、その集落全ての食糧を賄う事が出来ていなかった。
この大森林で底辺の存在であるゴブリン族。
力を合わせて挑んでも、こちらの戦力が削れる事は必須であるが、それでも食糧が得られれば僥倖といったところ。
しかしながら、最近はこちらの戦力は減るが何も得られないという状況が続いていた。
食糧が得られないと言うことは、命を繋げることが出来ないということ。
戦いを挑む若い戦士たちの命と、集落の幼い子供や年寄りなど数々が失われていくばかりであり、このままいけば集落の存続、ひいてはゴブリン族の存亡に関わる事態となる。
そのため、今日の狩りに挑む俺たちの意気込みは違う。
普段は集落の守護に携わっている族長や守備隊も今回は狩りに参加している。
今日はそれだけ失敗の出来ない狩りなのだ。
俺達は、数少ない今まで狩ってきた獲物の毛皮を鞣して作った革の軽鎧を、最低限の急所を守るように着け、各々粗末な武器を握りしめ、獲物に気配を悟られないように静かに、しかし着実に陣形をとりながら森の中を分け入っていく。
俺が狩りに参加し出してから、この狩りで4度目。
しかし4度ともめぼしい成果はなく、仲間たちが散っていくのを目の前に、自分の命を守るために逃げ帰るしかない、そんな狩りと呼べるかさえ怪しい狩りしか経験していなかった。
まだ獲物に向けた事のない弓を握り締め、今度こそは、と意気込みながら先輩たちが進む道をついて行く。
しばらく歩きそろそろ狩場に入るころになると、徐々に暗雲が立ち込め、視界を奪うような激しい雨が降ってきた。
―――不吉だ…
誰もがそう思ったに違いない。
けれど今日はなんの成果なしに帰る事は出来ない。
なんの成果もなしに帰るという事は、ここで皆が狩りで死ぬ事と同じ結果を生むのだから。
しかしながら、この視界では狩りが出来ない。
そのためやむを得ず休憩の指示が出る。
周囲の警戒を怠らないようにその場に座り込み、腰に付けた巾着から小さな赤い実を2つ、3つ取り出して口へ放り込み咀嚼する。
緊張で乾いた口の中に酸味が広がり唾液が分泌される。
これで少しは喉の渇きが凌げる。
森の中とは言え、口に出来る安全な水は貴重なのだ。
しばしの時間が過ぎたが、雨は降り止む様子はないく、むしろ更に雨足が強くなっているような気さえする。
ズガァァァァァァンッッッッッッ!!!!
唐突な雷鳴が空を裂き、俺たちが陣形をとっている中に落雷した。
俺が1番近かったのではないだろうか。
バリバリという音がまだしているのが聞こえるし、大きな音による衝撃波で転がってしまいそうになったくらいだ。
幸いな事に、落雷による火事にはならなかったようだが、プスプスと音を立て地面から煙が立ち上っている。
俺がそれに安堵したのも束の間、体がガタガタと震えはじめ恐怖で失禁してしまった。
(な、なんだアレは…。なんなんだっあの恐怖の塊のようなおかしな存在は!こんな森の端っこに…こんなのはおかしいだろうっ!!!)
叫び出したくても声を出す事が出来ず、ただただガタガタと体を震わす事しか出来ない。
立ち上る煙に混じってドス黒いモヤのようなものが広がっている。
そのモヤから何とも口にも形容し難い恐怖を感じるのだ。
本能がこれは危険だ、と警告を発している程の恐怖を振りまく存在がそこにある。
しかしアレから1番近いのは自分で、助かる事はまずないだろう。
ならばと、震える体を何とか律し弓を握り締めると、背中の矢筒から1本矢を取り出し番えようとする。
ガタガタと未だに震えの収まらない体では上手く番えるはずもなく、何度も何度も試みる。
そうしてようやく矢を番える事が出来た頃、その恐怖は急激に終息していくではないか。
あっという間にそれは霧散してしまい、嘘だったかのようにその場には静寂と清浄な空気が充ちていた。
あれ程激しかった雨もいつの間にか晴れ、空はこれまでになく青く晴れ渡っていた。
何だったのかわからず、ポカンと口を開けてしまっていた。
我に返りふと、落雷のあった場所へ目を向けると1つの小さな影が見える。
俺は何故かそれが何か確かめなければいけない気がして、引き寄せられるように近付いて行った。
「…っ!コラ!何をしているっ!!」
少し遠くから、近付く俺に気がついた叔父の焦ったような怒ったような声がするが、何故かその影に強く惹かれ進む足を止めることは出来なかった。
やがて何かをはっきりと視認出来る距離になると俺はその場で腰を抜かしてしまった。
「っ?!おいっ!アインっ、どうしたっ!」
叔父の慌てている声がするが、実際の距離よりも遠くから聞こえてくるような気がした。
落雷があったその場所は、鬱蒼とした木々の間から太陽のキラキラとした光がその人物だけを照らし出しており神々しくもある。
そこに横たわる御方に俺は目を奪われた。
真っ白な透き通る肌と整った顔立ち、艶光る銀糸の髪、そしてその頭には小さいながらも魔力や存在の格が現れる角が、それも黒曜石と金剛石の混ざった最高位を示す角が一対、しっかりと存在を主張していた。
その場に丸まるようにして横たわっている御方を、しばしポーっとして見つめていた。
「…お、女の子?」
しばらく経って、ようやく言葉が口を出た。
それを聞いた叔父は、安心したような呆れたような溜め息が聞こえ、辺りに伝えに行ったような足音がする。
周知が終わった頃、その美しい御方は目を覚まし動き出した。
ググーっと伸びをする様子が非常に愛らしい。
目を閉じていた時からひどく整って美しかったが、その瞼が開かれ息をし、動く様子は世界の秘宝とさえも思えた。
豊かな睫毛が上下を縁取るアーモンド型の瞳は金色で、深紅の虹彩が妖しげな輝きを放っている。
すっと伸びた鼻筋に小さな小鼻、小さめの口に血色の良い唇はぷっくり膨らんみ艶やかである。
この世のものとは思えない程の美しさに俺は視線を外す事が出来なかった。
周りのみんなも同じだったのか、いたるところからため息混じりの感嘆の声が耳に届く。
しばらく遊戯のように御髪で戯れになっていたが、折角の角を御髪で隠してしまわれた。
残念ではあるが、その御髪も素敵であった。
この御方の一挙一動を見逃すまいと、ジーっと見つめていると目が合った。
驚きのあまり固まってしまう。
と、次の瞬間には俺のすぐ後ろから気配がして、振り向くと本当にあの御方がいて、俺は驚いてまた尻もちをついた。
その時に思わず矢が手から落ちたが気に留める事も出来なかった。
なぜならばあの御方がこんなにお傍にあるからだ。
(…近いとまた一段と美しいし、なにやらいい香りが…)
先程までの距離では感じられなかったが、甘く蕩けるような花や果実のそれはもう、今までに嗅いだ事のない良い香りがこの御方からする。
というか、こんなに近くで俺なんかが見ても大丈夫なんだろうか?
(俺の目はこの美しさに耐えられるのだろうか?落ちてしまわないだろうか?あぁ、でもこの御方をこんなに近くで見る事が出来たのだから俺の目など落ちても構わない…いや、そうしたらもう二度とこの御方を見る事が出来なくなるではないかっ!)
そんなとめどない事を思いながらも、何か言わなければ敵と誤解されてしまうかもしれない、とこの御方の視線が弓の矢に向かった事でハッとする。
(それだけは絶対に避けなければ!)
あの最高位の角をもつ人物であり絶対の力を持っている事は確かであるが、だからと言うわけではなく、ただ単にこの御方に嫌われたくない!という一心からだった。
そんな思いと反したしどろもどろな対応をしている所に、族長が出て来て何か言い始めた。
この御方はポカーンとした様子もまた愛らしく、可憐な白百合のようであり、族長や他の仲間の様子などお構い無しにこの御方を見つめ続けていた。
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