ドライフラワー
「バカだなぁ」
鏡の中の泣き腫らした女と見つめあいながら、そう呟いてみた。
すると鏡の中の自分は嘲笑した。
全部夢だったのだ、想いが届いたと思ったあの告白も、誰かのために初めて見た目を磨いたあの努力も、ステンドグラスのように色づいた思い出も。
全てきっと勘違いだったのだ。きっと夢だったに違いない。
そう自分に言い聞かせて、洗面所から出て部屋に戻る。するとくすんだ甘い香りが鼻を刺してきた。
「いい加減に捨てなきゃなぁ」
そうぼそりと呟いて手を伸ばした先には、ハンガーに吊るされた不格好なドライフラワーがあった。
適切な処理を施した綺麗なものではない。
ただ花束を吊るして乾燥させていたものだ。
色はほとんど茶色になっているが、かろうじてその茶色のなかに花の色が閉じ込められている。
初めて作った割には上手くいったほうだろう、もっと綺麗に仕上げるいい方法もあったのだろうが、そんなことを言っても仕方がない。
これを貰った時はとにかく残したくて必死だったのだから。
……なんであんな必死だったんだろう。
花束に触れるとかすみ草の白い花が1つポトリと落ちた。
ハッとしてそれを拾い上げてしまう自分に呆れ返るしかなかった。
「そういえば、明日燃えるゴミの日じゃないじゃん」
ゴミの日は明後日だ。今ゴミ箱に入れてしまえば、袋がひっ迫する。
それに植物は分けて捨てなくてはいけなかった気がする。間違いだったらまずい。
調べてからにしよう。
今日こそ捨てようと思っていた花束から手を離して、私は花束にそっぽを向いた。
分かりやすくあの花束との別れを惜しんでいるのは、自分でも嫌というほど分かった。
「ボロボロで脆いくせに」
あの花が綺麗だったという記憶だけは残すのに、触れるほど、ボロボロと崩れて、もう生きていないのだと実感させられるドライフラワー。
虚しいだけだ、それでも尚、その記憶の断片を残しておきたいと思うのはどうしてだろう。
残しておきたいと、ドライフラワーにした思いが、まだ私の中に残っているからだろうか。
このドライフラワーは風化するのだろうか、脆いくせに、一気に散る様子のないそのドライフラワーを振り返りながら、目を細めた。
「捨てるに捨てられないじゃない」
私はそのまま崩れ落ちた。
泣いた。壁にもたれかかって、子供のようにわんわん泣いた。
泣き止んだ頃にはもう日は暮れており、部屋は真っ暗だった。
きっと消えやしない、大好きだった人を急にどうでもよくなれるなんてのは、きっと白馬の王子様と同じくらいの理想でしかない作り話なのだろう。
涙を手で拭いながら、私は立ち上がって改めて花束と向き合った。
どれだけ酷い別れ方をしたとしても、どれだけ心無い言葉を言われたとしても、過去に置いてきぼりにされた私の全ては、まだ茶色の中に閉じ込められていながら、鮮やな色を保っていた。
受け入れられない現実にせき止められたその思い出は、美しいからこそ私を苦しめている。
またかすみ草の花が一つ落ちた。
ゆっくりと落ちる砂時計のように、少しずつドライフラワーが日々の時間で擦り切れていく。
かすみ草がその花を全て散らす頃までに、風化した花を怒りに任せて踏み潰せる日が来るのだろうか。
いつか絶対に、後腐れなく笑ってやるんだ。
今は眠ろう、ドライフラワーの色が全て消え去るまで。




