魔女
魔女は可哀想だ。
人にさほど興味はない。
世の中には、とんと疎い。
だが恥じるほどの人生でもない。
魔女は魔法で、己の時計をくいと進ませた。
3日を2日に、5日を1日に。
退屈な人生だった、ならば早々に終わるのが良い。
己を置いて進んでいく、時間へ怠惰に背中を預けながら、変わらぬ鳳仙花の庭に、
本と紅茶を一人分、頬杖をついて、世界を斜に構えて覗き見る。
そんな日々を魔女は愛していた。
しかしまぁ、この世界は誰のものでもないらしい。
それは魔女の庭でも同じこと。
ならば侵入者は御愛嬌。
日常がパチンと、軽快な音を立ててはじけ飛んだ。
無作法に、鳳仙花の実は魔女の大好きな庭に散らばった。
一人は魔女の澄まし顔に真正面から吠えてきた。
一人は訳もなく好きだと、喉を鳴らし、擦り寄った。
一人は心地よいと止まり木として身を寄せた。
魔女は可哀想だ。
彼らはニコリと笑う。
そして怒りに震える、魔女のその手を取ってきた。
魔女は睨んだ。
人に求めるものなどない。
魔女を理解するなど、おこがましい。
魔女が手を振り払えば、鳳仙花が揺れた。
魔女は彼らを拒絶した。
しかし彼らは魔女の元を離れようとはしなかった。
それから長い月日がゆっくりと過ぎていった。
美しい日々だった。
魔女の澄まし顔の下に張り付いた、荒んだ心。
それすら彼らは甘んじて受け止めてしまった。
4人分の紅茶は甘く、ほろ苦かった。
そんな日々を魔女は愛していた。
魔女は忘れていた。
己にかけた魔法のことを。
魔女は可哀想だ。
愛しき子たちが、空へと帰った。
10年経っても、魔女は黒しか身に纏えない。
魔女はおもむろに、庭に残った鳳仙花の実をひょいと口に入れた。
バリっと音を立てて跡形も残らぬよう、口の中で粗雑に噛み砕く。
早く死にたかった
彼らより少し早く死にたかったのだ。
もう一口と、鳳仙花の実を拾い上げると、それを、ひとまわり小さな手が止めた。
魔女はこの世で一人だけ。
ティーセットは1人分しかいらないと思っていたのに、不揃いなティーカップは5人分。
ポットのお茶は、もう渋すぎて飲めたものではなかった。
一口、その茶を口に含んだ。
魔女はポロポロと泣き出した。
魔女はそんな彼らを愛していた。
魔女は可哀想だ。
死から逃げるための、死という逃げ場がないのだから。
魔女は臆病だった。
その好意の欠片すら、彼らに渡しきることができなかった。
もっと言葉を交わしていたのなら、この胸のひずみはマシだったのか。
魔女は耐えきれず、いかないでと呪文を唱えた。
愛しさを思い出すだけだというのに。
こんな呪文なんて、知らなければよかった。
彼らになんて、出会わなければよかった。
そんなことを口にした途端――魔女はまた泣いてしまった。
でもきっと、そんな魔女も彼らは笑って受け入れるのだろう。
魔女は己を抱きしめている、小さな手を握り返す。
魔女は死という呪いが一番恐ろしい。
それは私も一緒だ。
魔女のように長寿でも、不老でもないけれど。
魔女のように、仲間がいないわけでもないけれど。
あなたを置いていくことも、置いていかれることも怖い。
魔女も私も、きっとただの人間だ。




