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短編集  作者: 春鏡凪
5/6

魔女

 魔女は可哀想だ。

 人にさほど興味はない。

 世の中には、とんと疎い。

 だが恥じるほどの人生でもない。

 魔女は魔法で、己の時計をくいと進ませた。

 3日を2日に、5日を1日に。

 退屈な人生だった、ならば早々に終わるのが良い。

 己を置いて進んでいく、時間へ怠惰に背中を預けながら、変わらぬ鳳仙花の庭に、

本と紅茶を一人分、頬杖をついて、世界を斜に構えて覗き見る。

 そんな日々を魔女は愛していた。

 しかしまぁ、この世界は誰のものでもないらしい。

 それは魔女の庭でも同じこと。

 ならば侵入者は御愛嬌。

 日常がパチンと、軽快な音を立ててはじけ飛んだ。

 無作法に、鳳仙花の実は魔女の大好きな庭に散らばった。

 一人は魔女の澄まし顔に真正面から吠えてきた。

 一人は訳もなく好きだと、喉を鳴らし、擦り寄った。

 一人は心地よいと止まり木として身を寄せた。

 魔女は可哀想だ。

 彼らはニコリと笑う。

 そして怒りに震える、魔女のその手を取ってきた。

 魔女は睨んだ。

 人に求めるものなどない。

 魔女を理解するなど、おこがましい。

 魔女が手を振り払えば、鳳仙花が揺れた。

 魔女は彼らを拒絶した。

 しかし彼らは魔女の元を離れようとはしなかった。

 それから長い月日がゆっくりと過ぎていった。

 美しい日々だった。

 魔女の澄まし顔の下に張り付いた、荒んだ心。

 それすら彼らは甘んじて受け止めてしまった。

 4人分の紅茶は甘く、ほろ苦かった。

 そんな日々を魔女は愛していた。

 魔女は忘れていた。

 己にかけた魔法のことを。


 魔女は可哀想だ。

 愛しき子たちが、空へと帰った。

 10年経っても、魔女は黒しか身に纏えない。

 魔女はおもむろに、庭に残った鳳仙花の実をひょいと口に入れた。

 バリっと音を立てて跡形も残らぬよう、口の中で粗雑に噛み砕く。

 早く死にたかった

 彼らより少し早く死にたかったのだ。 

 もう一口と、鳳仙花の実を拾い上げると、それを、ひとまわり小さな手が止めた。

 魔女はこの世で一人だけ。

 ティーセットは1人分しかいらないと思っていたのに、不揃いなティーカップは5人分。

 ポットのお茶は、もう渋すぎて飲めたものではなかった。

 一口、その茶を口に含んだ。

 魔女はポロポロと泣き出した。

 魔女はそんな彼らを愛していた。


 魔女は可哀想だ。

 死から逃げるための、死という逃げ場がないのだから。

 魔女は臆病だった。

 その好意の欠片すら、彼らに渡しきることができなかった。

 もっと言葉を交わしていたのなら、この胸のひずみはマシだったのか。

 魔女は耐えきれず、いかないでと呪文を唱えた。

 愛しさを思い出すだけだというのに。

 こんな呪文なんて、知らなければよかった。

 彼らになんて、出会わなければよかった。

 そんなことを口にした途端――魔女はまた泣いてしまった。

 でもきっと、そんな魔女も彼らは笑って受け入れるのだろう。

 魔女は己を抱きしめている、小さな手を握り返す。

 魔女は死という呪いが一番恐ろしい。

 それは私も一緒だ。

 魔女のように長寿でも、不老でもないけれど。

 魔女のように、仲間がいないわけでもないけれど。

 あなたを置いていくことも、置いていかれることも怖い。

 魔女も私も、きっとただの人間だ。

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