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短編集  作者: 春鏡凪
3/6

夕日の住人 バレンタイン企画

 「す、好きです!」


 夕日によって赤く染め上げられた教室で、男女が二人。

 女生徒らしき人影が、男生徒のシルエットに頭を下げている。

 そんなワンシーンに、私が出くわしてしまったのは、忘れた書記ノートを生徒会室へ取りにいった帰りだった。


 「私と付き合ってください‼」


 そのありふれた告白の言葉が、帰路に向かう私の足を捕らえた。

 見てはいけない場面だ、直感的にそう思ったが、二人の一言一句、指の動きにすら目が離せない。

 夕日に目が慣れてきて、男の顔が露になった瞬間、私は胸元のリボンを握りしめた。

 少し肌寒い気もする夏服から出た私の腕には鳥肌がぶわりと立っており、教室のドアの後へ咄嗟に隠れる。

 きっとこれが全く知らない人間の青春の1ページならば、立ち止まりはすれど、盗み見などしなかったのだ。

 遠くからも分かる、鍛え上げられた肉体と、風に乗った汗のにおい。

 この特徴的な人物を見間違えることは、まずなかった。

 彼はどう見ても、生徒会役員として一緒に仕事をしている運動委員長の二宮カズキに間違いなかった。

 窓から聞こえるセミの声が――やけにうるさい。


「え、ちょっと待って誰かいるんだけど!」

「何ィ!」


 顔をあげた女生徒が、鬼気迫った声でこちらを指さす。

 すると二宮の首も、ぐるんとこちらを振り返った。

 

 ――あ、まずい。

 

 私はまるで見つかった泥棒のように、慌ててその場を逃げ出した。

 

 

「ご、ごわかった……」


 がさついた声で、私はバックを玄関にドサッと落として帰宅した。

 母へのただいまもそこそこに、私は誰にも顔を見られないよう自分の部屋へ逃げ込む。

 肩にかけた学生カバンをベッドの上に投げ、一緒に体も投げる。

 落ち着こうとするが、まだ心臓はバクバクとうるさい。


「べ、別に見たいと思って見てた訳じゃないのに、これ絶対明日シメられるやつだよぉ、どうしよぉ」


 なにか縋るものが欲しくて、私は手近にあったビーズクッションへと抱き着いた。


「あ、あんなところで告白……するもんなんだ。本当に」


 あの告白の光景を思いだすと、やはり胸がざわつく。

 そして振り返った時のあの二宮の眼光の鋭さと言ったら……。

 思い出すだけで体が自然と震える。

 ぐりぐりとクッションに額をうずめ、そのまま背中からベッドをぬるりと降り、床へと転がる。


「嫌だ、嫌だぁ!  明日学校行ったら何言われるか分かったもんじゃない」

 

 ゴロゴロとクッションを抱えたまま、床を転がる。

 2人のロマンチックなあの世界を壊してしまった罪はきっとどんな罪よりも重い。

 なんであんな場所にあんな時間に行ってしまったんだと自分を責めてみるが、そんなことで過去が変わるわけがない。

 怖い、明日二宮に何を言われるのか、考えるだけで怖い。

 気負けしないようにせめて転がっていないと、どうにかなってしまいそうだった。

 それだけで心臓が止まりそうなのに、追い打ちをかけるようにガラケーがピロンと鳴った。

 

「ひぇ!」


 変な声が出た。

 バックから飛び出したガラケーの通知ランプが緑色に光っている。

 まずいまずいまずい。

 二宮からだったら、もう死を覚悟するしかない。

 懺悔の言葉をその瞬間に数百種類考えながら、震える喉で唾を飲み込みこんで、ガラケーを手に取った。

 

「あ、会長か」


 肩の力が抜けた。

 明日の役員会のお知らせだ。内容を軽く確認して、了解の返信を送る。


「そういえば私、二宮さんのアドレスだけ持ってないや」


 開きっぱなしのアドレス帳には生徒会メンバーと家族のものしか載っていない。

 アドレス帳を流し見ながら、普段の二宮の姿を思いだしていた。


 ――正直、苦手な相手である。

 

 今日告白を受けていた二宮カズキに抱く印象というのはそれだった。

 耳を貫くような彼の大声を思いだすだけで、私の喉はキュッとしまり、ほとんど何も言えなくなる。

 無理だ、あの笑顔と弾丸トークを返せるだけのトーク力を、私は持っていない。

 だから苦手なのである。


「無理、むりぃ」

 

 クッションを潰れんばかりに抱きしめながら、さらに早くゴロゴロと床を転がる。

 こちとら普通の会話すらままならないのだ、あんなテンションの会話を成立させることなど不可能に近いのである。

 つまり明日、二宮になにか責められることがあるようなら、自分は袋のネズミと変わらない。

 反論できずに、みっともなく精神をボコボコにされるのを、黙って受け入れるしかないのである。

 自分がちゃんと喋れるのは会長と副会長くらいなのだから。


「学校行きたくないよぉ……」


 情けないその願いが叶うはずもなく、ぐずった次の日には、親に家から叩き出された。

 薄情な親である。

 娘が一生消えない心の傷を負うかもしれない学業を優先しろなどと。

 到底人が為せることではない。

 親を軽く恨みながら、怯えて学校に向かった。

 

「いやなんにもおきないんかーい……」

 

 ぼそりと呟いたセルフ突っこみは放課後の喧騒に吸い込まれていく。

 ――結果として、何も起きなかった。

 いつも通り登校し、いつも通り授業を受け、いつも通り学校が終わった。

 肩透かしを食らったような感覚を覚えながら、私は今生徒会室の前に立っている。

 びっくりするぐらい何も起きない。

 心なしか、いつもよりなんとなく人が寄ってこない気もする。


 「ま、まさか集団無視……でもすれちがった会長に挨拶されたし」

 

 考えすぎだったのだろうか。

 会話が苦手な私にとって、こんな日はなんとも平和、私の平和な一日そのものである。


「もしかしたら、昨日そもそも顔をみられてなかったとか?」

 

 昨日は夕日が特に綺麗な日だった。

 きっと、私の前髪に隠れた平凡な顔なんて、影に紛れて見えなかったに違いない。

 鳥の影が頭を通り過ぎていくように、二宮たちにとって私の存在は、ちょっとした世界の演出だったのだろう。

 きっとそうだ、そうなのだ。

 夕日に染まったあの教室は、きっとあの女生徒と二宮だけの青い世界だったのだ。

 

 そう思い直せばいくらか胸が軽くなる――はずだった。

 胸のざわつきは、どれだけ自分を納得させようとしても、止まる気配がない。

 

 なぜだろう、もう怖がる必要はないのに、体が強張る。

 低く唸るような音を立てる胸をさすりながら、私はいつもより重い気がする生徒会室の扉を開いた。

 しかしそこに待ち受けていたものを見て、私はすぐにこの胸のざわつきの正体を知ることになる。

  

「あぁ小波!  今日も5分前到着!  流石の勤勉さだ!」 


 昨日私が怯え切り逃げ出した、あのはつらつとした声が生徒会室に響き渡った。

 その汗の匂いと学生服をみた瞬間、一瞬固まる。


「あぁなるほど……デス」

 

 今日一番の速さで扉を閉めた。


「小波!?」


 中から二宮の声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。

 あぁそうだった、同じ役員だった。だから落ち着かなかったのか。

 学生カバンの紐を握る力が一層強くなる。

 なんでこんなことを忘れられるのだ、いやなんで忘れた私!

 本日2回目のセルフツッコミを入れながら、まるで追い詰められた敵のように、背中合わせでドアに張り付く。

 中では「小波ー?」と、こちらを心配するような二宮の声が聞こえてきた。


「どうした? 何か怖いもんでもみたか⁉」

 

 ドア越しに聞こえてくる声に、あなたですとは口が裂けても言えない。

 妙に落ち着かないのも無理はない。

 不安の元凶とも言える人物との再会なんて、胸がざわつくには十分な理由である。

 現実逃避代わりに、ドアから目を反らしてみる。

 しかし現状が変わるはずもないし、中からはせわしなく二宮の声が聞こえてきた。

 このまま生徒会室の前でじっとしているわけにはいかない。

 二宮の印象はともかく、突如として生徒会室内に打ち上げられた、「突然ドアを閉めた変人像」という私の印象を放っておくわけにもいかない。

 私は勇気を振り絞り、そっとドアを開けた。

 ――一番に見えたのは、こちらを見下ろしている二宮の目である。

 炎でも宿っていそうなその目が、ぎょろりとこちらを向いた。

 

「ヒィ!?」


 昨日から二度目の変な声をだした。

 心臓がドクンと大きな音を立て、勢いで尻もちをつく。


「小波! 大丈夫か!」

「こ、来ないでぇぇ」


 できるだけ大きく発した制止の声空しく、扉を一気に開け放つ元凶がこちらに駆け寄ってくる。

 そのイノシシのような勢いが怖くて怖くて、尻もちをついたままズルズル後退った。


「ほら、手を貸すぞ!」

「い、いえ結構です、結構ですからぁ!」

「遠慮するな! 手を出してくれたらすぐ引き上げてやるぞ!」

「い、いえぇ……」


 そう言って手を差し出してくる二宮。

 白い歯が輝くいい笑顔だ。直視できない、ついでに必死の抵抗の声も二宮の声に吸い込まれていった。

 きっとこの手を取れば二宮は黙ってくれる。しかしその行動を取るにはもったいない。


……もったいない?


 ふと意味のわからないことを言い出した思考に、私は頭にはてなが浮かぶ。

 なんだもったいないって。 

 私が震えをピタリと止め、自分のなかで湧いて出た言葉に自問自答していると、いつもより少し遅れ気味の会長が現れた。

 揺れる髪を耳に掛けながら、私たちに気づいた会長は、私と二宮を見比べたあと、ニンマリといたずらっ子のように笑った。


「あーどうしたの小波っち。二宮にいじめられたのー? 可哀そうに」

「いじめてないぞ! ただ助け起こそうとしただけだ!」

「か、かいちょ……」

「どう見てもそうは思えないねぇ」

 

 混乱している私の頭をグリグリと撫で、一旦落ち着かせてくれる会長。

 そしてにっこり人のいい笑顔を浮かべた彼女は、二宮の視線から庇うように私の前にしゃがみこんでくれた。

 揺れるスカートと、見慣れた髪留めを見ると、母の元に帰ってきたような安心感を覚える。


「か、かいちょぉぉ」

「うんうん、こわかったねぇー、か弱き小波っちには、拡声器二宮はこわかったねぇ」

「拡声器って……俺はただ本当に助けようとしただけで――」

「ほら会議始めるよー通れないからそこどいて」

「お、おぅ……」


 紳士のごとく私の手を取り、支えながら私を立たせた会長は、まるでボディーガードのように付き添いながら、私を生徒会室に連れて入ってくれる。

 同じ女性で、同学年であっても、二宮にひるまないこの堂々たる振る舞い。

 ひそかに憧れている女性でもあった彼女はいつもの決まり文句を口にする。

  

「うーん、今日も副会長は素敵だねぇ! みんなも素敵だ。さて元気に役員会、はじめていこうじゃないか」


 いつの間にやら私のなかの自問自答も止まり、こうして役員会は無事定刻通り開始したのだった。

 内容は文化祭について。毎年やっていることだし、会議もそこまで難航することはない。 

 会議中ずっと二宮の視線が痛かったことを除けば。


「さてここに意見がある人は手を――」

「はい! はいはい!」

「ハイは1回でいいぞ、二宮。あと小波っちが怯えてるからそんなに見るな」

「はい?」


 二宮がきょとんとした声を出すと、役員たちの間で笑いが起きる。

 私は笑ってなどいられなかったが。

 どっちなのだろうか、自分の顔を見て怯え散らかした自分について何かいいたいのか、それともやはり昨日のことを口外するなと言いたいのか。

 どちらにしろ、聞きたいと思える内容でないことは確かだ。


 会議中手元が震えるので、チョーク線がすべて波線になったが、それでも会議はなんとか終わった。

 会議が終わった瞬間、私はカバンを掴み、それこそ夕日が沈むより早く、はじき出されるように生徒会室を飛び出す。

 きっと今まで走った中で一番早く走っていたと思う。

 

「小波っちーまた明日ー!」


 振り返ると夕日に体の半分を照らされた会長が笑って手を振っていた。

 その白磁のような白い肌は、夕焼け色に染まって、何かの絵にでもなりそうだった。

 私は一瞬立ち止まって、少し考えてからぺこりと会釈をする。

 別にこっそり帰ってもよかったか。

 しかし、後ろに二宮が見えた瞬間、状況が変わった。


「おい小波ー!」


 そう手を振りだし、こっちに走り寄ろうとしてくるので、私は慌てて逃げだす。

 まるで昨日の告白現場を見た時と同じように、脱兎のごとく逃げ出した。

 

 なんとか玄関まで走り付き、後ろを振り返る。

 しかしそこには誰もいなかった。


「二宮さん……ついてきてない」


 何故かそのことにホッとはしなかった。

 むしろ心臓がつぶれるみたいに、喉から血を吐いてしまいそうなくらい、苦しかった。

 あがった呼吸で、苦しくなりながらも、足元の靴箱から靴を取り出す。

 下を向いた拍子に、涙がこぼれそうだった。

 きっと怖かったのだ、二宮のあの視線が怖かっただけなのだ。


「ならなんで――!」

 

 叫びかけて、声を止めた。

 ならなんで、こんなに目が熱い、なんでこんなに胸が痛い。

 二宮を見るたびに、あの昨日の光景を思い出すたびに、泣きたくなるのはなんでなのか。

 昨日あの瞬間に、気づきかけたその気持ちは、今知るにはあまりにも残酷だから。

 きっと気のせいだ、気のせいなのだ。

 考えてはいけない、きっとそれは辛い現実しか連れてこない。

 しまいこんでしまえばいい、いつもみたいに自分の言いたいことなど、心の隙間に押し込んでしまえば、きっと忘れるのだ。

 

 「気のせいだもん……」

 

 ぼそりと呟いて、前を向いた。

 涙がこぼれてしまわぬように。

 私が外へと駆け出そうとした瞬間だった。


「小波!」

 

 そのもう覚えてしまったあの声が玄関に響いて、私はハッと振り返った。

 

「小波……お前なんで泣いてるんだ?」


 後ろにいたのは、やはり二宮だった。

 こちらを見ながら、いつも上向きな眉毛が下がっている。


「え?」


 目を拭ってみると、夕日に染まった大粒の崩れた水滴が手の甲で揺れている。

 あぁ泣いてしまったのか。

 この思いを形にしてしまったのか。

 

 それを認知した瞬間、私は目の前の二宮を見て何も言えなくなってしまった。

 

「あ、あの……」


 二宮が今まで聞いたことのないような小さな声をかけてきてきた。

 私は泣いているのを隠すようにそっぽを向く。


「ど、どうしたの? 二宮さん」

「これ、書記ノート……忘れてたから届けに来たんだけど……さ……」

「そ、そうなんだ……ありがとう」


 後ろを向きながら忘れ物を受け取ろうと手を伸ばす。

 しかし、いつまでたってもその手の上にノートがのってこなかった。


「俺は正直そんな悩み相談とかあんまり柄じゃない、でもさ――」


 床とこすれた二宮の靴がきゅっと鳴った。


「でも、女の子が泣いてたら話はちゃんと聞きたいんだ‼ 悩みを聞かせてくれないか?」

 

 ノートの代わりに、背中越しで渡されたのはそんな熱い言葉。

 その熱さが――苦手なはずだったのに。

 また泣き出しそうになるのをぐっとこらえながら私はそっぽを向き続けた。


「目にゴミが入っただけだから。本当に……なんにも――」


 そう言葉を並べようとした時だった。


「あ、二宮ー!」


 そう声が聞こえて二宮が振り返った。

 ――泣き顔、見られたくない!

 私はちょうど二宮の横にあった靴箱の後に咄嗟に隠れた。

 二宮と並んで、座っている状態なので座っていても二宮の焦った顔がよく見えた。

 二宮はしばらくこちらを見ていたが、すぐに声の主の方へと視線を移した。

 二宮は熱血アホではあるが、馬鹿ではない。

 きっと二宮の視線を辿ることで私が見つからないよう、視線をずらしてくれたのだろう。 


「今日からちゃんと付き合ってくれるって言ってたのに、どこ行く気なんだよ」


 その言葉に体を切り刻まれたような気がした。

 あぁ今すぐここから消えてなくなってしまいたい。

 今すぐこの体をビリビリに引き裂いてほしい。

 しかしそんな願いは叶うはずもなく、私はただ息を殺した。


「君はいつも見つけやすいのに、こういうときに限って大声出してないんだからな。ちゃんと声を出しておいておくれよ」

 

 どこかで聞いたような声。

 まさかと思い、こっそりと靴箱の後ろからその人物を盗み見た。

 白磁のような肌が夕日に染まって、反射光を目いっぱいに吸い込んだ美しい肌。

 そこにいたのは――会長だった。


「学校中探し回ったんだからな、君のその約束を破らないその真っ直ぐさが好きなのに、どうして約束を破るんだい?」

「いや、今はちょっと」


 会長相手に頬を赤らめている二宮を見て思った。

 あぁそっか、昨日二宮に告白していたのは会長だったのか。

 昨日のシルエットを思いだすと、確かに背格好が会長とそっくりだった。

 会長が二宮に告白?なんともお似合いな二人じゃないか。

 二宮を押さえながら使えるのは会長だけで、奇想天外なものを好む会長を楽しませられるのは二宮くらいで。

 大切な人が恋を叶えたのだ、心の底からお祝いするべきだろう。

 しかし、今目の前で起きているあの光景を笑って見れる自信が――私にはない。

 

「ほら行くぞ! 今日はカフェに行くんだろ!」

「いや、ちょっと待ってくれって……」

 

 会長に腕を引っ張られ、連れていかれそうになった二宮が目には行った瞬間、私はハッと息を呑んだ。


「だ、だめ!」


 そう声を漏らしながら、私は気づけば二宮の袖をつかんでいた。


「え、小波っち⁉」

「小波!?」


 二人の声でハッと我に返る。

 二宮の腕をつかんでいる自分の手と、戸惑いと言うよりも驚嘆の表情を浮かべている二人の顔を見比べて、己が何をしてしまったのかということをようやく理解した。

 ――あぁまずい

 自分がやってしまった予想外の行動と、この注目の的になっている状態を頭の中で処理しようとするが、うまくいかない。

 処理オーバーを起こした私の頭がはじき出した行動はあまりに幼稚だった。


「う……もういやだぁぁ」


 そう言って私は子供のように泣きだした。

 二宮はあたふたとしながら、私の横に座り込む。

 

「こ、小波?、ごめん、俺なんかしたか⁉」

「二宮さんのばかー! ついでに私もばかー!」」

「えぇ?」

 

 顔青く、慌てるばかりの二宮と違って、会長は私と二宮を見比べながら、なるほどねぇと声を漏らして頷いている。

 

「なるほど、なるほどー。中々ややこしいことになってるねぇ」

「会長、なんかわかるのか?」

「いんや? これは誰かに教えてもらって気づくべきじゃないよ」

「なんだよ、泣いてるってことはそれなりの理由があるってことだろ?」

「それなりな理由ではあるんだけど、理由が理由だからね」

「さっぱりわからん!」


 会長は二宮のその言葉にはぁとため息をつきながら、踵をかえした。


「小波っちから聞きなー。私は小波っちの味方だよ」

「わからん、わからん! どういうことなんだ⁉」

「鈍感だねー女の子の好きなものでも考えなー」

 

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまう会長。

 とりあえず、玄関で泣いていては人目につくので、私と二宮は、近くの公園へと足を運んだ。


 

 「これ、飲んだらマシになるかもしれないからな、飲んでくれ」

 「ズビッ……おしるこ?」

 

 手頃なベンチに二人で座り、二宮から渡されたのは、この季節にはめずらしいあのおしるこ缶だった。


「なんで」

「女子は甘いもの好きだって……聞いたことがあったんでな」

「そっか……」


 無言が続き、なんともぎこちない雰囲気が流れ出す。

 その空気に耐えきれなくなったのか、二宮が口を開いた。


「もう落ち着いたか? よかったら目の前で筋トレしてみせようか?かなり見ごたえあると思うぞ」

「……ありがとう。遠慮しとくね」

 

 こんな変な申し出でも、きっと私のことを心配して言ってくれているんだろう。

 あぁここまで気を遣わせてしまっている。

 彼女との初日を邪魔した女のことなんて、正直煩わしいに決まっているのに。

 ぐっと上を向けば、あわてんぼうの三日月が茜色の空に黄色く輝いている。

 やっと気持ちの整理がついた気がした。

 幼くて、なんとも身勝手なこの気持ちに。

 ――きっとこの気持ちは、彼にとって邪魔でしかない。 

 そんな気持ちならしまい込もう、いつもみたいに。

 口の裏に張り付けて、見えない様にしよう。

 そう決心して、私は彼に向き直った。


「今日はごめんなさい、急に泣き出して。せっかく会長――いや彼女とデートするチャンスだったのに」

 

 思ってもない言葉を並べてみる。

 喋れば喋るほど、血を吐いているような気がした。

 きっと私は心が狭い。

 会長はちゃんと告白して二宮と付き合った。それは誰もが持つ権利であり、誰にも責められるいわれはない。

 しかし、どうしても目の前で起きたあの光景をずっと頭の中で再生してしまう、焼き付いて離れないのだ。

 ずるいなんて、ひどいなんて言葉が浮かんでしまう。

 先に好きだったのは自分ですらないのに、この理不尽な世界めと恨み言を言ってしまう。

 会長は正しい、そして告白を受け入れられるのも納得だ、理性の上ではわかっているのである。

 好意すら今更気づいた私に、会長を恨む資格なんてないのである。

 

「お金は出すから、今からでも会長とカフェに――」

「すまん、今なんて言ったんだ?」


 二宮がきょとんとした顔をしているので、私も首を傾げた。


「え、今からでも会長とカフェにって」

「違う、その前だ。俺と会長が付き合ってる? 誰からそんなことを聞いた?」


 あぁそうか、昨日の今日の話なのに、なぜ私が知っているのがわからないのか。


「昨日たまたま2―Dで見ちゃったの。会長が二宮さんに告白してるところ」

「え?」

「見たのはわざとじゃないの、でも誰にも言ってないし、大丈夫だから――」

「待って待って待ってくれ! それは誤解だ! 誤解!」

「え?」

 

 二宮の言葉に私はさらに首を傾げた。

 二宮は気まずそうに頭をボリボリとかく。


「だから今日小波はなにか様子がおかしかったのか、俺はてっきり嫌われたのかと――」


 そう独り言のようにつぶやいた彼は、次に私にまっすぐ視線を合わせた。

 人と目を合わせることが苦手な私は、思わず目線を反らしてしまう。

 

「あれは……会長の告白練習に付き合ってるだけだ」

「告白の……練習?」

「そうだ」


 それを聞いて私は理解ができず、一瞬頭が真っ白になる。


「そういう告白の仕方とかじゃなくて?」

「最高の形で告白したいんだってよ」

「っていう嘘じゃない?」

「違う! 副会長の惚気を大量に聞いてるからそれはない!」

「会長、副会長が好きなの!?」

「おっとつい口が……」


 私の頭がやっと今の状況を飲みこんできた。

 

「つまり、二宮さんは――付き合ってない⁉」

「そうだよ、逆に俺は今まで彼女なんかいたことないぞ」

「そ、そうなんだぁ……よかったぁ」

「よかった?」


 ハッとして口を押さえるが、口からでたものは戻らない。

 こっちをじーっと見ている二宮だが、ここで、はぐらかしたらきっと騙しとおせるのだろう。

 だってそんな純粋なところに惹かれたのだから。

 でもきっと今言うしか、チャンスなんてやってこない。

 心の奥にしまい込もうとしていたその言葉をそっと私は引き抜いた。

 

「あの!」

「お?なんだ?」


 突然大きな声を出した私に驚いている二宮の前に、私は立った。

 今度はまっすぐと彼の目を見つめながら。


「実は、あの……えっと」


 緊張しすぎてうまく声にならない。告白なんて初めてなのだ、普段の会話すらままならないのにそんなことが簡単にできるわけがない。

 ふわりと頬を撫でた風と共に彼の汗の匂いが香った。

 しかし喉は未だに閉まったままだ。


「あーもう!」

「え? え?」


 私はポケットから取り出したガラケーを取り出す。

 メモ画面を開き、打とうと思っただけで顔が赤くなる。

 赤面をみられるのは、あまり好きではないけれど、きっと夕日が隠してくれるから。

 夕日が背中を押してくれるから。

 

 昨日頭を離れなかったあの4文字を、震える手で打った。

 そしてそれを目の前の彼に震える手で差し出す。


「これ、読んでください……」

「急に敬語だな……あ……」


 画面に書き出された文字は――「好きです」の四文字だった。

 私が恐る恐る顔をあげる。

 すると目の前にいたのは、夕日よりも顔を赤くする二宮だった。

 

「あの……二宮さん?」


 私がそう声をかけると、二宮はぴょんとベンチの上で跳ねた。

 

「え? こ、これ……ドッキリとかじゃないよな」

「わ、私がそんなことできる人間に見えます⁉」

「み、みえないけどさぁ……」


 いつもとは全く違う二宮の弱々しい姿に期待している自分がいる。

 一体何を思ってそんな顔をしているのかを知りたい。

 その瞳に、私はどういう存在として映っているのかを、今この世で一番知りたい。


「あの、返事は?」


 私がそう聞くと、彼は慌てたように自分の懐をまさぐった。

 そして取り出したのは、彼のガラケーだった。

 ぴろんと電子音が鳴り、画面をのぞき込むと連絡先が交換されていた。


「すまない、自分の気持ちに整理がつかなくて、いや、えーっとなんていえばいいのか……」


 「嘘だろ今更こんなことに気づくなんて……」とぼそりと呟きながら頭をかく二宮。


「これが返事でいいか?」


 二宮はそう言って連絡先の交換された私のガラケーを差し出してくる。

 つまり、OKだということだろうか?

 しかし直接言われたかったな……なんてきっとわがままだ。

 子供っぽくふてくされてるのがバレないよう、彼から差し出された私の携帯をそっと受け取ると、さっそくガラケーがぴろりと鳴った。


 はっとしてガラケーを開くと、そこには送信確認の「あ」が彼から送られてきていた。

 しっかりとした返事かもしれないと期待した私がいたので、その分気持ちが下がった。

 しかしまたガラケーがピロンと鳴った。


 ――こちらこそ、よろしく。


 そう書かれたメッセージを見て、私はハッと顔をあげた。

 恥ずかしそうにそっぽを向く彼の耳は、夕日に溶け込みそうなくらいに赤かった。

 胸が幸福で満たされていく。

 顔が赤いのは見られたくないけれど、今だけは、夕日が隠してくれるから。

 私と彼はきっと今、夕日の世界の住人だ。

 だからこの幸せを噛み締めておこう。この夕日が沈むまで。


END

 こんにちは、作者の春鏡凪です。

 珍しく後書きを書いてみました。

 実はですね、今回は全て私が苦手とするジャンルを予めお題と設定して書いたものでした。


女性目線(苦手)

•純粋な甘酸っぱい恋(苦手)

•女性がウジウジ(苦手)

•男性が汗臭いタイプの熱血(苦手)

•黒い感情出さない(苦手)

•誰も死なない(苦手)

•ギャクで茶化さない(苦手)


 上手くできていたでしょうか。

 短編のつもりが、かなり長くなってしまいました。

 しかし読み直すと主人公や二宮。会長もあぁなるほどだからかと思ってもらえる行動が隠れていると思います。


 いつも読んでくださる読者の方々には頭があがりません。

 ありがとうございます。

 皆さん!ハッピーバレンタイン!

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