88.不気味で憐憫
「へえ?あんた、随分と敬虔なんだね」
イヴィアナは近くにあった岩場に座り込み、頬杖をして聞いた。
「当たり前だよ……アタシは元々帝国で侍祭をやってからね♩」
「そうなんだね。なんて教会だい?」とグレアムも話に入る。
「アドミニスト大聖堂だよ。でも、昔のことだから……」
「アドミニスト大聖堂って……」
イヴィアナとグレアムは目を合わせる。
確かカソリゾイと談合した所もそんな名前だったような気がする。つまり、カソリゾイの家だ。
「アドミニストか……かなり立派だ」と、エリィは呟く。
ユミルテ王国のエリィも知っているということはかなり有名な大聖堂――本殿だろうか。
「そんなことよりも、なんで逃げなかったんだ?」
俺は純粋な疑問を口にした。魔族の眼前で戦慄もせず、手を絡めて祈る姿は楽観的というより奇怪だった。
「逃げる必要がなかったからかな?」
少女は頬に人差し指を当て、さも当然のように言う。そして「よいしょ♪」と発して地面に座った。
思わず「え?」と、疑問の声が出た
「だって、キミたちはアタシを助けてくれたでしょう?そんなことを考える必要ってある?」
少女はこてんと首を傾げた。冗談で言っている訳でなさそうだ。
「それじゃあ、俺たちが助けに来なかったらどうしてたんだ?」
「それは分からないよ。"もしも"の世界なんて考えるだけ無駄だとおもうな♩」
――どこかで聞いたことのある言葉だ……あっ、そうだ。
少女の"もしもの世界"の話と、カソリゾイの"元いた運命"の話が似ているんだ。
どちらも主張するのはそれに関して"分からない"、"興味がない"といった同様の態度だった。確かに彼らの言い分は理解できるが、俺にあまりにも無警戒で淡白に思える。
「そうか……」
燦然と輝く黒い瞳に凝視され、俺は無意識に視線を逸らしてしまった。俺も瞳は黒いが、彼女のものとは比べ物にならない。ただ漆黒の俺の瞳と、何色にも輝く幻想的な黒い瞳――彼女の瞳は別格の美しさだ。
「別に"もしも"の話はどうでもいいけど、次はちゃんと逃げてよ?」と、イヴィアナが肩を竦めて言う。
「その時はその時考えるね♪」
「いや、ちゃんと逃げてってば!」
掴みどころのない少女にイヴィアナは調子を狂わされていた。
何度もイヴィアナが釘を刺して「逃げるの!」と叱咤するが、少女は「ん〜♩」と愉快に唸るだけだった。
「君はどうしてひとりでこんな所にいたんだい?」
グレアムはいつの間にか岩場でイヴィアナの隣に腰掛けていた。本当に抜け目がない。いつも2人は近くにいる。
「あ〜……そうだね。アタシ、流浪人――というより冒険者ではあるんだけど……」
「奇遇だね」とグレアムは俺たちを見る。「僕たちも冒険者だよ。でも、冒険者っていうのは仲間と冒険するのが普通だと思っていたよ。1人でも平気なのかい?」
「あら、キミたちも冒険者なんだ?てっきり傭兵かなにかだと思ってた♪」
小さく口を開けて驚く少女に、イヴィアナは「ふふん。私たちは勇者パーティーなんだよ」と得意げに語り出した。
「勇者?それって名無しの勇者のこと?すごいね♩」
「そう!万能魔法――」
イヴィアナはこうして俺を勇者だと宣伝して噂を広めていった。今は慣れたものだが、最初こそ自己肯定感の低さで頭を抱えていたものだ。
「ちょっとイヴィ、今はそこじゃないでしょ!」
グレアムの人差し指がイヴィアナのほっぺに埋もれた。
「アタシもついつい話を逸らしちゃったね♩」少女は「えへへ♪」と頬をかく。「アタシがひとりで冒険してるのは個人的な目的があるからなんだ」
「目的?」と俺たちは異口同音に言う。
「うん♪アタシ、"逢いたい子"がいるの。その子はもう亡くなっていて、此岸では逢えない」
多幸感溢れる雰囲気を宿す少女に、少しの翳りが刺した。話し始めてから俯くことのなかった彼女が、初めて俯いた瞬間でもあった。
「もう一度だけでいいから話したいの。そのためにずっと冒険してる……♩」
「そうだったのか……」
冒険に出る"理由"は人それぞれだ。
俺はマルシュを探すことが発端で冒険に出て、ついでに魔王討伐をして世界を平和にできたらと思っている。彼女のように何かを渇望して旅に出る人も少なくないだろう。
「蘇って欲しいとまではいかないの。ただお話がしたい……アタシ、話したいことがまだまだたくさんあるのに」
少女は口角を上げながらも、悄然と話した。
「そんなにお世話になったひとなんだな……」
俺は何とか言葉を紡いだ。
「うん♪10年以上は一緒にいて、アタシが死ぬまでは離れないのかと思ってた……そういう悲劇も人生には付き物だよね♩」
彼女の温和な性が、無意識に気を遣って愛想笑いを作り出しているような気がする。
「死者を甦らせる方法なんてあるんでしょうか?冥界と現世を繋ぐ方法なら、黒魔術で可能性はありそうですが……」
シェリロルは顎に手を添えて、思案するように言う。
「死者蘇生も黒魔術でできることはあるんじゃない?色々代償はありそうだけど」と、イヴィアナは話す。
「"魔法"で解決できないから、キミたちの言っている通り黒魔術を片っ端から試してるよ♪さっきの魔族もそういうこと。儀式の最中だったの」
「えっ、じゃあ……その……」と、動顛するシェリロル。
俺は「まじか…」と零し、イヴィアナとグレアムは「え」と声に出した。エリィは静かに驚いている。
俺たちが彼女を救済したことで、儀式は中断されたのだ。
俺たちは「ごめん」や「ごめんなさい」と、同時に謝罪し始めた。
「えっ?平気平気!あの儀式は失敗した後だったから、どうしようか祈ってたところだったんだよ♪」
少女は相変わらず能天気そうだった。
「それならよかった……けど……」
俺は少女を一瞥した。
侍祭であった神聖な少女が危険を顧みずに黒魔術に手を出す。この覚悟は俺が同情するには無礼にあたるほどの強固な信念が根底にあるだろう。
――でも、助けたい。
「黒魔術のことはよく分からないけど、魔法の方が可能性はあるかもしれない。俺に任せてくれないか」
「キミに?どうして?」
少女は青空のようなツインテールを優しく弄ってから、首を傾げる。
死者蘇生の魔法――それか、死者と対話できる魔法を見つけるか、編み出せばいい。そうすれば、彼女に本当の幸福がきたる。時折感じる愛想笑いがきっとなくなるはずだ。
「リアトは"万能魔法"を使うからね」と意気揚々とイヴィアナが話す。
「勇者って、そういうことなんだ……」
「そうだよ!」
少女は多彩に輝く黒の瞳をさらに輝かせて俺を見つめた。
「まだお前を満足させられる魔法は知らないけど、探してみる」
「リアトは優しい人だね♩」
「いや、そんなことで優しいなんて――ん、ていうか名前……」
初対面の少女に名前を呼ばれて度肝を抜かれたが、イヴィアナがずっと俺の名前を呼んでいる影響だと一瞬で理解した。
「うふふ♪」と、少女は少しの無邪気さを含んで笑う。「イヴィにグレイ」
少女の視線はイヴィアナとグレアムに向いた。2人とも口を開けて驚いていたが、グレアムは大きな手で顔を隠して視線を落とした。
「えっとう……違った?」
「ううん!合ってるよ。私はイヴィアナでこっちはグレアムだけどね。イヴィって呼んでくれて嬉しい!グレイは……」イヴィアナは真隣で顔を背けるグレアムの髪を撫でた。「滅多にグレイって呼ばれないから衝撃を受けてるだけだよ。グレイって呼んであげて!」
「わかった♩あと、シェリロルと……ごめんなさい。キミは聞き取れなくって」
彼女は俺たちの会話で呼びあった名前を記憶していたようだ。エリィは寡黙なせいで、会話に中々参入して来ないせいで名前を知れなかったということか。
「俺はエリィ」
相変わらず無愛想で淡白なエリィはそれだけ告げた。
「エリィ!わかった♪みんな素敵な名前だね」
そんなエリィに少女は魅力的な笑みを送る。
「シェリロルはシェルでもいいんだよ、ね!」
イヴィアナはシェリロルにウインクすると、シェリロルはぎこちなく頷いた。
少女は首の横に垂らした襟足をいじって、愉しそうに微笑んだ。
――あ、そうだ。
名前で気づいたが、まだ彼女の名前を聞いていない。
「そういえばなんて言う名前なんだ?」と、俺は口にする。
「アタシったらごめんなさい。自己紹介するのを忘れていたね♪」
少女は立ち上がり、全員に目を合わせてから再び微笑んだ。笑顔が絶えない明朗な彼女だが、貞淑さも兼ね備えていて大人びて見える。
「アタシの名前は"オリミユ"。ミユって呼んで♪」
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