86.エリィの吐露
「エリィさんの契約している死神さんってどんな方なんですか?」
ユミルテ王国を離れてすぐ、シェリロルは相変わらず興味津々に聞いた。
"宮廷"という言葉も知らない彼女が、"災禍の四柱"や"死神"を知っていることには驚きだった。プリゾネイでは魔族に関する情報を教え込まれていたのだろうか。
「あぁ……俺の契約者はラフアンっていう死神魔族だ」
エリィは俯きながらも答える。彼にとって狂王ラフアンは契約者であり仇敵だった。
「狂王って異名がつくほど畏怖された大魔族だよ。正直、この妖刀を今すぐ壊したいくらい嫌いな魔族だが、色々な事情があって実行には移してない」
エリィは大太刀の妖刀の柄を撫でた。鷹揚な視線の奥には憎悪も含まれている。
「そう……なのか……あんま無理はするなよ」
俺はエリィの背中を優しく摩った。
そんなエリィの様子を見たシェリロルは「ごめんなさい!気分を悪くしちゃいましたか……」と体を震わせた。
「いや、そうじゃないんだ。色々考えてただけ。お前のせいじゃないよシェリロル」
摩っていた背中が急に翻されて正面を向かれたので、俺は瞠目した。真摯な瞳で俺を見つめてくる。
――急にどうしたんだ?
「実は俺の故郷は契約者の狂王ラフアンに滅ぼされたんだ」
「え…?」と唖然の声を出すグレアムとイヴィアナ。息を飲むシェリロル。そして俺は驚嘆で声が出せなかった。
――だって、仲間になったばかりでこの話をするはずがない。
プリゾネイでの出来事は大幅な変化はなかった。強いていえば、イヴィアナが口を滑らせて愛称を呼んでしまったくらいだ。
だが、ユミルテ王国で魔竜と全く遭遇しなかったことや、エリィの過去話の開襟は今まで経験した4回の冒険の中で一度もなかった異例の出来事だ。
――まさか、カソリゾイの運命魔法によって変更された世界線だからか?
――この世界はただ時間が巻き戻った世界じゃなくなった……?
カソリゾイによると、俺たちのやり直しは時間の支配によるものだ。しかし、彼の魔法で俺たちは運命を渡った。これによってカソリゾイの言う、些細な出来事の変化が生じているのだ。
――時空が変わっているのなら、運命も変わって欲しいところだな。
「俺が故郷を離れたのはたった15分だった。その15分でひとつの都市を壊滅させたんだ。壊滅といっても都市全土がなくなった訳じゃない。都市には傷のひとつも無いんだ。それなのに、市民約300人が全員死んでいた」
「そんな……」と、シェリロルが絶句する。
エリィは妖刀を傍において、震える手を抑えた。俺は震えるエリィの手に触れる。人の体温は暖かいはずだというのに、過去の恐怖で酷く冷たくなっていた。
狂王ラフアンがエリィの故郷を壊滅させた過程は初耳だ。前回まではエリィの辛酸をなめたような表情に耐えきれず、憐憫に思って寄り添っていた。これ以上エリィを苦しめるような話を聞きたくなかったのだ。
たった15分で約300人を都市破壊せずに瞬殺する死神魔族――狂王ラフアン。
身の毛もよだつ破格の能力だ。現在生きながらえていないことに胸を撫で下ろした。
「そんな背景があるだなんて知らずにその刀を羨んでしまって申し訳ないね……」
グレアムは気を落として言う。
「いいや、この刀自体は嫌いじゃない。両親が俺に贈ってくれた形見だから」
エリィは恋しそうに大太刀の妖刀を見つめた。手の震えも止まっている。
「誰にも盗られちゃいけないね」
イヴィアナはエリィの肩に手を置いて、淡々と話した。
恐らく、彼女の脳裏には妖刀をウルリクアクアに奪取され、エリィが刺された情景が浮かんでいるだろう。
――あれは本当に許せない行為だった。
「事情があって壊せないっていうのはこういうことなんだね。エリィはかっこいいな」
グレアムは俯くエリィの頭をわしゃわしゃと撫でて、精悍な笑みを浮かべた。ストーレートな本紫色の髪が乱れ、エリィは半目でグレアムを見遣った。
「契約することしかできない俺が、かっこいい……か。父さん母さん、友達や先生の仇も取れない俺が……」
エリィは狂王ラフアンの話になると途端に自信を無くす。それほどエリィの中で恐ろしい存在なのだ。
「かっこいいよ、エリィは」と俺は座り込むエリィの顔を覗いて目を合わせた。「その若さで竜討伐団の団長をやって、今平和に暮らす国民の多くを救ってる」
「リアト……」
「そうやって辛いことだけを挙げてくなよ。俺は――いいや、みんなはお前のことすごくカッコイイって思ってる。仲間の俺らが思ってればそれでいいだろ?」
エリィはようやく顔を上げて金色の瞳を俺に見せてくれた。燦然と輝く宝石のように綺麗な瞳だ。
「そうだよエリィ!そんなでかい武器使ってる人始めてみたし、すごくかっこいいんだから!」
イヴィアナがエリィの背中を叩いて言う。
シェリロルもイヴィアナに続いて「私には多くの人を救えるほどの戦闘力がないので、羨ましいです!」と、褒詞を述べた。
「僕と同じ騎士なんだから、かっこよくて当然だよ」
グレアムの騎士への執念にエリィは苦笑した。
――ちなみに俺も密かに苦笑した。
「ごめん。今はそんな気にしてないつもりだったんだけど、たまに怖くなって。ありがとみんな」
俺たちは全員仲良く「気にしないで」と口にした。そうすると、エリィは八重歯を見せて笑ってくれる。
「俺は狂王ラフアンが大嫌いだ。今も殺したいくらいゆるせない。魔族がいるから人は不幸になる。俺はそう思う」
「だから私たちについてきたんだ、エリィってば」
イヴィアナはエリィの腕を人差し指でつんつんする。
少し前から気づき始めていたが、イヴィアナという少女は距離感が平常ではない。こうやって、すぐに人に触れる。アイユイユのような男が勘違いする理由だろう。
「まあ、その……それもあるけど……」といってエリィは頬を染めて俺を一瞥した。何を言われるのかと身構えて瞬きを繰り返したが、「ん……」と零すだけだった。
「平気だよ。私も魔族は大嫌い。すんごく殺したい魔族がいる」イヴィアナは邪心の籠った瞳をエリィに向ける。「一緒だね」
エリィは珍しく気圧されながら「う、うん」と言った。
俺は"魔族"についてどう考えているのだろうか。自分自身の思想についてあまり考えてこなかった。
人族はえてして魔族を天敵と見なす。俺は人族だが、全ての魔族に対して本当に敵だと思っているのだろうか。
敵とは、自身に危害を加える相手を意味する言葉だ。俺はそこまで広義的な意味合いで使っていない。
もし危害を加えない魔族がいるのならば、それは敵とは言えない。俺はそう判断する。
「魔族……」と俺が呟くと、シェリロルの視線が刺さった。
続けて「俺は……」とエリィが言いかけたが、発言への逡巡で数秒間黙りこくっていた。
「なに?」というイヴィアナの問いつめも虚しく、エリィは「なんでもない、俺も魔族は嫌い」と言うだけだった。
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