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84."シェル"という愛称


 時系列的にも地形的にも異なった世界線で再びみかんからの邂逅とは、奇跡もあったものだ。


 みかんを拾い集めた後、シェリロルはいつも通り謝罪の意を込めて俺たちにみかんを贈った。


 プリゾネイのみかんは特別美味という訳ではなく、普通の味だ。どの時系列でもシェリロルとはみかんと一緒に出会うが、プリゾネイではみかんが流行っているのだろうか。


 最初の冒険の時にシェリロルの現状については聞いていた。両親が既に他界していることや、今は農作業をして生計を立てていること。今回もシェリロルの家で同じように話してくれた。両親が早世し、10年以上はこの家で一人暮らしを続けているという。


「シェリロルってどういう経緯でプリゾネイに来たの?あんたが罪を犯した訳じゃないでしょ?両親?」


 イヴィアナが口にをした疑問に、シェリロルは眉をひそめた。


「経緯ですか……?私は生まれてからずっとこの地にいるのでそれを説明することはできません。母と父も罪なき人でしたから、私の家系でどなたが犯罪を犯したのかも分からないんです」

「そうなんだな……監獄島って残酷なとこだな」


 俺が零した言葉に、シェリロルは「いいえ!」と意義を申し立てた。

 

「そんなことはありませんよ!名前は不名誉ですが、とても過ごしやすいところです」

「確かに、勘違いしてるところもあった。みかんも普通に美味しいし!」


「そうです!」とシェリロルは得意気に言った。


 そういった話をしたあと、いつも通り俺たちが冒険者ということを吐露した。相変わらずシェリロルは羨望の眼差しを向けてくれる。そして、プリゾネイの外を知る恐怖、好奇心を語ってくれた。


「良かったら、一緒に脱出して冒険しない?」


 俺は変わらない言葉を放った。


 シェリロルはいつも通り「え……?」と困惑の色を強くする。


「私が、冒険ですか?ここから出たことがない私が……」


 夕日を移したようなシェリロルの瞳は、動揺と好奇心で染まっている。

 

「そうだよ!シェル――あ」とイヴィアナは口を抑えた。


 まだ愛称で呼ぶには早い。確かプリゾネイを出た後に愛称の話が出ていたはずだ。様々な段階を飛ばしている。


 俺は呆れた顔でイヴィアナを一瞥した。


 やり直しをしていないシェリロルにとってイヴィアナは距離の詰め方が異常に早い人と見られるだろう。そして、かなり相手を動揺させてしまう。当のシェリロルは初対面の人から愛称で呼ばれ、しばらく固まっている。


「あぁ!ごめんね。私もうシェリロルが仲間の気で居ちゃって〜……!私って想像力豊かだから」


 イヴィアナは「あはは〜……」と必死に誤魔化している。

 

「僕と初めて会った時もグレイ呼びしてたけどね」とグレアムが笑って口を挟む。

 

「それは母上があんたのことグレイって言ってたからそれが馴染んだの!私はそんなに馴れ馴れしい人じゃないから」

「確かに結構淡白かもね?」


 グレアムはくすっと笑った。

 

「ほら、そうでしょ?」


 イヴィアナは望み通りの返事を聞くと、俺を一瞥した。そんな俺は視線を落として知らぬ存ぜぬの精神を貫いた。

 

 彼女が俺に何を言わせたいのかは分かっている。だが、俺とイヴィアナの邂逅を振り返れば分かるが、すごく馴れ馴れしかった。お世辞にも初対面が淡白とは言えない。


「シェリロル、大丈夫か?」


 このようなやり取りをしている間、シェリロルは俺たちを見るばかりで無言を貫いていた。前にもイヴィアナは"シェル"と呼んでいたし、問題ないはずだ。


 ――どうしたんだ?


「あ、いえ。ごめんなさい。ただ"シェル"と呼んでくれた人を少し思い出しまして、耽っていました」

「そうなんだ……嫌な気分にさせちゃった?」


 イヴィアナはシェリロルを憂慮しながら、俺に目配せをする。


 前回までイヴィアナが"シェルと呼んでいいか"の話をした時、シェリロルがこのような反応をすることはなかった。俺もシェリロルの反応に驚いている。


 前の世界でも、シェルと呼ばれたことに驚嘆していたのだろうか。

 

 ――あの時は親しみの証と聞いて喜んでいた印象しかないな……


「いいえ!そんなことはありません。呼ばれることはとても嬉しいことです」

「そっか!じゃあシェルって呼んでもいい?」

「はい!大丈夫です。よろしくお願いしますイヴィアナさん」

「うん!」


 イヴィアナは多幸感のある笑みを浮かべた。少し首を傾げて全力の笑顔を見せてくれる。


「ところでその"シェル"って呼んでた人っていうの、ご両親?」


 不意にイヴィアナが聞いた。

 

 シェリロルはイヴィアナの質問に数秒逡巡していた。瞼を閉じて何かを回想しているように見える。


「そうです。あとは家族のような人にも呼ばれてました」


 プリゾネイは閉塞的だが、暖かい場所のようだ。


 その後、シェリロルは俺たちの冒険に同行する決意を固めた。


 そして前回よりも容易にプリゾネイを脱出し、安定した航海でユミルテ王国に向かった。


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