81.結局、脅迫
「予定入れないと会っちゃダメなの?」
オルケアノスを前に、イヴィアナは怯まなかった。むしろ帝国魔道士の威厳を放ち、飄々と振舞っているように見える。
「いいえ。ですが、グレアムまで連れて何の用ですか?イヴィアナ殿」
「あ」とイヴィアナが首を傾げる。「私のこと警戒してるでしょ?」
オルケアノスは口を噤んで、気ままに動くイヴィアナを視線で追った。
「貴殿は反逆者だと、ルールレ殿が言ってましたよ」
オルケアノスはそっと羽根ペンを下ろした。
「ふーん?私が国家転覆を企む反逆者に見えるの?心外だよ」
イヴィアナの問いにオルケアノスは無言を貫いた。なぜ屋敷に侵入してまで自分に会いに来たのか探ろうとしているようだ。
「私たちはあんたを傷つけに来たんじゃない。教えて欲しいことがあるの」
「答える義務がありますか?」
泰然自若とした態度で挙手をするオルケアノス。その刹那、イヴィアナの姿が消えた。
イヴィアナはオルケアノスの真隣で、杖を彼の頭部に押し当てている。肉眼で捉えられない速さだった。
何故か俺が固唾を飲んだ。グレアム以外の帝国の人間と絡んでいる時のイヴィアナは別人のような厳格さを持つ。
「ちょっと、イヴィ!そんなこと……」と、グレアムは1歩前に出る。
「グレイは黙ってて。お願いというより強要にする。いい?」
オルケアノスは一息吐いて手を下げた。生殺与奪の権利を握られているというのに、狼狽の様相を呈していないのには驚いた。
物々しい空気に声を出すことも憚られる。俺はひたすら2人の会話を凝視し、傾聴した。
「私を傷つけないのではなかったのですか?」
オルケアノスはイヴィアナを一瞥して言う。
「拒否するなら話は別かな?」
「拒否をする予定は無かったのですが、帝国魔道士ならば国家の機密情報もご存知でしょう?私にわざわざ聞かなければならないことなんてあるのでしょうか?」
「あるよ。あんたの弟のことを教えて」
オルケアノスは再び沈黙した。口をほんの少し開けていることから、イヴィアナの発言は予想外だったようだ。
「ヴァレートのことですか?」
「違う。次男の方」
オルケアノスは一瞬の逡巡を経て話し始めた。「……ハイルヴィロンのことですか?」
ハイルヴィロン――ハルヴィンだ。今までは憶測に過ぎなかったが、本当にメアール家の次男だったのか。
イヴィアナに目配せをすると、彼女も同様に俺に目配せを送っていた。この調子でハルヴィン――ハイルヴィロンの情報を聞き出したい。
弱点――ハルヴィンを出し抜ける何かを掴みたい。
「あの子は表に出るのが嫌いでして……知っている方は少数なので、知っているとは驚きました。今は夜間警備隊をやっていますよ」
オルケアノスは悠々と足を組み、頬杖をつきはじめた。
――イヴィアナへの警戒を緩めたのか?これもフリか?
――ダメだ。
こういう老獪な貴族の心を読むのは本当に苦手だ。何を考えてるのか一切読めない。
「夜間警備隊といっても総監でもない、1番下っ端です。あの子がその役を欲したのです。ただの暗殺者と同義ですね。本当に変わっている……あの子は"悪魔"ですよ」
「悪魔……」
俺がオウム返しに呟くと、オルケアノスは「比喩ですよ」と言った。深海さながらの瞳が俺に向けられる。その一瞬でも俺が怯むには十分だった。
「そんな易々と教えてくれるなんて思わなかった」
イヴィアナは依然と厳しさを漂わせて話す。
「イヴィアナ殿に脅されていますのでね」
くすんだ金髪を弄りながらオルケアノスは言った。
「でも、私がそいつを殺そうとしてるってもう分かってるんじゃないの?」
「ええ、そうですね」
オルケアノスの肯定の発言に俺は瞠目した。彼は実弟が殺されるのを看過している。極端にいうと、オルケアノスは実弟のハイルヴィロンが死んでも構わないという事だ。
「あの子は異端ですから、苦労したものですよ。私も、あの子も」
オルケアノスは机上に横たわっていた写真のような紙切れを人差し指と中指で挟んで眺めた。カメラはこの世界にないとしても、情景を保管できる魔道具があるようだ。
「あと、ハイルヴィロンの使う魔法って海洋魔法じゃないでしょ?本当はなんの魔法を使うの?」
イヴィアナは杖を押し付けながら、質問を続けた。
オルケアノスの表情に変化はないが、瞬きの数が明らかに減っているように感じる。数十秒の沈黙を挟んだ。表情の変化は乏しいが、この間に頭を働かせているのだろう。
「それとも、魔法が使えなかったりする?異端異端って言うなら、単なる発達障害とかじゃないでしょう?」
イヴィアナは返答を促すものの、彼は「ううむ」と小さく唸って発言を躊躇っている。
「あんたたちの家のことなんて詮索するつもりないから、私はただハイルヴィロンのことが気に食わないだけ」
ハイルヴィロンはメアール家で一体どれほど暴走したのだろうか。家から追放されずに夜間警備隊として働いていることから、勘当されるほどではない。だが、何かやらかしたに違いない。
「すみません。黙っていた理由はそれだけではなくて。あ、魔法は使えます。あの子が海洋魔法では無いことも認めます」オルケアノスは眼鏡を外した。「ですが、どんな魔法を使うのかは知りません。あの子が魔法を使う姿を滅多に見てこなかったので」
イヴィアナは驚愕で口を開け、少し反応が遅れてから話し出した。
「本当に言ってるの?小さい頃は一緒に暮らした仲でしょ?」
「言ったでしょう、"苦労"したって。一緒にいる時間は少なかったと思います。覚えている限りだと……魔法は元素魔法というより特殊な魔法なはずです」
"苦労"した――ハイルヴィロンは幼き頃メアール家に生まれながらも、海洋魔法ではない不肖さで酷遇されてきたのではないだろうか。戦闘中にも帝国の貴族に対する嫌悪の言葉を口にしていた。相当な怨みがありそうだ。
「知らないんだね?」とイヴィアナは釘を刺す。
「知っていたら伝えますよ」
オルケアノスは嘆息を吐いた。
「そう……それは残念。ありがとうねオルケアノス」
彼女はオルケアノスの肩に手を置き、顔をくっつけて囁いた。その瞬間だけ、普段漂わせない色香をイヴィアナから感じた。これが狡猾で不敵な帝国魔道士イヴィアナ・フレインの実像かもしれない。
イヴィアナはオルケアノスから離れ、俺たちに向かって歩を進めた。当然、杖も下ろしている。
オルケアノスからハルヴィンの情報を少なからず聞けた。
さっさと退散して冒険へ進もう――そう思った矢先、「そうですか…」というオルケアノスの独りごちたに足を止められた。
俺は怪訝な顔で彼を注視するが、相変わらず蠱惑的な笑みを浮かべる。
「貴殿が本当に"慈愛"をくださるとは思いませんでした」
『泡沫の抱擁』
オルケアノスが魔法を詠唱をした――俺がそんな事を考えている時、イヴィアナは既に"火炎"を、グレアムは魔法を警戒して後退していた。
須臾の出来事に瞬発力が追いつかなかった。俺はいつの間にか泡の中に監禁されていた。まるで無重力状態さながらで、足が地につかない。
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