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80.オルケアノス・メアール


 結局、グレアムがイヴィアナを止める間もなく都市ハルーアに出発することになった。現在は効率を考えて空中移動中だ。前と変わらずイヴィアナの杖にグレアムと2人で飛行し、俺は"浮遊(タンフーロ)"で移動している。

 

「ねえ、僕ってメアール家のこと聞くためだけに連れてこられたの?」


 グレアムはいじけてイヴィアナの肩に頭を預けた。さらには彼女のお腹まで触っている。腰に手を回すのは落下を防止する用途だというのに、そんないかがわしく見せないで欲しい。


 そして、この意味のわからない距離感で2人は付き合ってない。


「違うよグレイ?ついでに聞いたの。グレイがいないと、魔道士2人じゃ前線ボロボロでしょ?」


 イヴィアナは淡々と話す。

 

「そう?ならいいけどさ」


 グレアムはイヴィアナの首筋に鼻を当て息を吸った。


「ちょっと、あんま人の事嗅がないでよ。お風呂入ってないんだから」


 そういいながらもイヴィアナは抵抗する素振りを一切見せない。

 

「いつも通りイヴィの匂いがするだけだよ」


 グレアムはイヴィアナを心地よさそうに抱きしめた。


 こんな2人の距離感も通常運転であって、俺はもう慣れている。全てが終わって俺ちの平和を取り戻せた時は、この2人が結ばれるところを見るしかない。


「あ、そういえばリアトは万能魔法なんだよね?」


 なんの前触れもなく俺に話が振られ、驚いて声も出なかった。第三者から見ると2人の会話は馴れ合いなのだが、本人たちからすると日常会話なのだ。外野の俺らのことも認識しているからこそ、唐突に話を振られる。


「あぁ、そうだよ。まだちゃんと使いこなせてないけど」


 一拍遅れたが、普通に返事を返せた。

 

「へぇ、すごいな。憧れだ」グレアムは目を輝かせ、温和に笑った。「大賢者様と同じ魔法を使うなんて、期待しかないね」

 

「いや、期待はしないでくれ……」


 ――あんまり大きなプレッシャーをかけられると、上手く魔法が使えない……


「いいや!期待大だよ!」とイヴィアナが余計なことを言い始めた。「今の時代の勇者なんだから」

 

「確かに名無しの勇者も万能魔法だし、リアトは勇者か」


 グレアムは顎を指すって言う。


 ――イヴィアナめ……俺が同じようにやり直しをしていると判明したからって、調子に乗りすぎじゃないか?


 俺が"勇者"と呼ばれるくだりも今までよりかなり早い段階だ。


「前から聞きたかったんだけどその大賢者?と名無しの勇者は今生きてないの?」


 不貞腐れたいところを隠して、純粋な疑問を口にした。これほど尊敬されている英雄2人はまるで伝説さながらに語られる。もし、英雄2人が存命ならば俺たちに降りかかる"やり直し"の謎を解明できるかもしれない。


「あ〜」と、イヴィアナは嬉しそうに話し始める。「大賢者様は今も帝国を見守ってくれてるって言われているけど、名無しの勇者様はわからない。伝説の中だと亡くなったって描写はない。でも、なんとなく私たちは大賢者様の生存を信じて、名無しの勇者様の生存は信じてないかも」


「なんで?」とまた疑問を投げかける。


「それが世界の通説だから考えたこともなかった。歴史学者も名無しの勇者様の存在を否定するくらいに伝説的な存在だからね」


 "名無し"の勇者と呼ばれている由縁はその勇者に関する伝記が何一つないからだ。


 あるのはたった1人の人間――大賢者による存在の口承だけ。加えて、その大賢者も勇者に関する記憶が曖昧で"名前を失念してしまった"ことから、名無しとされている。

 

 大賢者と名無しの勇者は、魔王戦で共闘している。戦友の名を失念することはあるのだろうか。


「まあでも、大賢者が万能魔法で今の時代まで生きながらえてるなら、名無しの勇者にも可能なのかなって思っただけ」


 俺が話し終えると、2人とも相槌すら打ってくれない。不思議に思って一瞥すると、2人は目をしばたたかせ、口も半開きだった。2人とも新奇を見つけたかのような表情だ。


「た、しかに」


 ようやく発せられたのはグレアムの声だったが、酷く吃っていた。


「つ、つつ……つまり、名無しの勇者様も、い、いま生きてる可能性高いってこと!?」


 イヴィアナも同様に吃音混じりに話す。

 

「そうかもしれない、イヴィ」


 名無しの勇者・大賢者共に"万能魔法"の使い手。大賢者に出来ることは名無しの勇者にもできるという考え方は普通のはずだ。


 ――なんで今までそういう考え方にならなかったんだ?


 ――まあいいか。


「いつか、名無しの勇者にも会いたいな」


 イヴィアナは陶然と言った。


 そして都市ハルーアの上空に到着した。ハルーアは典型的な円型の城塞都市だった。帝国の辺境伯が収める都市だが、一応メアール家管轄下らしい。


「あの屋敷だね」と、イヴィアナは加速しようとするが、グレアムが「まってまって」と止めに入った。


「その大きい方は辺境伯の本家だよ。メアール家の屋敷は確かあれ」


 グレアムが指した屋敷も辺境伯の本家と変わらず、壮麗な屋敷だった。


「イヴィアナ、魔力隠さなくてもいいのか?」


 カソリゾイを尋ねた時は執拗に"気配だけを消す(フドゥーファ)"の発動を要求されたので、一応聞いてみた。


「ここには夜間警備隊がいないから大丈夫。それにオルケアノスは独りがすきなやつだったから、周りに護衛もいないでしょ。必要ないだろうし」


 ――独りが好きだからといって護衛なし?


 帝国魔道士候補だとも言っていたから、自衛能力があるのだろう。


 かくして再び急降下を経て、屋敷の屋根に着陸した。今回、俺はイヴィアナの杖に乗ってなかったおかげで急降下は免れたのだが、グレアムは悲鳴1つ出さずにいた。そこに少しの劣等感を感じざるを得なかった。


 ――グレアムと比べると俺ってやっぱり情けないか?


「ねえ、イヴィ。本当に侵入するの?僕知らないよ」


 イヴィアナの裾を摘んだグレアムが言う。急に俺と同等の情けなさを見て胸を撫で下ろした。


「グレイが知らないフリしても共犯だからね?今更何言ってるんだか」


 イヴィアナがグレアムの額にデコピンをかます。


 「いてっ」という声が漏れていた。

 

 イヴィアナはそう言っているが、グレアムは事情の一部すらも理解しきれていない。意味もわからず、犯罪行為を犯す勇気が出ないのも当然だ。


 グレアムは外で待機する役目でも致し方ない。そう思っていたのだが、迷いなく俺たちに追随して屋敷に侵入した。


 ――本当にイヴィアナに関してちょろすぎる。


 今俺はグレアムの謎の覚悟にドン引きしながら豪華絢爛な廊下を忍び足で歩いた。厳かさが滲み出る絨毯――俺のような庶民が踏むのも烏滸がましいのではないか、と感じさせる。


 屋敷内は静寂に支配され、物音1つしない。夜の帳はすっかり降りている。みんな就寝しているようだ。

 

 ――こんな時間に叩き起すのも申し訳ないな。


 ほんの少しの罪悪感を抱いた。


 俺とイヴィアナの魔力探知では特定の人物を判別できる能力がない。仕方なく、部屋を片っ端から探すという作戦で屋敷内を歩いた。


 そして50部屋目の前でグレアムが小さく「あ」と声を出した。


「多分ここだ」

 

「「なんでわかるの?」」とイヴィアナと俺が異口同音に発する。

 

「感じるから」


 適当な理由に感じるが、これはグレアムの第六感が示しているに違いない。


 ――いや、最初からグレアムが探せば良かったんじゃんか。


 そう思うのも俺だけではないようで、イヴィアナは不満そうに「そ」と一言こぼした。


「私が開ける」


 イヴィアナは片手で魔法の杖を構え、もう片方の手でドアノブを勢いよく引いた。


 カソリゾイの時とは全く異なる慎重さだ。俺に緊張が伝染する。


 扉の先には暗闇の中に小さな灯りが見えた。こんな深夜に机に向かって座る人影は、羽根ペンを持ち書類を作成していた。


 その人の視線が徐に俺たちに向けられる。


 ハルヴィンと同じ美しいくすんだ金髪の髪を肩まで伸ばしている。やはり深海さながらの瞳を持っていた。


 雰囲気はハルヴィンと相違する。ストラップ付きの眼鏡を着用して、髪の毛もストレート。男だが、婀娜っぽく色香を放っていた。


「こんばんは?オルケアノス」


 イヴィアナは手を振り、オルケアノスは悠然と会釈をした。


「おや……?今夜面会の予定はありましたか?」


 オルケアノスはそう言った。


 俺的にあまり虫のすかない、高圧的な敬語を使う話し方だ。


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