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6.旅立ち旅立ち

「イヴィアナ、覚えてるか?」


 前のような驚愕はない。コップを持つ手が震えるが、左手で抑えて差し出した。


 核心を突くこの発言は迂闊だったろうか。ツアルト婆ちゃんもイヴィアナも怪訝(けげん)そうに俺を見る。


「リアト、この方と知り合いなのかい?」


 婆ちゃんの問いに言い淀まった。未来の知り合いと言っても白い目で見られるだけだ。


「私は知らない。初対面だよ」

「え…」


 この一言で俺は孤独に堕とされた。

 明朗で元気溌剌な笑顔を浮かべるイヴィアナはまだ居ない。にべもなく俺を注視する翡翠(ひすい)の瞳からは少量の軽蔑が見えた。


「婆ちゃん」


 今の自分は過去の自分だが、未来の自分は婆ちゃんの事を憂慮していた。半年間良くしてもらったというのに、生きて"ただいま"と言えない罪悪感を抱いていたのだ。

 旅立つ前だとしても、また会えてよかった。


「俺旅に出るよ。いつか帰るから、絶対に」


 ツアルト婆ちゃんは温和に微笑む。


「分かったよ。行ってらっしゃいリアト、いつでも帰りを待っているからね」


 前回と同じ言葉、同じ声音だ。涙が出そうな所を背伸びして誤魔化し、手を振って暇乞いをした。


「ちょっと!手を引っ張って急になに!」

「俺の魔力を感じてここに入ったんだろ?手なら貸す」

「はあ?」


 前は俺が「はあ?」と言ったが、今回はイヴィアナの台詞のようだ。


「いたぞ!イヴィアナ様を逃がすな!」


 この声を皮切りに鎧をきた兵士や、体躯ほどの杖を持った魔道士らが現れ、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。


「ちっ、ほんっとしつこい!」


 この頃の俺は魔法という概念すら知らない無知蒙昧だった。魔法の使い方や魔力のコントロールをしらない赤子同然。しかし今の俺の記憶には数多の魔法が張り巡らされている。肉体的には早熟で追いつかない可能性はあるが、試してみる価値はある。


重力操作(グラティア)


 魔法の杖がないため、効力は半減したものの魔法自体は発動した。逃亡中のイヴィアナを追跡する追っ手は宙に浮き身動きが取れなくなった。

 手を開いたり握ったり繰り返した。肉体と精神の齟齬(そご)が生じると思ったが、魔力は元より潜在していたものだ。精神が発達していれば問題ないらしい。それならば今回の旅でさらに能力の向上が見込める。

 あの惨劇を回避するためにも、もっと力をつけなければ。


「なにあれ…あんた一体どんな魔道士なの!?」

「流石に帝国魔道士には敵わないけどね」


 疾走しながらイヴィアナをからかってやった。当人は困惑しているが、俺はそれだけで幸せで自然と口角が上がっていた。


 前回と同じ場所で休息した。近くの川で水を飲んでいると、(いぶか)しげな視線が刺さる。前は俺がイヴィアナに向けていたのだが、今回は俺の番だ。


 差し当たりはイヴィアナ・フレインという帝国魔道士を知っている田舎者として振る舞うのが良いだろう。


「さっきは無礼をしたな。ごめん。俺はリアト。そこの村で農作業の手伝いをしてる田舎者」

「私はヘズ帝国の帝国魔道士、イヴィアナ・フレイン。貴方、変な人だね」

「帝国魔道士か…なんでそんな高貴な人が追われてんだ?」


 イヴィアナは前と同様に(かげ)りを作った。そして皇帝との軋轢(あつれき)、彼女の見上げた義侠心を俺に聞かせてくれた。俺もついでに自分が異邦人であることを告げた。


「ねえ、リアト。良かったらなんだけど、私と魔王を討ち取りにいかない?」


 俺が魔法を使いこなせているからか、イヴィアナは物腰低く言った。


 前回の俺を省みると、なんて惨めな男だと何度も思う。前はイヴィアナにこの話を持ちかけられた時、年下の女の子に自身を護衛してもらうよう約束を促していた。


 でも今なら言える。イヴィアナの翡翠の瞳を真摯に見れる。


「もちろん。イヴィアナのことは俺が助けるよ」

「リアトって、結構くさいことも言うんだね?」


 稚拙に笑うイヴィアナという少女は、少し前までいた未来にいる彼女を思い起こさせた。同時にシェリロルとイヴィアナの凄惨な死体が過ぎる。脳内が仲間の血飛沫で満たされる。もう仲間の死体は見たくない。


「ね、リアト。この人が私たちのパーティの戦士グレアム・クリーエ」

「ちょっと、イヴィ!」


 前回と同じ(てつ)を踏んでグレアムを陥れ、仲間に無理やり参入させた。イヴィアナの屋敷にある魔法図鑑ももちろん失敬させてもらった。まだ習得していない魔法は数え切れない。より一層強くなるために必要な行事だ。


 運命を改変させると息巻いていたものの、運命とは神経質な物だと解釈している。そのため、軽率に前と違う行動をするのは控えた。少しの歪みで本来起こるはずのイベントが消え、不利益になるのは困るのだ。


 運命改変の最悪なパターンは仲間であるはずだった者が全くの他人になることだった。イヴィアナ、グレアム、シェリロル、エリィ。全員がかけがえのない仲間だ。全員と邂逅するまでは前と同じ行動を心掛ける事にした。


 俺たちが襲撃に遭うのは魔王討伐後。その前後に嘱目(しょくもく)し、事の原因を探る。これを徹底して能力を向上しつつ冒険を続けよう。


「リアトは"万能魔法"の使い手なんだ?」

「そうよ、グレイ!どう?いい仲間見つけたでしょ!」


 イヴィアナは平素から天真爛漫だが、グレアムと会話する時はさらに幼稚になる。幼少からの付き合いで気遣いなく接せる間柄なんだろう。


「ならリアトは"勇者"かもね」


 グレアムは鷹揚な瞳を俺向けて言った。


 そういえばこれは俺が勇者と呼ばれる濫觴(らんしょう)になった会話だ。

 今考えても勇者という称号は歯がゆい。それに勇者が魔道士というのも、どこか風災が上がらない。


「勇者?俺が?」

「うん。結構本気で言ってるよ。だって異邦人で万能魔法の使い手なら、童話に似てるから」


 400年前、万能魔法の異邦人である名無しの勇者が、猛威を振るっていた魔王をたった1人で打破したらしい。そして魔王の側近はイヴィアナの羨望の的──同じく万能魔法を使う大賢者様が相手をし、魔王領を席巻したと言う。この叙事詩が童話や伝説となって現代に伝承し、"名無しの勇者"と"大賢者様"が人族界で崇拝されるようになった。

 その時の魔王が世界を震撼させた黒魔法の使い手で、今も過去も含めて世界最強の魔王である。


「ふう〜ん。じゃあリアトが勇者なら……私たち、勇者パーティーってやつ?」

「それに力が見合うといいけどね」

「グレイと私なら大丈夫でしょ!リアトに見合うよ!」

「なに言ってんだよ!俺より何百倍も強いじゃんか」


 この一件を経てイヴィアナが俺を勇者と喧伝したことにより、対して強くもない勇者の名が広まった。


 その後順序立てて監獄島プリゾネイに漂泊し、シェリロルと出会った。絶海の孤島からの脱出は2度目と言っても肝が冷える体験だった。前回と異なり、魔法の修練が進んでいたため危機が半減したのは良い点だ。


「なぜユミルテ王国に行くんですか?」

「それはね…冒険に"なぜ"なんていう考えは必要ないんだよ!シェリロル」


 ユミルテ王国までの航海中での雑談だった。イヴィアナは外の世界を知らないシェリロルに夢を与えたいらしい。


「正当な理由というと、魔竜の動向を探るためだよ。ついでに魔竜退治」

「ちょっとグレイ!浪漫(ろまん)ってものを知らないの?」

「シェリロルだって困惑してるだろう?」


 グレアムとイヴィアナがシェリロルを見遣ると、目を輝かせて「これが冒険…!」と呟いていた。

 純粋無垢で無知蒙昧なシェリロルはいわば真っ白なキャンバス同然。俺たちの言行をなんでも受け入れ染み込ませていく。

 前回もこの出来事から、自分たちの言動を省みることにしたんだった。


「それはともかく!シェリロルのこと、シェルって呼んでもいい?」

「え?シェル…とは?」


 冒険心に胸躍らせていたシェリロルは(ようや)く困惑を呈した。


「ただの仲のいい証!名前を崩して呼ぶのが主流なの」

「仲良しということですか…?初めての体験です。是非!」

「ほんと?やった〜!じゃあ今日からシェルね。私たちのことは好きに呼んで。リアトは未だに愛称で呼んでくれないけど」


 イヴィアナの薄目がこちらを凝視する。彼女は元いた俺の世界で言う"陽キャ"ポジションで距離感の詰め方が異常だ。それは置いといて、愛称で呼ばない理由は別にある。


「俺はイヴィアナとグレアムの名前が好きなんだ。もちろんシェリロルもね。だから好きに呼ばせてくれ」


 俺が背を向けて話すと、イヴィアナは横から覗いてきた。俺の表情を見るなりイヴィアナまで顔を赤くして引っ込めた。照れ返しするなら(はな)から覗かないで欲しかった。


 その後順調にエリィと再会──邂逅を果たしてパーティーは前と同じメンバーでの冒険が始まった。

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