5.黒魔法使い①
魔法の鍛錬も進み、イヴィアナほどの実力はないものの、一般的な魔道士以上に魔法を扱える様に成長した。
イヴィアナからは成長速度に驚愕され、才能があると何度も鼓舞されてきた。俺は褒められて伸びるタイプらしい。
5人パーティーになってからも変わらず、様々な国やダンジョンを訪れ気ままに冒険を続けた。ただ呑気に冒険している訳ではなく、能力向上のために寄り道は必要なのである。
そして俺とイヴィアナで冒険を初めてから1年以上が経った頃、ついに魔王領に足を踏み入れた。
魔王領のダンジョンは人族の領域にあるダンジョンよりも魔物や魔族が大勢いる。宝物庫もまだ荒らされていなければ貴重な代物があるかもしれない。この為、魔王討伐の前にもう一つダンジョンに挑戦するという話が出ていた。
「ここのダンジョンに入りましょ」
イヴィアナは行き着いた先にあったダンジョンを指さした。
「ちょっと待ってイヴィアナ」
エリィが訝しげな顔で引き止める。エリィの魔力は微量だが、エリィと契約している死神魔族の影響で魔族探知を得意としている。
「前と違うとこ……ダメだった……?」と、理解出来ないことをイヴィアナが零した。
「なんか、ラフアンが警告しているように思える」
ラフアンとはエリィと契約した死神魔族の名である。エリィと出会った頃、シェリロルが興味津々で聞き出していたのをついでに聞いたのだ。既に亡くなった死神魔族で、亡くなる前にエリィと契約したことで、永劫にエリィの大太刀の妖刀の中で生きている。
「なら、逆に行くべきってことじゃない?!」
イヴィアナは鼻息を鳴らして言う。
「ま、別に……リアトが決めたら?」
エリィは少し不安そうだ。
イヴィアナの翡翠の瞳とエリィの金色の瞳は俺を見つめた。イヴィアナ発端のパーティーもいつの間にか俺がリーダー的存在と化していた。
それもこれも、イヴィアナが俺の事を勇者とデタラメに喧伝したせいである。このへっぽこが勇者になれるわけないというのに。
「まぁ……とりあえず入っとこ」
色んな困難を乗り越えた俺たちのパーティーなら、ダンジョン攻略くらいお易い御用だ。
「よっし!いくよ!……大丈夫だよエリちゃん。私たちそこまで弱くないし」
イヴィアナは最近エリィの事をエリちゃんと呼ぶのにハマっている。
「エリ"ちゃん"はやめて」と、エリィはイヴィアナにデコピンを一撃入れる。
そしてダンジョンの道中で思いもよらない強敵と遭遇し、俺は悔恨の念を抱くこととなった。
「そなたら、妾の守護する聖域に何用だ」
背後からの声に俺らは滑稽にも同時に振り向いた。彼女の足音、いや気配すら感じ取れなかった。それは未熟な俺だけではなく、イヴィアナやグレアム、エリィの驚嘆の目を見れば明瞭だった。
壮麗で不気味な魔族だった。人間で言う耳の部分に鰭がついていることから魚人魔族だろう。
魔族語が精通している魔王領では、人語を話す機会がほとんどない。その為、人語を話せる魔族は危険度が規格外だ。俺たちは今まで人語を話す魔族と何度も対峙したが、この魔族だけは"桁が違う"。
震える手を誤魔化すために杖を強く握った。
「俺たちはただ……」
「魔王様の命において、そなたらの侵入を看過する訳にはいかぬ」
魚人魔族が傲然と話した次の瞬間、イヴィアナのいた足場が歪み崩壊した。まるで紙粘土のように歪曲していた。イヴィアナは咄嗟の反射神経で逃れる。
「無詠唱!?どういう事……」
魚人魔族による未知の魔法にイヴィアナも驚愕しているようだった。
「杖も魔道具も持っていない状態で魔法を使っている。イヴィ、気をつけよう」
イヴィアナを庇うようにグレアムが前線に出向く。本当に粋な名誉騎士だ。
イヴィアナは後方支援と言いつつグレアムとの連携攻撃で前線に出がちだ。でも二人が先制攻撃を仕掛けてくれることにより、俺たちの戦闘が始まる。
「魚人魔族……あんた、不可知のユーペス?あんたの魔法は不可知で全く読めないし、理解できないって聞いてる」
イヴィアナは翡翠の瞳を暗く光らせて、魔族を睨めつけた。
「まさか、こんなところに魔王側近の大魔族がいるのかい?」
グレアムは斧剣を持つ手をより一層強めた。
「だって、意味のわからない攻撃をしてくるし……」
「不可知の……ユーペス?」
俺は首を傾げた。
そういえば、俺は魔王領に入るのに大魔族の名を全く知らない。なぜだろうか?
「この程度の魔法を不可知と言う人族は愚かだ」
ユーペスは鰭をぴくぴくと動かして嗤っていた。
「別に不可知でもなんでも、あんたに攻撃はできるから」
イヴィアナは魔法の杖を勇猛果敢にユーペスへ向ける。
「ふむ……それならば妾も──」
『火炎放射』
イヴィアナは不可知のユーペスと会話をしながら、無情に魔法を放った。
「グレイ!いくよ──」
『漆黒剣』
イヴィアナとグレアムが先制攻撃を仕掛けようとしていた刹那、暗黒を帯びた剣を持った金髪女の子が、誰よりも先に攻撃した。
あまりの邪悪さに別の強敵が闖入してきたのかと疑い背筋を凍らせたが、この魔法は──
「黒魔法……?」
ユーペスは呆然と呟いた。
この不可知のユーペスも魔族の一員であり、彼女も俺が初めて会った魔族と同等に黒魔法使いに驚嘆し期待を抱いている。
黒魔法は400年前に猛威を振るい、人族を滅亡寸前まで追い詰めた最恐の魔王の魔法。
魔王が操る黒魔法は万物を暗黒に呑み込み、消滅させたという。その魔王は400年前に"万能魔法"を使う大賢者と名無しの勇者によって討伐された。
最恐の魔王以降、黒魔法使いの魔族は現れず、魔王の後継者も親族ではないらしい。過去の栄光を求める魔族は多い。黒魔法使いと言うだけで魔族世界では祀り上げられ、人族世界では反逆者と晒しあげられるだろう。
だからあの時、あの子は黒魔法使いということを隠匿するよう頼んだのだ。
「貴方と話すことはないわ」
錐のような眼光に怯懦を感じたが、ふんわりした金髪を見紛うことはない。俺が探し続けていた黒魔法使いの女の子だ。
黒魔道士の彼女と魚人魔族は凄まじい戦闘を魅せ、俺たちには戦闘で引き起こされる風圧に髪が揺らされるだけだった。
『黒穴』
「何をする。黒魔法を使えるからと……」
俺たちを悠然と見下していた魔族はもういない。未知の魔法が肉薄する恐怖に駆られている。
『神罰』
三度背後から声がした。詠唱からの粋な登場劇だ。
今度は見知らぬ真っ白な髪色をした女の子の魔道士が泰然自若と佇んでいた。左にサイドアップした髪を緩く団子にしていて、前髪が右側だけ長く、右目を隠している。
詠唱後、何かを浄化するかの如く煌々とした光が魔族を攻撃し、怯ませた。
「ホワステル様……!?何故ここに……」
イヴィアナはそう言い、グレアムと目を合わせて慌てた様相を呈している。帝国魔道士が"様"と敬称で呼ぶことは珍しい。高貴なお方なのだろうか。
「ホワステル」
黒魔法の女の子が呼び慣れた雰囲気で言う。
「分かってるよ!」
ホワステルと呼ばれた白魔法の彼女は、得意気に微笑んだ。
黒魔道士の女の子の短杖と白魔道士の女の子の長杖からそれぞれに強大な魔力が凝縮され始める。魔力の圧迫感に押しつぶされそうになる。今から何が起ころうとしているんだ。
『『混沌世界』』
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