表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

5.達成!魔王討伐

 金髪の美少女ではなく、マルシユラフト。どのような意味が含まれているのか分からないが、直覚的に相応しい名前だと思った。


「シヴァージ王国!?そこの人なの?しかも宮廷魔導師だなんて…黒魔道士がそんな地位でなんで私知らないの……それにホワステル様まで…」


 イヴィアナの驚嘆に追いつかなかった。シヴァージ王国ってそういえば、魔王軍との戦いの最前線にいる国だったような。


「イヴィアナとグレアムは知っているだろうけど、あたしはヘズ帝国のホワステル。黒魔法のことは…」言い留まってマルシユラフトを見遣っていた。「黙ってあげた方がいいと思う」


 ホワステルという白髪の彼女は一体──帝国魔道士でイヴィアナの先輩だろうか。怪訝(けげん)な目を向けて考えているうちにイヴィアナが仰々しく空咳を出した。俺に説明してくれるみたいだ。


「ホワステル様は帝国治癒師。帝国民から尊敬されるお方。だからこそビックリしてるの!ホワステル様が最初から協力してくれるって分かってたら…」

「イヴィアナが追放されたと聞いた時は驚いたけど、きみらしいね。あたしは旧友を少し助けるために来ただけだよ」

「旧友…?ってまさか!!マルシユラフトさんって、あの!?!?」

「ちょっ、ち、違う違う!私は伝説のパーティーじゃなくって、ただのホワステルの友達よ」


 "伝説のパーティー"?初耳の言葉だ。稚拙な称号に微笑が漏れたが、イヴィアナの睥睨(へいげい)に気がついて急いで口角を下げた。


「バカにしないでリアト!伝説のパーティーは誰もが憧れる存在なの!」

「そうだねイヴィ。リアトが悪いよ」


 イヴィアナの敵愾心(てきがいしん)は止まらず、俺を責め立てる。グレアムまでイヴィアナと同じように俺を薄目で見るとは──そんな憧憬(しょうけい)を抱く相手とは露知らず、一言謝罪した。


「魔王領に入るにはシヴァージ王国を経由するのが一番楽なのに。うちの国に寄ってくれたらすぐにでも協力したわ」


 マルシユラフトは嘆息を吐いて話し続けた。

 彼女が遣えるシヴァージ王国は魔族の侵攻が差し迫っている。つまり魔族との戦いの最前線にいる滅亡寸前の国だ。現状維持では限界があると頭を悩ませていた中、勇者──パーティーの話を小耳に挟み、俺たちのことを捜索していたと言う。


「魔王城に入るためには"魔王城の番人ネベルブリーヤ"をどうにかしなきゃいけないんだけど、それなら今どうにかしてもらってるから安心して」

「これからネベルブリーヤを倒しに行かなきゃって思ってたのに…ホワステル様ありがとうございます」

「あたしじゃないから…!シヴァージ王国の宮廷魔導師や宮廷狩人(ハンター)のおかげだよ」


 慇懃(いんぎん)なイヴィアナを見るのは何だか気味が悪い。


 ところで"魔王城の番人ネベルブリーヤ"って誰だ?俺はどうして魔族についての見識がこんなに浅いんだ?


 俺の凝視に耐え兼ねたイヴィアナが申し訳なさそうに、霧魔法で魔王城を雲隠れさせている魔族だという説明をしてくれた。なんだかイヴィアナは色々すっ飛ばしているように思うが、世間的には常識の範疇すぎて教える必要も無いのだろう。


「いい?今の魔王の力は偽りの力なのよ。魔王はその偽りの力の源である魔道具を各地に隠匿し、それに守衛をつけているわ。さっきのユーペスみたいにね。それを壊せなければ魔王を倒せない」

「なんだそれ…知らなかった…」

「私とホワステルは早急に分散された魔道具を壊しに行ってくるわ。あなた達は魔王と戦って欲しい」


 マルシユラフトの真摯(しんし)な瞳に少し気圧した。俺との覚悟の違いが浮き彫りになっている。


 真意を曝け出すと、俺はほんの少しの恐怖を抱いていた。魔王というのだから、ゲームで言うとラスボスの立ち位置だろう。今までの冒険で経験値を積んでいたとしても、やはり緊張と恐怖が()い交ぜになる。


「分かった」

「私たちがいるでしょ、リアト」


 イヴィアナの一声に気付かされ振り返った。グレアム、シェリロル、エリィ、そしてイヴィアナ。俺には仲間がいる。


「武運を祈るわ。みんな」


 マルシユラフトの激励する声が俺の心をさらに鼓舞した。

 魔王を討伐したら、彼女との友好関係を築けたら嬉しい。


 そういう幻想を頭に浮かべていた。


「皆さんご無事ですか…?疲れているようなら憩泉の精霊(ユーチー)を呼びます」

「無理しないでシェル、魔力を無駄にしないほうがいいよ」


 魔王を討伐した。


 これはフラグなどではなく確実に。魔王の死体は微動だにせず、暫くすると消滅した。魔物は過去の魔王が生み出した黒魔法による創造のため、急所を刺激すると消滅するが、魔族は生命体として確立されていて、遺体が消滅することはない。なぜ魔王の死体は消えたんだ?実は魔王は魔族ではなく、400年前の魔王が作り上げた魔物だったのか?


 原因の究明は後でいい。今は何も考えず一息つきたい。


 疲労困憊の状態で息をつくもの、汗をふき取るもの、気遣いするものそれぞれだ。そんな中イヴィアナとシェリロルは談笑していた。イヴィアナは規格外の魔力量でシェリロルも精霊使いとして相応しい魔力の保持者だから、男三人より余裕があるのだ。

 俺は安堵感と達成感で呆然としていた。


「イヴィ、君の願いが…ううん。僕たちの願いがやっと叶ったね。これでイヴィの望む世界が見れるかな」

「そう…なるといいけど……」

「これで僕もイヴィのワガママから解放されるね」

「うっさい」


 イヴィアナと遭逢してから始まった冒険が、イヴィアナとグレアムの夢が成就した。俺は二人を横目に幸せに浸りながら目を閉じた。


「少し休んでから帰りましょうか」

「もうこんなとこ来ないし、眺めておくか」


 シェリロルとエリィのご機嫌な声が聞こえる。

 魔王領から帰還したらマルシユラフトにまた会いたい。そんな邪念が俺の中で浮き出た。


「ゆっくりしたいのはわかるけど、魔王領は危険だし早めに帰りましょ。ただでさえ疲れてるんだもの」

「ま、イヴィの言う通りだね。リアト、大丈夫そうかい?」


 グレアムの呼び掛けに目を開けた。帰路も気を抜かず頑張ろう。ところで俺たちはどこに帰れば良いのだろうか。エリィは竜討伐団に戻ってしまうのだろうか。

 そんな平和な未来を思い描いていた。


「大丈夫だ!さ!帰るぞー!」

「ご機嫌ですね、リアトさ──」


 シェリロルの純真な笑顔が傾いていく。そして歯止めが効かないまま地に流れ落ちた。シェリロルの首が──


「シェリロル!!!?!」


 俺の声なのか他の仲間の声なのか分からない。誰もがシェリロルの名を声高に叫んだ。

 頭部を失ったシェリロルの胴体は時間差で、今倒れ込む。


「なんだ……?!」

「みんな!物陰に隠れて!」


 イヴァアナの果敢な叫びにほとんどが脊髄反射で動いた。


「なんなんだこれ」

「さぁね、私も知りたいよ!」


 エリィとイヴィアナの掛け合いの中、俺は状況整理ができず、シェリロルの凄惨な死体を注視していた。


「シェル……」


 イヴィアナの嗚咽が耳朶(じだ)に入る。


 理解できない。俺たちは魔王を討伐したはずだ。この惨劇はどういう事なんだ?魔王軍の残党が魔王の崩御後すぐに攻め込んでくるか?俺たちは魔族の長を倒した者たちだ。そう簡単に出し抜けると思わないだろう。

 冷静になれ。魔力探知を強化し、敵を探すんだ。これ以上の被害を回避しろ。


 魔力探知を強化するものの、一向に魔力の気配を感じられなかった。敵が居なければ何も動けない。そもそも攻撃が存在するのかも不明だと言える。いや、シェリロルが殺られている限り存在するのだ。だが、魔法や斬撃の類は目に入らなかった。


「イヴィ、リアト敵は見えた?」


 グレアムの問いにイヴィアナと俺は首を振った。未知の敵の攻撃は魔法ではないかもしれない。こんなに魔力を感じない攻撃は初めてだ。


「とりあえず物陰に隠れてれば攻撃が来ないみたいだから、ゆっくり移動して撤退するしかなさそうね」


 イヴィアナの提案通り虎視眈々と退こうとした瞬間に、どこからともなく攻撃が降り注ぎ、俺の腹が切り裂かれた。刹那に斬撃が見えた気がするが、やはり攻撃は目視し難い。


「リアト!」

「イヴィアナ…」

「待ってなさい!あんたは私が助ける!約束したでしょ!」


 旅立ちの時に約束した事をまだ覚えていたのか。

 イヴィアナが遮二無二疾駆してきていた。それは敵地で無能にに動く格好の的に過ぎなかった。


「やめろ!イヴィアナ!!」


 俺の叫びも虚しく、イヴィアナが例によって切り裂かれた。もっと多くの魔法を知っていたら、何か変わっていたのだろうか。


 出血多量で意識が朦朧とする。傷口部分が熱く漸次眠気が強くなっていた。そろそろ意識が落ちる。

 グレアムとエリィはまだ万全の状態で生きている。今も警戒怠らず四顧(しこ)するあの2人なら大丈夫だ。ならば、後のことは2人に任せよう。


「また……ダメ…」


 満身創痍の中、踏ん張ってイヴィアナに近づいた時に聞こえた言葉だった。思わず疑問の声が出る。

 その言葉の含意(がんい)は何だろうか?


 イヴィアナ、お前は何を知ってるんだ。


 頭が混濁しながらも意識は遠のいていく。グレアムとエリィが俺らを呼ぶ声が遥か遠方で聴こえた。



 瞼を開けると、少し前まで見慣れた景色が広がっていた。

 死への畏怖と激痛で過呼吸が起きる。傷口を確認するが、傷跡は跡形もなくなっていた。


「リアト、その作業が終わったらおやつがあるから少し休みなさい」

「おやつ…?」


 聞いたことがある文言だ。ひたとデジャヴという言葉を思い出した。いや、これは過去の追憶を辿っているのだろうか。


 これはイヴィアナと邂逅(かいこう)する少し前の時分(じぶん)の出来事だ。

 違う違う。それよりもっと肝心なことは、俺は既に死んでいるはずだ。夢か?


「ツアルト婆ちゃん!」

「なんだいリアト?」

「俺、生きてるの?これなんの世界?!」


 ツアルト婆ちゃんは顔を(しか)めて、首を傾げた。


「なんだい?今生きてなけりゃ、私が見れるわけなかろう。それに半年前にこの世界のことは教えただろう。記憶がおかしくなったのかい?」


 なんとなく頬を(つね)った。普通に痛みを感じる。

 これは現実世界だ。実体験した冒険から魔王討伐、そしてその後の急襲による死までの経緯を既に見知っている。

 所謂、タイムリープである。その起点となっているのが"死"だ。"神"が下賜(かし)した慈悲なのだろうか。二度目の機会をくれた事は悪いことではない。今度こそは必ずあの惨劇を回避するまでだ。


 この後、直ぐに帝国から逃亡したイヴィアナが水をせがみにやって来るはずだ。


 イヴィアナ──そういえば死を目前にして意味深長な言葉を吐いていた。"また"──と、イヴィアナはもしかして俺よりも前に、このタイムリープを経験しているかもしれない。ただ根も葉もない類推だが。


 玄関の扉が乱暴に開かれる。前と同じ、イヴィアナが尋ねてきたのだ。


 好奇心を昂らせ、少しの畏怖を抑えて確認しに行くと、高貴な服装を纏うイヴィアナが息も絶え絶えでいた。帝国魔道士の正装を纏う彼女に懐かしさを感じる。


「イヴィアナ…」

「水………水くれる?」


 前回の俺では知り得ない彼女の名を呟くが、イヴィアナは驚嘆する素振りを見せない。


「水を与えてやりなさい、リアト」

「うん」


 ツアルト婆ちゃんの指示通り、コップで水を掬い小走りで戻った。前回同様、コップから少し水が溢れた。


「どうして貴族様がこのような辺境に来られたのですか?」

「それは…」

「イヴィアナ、覚えてるか?」


 勇猛果敢に発言した。怯んでいる暇はない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ