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36.無詠唱の宮廷魔導師②


「おや……?フェリシィラ嬢?」


 アイユイユはサングラスを下げて見上げる。晴天の中に髪を靡かせながら浮遊する1人の宮廷魔導師。その瞳には敵愾心(てきがいしん)が潜んでいた。


「アイユイユさん、マリオネさん、退いて頂けますか」


 フェリシィラが掌を2回叩くと、アイユイユとマリオネが何かに飛ばされた。


 魔法図鑑は網羅(もうら)しているから詠唱してくれればどのような魔法か分かるかもしれないのだが、無詠唱の魔法はそこが煩わしい。まさに未知の魔法だ。


 アイユイユとマリオネはかなり遠くに吹き飛ばされたが、大した怪我はないようだ。ただ彼らを退却させるために吹き飛ばしたのだとしたら、次は攻撃魔法が来る。


 "火炎放射(フランメルン)"を使うべきだろうか。魔法の杖を構えるが、私の記憶にあるフェリシィラが邪魔をする。今敵意を剥き出しにしているのは分かるが、彼女はきっと誤解をしているだけだ。


「フェリシィラ──」と私が交渉の口火を切った時、既にフェリシィラは中指を弾く素振りを見せていた。


 フェリシィラの中指が弾かれた瞬間、爆発が巻き起こった。呆然として逃げ遅れた私をグレアムが私を抱えて救ってくれた。


「なにやってるの?イヴィ」

「ごめんグレイ……びっくりして……」


 パーティーという相互援助の体制が私の危機管理能力を低下させているのは間違いないが、これは仲間を信頼しているからこそ取れる行動だ。


 フェリシィラは無感情に私たちを()めつける。

 前回あれほど友好的だったフェリシィラが、なぜ敵愾心(てきがいしん)を持っているのか分からない。


「グレアム、あいつ……」

「宮廷魔導師のフェリシィラだよ。無詠唱の魔法使い」

「でも……」


 リアトは吹き飛ばされたマリオネとアイユイユを一瞥する。リアトの言いたいことも分かる。2人とフェリシィラは同じ宮廷魔導師だ。


「僕らのせいかな」


 グレアムの悄然とした呟きに、私は「違う」と言って背中を摩った。優しい男のグレアムは体格が大きい分、ヘズ帝国の業も背負っている。悪いのは彼ではなく、帝国だ。


「いってーな……」吹き飛ばされた後マリオネが早くも帰還した。「おいフェリシィラ」と言い、腰に手を当てる。


「どういうつもり?この人たちはオレたちを助けてくれた恩人なんだけど。オマエ、宮廷魔導師の座から下ろされるぞ」

「マリオネさんこそ何を言っているのですか。この方々は帝国が差し向けた刺客(しかく)ですよ。むざむざ入国を許してしまえば、内側から破壊されます」

「ハァ??オマエらしくねーぞ、フェリシィラ。誰からそんなこと言われたんだ?陛下の勅令ならオレとアイユイユもお前に加勢しなきゃならんけど、それはないだろ?」


 冷や汗が垂れた。前回にはなかったが、運命の歪みが生じて、もし本当にシヴァージ王国国王の勅令で私たちの殺害が命令されていたら、この場をどう切り抜ければ良いのだろうか。


「帝国の使者が教えてくれましたが」

「帝国の?オマエ……ホントにどうしたんだよ!」


 マリオネは酷く狼狽(ろうばい)していた。それもそのはず、フェリシィラはシヴァージ王国出身で生粋の反帝国派で、帝国の何も信用していない。やはり、このフェリシィラは何かおかしい。


「わたくしは際限なく王国を守護するのみです」


 フェリシィラがひとたび指を鳴らすと、大波が現れ、リアトとシェリロルを狙った。てっきり風系の魔法だと思っていたが違うのか。


 "火炎放射(フランメルン)"を放出し、魔法を塞き止めようとしたが、私よりも早い射出速度で魔法を出されて、吹き飛ばされた。私を超える速度なんてどうやって出した?


入れ替われ(ヴェルチェン)


 シェリロルを引き寄せたリアトは、フェリシィラに対して魔法を発動し、位置を交換した。空中に転移した後はリアトの浮遊魔法でゆっくり着地している。


 位置が交換され、フェリシィラには自身が放出した大波が迫っていた。彼女は動揺のひとつも見せずに、大波を目前に手をひとたび叩き、波を四散させた。


「マリオネさんあなた、万能魔法の魔道士に操られているのではありませんか」

「リアトに?そんなワケないだろ!」


 再び空に舞い上がり、変わらぬ冷酷な視線で私たちを見下げる。グレアムとエリィは宮廷魔導師相手にどう出れば良いのか思索を巡らせているようで、眉間に皺を寄せ、その場で立ち尽くしていた。


「フェリシィラ、こんなバカな真似を続けるんなら本気で行くぞ。みんなは何もしなくていい。アイツちょっと頭イカレただけだ」

「わたくしが仕留めなければならないのは、このパーティーの人間だけですよ。マリオネさんは関係ありません」


撚糸(イロフィルル)


 マリオネは糸槍を()り、戦闘態勢に入った。


「オレは言ったからな、本気で行くって」


 マリオネとフェリシィラが睨み合う。空に舞い、見下すフェリシィラと地上で対抗する私たち。それは、一晩前のシュラクペとの戦いを彷彿させる。


「フェリシィラ!」と、唐突にアイユイユの叫声(きょうせい)が耳を刺激した。令嬢呼びしないアイユイユは新鮮だった。


 全速力で走ってきたのだろう。息が絶え絶えのまま、色つきサングラスを外して、真摯な面持ちで前に出る。


 そしてフェリシィラがアイユイユの瞳を見る。


催眠術視(シスノーノ)


 それと同時にアイユイユが魔法詠唱すると、フェリシィラは力なく目を瞑り、空から落下した。


「誰か、フェリシィラ嬢を拾ってください!ワタクシは力がないので無理です」


浮遊(タンフーロ)


 リアトの浮遊魔法でフェリシィラは無事救出され、アイユイユの魔法で静かに眠った。 


 先刻まで敵愾心(てきがいしん)が昂っていた女性には見えない。エリィとグレアム、リアトにシェリロルは皆揃って胸を撫で下ろした。シュラクペに続いて天空の覇者と戦うことにならなくて良かった。


「おせーよ。本気で戦うとこだった」

「いや~すみませんマリオネ卿。あまりに遠くに飛ばされたものですから」

文弱(ぶんじゃく)め」マリオネは嘆息を吐く。「にしても国でなんかあったのか?フェリシィラがご乱心なのは珍しい」

「そうですねぇ……ワタクシの魔法にもまんまと引っかかるなんて、平静状態のフェリシィラ嬢とは思えません」


「マリオネ、糸でフェリシィラの魔力の痕跡を調べてくれない?」


 前回出会う前からフェリシィラが冷静沈着で慎重な宮廷魔導師という噂は聞いている。先程まで対峙(たいじ)したフェリシィラは本物だとしても、きっと何かの陰謀が絡んでいるに違いない。


 マリオネは疑問を抱きつつも繊細な糸魔法でフェリシィラを包み込み、調査を始めた。彼は魔力探知能力を得手とするから、痕跡を辿るくらい余裕だろう。


「ん……フェリシィラ以外の魔力の痕跡がある……わかってたのか?イヴィアナ」

「いや、不思議に感じたからもしかしたらって思って……」

「この魔力の圧力ヤベーな。こりゃフェリシィラでも無理だわ。まだ魔法の効力は切れてない。起きたらまたオマエらを殺しにかかるな」

「ねえ、アイユイユ。この"洗脳"って……」


「"指揮者シェフドル"だというのですか?」


 赤と青、そして緑が入ったアイユイユの綺麗な瞳が丸くなる。私は徐に頷いた。


 災禍の四柱ディアルキャルの、"指揮者シェフドル"は精神系の魔法を使うとアイユイユが言っていた。それが事実なら、フェリシィラに魔法をかけたのは彼の可能性が高いと考察するのは当然だろう。

 

「誰だ?指揮者シェフドルって、聞いたことねー魔族の名だな」


 マリオネの発言に私とアイユイユは目を合わせる。アイユイユは災禍の四柱ディアルキャルのことを告白したくないのだろうか。その視線にはどういう意味が含まれているのかわからず、首をこてんと傾げた。


「この話をすると、大抵の人が童話と蔑むのであまり言いたくなかったのですが、仕方ありません」と話し始め、災禍の四柱ディアルキャルのことを皆に説明した。


 シェリロルは思い当たる節があるようで、アイユイユの話に頷きながら聞いていた。他の面々は半信半疑で顔を顰めている。


「私、聞いたことあります」

「ほんとですかぁ!?」


 アイユイユは歓喜のあまり、シェリロルの手を強く握った。シェリロルは肩を浮かせて目をぱちぱちさせる。


「ちょ、アイユイユ。シェリロルをビックリさせるなよ」とリアトがアイユイユの肩を押して遠ざけた。


 アイユイユはいつも通り咳払いをして「失礼」と一言。


「名無しの勇者と大賢者の逸話が虚構だとは思えませんが、本当に他の災禍も生きているとしたら、興奮しますね」

「気色わりーな」


 マリオネはオリーブ色の髪を弄って舌打ちをした。


 今思えば大賢者アムラヴィーベ様が倒した魔王の側近は、災禍の四柱ディアルキャルなのだろう。

 

「犯人が指揮者シェフドルじゃなかったとしても、フェリシィラを洗脳した人がいる。アイユイユの魔法を知ってる限り、内通者がいるのも確かだし、2人とも気をつけて」


 どうせ内通者はマルシュ(あの女)だろう。八斬りのシュラクペが崩落したからと言って、別の策略に(くら)替えしたとでも言うのだろうか。なら私がそれを捻り潰そう。


 お前は絶対に不幸にしてやる。


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