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35.無詠唱の宮廷魔導師①


 シュラクペの死体を持ち帰ろうと地団駄を踏んでいたアイユイユを落ち着かせ、ようやく話せる状態に持ってこれた。いつもの紳士然としながら、変人であるアイユイユに戻ったのだ。

 

「ねえ、アイユイユ」

「はい?イヴィアナ嬢」


 アイユイユが私を見つめる。彼の瞳は赤と青と緑の3色が渦巻くように混ざっていて、瞳孔の輪郭は鮮烈な黄色だ。芸術作品さながらの麗しい瞳なのに、サングラスをするなんて本当に勿体ない。


「アイユイユはどうしてシュラクペのことを知ってたの?」

「それは……うーん」と言い、アイユイユはかまととぶって人差し指を顎に添える。「魔族を研究している人なら、知っている人は多いんじゃないですか?400年前に世界を震撼させた大魔族ですから」

「じゃ、なんで私たち知らないの?」


 魔族研究は人族世界において比較的主流な研究だ。魔族の謎を解明することで、各地の魔族被害の対抗手段に役立てている。


「不可知のユーペスや魔王城の番人ネベルブリーヤを知ってるように、危険度の高い魔族は知っとくべきじゃない?」

「それは……野暮な質問になりますね」

「どういうこと?」

「八斬《やつぎ》りのシュラクペは今日に姿が確認されるまで、存在すると思ってませんでした。つまり死んだと思われていたんです。史上最恐の魔王様が崩御してから、その配下における魔族も"大賢者"と"名無しの勇者"に討たれたと伝承されてきましたので」


 "名無しの勇者様"と"大賢者様"の英雄譚は数多く伝承されているが、その中に出てくる魔族に名前はなかった。魔王も例外ではない。私は──私たちは400年前あれほど恐れられた魔王の名前を知らない。敵に自己紹介なんてしないし、妥当だろう。


「死んだのであれば脅威は無い。脅威がない魔族の名をわざわざ喧伝《けんでん》する意味もありません。魔族研究の目的は、現代魔族への対抗手段として研究解明して行くのであって、別の生命体の歴史など知って意味は無いでしょう?ワタクシはそうは思いませんけどね」

「私も知る必要ないと思う。知らなくても魔族は殺せる」

「そうですねぇ……」


 アイユイユは色付きサングラスを外して天を仰いだ。私より数十センチも背が高いので、彼がどのような面持ちで見上げているのか分からなかった。だが、その雰囲気には憂愁が漂っているように感じた。


 いつだったか、彼に何故そこまで魔族研究に没頭するのか聞いたことがあった。


 その話の初めにアイユイユは自身の両親が魔族に殺されていることを告白した。そして、彼はただ"魔族を殺すために"、異質な魔族研究を続けていると語った。


 アイユイユは魔族に陶酔しているのではなく、形容しがたいほどに肥大化した憎悪を抱いているのだ。


「災禍《さいか》の四柱《よはしら》ディアルキャル?の一角、八斬《やつぎ》りのシュラクペは生きてたんでしょ?他の柱?も生きてる可能性はあるの?」


 私たちを死に至らした元凶は殺したが、運命が変わった分の補填が生じる可能性がある。シュラクペの他に私たちを殺す魔族がいるかもしれないのだ。


「元から可能性はありましたが、シュラクペが存命していたことでぐんと上がりましたね!」

「それなら、災禍の四柱について教えてくれない?」


 アイユイユは私の視線に瞠目《どうもく》して、数秒後に「はい!お易い御用です!!」と歓喜の声を上げた。


 この様子を見ると復讐のための魔族研究だとは思わなくなるだろう。


「まず災禍の四柱ではなく、"災禍の四柱ディアルキャル"であることは忘れないでくださいね??」

「あ、うん……それはごめん」


  ──こういう拘《こだわ》りをどうにかしてほしい。


「そもそも"ディアルキャル"は魔族語で、意味は未だ解明されていないんです。騎士団のような組織の名を称しているのか、宮廷魔導師のように立場の名を冠するのかという疑問から入ります。災禍の四柱というのはそのおぞましさから人族が付けた名で……」

「ちょ、長い!ごめんアイユイユ。そこじゃないの、私が知りたいのは」


 アイユイユは色つきサングラス越しに不服そうに見つめてくる。私は頬をかいて気まずさを凌いだ。


「災禍の四柱ディアルキャルの構成員について知りたいんですか?」

「そう!どんな魔族なのか知っときたいと思って……お願い」

「ワタクシもそこまで事細かに知っている訳ではありませんよ。元から情報が少ないんです。それに400年も経てば脚色され、歪曲《わいきょく》された事実になっていますから、そこは許してくださいね」


 私は生唾を飲んで頷いた。


「その名の通り"災禍の四柱ディアルキャル"とはあの時代の魔王を支えた4名の大魔族のことを指します。先刻、死闘を繰り広げた"八斬《やつぎ》りのシュラクペ"。ワタクシが彼だと確信したのは、盲目で翼人《よくじん》魔族だったからです。異名から斬撃系の魔法も得心できましたしね。言ってしまえば、シュラクペの情報はその二つだけなんです」

「え、そうなの?もっと容姿についての史料が残ってるのかと思ってた……」


 私は唖然とアイユイユを見上げた。

 

「まぁ、あの強さならば目撃者の大半は亡くなっているのでしょうね」


 アイユイユは私に美しい瞳を向け、微笑んだ。


 現代も平和と言い難い世界だが、400年前の混沌には常々恐怖を覚える。


「あとは、エルフ魔族の"万物凌駕《ばんぶつりょうが》のミレ"。彼女は奇異な瞳を持つとされています」

「え、それだけ?」

「はい。そして精神魔法を使うとされている"指揮者シェフドル"。悪魔魔族だとされています。史料には都市の人々を操り、無情な殺し合いをさせたと書かれていましたが、真偽は不明です」


 精神系の魔法を使う魔道士はただでさえ厄介だというのに、魔族にそれを持つ者がいるとはとんだ災難だ。


「最後は"刹那《せつな》のウルリクアクア"です。この魔族はどんな史料にも書かれておらず、その異名だけしか知りません。そもそも"災禍の四柱ディアルキャル"がこの4名なのかも怪しいところですね」


 アイユイユは真剣な表情から稚拙な笑顔にころっと変わって、「以上です!」と私の顔を覗き込んだ。銀髪のポニーテールが楽しそうに跳ねる。


「八斬《やつぎ》りのシュラクペ、万物凌駕《ばんぶつりょうが》のミレ、指揮者シェフドル、刹那《せつな》のウルリクアクアか……」

「八斬りのシュラクペの生存が確認されましたが、他は分かりませんよ?もしかしたら、3名とも既に死んでいるかもしれません」

「あんたがそんな呑気でどうすんの?」


 アイユイユの裾を引っ張ってシュラクペとの戦場を見た。大地は割れ、数え切れないほどの倒木がある。前回、事件後に訪れた時よりも酷い状態だ。


 だが、これほどの斬撃を放出できるというのに私の傷は比較的浅めだった。本当に彼の言うとおり命令以外の殺戮は行わないのだろうか。


「それに関しては心配いります?だってワタクシ、魔族殺しのアイユイユですよ??」

 

「あっそ」と私は言い残し、満面の笑みのアイユイユから離れた。


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