37.あの女と話す
シヴァージ王国王都ラヴィンタに入国し、アイユイユとマリオネとは分かれた。2人には国王への謁見の斡旋をお願いしておいた。
国王への謁見がなければ宮廷の遣いと交友を深められない。私の復讐劇はマルシュと出会わなければ何も始まらないのだ。それに、宮廷狩人のクリファイドがいれば魔王討伐を円滑に行える。あの戦士は世界でも他の追随を許さない能力を持ち、帝国内でも一目置かれた存在だ。
翌日、私たちは宮廷に招待されて謁見の間を訪れた。国王直々に宮廷魔導師2人を救助した謝礼とその報酬が下賜された。
前回同様に国王はやる事が終わるとすぐに退散し、玉座の後ろで構える宮廷の遣い6人と私たちのパーティーが対面した。前回は2人居なかったためか、慇懃に佇む6人は少し窮屈そうに見えた。私の気のせいだろう。
自己紹介を済ませて少し歓談すると、前回と同じように直ぐにうちとけた。リアトはマルシュと目が会う度に顔を背け、手慰みをしている。恥ずかしそう執拗に黒い髪の毛をいじっていた。
マルシュは貞淑に微笑んでいた。宮廷魔導師を演じているお前は、"八斬りのシュラクペ"が死んでどれほど焦っているのだろうか。この女を見ると憎悪が込み上げるのも確かだが、これから潰すお前の暗澹たる未来に口角が上がる。
「や~キャメの占いがポンコツでごめんね~!勇者パーティーのみんなのおかげでアイユイユとマリオネが死なずにすんだ!!ありがとー」
この声高らかに笑っているのが宮廷賢者──そして、占星術師のキャメリチスである。
「それな〜とりあえずグレアムとイヴィアナが駆けつけてくれなかったらしんでたもん!それにコイツ使えなさすぎて、もう一生任務一緒に行かないから」と、マリオネは不機嫌そうに親指でアイユイユを指した。
「ぷっ、一生一緒ですって!冴えない諧謔ですよ、マリオネ卿」
「やっぱコイツ、あの魔族に殺されれば良かったのに……」
アイユイユは相変わらず、マリオネの髪をツンツンして揶揄っている。マリオネは「触んな」と言って手を払うが、憎たらしく笑うアイユイユには鬱積が溜まる一方だろう。
2人はこう言いながらも結構仲が良い。まぁ、マリオネが一方的に嫌っているらしいが、それも仲の良さ故だろう。
「で?俺が魔王領を案内しろって言うのか。別にいいけど、君たちがついてこれなくても知らないからな」
金髪の宮廷狩人クリファイドの協力を申請すると、前と同じような返答が帰ってきた。
「ちょっと、あんまり酷い言い方しないのよ。このパーティーはリフなんかより強いわよ?」
「わかってる。気を引き締めて貰いたかっただけだ」
まるで姉弟のようにマルシュはクリファイドを説教する。この2人の仲睦まじい関係も、マルシュの裏切りによって全て崩壊するのだ。マルシュはマルシユラフトという1人の役を演じているだけなのだろうか。
「平気。ずっとまえから気は引きしめてる。全部本気だから」
中空を見つめながら無感情に言い放つと、マルシュとクリファイドは神妙な面持ちで私を見た。
魔王討伐もマルシュに対する復讐も全部本気で、容赦はしないから。
そして、クリファイドから1週間の準備期間を用意する旨が伝えられ、マルシュも同行すると口を挟んだ。帝国治癒師のホワステルも協力してくれるという、前と同じ流れの話を聞いた。
みんなとの冒険は愉しく何度も経験したい事だが、この女の話は二度も聞きたくないな。
この一週間はマルシュの調査に全身全霊を捧げることにした。マルシュは単独犯で私たちを襲撃したのではない。さらには魔王討伐中には闖入して来ない。
これが意味するのは、マルシュたちは私たちに魔王を討伐させなければならないのだ。
でも──もしそうだとしても、魔王討伐後の私達が邪魔者になる点には理解できないし、自分たちで討伐しないことも疑問だ。
これはいくら煎じ詰めても所詮類推でしかない。やらなければならないのはマルシュの身辺調査と、他の協力者の追求だ。私はマルシュの黒魔法で殺られたが、黒魔法は空間を無視して私の背後から襲ってきた。マルシュの仲間には空間魔法を使える魔族──それか人族がいる。
宮廷魔導師として働けているということは書類上は問題ないはず──書類を盗み見る意味もない。どう調査すれば……
よし、本人に聞こう。私は純粋無垢な少女。それに、魔王討伐まで私たちを殺せないはずだ。踏み込み過ぎなければ大丈夫だろう。
昼餐の後、マルシュに2人きりで話したい旨を伝えると、快く承諾してくれた。ところが昼餐後は公務があるらしく、私は翌日再び宮廷に訪れた。
待ち合わせ場所は王都が一望できるバルコニー。マルシュは手すりに体を預けて王都を眺めていた。忌々しいふわふわの金髪が、腹立たしく靡いている。
「マルシュ!」
私は急いできたふりをして彼女を呼んだ。名前すら呼びたくない。本当に穢らわしい名前だ。
マルシュは振り向いて、「イヴィアナ」と優雅に手を振る。
その懐中に忍ばせている短い魔法の杖で無慈悲に人を殺める癖して、腹が立つ顔をしている。瞼がピクっと動いた。いけない。憎悪は隠さないと。
「どうしたの?私と話したいことがあるって……」
マルシュは鮮血のような瞳を温和に細めて言う。
「いや、その……あんたが黒魔法使いってこと知ってるの、私」
ゆっくりと探りを入れよう。
「え……リアトが?」
「違う違う!あんたはリアトに口止めしたでしょ?ただ直接的には言ってないんだけど、探してる女の子が居るってことと、黒魔法のこと知りたがってたからもしかしたらって思ってたんだ。引っかかったね?」
「えぇ……口滑らせちゃったわね……」
「大丈夫、私言わないから!ただ、黒魔法ってことはマルシュって魔族なの?」
マルシュは「えっ……」とこぼし、悄然と目を瞑る。
数秒の沈黙の間、マルシュは唇を噛んでいた。その後、徐に瞼を開ける。
「違うわ。私は本当に人族よ。よく……言われるけど……」
黒魔法は魔族の期待で、人族からの嫌悪だ。今まで居場所がなかったのだろう。
そんなことどうでもいいけど。
「そうなんだ。それなら良かった」
「イヴィアナは魔族のこと嫌い?」
なんて野暮な質問なのだろうか。私は「当然」とにべもなく言った。
私の答えにマルシュは気を沈ませ、「そう……」と虫の息のような声を漏らした。
「帝国民らしい答えね」
私をみる赤いの瞳は蔑視を表した。私は帝国民と呼ばれるのが嫌だ。彼女はそれを知りながら言っている。
「帝国民だからって関係ないでしょ。人ならみんな嫌いだよ」鬱積が溜まる。この女と話していると腹が立つ。「帝国民はね、ホワステル様が所属してた伝説のパーティーに憧れを抱いているの。マルシュも伝説のパーティーの1人でしょ?」
旧友だからという理由で貴き帝国治癒師を簡単に呼び立てられるわけがない。ホワステル様は帝国治癒師としての立場もある。敵国のシヴァージ王国に助力するといった薄氷を踏む行為が出来るはずないのだ。
マルシュは驚愕を表に出さず、その赤い瞳でまじまじと私を見つめてきた。
ふんわりとした金髪の髪を払い、鼻から息を漏らした。
「否定してもアイユイユが私の嘘を見抜くだけでしょう?」
私の方が口を開けて驚愕してしまった。
この会話は、彼女を知るために素直に質問するものではなかった。アイユイユの魔法を使って、マルシュの発言の真偽を見定めて貰おうと思ったのだ。
アイユイユには魔力探知が届きにくい遠方から私の魔道具を使ってこの場面を見て貰っている。よく気づいたな。この女。
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