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人族と魔物

 旦那様とアビーが屋敷に入るのを確認してから俺はビーたちがいた森とは違うバーディー領の北側に広がる森に来た。


「あんたはあのお爺さんのところで面倒を見てもらわないの?」


「うん? あぁ、気になることもあるし、レッチのかわい子ちゃんたちのランク上げもしないとね」


「えっ?」


 レッチが驚くので、俺は「なんで驚いてんの?」と聞く。


「いやいや、普通におどろくでしょ? もう上げてくれるの?」


「うん、そういう約束だろ?」


 俺がそう言いながら森の中に入ると、レッチは「あんたはさ」と笑った。


「なに?」


「なんでもないわ」


 レッチは諦めたように首を横に振った。


 バーディー領の北側にある森は、帝国領との境に連なる山脈の麓に広がる森で、うっそうとしていて暗い。そもそも日が暮れて月明かりの下だからマジで怖い。


「なんか今にも魔物が出てきそうだね」


「そうね。というか、出てきているし、そもそもあんたも私も魔物だけどね」


 レッチがそんなことを言いながら、飛び出してきたウルフを爪で突き刺して、俺はシミターで突っ込んできたボアの頭を切り落とした。


「この森って普段はどんなのが出るの?」


「知らないわ、私はあの森から出たことなかったし」


「そうなんだ」


「かわい子ちゃんたちが狩ってくるのはこの手の魔物ね。だけど少し前に大量のAやBランクのウルフなんかを狩ってきたから、そのおかげでみんなのランクが上がったの」


 話をしながら次々に飛び出してくる魔物を俺とレッチが狩って、魔物の処理はレッチのかわい子ちゃんたちがする。


「って事はやっぱり命がけであの山脈を越えてきた魔物たちがいるって事だね」


「えっ?」


「考えてもみなよ。こんな何にもない辺境に高ランクの魔物なんてそんなにいっぱいいると思う」


「あっ?!」


「ブラックドッグ領の森にいる魔物なんて、強くてもせいぜいBランクだよ」


 俺がそう言うと、レッチは少し考えてから「つまりは帝国領の魔物たちがこちらに逃げて来ているってこと?」と聞いてきた。


「うん、たぶんそうだと思う」


「それで? それを確認してかわいそうな魔物たちを助けるつもりなの?」


「いや、それはどっちでもいい」


「えっ?」


 レッチが驚くので、俺は苦笑いを浮かべた。


「俺は勇者とかじゃないし、別に聖人でもないからみんなを助けたいとかそんな風には思わないよ。もちろん知り合いは助けたいし、転生者がいれば前世のよしみで考えるけど」


 俺がそう言うとレッチが「クックック」と笑った。


「うん?」


「いいわね。あんたがきれいごとで無責任にみんなを助けるとか言うやつじゃなくて良かったわ」


 レッチがまだ「クックック」と笑っているので、俺は「だってさ」と言う。


「あれ、無理だよね」


「そうね」


「敵も味方もその他の皆さんもみんな助かるならさ。最初から誰も争わないって」


「そうよね。みんなで分け合えるなんて幻想よ。人はより多く欲しがり、他者より優位に立とうとする生き物よ」


「そもそもその意欲がなかったら猿は進化しなかっただろうからね」


 俺はそう言ってうなずいて『うん』と首をかしげた。


「あのさ」


「なに?」


「この世界の人族は猿から進化したのではなくて、神が作ったかもしれない」


「はぁ?」


 レッチがボアを蹴散らしながら「なに言ってんの?」と聞いてくる。


「人族は魔石を食べることができないんだよ」


「えっ?」


「硬くて噛み砕けないんだ」


「でもステフはSランクなのよね? 魔物の肉だけじゃ、効率悪くない?」


「うん、ステフはハーフエルフだから魔石を食べることができる」


 俺が答えるとレッチは「そうなの」と呟いて「でも」と言った。


「人族なんだから溶かしたりとか工夫して点滴みたいに摂取したりとかするんじゃないの? そうしないと人族は効率よく進化できないでしょ?」


「うん、だけどそんなふうに無理やり摂取すると化け物に変わるんだよ」


「化け物って、それは魔物になるってこと?」


「いや、人族が魔物化したウェアウルフやウェアボアはコボルトやオークとは見た目が少し違うし、自我を失ってて魔石が赤い」


 俺がそう答えると、レッチは少しブツブツと言ったあとで、俺を見た。


「人族と魔物は生み出された過程が違うってことかしら、もしくは神が違う?」


「そうだね。確かなことはわからないけど、たぶん生き物として別物なんだと思う」


 俺がうなずくと、レッチが「ちょっと待って」と言った。


「あんたのその推測が正しいとしたら、ステフはどうなるの?」


「うん」


「魔石を食べることができるエルフと食べることのできない人族のハーフなのに魔石を食べることができるんだよね」


「そうだね」


 俺がうなずくとレッチは「なんで落ち着いてんのよ」と眉間にシワを寄せた。


「人族を作った神にとってステフはかなりのイレギュラーってことよね?」


「うん」


 俺はうなずいた。


 そうなのだ。ステフはどう考えてもこの世界のイレギュラーな存在だ。


 見た目が人族に近くて、人族と同じ言葉を話して魔石を食べられる。そもそもエルフは特別な存在な気がする。


 だけど、ステフはその特別を人族に広める可能性を秘めている。


 エルフと交われば、人族でも魔石を食べることができて進化することが容易になるとわかれば、人族は積極的にエルフと交わるかもしれない。


 それに、フォレストをそそのかして、リッチーを闇落ちさせてステフを殺そうとしたやつがいる。しかも、自らは手を出さずにかなり回りくどいやりかたでだ。そのかなり回りくどいやりかたが気になる。


 そいつが直接手を下さないのではなく、下せないのだとしたら、世界や個人に必要以上に干渉できない存在なのだとしたら……。


「少しまえにステフが命を狙われたんだけどね」


「うん」


「たぶん黒幕は神だと思う」


「はぁ?」


 レッチは「呆れた」と呟いて「はぁ」とため息を吐いた。


「あんたはもしかして神を倒そうって言うんじゃないわよね?」


「うん、倒すのは無理だね。まだ空に登りたくないし」


「じゃあ、どうするのよ」


「うん、諦めさせる」


 俺はそう言うと「フフッ」と笑った。


「なんでも自分の思い通りにできると思っているやつらに、思い通りにならないやつらがいることを思い知らせる」


「あんた、それって……」


「うん、俺たちに手を出すと言うなら、魔王が来ようが、神の使いが来ようがなんどだって叩き潰す」


「なるほど、おもしろいわね」


 レッチはなんどもうなずくと「そうか」と呟いた。


「私たちを転生させている神もまた別なのね」


「うん、たぶん。話してないからわからないけど、人族と魔物を故意に戦わせるように造ってある世界を変えようとしているんだと思う」


「なるほどね、だから勇者としてエルフの転生者を用意したわけね」


「うん。そして、その神はテイマーを生み出した神だと思う」


 俺がそう言って倒したウルフやボアの山をレッチのかわい子ちゃんたちが処理しているのを見ながら、自分の首にはまっている首輪をさする。


「わざわざ争わせるために言葉を変えたのに、それを無効にする首輪を作るなんて、確かにおかしいわね」


「うん。しかも今の人族の技術力では真似して作れたとしても、これを考えついて生み出せるとは思えないよ」


「つまりは神が教えて作らせた」


「もしくは、俺たちとは違う世界からの転生者が前世の世界から持ち込んだ」


「なっ?!」


 目を見開いたレッチが「私たちが転生してきているんだもん。ないとは言い切れないわね」と言って「クックック」と笑う。


 そして、目のまえに現れた毛が金色に輝いているディアたちをにらみつけた。


「ありがたいわね」


「あぁ、たしかこいつらはディアのAランク、ケリュネイアだよ」


 もう野生の魔物は同ランクだとしても、大量だとしても獲物にしか見えない。


 さあ、こいつらにはレッチのかわい子ちゃんたちの糧になってもらおうか。

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