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スカウト

 コボルトのニグリトゥスを倒した翌日。


「うん?」


 鉄格子の向こうにはお姉さん系のボンキュボンの美人がいる。


「おいおい、いよいよ幻覚を見るようになったか? 終わったな、俺は?」


 それにどうせ幻覚を見るならさ、タマとかジローだろ? 確かにこのお姉さんはいろいろやばいが、そういうことではないよな?


 だいたいさ、世の中の全ての男がボンキュボンが好きだと思うなよ。いやいや、確かに俺は嫌いじゃない、嫌いじゃないけどね。


 俺がそう思いながらその人を見ていたら、女の人の隣にいる鼻の下を伸ばした兵士がコホンと咳払いをした。


「シーカリウス、お客だ」


「見ればわかるよ。なにその紹介?」


 俺がニコニコしながらツッコミを入れると、お姉さんが「シーちゃん」と呼ぶ。


 うん? この呼びかたとこの声は……。


「私はあなたに賭けるためだけに闘技場に来たの。それでね、あなたにだけ賭けたら元手が約1万倍よ。ありがとね」


「そうなんだ、へぇ、よかったね。だけどさ、いちいちそんな報告いらないから帰ってくれる?」


 俺がニコニコしながらそう答えると、お姉さんは首をかしげた。


「帰れなんて、まるで私には興味がないみたいね」


 お姉さんが「フフフッ」と笑いながら体をくねらせるので、俺は「えっ?」とおどろくと、お姉さんは自分の首に巻いているストールを外して見せた。


「従属の首輪?」


「そうよ。だけど、これは特注品でね。これがあれば魔物と話ができるの」


 嘘だろ? 確かに作れば話せるんじゃないかと考えたことはあったけどさ、本当にあったのか? ってか、人族がつけるか? 普通?


「それで? お姉さんは、なに者?」


「私はテイマーよ」


「テイマーがギャンブルなんてやってんの?」


「やるわよ。テイマーだろうが、騎士だろうが、商人だろうが、職人だろうが、農夫だろうが、この王都周辺に住んでいる者たちはコロシアムが好きだし、闘技場が好きなのよ」


「あっそう、みんな狂っているわけね」


 俺がそう言うとお姉さんは「そうね」とうなずく。


「王都は安全だし、生活もしやすいけど娯楽が少ないのよ」


「娯楽ねぇ」


「魔物だって王都の近くに住んでたらコロシアムでしか見ないもの」


「だからってさ、もっと物騒じゃない娯楽はないの?」


「その点、ジェンガや凧はいいわね。あれはあなたが考えたんでしょ?」


「うん?」


「隠さなくていいわ」


 お姉さんがほほえむので、俺は「そうだよ」とうなずく。


「なんでこんなにも賢いゴブリンを闘士なんかにするのかしら?」


「あの王が無能だからでしょ?」


 俺が聞くと、お姉さんは「フフフッ」と笑った。


「そんなこと言って、首はねられても知らないわよ」


「逆にはねてやるよ、あの狂った王の首を」


 俺が言うと、お姉さんは目を見開いて、それから「私と契約しない?」と言った。


「いやいやいや、今の会話の流れからなんでそうなるの?」


「私はずっとあなたを探してたのよ」


「はぁ?」


 俺が「なに言ってんの?」と言うと、お姉さんは「あなたが欲しいのよ」と笑った。


「あなたが私の従者になってくれるならここから出してあげる」


「えっと?」


「名前を変えないといけないし、もう過去の人たちと二度と会うことはできないけど」


 名前は別にいいけど、もう二度とみんなには会えない。


 俺は首をかしげた。


「だけどさ、ここから出すことなんてできるの?」


「できるわよ。私があなたを買って、あなたは死んだことにしてもらうの」


「なるほどね。兵士たちに賄賂を渡して俺を譲りうけるってことだね」


 俺がうなずくとお姉さんは「まぁ、そういうことね」と笑った。


「あなたがこんなところで闘士として死ぬのはもったいないわ」


「お姉さんのところで、新しい娯楽を考えろってこと?」


「そうよ、ほかにもあるんでしょ? ブラックドッグ家に言っていない娯楽が」


「どうしてそう思うの?」


 俺が聞くと、お姉さんは「そんなの簡単じゃない」と言う。


「保身のためよ。一度に全て話してしまえば、用済みとして捨てられる。だから情報は小出しにするものよね?」


 お姉さんがニヤリと笑ったので、俺は「そんなこと考えたこともなかったよ」と言った。


「えっ?」


「だって、アビーもブラックドッグ家の人たちも、そんなことをする必要のない人たちだから」


「なにを言ってるの? 貴族なんてみんな一緒よ」


「違うね」


 俺は首を横に振った。


「フォレスト家だって従者の魔物は大事に扱われていたよ。お姉さんの仕えている貴族みたいに人族も魔物も従者は奴隷ぐらいにしか思ってない人たちと違って」


 俺が言うと、お姉さんは目を見開いた。


「なにが言いたいのよ」


「そんな首輪をはめられて、お姉さんは逆らうこともできないんじゃないの?」


 俺が聞くとお姉さんは「グッ」と眉間にシワを寄せた。


「アビーが俺に付けていた従属の首輪にはどんなコマンドが登録されていたと思う?」


「そんなの決まっているじゃない」


「お姉さんの首輪に登録されているのは『たたかえ』『まほう』『アイテム』『逃げろ』それから『死ね』とかかな?」


 俺はそう言ってから「だけどね」と続けた。


「アビーが登録したのは『お手』『お座り』『ホーム』『守って』『生きて』だよ」


「はぁ?」


「驚くよね? 意味わかんないでしょ? あの子は馬鹿だから疑うことを知らないんだ。俺が従わないとか、俺が裏切るとか、そんなことは初めから微塵も思ってない。ただ真っ直ぐに友達になってくれた魔物の俺を信じているんだよ」


「確かに本物の馬鹿みたいね」


「そうだね、でもだからこそ、俺たちもアビーを信じることができる。アビーはたとえ俺が無能でも捨てたりしないし、どんな高い金を積まれても売ったりしない」


 俺はそう言ってから「フフフッ」と笑う。


「あの国王にだって、嫌だと言ったんだ」


「そんなの馬鹿げてるわ。人族は疑う生き物だし、無条件で相手を信じたって裏切られるだけよ。子供だからまだわからないのよ。いっぱい裏切られればアビゲイル様だって変わるわ」


「そうだね。だけど、アビーはきっと変わらないよ、あの旦那様と奥様の娘だからね」


 貴族のくせにいつもニコニコしていて人のために泣く旦那様と、口では厳しいこと言ってるくせに結局は情に流される奥様。


 きっと貴族の世界で2人は何度も騙されてきたはずだ。それでも2人は正しくあろうとする。ズルせずに貴族として、人として。


 きっと生きづらいだろうね。


「ブラックドッグ家には子供の従者とメイドがいるんだけどね。そいつらもおかしいんだ」


 俺はそう言ってジェムとキムを思い出した。


「奥様に肉を食べてもいいと言われているのに、旦那様や奥様やアビーがたいして食べてないのに自分たちが食べるわけにはいかないと、本当は食べたいくせして我慢してた」


「なにが言いたいのよ」


「俺たちは旦那様と奥様とアビーだから自分の全てを持って仕えたいと思うんだよ。そこに損も得も計算もない。悪いんだけどお姉さんと一緒には行けないよ。俺の主人はやっぱりアビーなんだ」


「あなた、ここで死ぬわよ」


「死なないよ、チャンピオンになってブラックドッグ家に帰る」


「馬鹿じゃないの? そんなの無理よ。あなたはゴブリンなのよ」


 お姉さんはそう言ったが、俺は首を横に振る。


「帰るよ。アビーたちが待ってるから」


「じゃあ、こうしましょう。とりあえず私と契約してあなたが考えつく娯楽を全て教えてくれれば解放してあげるわ」


 お姉さんがそう言ったので、俺は「嘘だね」と笑う。


「さっき、話に乗れば二度とブラックドッグ家の人たちとは会えないと言ったよね? それに俺が考えつく全てを教えたってお姉さんたちはどうやって判断するの?」


 俺が聞くと、お姉さんは眉間にシワを寄せる。


「賢いのも考えものね」


「そう? お姉さんはさ、騙す気ないでしょ?」


「なっ、なに言ってんの?」


「まぁ、いいや」


 俺が笑うと、お姉さんは「後悔するわよ」と言って俺に背を向けた。俺はその背に「もうしてるよ」と答える。


 きっと誰だって生きていれば、後悔しない日なんてないんだろうね。

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