召喚
俺は今、ひざまづいて頭を下げている。
そこは王国が誇る王都にある荘厳な王城、赤いじゅうたんが敷かれた謁見の間。
俺はその赤いじゅうたんを見つめて『なぜこうなった?』と思っていた。
元フォレスト領での騒ぎのあと、ブラックドッグ家に帰って奥様から厳しい取り調べを受け、散々アビーに泣かれ、さらには兄さんたちを進化させてと、忙しい日々を送っていたら王国騎士たちが来た。
国王からの召喚状?
俺と旦那様が首をかしげてそれを見ていたら、そのままアビーも一緒に王家の箱馬車に詰め込まれて連行されて、今ここでひざまづいている。
壁際でこちらを見ている者たちはこの国の重鎮たちなのだろうが、さっきから俺を見て指さしたりしながらゴブリンがどうのと話をしていた。
白髪のお爺さんがまえのほうでひとりだけ黙っている。
みんなも見習ったほうがいいと思うよ。それに『ゴブリン風情』を呼んだのはあなたがたの親玉だからね。文句なら本人に言いなよ、まったく。
そして、近衛騎士が陛下の入場を知らせる声をあげると、ザワザワしていた人たちはピタリと黙った。
おいおい。
「ほぉ、このゴブリンか? わざわざ呼びつけて悪かったな、ブラックドッグ」
陛下がそう言いながら上座に置かれた玉座に座ると、俺の斜め前にひざまづいていた旦那様が頭を下げたままで「いえ」と答える。
「お招きくださりありがとうございます」
「面をあげよ」
「はい、失礼いたします」
旦那様が顔をあげると、陛下は「そのゴブリンはずいぶんとおもしろいらしいな」と笑った。
「そうですね。少し変わっております」
「少しか? アルに聞いた話だとかなり変わっているようだが」
陛下は「Bランクのルペルペタスにして、勇者ステフが負けた魔に落ちた魔法使いを倒したと聞いているが?」と続ける。
「魔に落ちた魔法使いはステファニー様と相性の悪い悪魔を用意していたらしく、たまたまその悪魔とポチたちの相性が良かったそうです」
「そうか」
陛下がうなずくと「恐れながら」と壁際に並んでいた女の人が陛下に声をかけた。
「パティ、どうかしたのか?」
「陛下、騙されてはなりません。そのゴブリンこそ魔王の使い。勇者様も騙されておいでなのです」
魔王の使い? なにソレ? いやいやいや、俺の腕は2本だし、武器もいっぱい持ってないし、もちろん騙してなんかいないよ。
俺がそう思うと、陛下が「うん?」と首をかしげた。
「お前はずいぶんと荒唐無稽なことを申すのだな」
「荒唐無稽などではありませんわ。ゴブリンが勇者様も倒せなかった者を倒すなど考えられません。きっとあらかじめその者たちと打ち合わせてあったのです」
「しかし、アルからも同じように報告を受けているのだが」
「殿下も騙されたのでしょう。聞けば殿下はゴブリンの主人であるそこにいるアビゲイルにご執心とのこと、きっとアビゲイルは魔女なのですわ」
「魔女?」
「はい、そのゴブリンを使って良からぬことを考えているのでしょう。かわいい顔で殿下をそそのかしているのです」
まずいね、なに言ってんだよ。この女。
「ほぉ、ではゴブリンの主人であるアビゲイルが主犯ということか?」
「きっと、そうに決まってますわ」
アビーが主犯? なんの?
「おい、ゴブリン。面をあげよ」
「はっ」
俺がそう言って表をあげると、陛下はにやりと笑った。
「お前は魔王の使いなのか?」
「いえ、魔王の使いなどではございません」
「そうか、と言ってやりたいが、ただのゴブリンとはとてもじゃないが思えないな。お前が魔王の使いでないなら、アビゲイルが魔女ということなのか?」
陛下は面白がるように半眼になって俺を見て「フフフッ」と笑う。なので、俺は「はぁ」と息を吐いて「クククッ」と笑って見せた。
「アビゲイルが魔女? 笑わせてくれますね。こんな馬鹿な子供が魔女ならこの世の全ての女が魔女でしょう。この子は俺をただのゴブリンだと信じているかわいそうな女の子ですよ」
俺がそう答えると、女が「陛下、騙されてはなりません。アビゲイルこそが」と言った。
「おい、黙れ!」
「魔王や魔女は狡猾なのです。気を許してはなりません」
「ほぉ、お前は俺がこいつの嘘も見破ることのできない無能だと申すのか?」
陛下がそう言うと女は「それほどまでに悪魔たちは」と言った。
おいおい、大丈夫か? この女。
すると陛下は「はぁ」とため息を吐いた。
「お前だけまだ子がおらんし、できるだけ優しくしてやろうと思った俺が間違いだったな」
「なっ?」
女が変な声を出すと、壁際にいた男の人が「陛下、お待ちください」と言った。
「なんだ?」
「パトリシア様は陛下のことを思って進言しているのです」
「ほぉ、俺を無能呼ばわりするのが進言か?」
「いや、それは……」
男が言い淀むと、陛下が「パティは幽閉しろ、派閥争いだかなんだか知らないが、どうでもいいことで俺を煩わせるな」と言う。
「陛下、陛下、お待ちください。私は、陛下を」
「なんだ?」
「愛しているがゆえです」
「そうか、ではこの先は塔で大人しくしていろ。お前が王妃でなければ首をはねている」
「えっ?」
パティが驚くと、陛下は「レイ」と低い声で言った。
玉座の後ろに控えていた近衛騎士が「御意」と言った瞬間に、パティを庇った男の首が飛んだ。
嘘だろ? 速すぎる……あいつもSランクかよ。
「よし、パティを連れて行け。それから俺を馬鹿呼ばわりしたその馬鹿はさっさと片付けろ。目障りだ」
そう言って、ドンと足を鳴らした。
「ほかに俺を馬鹿呼ばわりしたいやつは先に名乗り出ろ、いちいち話の腰を折られるのは面倒だ」
陛下はそう言うとしばらく待ってから「はぁ」と息を吐いて「さてと」と顎をさすりながら笑って俺を見た。
「お前も俺を馬鹿にしているよな?」
「えっと」
「俺がパティの戯言に騙されて、アビゲイルが魔女にされると思ったよな?」
「いやぁ」
ニヤニヤと笑った陛下が首をかしげるので、全身から汗が噴き出る。
マジか? やばいな、マジでやばいよ。
「どうするつもりだったんだ? お前が魔王の使い認定されたらすぐに処刑だぞ」
「わかりません、だけど、なにもしていないアビーが魔女とか呼ばれて火あぶりにされるのは見たくない」
「ほぉ、火あぶりか……」
陛下はそう言って顎をさすると、目を細めた。
「古い聖典にそんな聖女の話があったな。王国を救った聖女を無実の罪で火あぶりにすると、神がお怒りになり、海は荒れて、空は分厚い雲に遮られ、2年のあいだ王国に朝は訪れなかった」
「えっ?」
「日の光が失われて、大半の国民が飢えて死んだそうだ」
陛下はそう言うと「お前は神の使いなのか?」と首をかしげた。
「いえ、違います」
「それは本当か? 思い当たる節はあるのだろ?」
「わかりません」
俺が答えると、陛下は「そうか」とうなずく。
「いずれにしてもお前は俺に嘘をつこうとした、それを見逃してやるわけにはいかない。だから、これから奴隷として闘士になってもらう。コロシアムでチャンピオンになれ、そしたら解放してやろう」
「はぁ?」
陛下はそこまで言うと顎をさすって半眼になった。
「闘士がポチではカッコつかないからな、お前は今日からシーカリウスだ」
「いやいやいや」
「なんだ? 文句でもあるのか?」
「いやぁ、そう言うわけでは……」
俺が苦笑いすると、アビーが「嫌」と言った。
おいおい、アビー? まずいって。
「アビゲイル、なにか言ったのか?」
「嫌」
「そうか、このゴブリンを俺に渡すのは『嫌』なのか?」
聞かれたアビーが小さくうなずくと、旦那様が「陛下」と呼びかけた。
「なんだ? ブラックドッグ」
「アビゲイルはまだ子供ゆえ、お許しを」
「あぁ、そうだな。だが、国王に従わないのがどういうことかも教えないとな」
陛下はそう言うと「レイ」と言った。
とっさに俺がアビーとレイのあいだに身を入れる。背中が熱い。
「ポチ!」
「アビー、そんな顔するな。大丈夫だから」
俺は笑って見せたけど、視界が揺らぐ。
「ほぉ、主人を守るために身を挺したのか? 仕方ないからシーカリウスに免じて今回はこれで許してやろう。シーカリウスを連れて行け。ブラックドッグ家は伯爵に陞爵だ。ブラックドッグ、アビゲイルにきちんと言って聞かせろ、いいな」
「はい、必ず」
旦那様が頭を下げたのを確認して、俺は意識を手放した。




