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強く

 悪い予感というやつは大概にして当たるものだ『帰りはなんか雨に振られそうだな』とか『今日の部活は辛そうだな』とか『きっと君は来ない』とか……。


 前世では毎年12月になるとテレビから悲しい歌と楽しい歌が流れて、ものすごいコントラストを描くのだが、それは『やっぱり正気の沙汰じゃないな』と現実逃避しながら俺は今、勇者にボコられている。


「お前はアホか! 死ぬよ、マジで!」


「ポチはまだ元気だね」


 そう言ったステフの右アッパーが俺の顔をしっかりと捉えて、俺が吹き飛ばされる。地面を大きくバウンドしながら飛ばされて、木にこれでもかと打ち付けられた。


 グハァ。


 そして、何度目かの気絶。


 プツリと意識が切られて、だんだんと浮き上がってくると、もう身体中が痛いとかを通り越して、熱い。もちろんずっと『鬼門開放』を使っているせいもあるのだろうが、違うね。


 そして、顔にヒュー、ヒューと風が当たっているのがわかる。


 俺が仕方なく目を開けると、勇者という名の悪魔は笑いながら俺のそばに座り込んで、俺の顔を覗き込んでいる。


「あのさ、だから近いって」


「ポチ、大丈夫?」


「大丈夫なわけあるか! 死ぬ。マジで門番の悪魔とやるまえに、ステフに殺される!」


 俺がそう言うと小首をかしげたステフが「殺したりしないよ」と言った。


「ちゃんと手加減しているもん」


「いや、それは痛いほどにわかっているよ。ってか、どんだけ遠いんだよ、Sランクは」


 そう言った俺がリッチーたちを見ると、タマとジローも傷だらけだ。


「おいおい、リッチーも本気だな」


「そうだね。私も少し本気出す?」


「アホか! やめろ! というか、やめて。そういうのは来世でやって、本気は異世界行ってから出すものだから」


「うん?」


「『うん?』じゃねぇ、マジで俺が死んじゃうから、本当に無理」


「わかったからとりあえず起きて」


 そう言ったステフに手を引かれて起こされて、そこからまた手合わせが始まる。


 というよりこれは、手合わせではない。


 俺はさながらサンドバックだ。いや、サンドバックのほうがまだ倒れないからマシだな。しかも、倒れてもすぐには起き上がれないから『おきあがりこぼし』よりもひどい。


 だいたい俺には風をまとったステフの動きを目で追うことすらできない。しかもステフの放つ一撃が速いし重いから、俺は一撃で吹き飛ばされて地面に転がる。


 そして、何回かに1回は気絶している。


「ちょっ、ちょっと、待て! これはさすがに意味あるのか?」


「うん?」


「ステフが強すぎて、全然意味がない気がするんだけど?」


「そんなことないよ。最初のうちは全く反応できてなかったのに、ポチは私が殴る瞬間にちゃんと反応しているよ」


「えっ?」


「少し打点をずらされるときもあるけど、無意識なの?」


「うん、意識はできてないよ。もしかして体が反応しているのか?」


 俺が聞くとステフが「きっと、そうだね」とうなずく。


「だって、敵の攻撃は感覚で避けるんだよ」


「それは、目で追ってからじゃ遅いってことか?」


「うん、遅いよ」


 なるほど、確かに攻撃を目で見て、それを頭で処理していたら、体を動かすまでタイムラグが生まれるね。それに目で見るからフェイントにも引っかかる。


「それはわかったけどさ」


「なに?」


「だからって、なんども殴られて反射的に避けるように覚えるとか、どんだけ脳筋なんだよ」


「だけど、私もこれをお父さんにやってもらってかなり速くなったよ」


「嘘だろ?」


 小さな娘にこんなことをする父親ってヤバイだろ?


 だけどステフは「なんで驚くの?」と聞いた。


「いやいやいや、娘にこんなことするなんて、おかしいだろ?」


「でも、お父さんはこれぐらいできないとすぐに死ぬって言ってたよ」


「おい、ちょっと待てよ。それってばもしかして、Sランクの魔物も想定に入れているんじゃないのか?」


「うん」


 確かに今ステフに本気を出されたら俺はたぶん秒で死ぬ。


 それはつまり、今の俺がSランクの魔物に出会ったら、なにもできずに秒で死ぬってことだよな?


 これは『無理』とか言ってる場合じゃないな。


「わかった、続けてくれ」


「うん」


 そこからも俺は何度もステフに殴られて吹き飛ばされて、転がって、たまに気絶して夕暮れになった。


「もう暗くなって来たから今日はおしまいにしよっか?」


「うん、ありがとう」


 俺はそう言うとドサリとその場に倒れた。


 うん、もう動けない。1ミリも……。


 次に目が覚めると、元フォレスト家の屋敷の俺たちが割り当てられた部屋に寝かされていた。


 どうやらポーションを使ってもらったらしく。体の怪我は治り、熱もひいていた。


 だけど、芯の部分に痛みが残っている。


「ステフはSランクだし、無理だってわかっていても手も足も出ないのはやっぱり悔しいな」


 俺が天井を見上げながらそう呟いて笑うと、タマが「アニキ」と言いながら俺の顔を覗き込む。


「心配かけてごめんね」


「ううん、大丈夫」


「やっぱりステフは強いよ」


「だけどステフ様が『最後のほうはもう少しで避けられそうなところまで来ていた』って言ってたっすよ」


「うん、そのもう少しが遠くて悔しいんだよ」


 俺がそう言うと、思わず視界がにじんだ。


 馬鹿だな。


「だけどさ、泣くほど悔しいことが、少しうれしいんだ」


「えっ?」


「前世ではね。たぶんこんなにも何かに真剣になったことってなかったんだと思う」


「アニキ」


「俺は自分のことばかりだったからさ」


 俺はそこで「フゥー」と息を吐き出す。


「きっと人ってさ、誰かのためにがんばるほうが、がんばれるんじゃないかな?」


 俺がそう笑うと、タマがガバッと抱きついてきたので俺はその背を優しくなでる。


「タマやジローも俺のためにがんばってくれているんだろ?」


「はい」


「いつも、ありがとう。タマ」


 俺がそう言うとタマがギュッとしてくれるのが、うれしかった。


 たぶんピンチってのは唐突にやってくる。約束があるわけじゃないし『今から行くよ』って電話や手紙をくれるわけじゃない。


 大切なものを守るためには強くならなきゃならない。


 リッチーよりも、ステフの父親のジーンよりも、もっともっと強くならなければきっと大切なものは守れないんだ。


「俺、もっと強くなるよ」


「違う」


「うん?」


「俺たちでしょ? アニキは私とジローと3人で強くなるって言ったよね?」


 タマはそう言って俺の顔を見るので、俺は「そうだったね」とうなずいて、タマの頭をなでた。


「ひとりでできることなんて限られているもんね。俺がひとりで守るんじゃない。タマとジローと3人で守りあう」


「はいっす」


「ありがとう、タマ」


 俺はそう言うとタマをギュッと抱きしめた。


「アニキ、そんな、ダメっす」


「うん?」


 俺がタマを見ながら首をかしげると、近くで眠っていたジローが「フガフガ」と鼻を鳴らした。


「俺、がんばる」


 ジローがそう言うので、俺とタマが寝ているジローを見るとジローは幸せそうに笑う。俺はそれを見ながら「ジローもありがとな」と小さな声で言った。


 寝言に話しかけて、ジローが冥府の国に連れていかれないように、誰にも聞こえないほど小さな声で。

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