神の使い
ステフが屋敷に入ると、旦那様が「耳が痛いな」と言ってほほえんだ。
「手に負えない魔物がブラックドッグ家の領地に現れたとして、私も領民と共に逃げるという選択を取ることはできないかもしれないね」
「それはやっぱり王から領地を任せられているからですか?」
「そうだね」
旦那様はうなずいて「それに」とうずくまっているフォレストを見ながら付け加えた。
「領地を失えば私はなにもできないただの人族だよ。だから、やっぱり領地を失うのは怖いんだ」
「そうかもしれないですね」
俺もフォレストを見ながら首肯すると、ギルも「そうだよな」とうなずく。
「ポチの言っていることはわかるけど、みんながみんな、お前みたいに強いわけじゃないからな。誰かに期待して、奇跡を祈って、小さくなって震えながら助けを待つのも人族なんじゃないのか?」
「俺は別に全員に『戦え』と言っているわけじゃないよ。戦えないなら逃げればいいって言っているだけだ」
俺がそう答えると、アルが「ポチが言うように逃げてきたとして」と続く。
「アンデッドたちが王都まで来たらどうするの? 国を捨てて他国に逃げるの?」
「うーん」
俺がうなると、今度はランスが「難民となって」と言った。
「果たして他国が受け入れてくれるのだろうか? 受け入れてもらえたとしても国民が幸せになれるとは到底思えぬが……」
ランスがそう言って眉を寄せたので、俺は首をかしげた。
「それってさ、結局は全てステフ頼みってことだよね? ステフが負けたらどうするつもりなの?」
「「えっ?!」」
その場にいたみんなが驚くので、俺は「なんで驚くのさ」と聞く。
「勇者だからってあんな小さな女の子に任せきりなの? 本当に自分たちにできることはないの?」
うん、ステフだって無敵ってわけじゃない。ステフがいつも勝てる保証なんてものはないんだ。
「それこそ王国騎士団が討伐すればいいじゃないの?」
「あのな、ポチたちがあっさり負けたリッチーか、もしくはもっと強いやつが門番なんだろ? そんなやつを普通の騎士たちに倒せると思ってんのか?」
「うん?」
俺は首をかしげる。
確かに相手がリッチー以上の化け物だとしたら普通の騎士を集めても勝てるとは思えないし、もし勝てたとしてもすごい犠牲が出るだろうね。だけどさ。
「ギルはまた忘れてない? 俺は最弱種のゴブリンだよ。神の加護もなく、ランクも魔物最弱のFランクだったんだよ。それこそ普通に考えれば騎士たちが俺に負けるのがおかしいんだよ」
俺が聞くとギルが「グゥ」と声をもらした。
「確かにそうかもしれないな」
「だよね? だって明確なランク分けがあって魔物を食べて進化して、訓練をすれば誰だってある程度は強くなれる世界だし、それは人族も例外じゃないだろ?」
「あぁ、そうだな」
「そうだよね。じゃないと、ステフの強さの説明がつかないし」
そうだ。勇者だからって、最初からチートにするほど甘い神ではない。
それにステフはもっと小さい頃から魔物について学んでいたと言った。それはきっと実地訓練なのだろう。なにせ、拳で語りあえば友達になれると言う父親なのだ。
俺はまだ1年ちょっと、ステフが俺と同じように3年ぐらい訓練してきたと考えればあの強さもわかる気がする。
俺はギルにうなずくと、アルを見た。
「次にアル、王都の守りはアンデッドの集団が来たぐらいで簡単に落とされるような守りなの? 確かさ、地下牢みたいに魔法道具を使えば魔法を制限できたりするんだよね? それでアンデッドなら無力化とかもできるんじゃないの?」
「「えっ?」」
「どんな仕組みになっているのかはわからないけど、アンデッドたちには知性がないと思う。つまり冥府の門という魔法陣と魔力的に繋がっていて『魔法陣を守れ』とかそんな感じの簡単な命令で操られている状態なんじゃないの?」
俺が聞くと、アルは「それは……」と呟いて、ランスが「なるほどな」とうなずく。
「だからアンデッドたちの多くがあの森の周囲にとどまっているというわけか?」
「うーん、それも確証はないけど、領民がなってしまった低ランクのアンデッドたちはほかの森にもいるのに、魔法陣から呼び出されているあのCとDランクのアンデッドたちがあそこから動かないからその可能性があると思うよ」
俺が言うと、ランスはうなずいて、アルも「確かにそうだね」と続く。
「最後にランス。あのさ『平時から有事に備えよ』って、誰かが言ってたよ。普段から他国と協定を結んでおいたら? ほかの国だって魔物の脅威はあるんだし、互いに有事の際の難民の受け入れに関する条約をあらかじめ結んでおいたほうがいいと思うよ」
俺がそう言うとランスは「そうだな」とうなずいて、それから柄に手をかけた。
「ポチ、いや、お前は何者だ?」
「うん?」
「ゴブリンではないのだろ?」
そう聞いたランスが前傾になる。
えっと、まずいね。やりすぎたかも……。
俺が顔を引きつらせると、裁判官が「ランス殿、おやめください」と言った。
「「うん?」」
「この方は神の使いです」
「「はぁ?」」
俺を含めた裁判官以外の全員が首をかしげると、裁判官は「確信しました」と大きくうなずく。
「皆さまはご存じないかもしれませんが、古い聖典の一節にゴブリンの王に関する」
「ちょっと、待って!」
俺がそう言って裁判官を止めてから「ちょっと来てくれる?」と手を引いてみんなから離れた。
「だから、違うって」
「なにが違うのですか?」
「だから、俺は神の使いなんかじゃないし、ゴブリンの王でもないからね」
「なにをおっしゃいますか? もう隠しても隠し切れておりませんよ」
「だ、か、ら、隠してないし、違うし」
俺がそう言うと、裁判官は俺を見下ろしながら顎をさすった。
「では、ご自分では気づかれておられないだけではありませんか?」
「えっ?」
「神は私たちを力を信じておられます。なのであの空から見守り極力手を出されないのです。それでも信仰を忘れない人族が本当に窮地に陥ったときは手を差し伸べて下さる」
うん? つまり今がそのときだから、俺たちが違う世界から転生というかたちで連れて来られたってことか?
ひとりの救世主なんて非効率的だから複数の魂を転生させて、みんなに少しずつ世界を変えさせるつもりだったりして……。
もちろん、俺は勇者でも、救世主でも、主人公でもない。だけど、世界を少し変える人たちの1人という可能性はなくもないかもしれないね。
えっと?
俺が苦笑いを浮かべて裁判官を見ると、裁判官は「ねっ?」と言う。
「いやいやいや、違うから?!」
落ち着け、俺。
ないない、激しくないだろ、それは?
だって、世界を変える者の1人がゴブリンってことはないよね? ゴブリンはベストオブモブだよ『ヒャッハー』の皆さんだよ。女の子見ながら『グヘへェ』と笑う輩だよ。
だいたいゴブリンには神の加護もないんだから、そのゴブリンが神の使いなんて、それだけは絶対にないでしょ?
俺がそう思いながら首を何度も横に振り、視線を感じてアルたちを見ると、なんかみんな俺を見ていた。
「おい! 違うからね!?」
俺がそう言うとギルが「違わねぇだろ?」と言った。
「お前がなんらかの神の思惑によってつかわされたと言われれば、確かにお前のおかしさに説明がつくんだよ」
「そうだね、世界広しといえど、きっとポチみたいなゴブリンは他にいないと思うよ」
「そうだ。ステファニー様があんな楽しそうに手合わせしているのを初めて見た。遺憾ながら、お前は普通ではない」
ギル、アル、ランスがそう言うと、旦那様は「ホッホッホッ」と笑う。
おい、そこのカーネ、いや、安◯先生、フォローが欲しいです。




