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優しさ

 俺がゴブリンが神から冷遇されていた理由を知ったあとで、裁判官は再びフォレストの前に立った。


「フォレストさん、あなたは生きて償いなさい」


「しかし、私はどうすれば良いと言うのですか?」


 フォレストが聞くと裁判官は「それは、わかりません」と答えた。


「自らで死を選ばずに、どうすれば自分が犯した罪の償いになるのか、考えながら生きてください。まあ、こんなことを言っても人族は忘れることでしか生きていけないんでしょうけどね」


 裁判官は苦笑いを浮かべた。


 きっと自分にも言い聞かせているのだろうね。


 俺がそんなふうに思いながら2人を見ていたら、フォレストが俺を見た。


「どうしろと? 私は……」


「うーん、小さな小屋でタイラとタイナと3人で質素倹約に暮らして、病気の子供がいたら行って看病してやり、疲れた農民がいたら農作業の手伝いをして、死を怖がっている人がいたら寄り添ってあげて、争いがあれば行ってどうすればいいのか一緒に考える」


 俺はそう言って笑った。


 みんなからゴブリンと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず……少しはチートな最弱種に憧れたけどね。


「私は看病などしたことがないし、農作業もしたことがない、なにもできない私がそのような者になれるのだろうか?」


「どうだろうね?」


 俺が首をかしげるとフォレストは「そんなことは、わからないよな」とうなだれた。


「だけどさ、俺も生まれた穴ぐらを1ヶ月で巣立ちとかいって追い出されてから3ヶ月間逃げ回って、なんども死ぬかと思って。だけどね、たまたま再会した兄さんが生きかたを教えてくれたんだ」


 そこまで言うと、ゴブゾウとの日々を思い出して俺は笑った。


「俺は本当にどうしようもない甘たれでなんにもできなかったのに、兄さんは根気よく教えてくれたよ。そしたらなんとか生きていけるようになった」


 呆れ顔になりながらも、仕方ないなと笑うゴブゾウが俺に自分のことしか考えていなかった自分の器の小ささを教えてくれた。


「そこからアビーとジェムに会って、ブラックドッグ家の従者になった。そして、兄さんからもらった優しさをほかの人たちに返していたら、タマやジローに出会えたし、ゴブリンやフォックス、コボルトの仲間もできた」


 俺は大したことをしたわけじゃない。チートで無双したわけでも、ひとりで砦を作り上げたわけでもない。ちょっと助けて、ちょっと手伝っただけだ。そして、ちょっと助けられて、ちょっとずつ手伝ってもらった。


「きっと人にできることなんて限られているんだよ。すごいことなんてできなくても、もらった優しさを小さな優しさで少しずつ返していったらいいってことなんじゃないかな?」


「小さな優しさで返す……」


「だって、償っていくだけの日々なんて辛すぎるでしょ? それにきっとどんなことをしてもフォレストさんが犯してしまった罪が許されることはないと思う。だからさ、生きて返していきなよ。償いの代わりに誰かに小さな優しさを」


 俺がそう言うとフォレストは目を見開いて、それから両手で顔をおおった。


 俺がそれを見つめていると、隣にいたギルが「ポチ」と声をかけてきた。


「なに?」


「お前はやっぱりすごいな」


「うん?」


「俺だけではきっと止めることができなかったと思う」


「いやいや、そんなことないだろ?」


 俺はそう言ってギルを見た。


「ギルは俺がいなくても絶対に諦めなかったりしなかったよ」


「えっ?」


「だって、俺の知っているギルバートはなんやかんや言っても人に優しい、そういう男だからね」


「なっ! なに言ってんだ!? 褒めてもなんにも出ないぞ」


「嘘、出ないの?」


「アホか、出るわけないだろ!」


「えーっ」


「『えーっ』じゃねぇ!」


 そう言ったギルが「プフッ」と吹き出してからケラケラと笑うので、もちろん俺も笑う。


 俺たち2人がケラケラと中庭で笑っているもんだからアルやタマたちも起きてきた。その場で裁判官の審判がみんなに伝えられたが、誰も反対しなかった。


「あとはリッチーがどう思うか? だよね」


 俺が小さく呟くと、隣に来ていたタマが「許せないだろうけど、きっと『それでいい』と言ってくれる気がするっす」と笑った。


「確かにね。リッチーならそう言ってくれそうな気がするよ」


 俺はそう首肯して、リッチーのすごさを思った。


 愛する者を奪われて、自分はスケルトンになって、それでも俺たちの面倒を見ながら、自分が開いた冥府の門を閉めようとしている。


 だけど、それってさ。


「やっぱり、その可能性が高いのか?」


「うん? アニキ、どうしたんすか?」


「うん、怖くてリッチーには聞けないんだけどさ」


「なんですか?」


 タマが眉間にシワを寄せるので、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「リッチーが門番なんじゃない?」


「えっ?」


 タマが驚いた顔をして「そんな……」と呟くので、俺は「いやいや」と笑う。


「確証があるわけじゃないんだ。だけど、リッチーはあの森に住んでいるし、リッチーの願いは俺たちが強くならないと叶わないって言っていただろ?」


「はいっす」


「それでさ、今のリッチーの願いってなにかなって思って」


「リッチーさんの願いですか?」


 タマがそう聞き返してくるので、俺は「うん」とうなずく。


「リッチーは家族を殺されて、自分はスケルトンになっているんだ。叶いたい願いなんてあると思う?」


「冥府の門の門番としての呪縛から解き放たれて空に帰りたいってことですか?」


「うん、それならリッチーが俺たちに魔法を教えて鍛えてくれる理由もあるし、あの地にリッチーが留まっている理由にもなるよね?」


 俺がそう言って、タマが「それではあんまりにも……」とうつむくと、旦那様がタマの頭の上に手を置いた。


「もしもそれがリッチー殿の願いなら叶えてあげることが救いであり、鍛えてもらっているポチやタマが返せる優しさなんじゃないのかい?」


「旦那様」


「優しくすることだけが優しさではないだろ?」


 旦那様はそう言ってから、頭をポリポリとかいた。


「私もね、いつもマギーから優しさをもらっているからね」


 おいおい、それは笑っていいのか? あとで俺たちが奥様に怒られたりしないよね?


 俺が見上げながら旦那様の様子をうかがうと「面白くなかったかい?」と少し笑ってそれから真面目な顔になった。


「意味もなく優しくするのではなく、相手のことを考えて思いやることこそが本当の優しさなんだよ」


「そうっすね」


 タマがそう言うと旦那様は静かにタマの頭をなでた。俺がそれを見ていたら「ポチたちは無理しなくてもいいんだよ」とステフが来た。


「そのスケルトンは私が倒してあげる」


「いやいや、まだリッチーが門番って決まったわけじゃないからね」


「リッチー?」


 ステフが首をかしげて、それから「もしかして」と俺に詰め寄った。


 近いよ、近いって。


「ねぇ、そのスケルトンって、魔法使いのリチャード?」


「えっと、ステフの知り合いのリチャードなのかはわからないけど、本人はリチャードって言ってたよ。奥さんと娘さんを人質にとられてやむを得ず冥府の門を開いたんだって」


 俺がそう言うとステフが胸のおさえながらギュッと顔をしかめて、小さな声で「リッチーおじさん」と呟く。


「ステフ?」


「なあに?」


「『なあに?』じゃないよね?」


「うん?」


「ステフこそ、無理しなくていいよ」


 俺がそう言うとステフはすました顔をした。


「なにを言ってるの? 私は勇者だよ」


「でも勇者だって人族でしょ?」


 俺が聞くとステフは「違う」と答える。


「違うの?」


「うん、違う。勇者は勇者だよ」


「だから自分の感情は殺して、倒したくない相手も倒すの?」


「そう、それがこの国のためならば、私はやらなきゃいけないんだよ」


 ステフがそう答えたので、俺は「そんなの馬鹿げているね」と笑う。


「なにがおかしいの?」


「全部だよ」


「全部?」


「だって、そうでしょ? ステフみたいな小さな子が勇者と呼ばれて、魔物討伐に駆り出されていることも、ステフがそれを受け入れていることも、倒したくない相手も国のためなら倒さなくてはいけないことも、みんな馬鹿げてる」


「なっ?!」


 ステフが目を見開いた。


「ステフはどうしたいの?」


「どうって?」


「本当は勇者なんてやりたくないんじゃないの?」


「なんで? やりたいよ」


「嘘つくなよ、そんなのやりたいやつなんているわけないだろ?!」


 俺が聞くとステフはギュッと自分の上着の裾を握った。


「なんでそんなこと言うの? 勇者は偉いんだよ。勇者はみんなのために戦って、みんなのためにがんばるんだよ」


「それでステフが不幸になるの?」


 俺が言うとステフがキッとにらむので、俺は「はぁ」と息を吐いた。


「確かにステフは強いよ。だけどさ、そのまえにひとりの人族だろ? そんな風に定めのために生きるなんて馬鹿げているよ」


「じゃあ、どうしたらいいのよ!」


 ステフはそう怒鳴って、うつむいた。


「苦しんでいる人たちがいて、泣いている人たちがいて、私なら救えるかもしれないのに、やらないなんてできないよ。確かに父さんが出かけて行くたびに母さんは泣いてたけど、父さんは『誰かがやらなきゃいけないことだ』っていつも言ってたよ」


「出た、自己犠牲の精神。誰かがやらなきゃいけないなら誰かにやらせておけばいいだろ? なんでステフやステフのお父さんがやらなきゃならないの?」


「できるからよ。救う力があるからよ」


「はいはい、大いなる力には大いなる責任ってやつね」


 俺はなんどもうなずいて、それから「そんなもの」と続ける。


「ウルフにでも食わしておきなよ。西に暴れている魔物がいるなら、わざわざ遠くから勇者が来て倒してくれるのを待ってないで逃げてくればいい、東に自分たちの手に負えない魔物が出たら逃げてくればいいし、南に出ても、北に出たって逃げてくればいい」


「なにを言っているの? みんなに故郷を捨てろと言うの?」


 ステフが首をかしげるので、俺は「そうだよ」とうなずく。


「そんなこと言えるわけないでしょ?!」


「そう? なんで言えないの? 命のほうが大事でしょ?」


 俺が首をかしげると、ステフが「それは……」と言い淀んだ。


「誰かの犠牲の上に成り立つ奇跡を祈って待つぐらいなら、逃げたほうがいいんじゃない?」


「そんなこと、できるわけないじゃない……」


「ステフ、自分たちが倒せる魔物を倒して食べて、無理なら逃げる。安全な住処を探して移動して、見つけた安全と思われる場所で暮らす。それが生き物の基本だろ?」


 俺が聞くとステフは「馬鹿じゃないの!」と目に涙を浮かべた。


「王命には逆らえないのよ!」


 そう叫んで走り去っていったステフの小さな背中を見る。


 王命ね。


 確かに俺たちも王命でこのフォレスト領に来た。


 だけどさ、あんな小さな女の子ひとりの幸せも守れない王なら、そんな者いる意味あるのか?

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