勇者③
俺を見て目を見開いたギルが「ゴブリンの王」と呟くと、アルが「人族の血で全身が真っ赤に染まったんじゃなかったんだね」と笑った。
うん?
俺はそれを聞いて自分の体をもう一度確かめた。
確かに赤くなっているね……これは赤鬼ってことか? いや、俺はゴブリンだから赤小鬼ってことになるのかなぁ?
だけどさ、確かに少しマッチョにしてほしいって願ったけどさ、こうやって少しムキッとなって血管が浮き出てた体はちょっとキモいね。
俺がそんなことを思いながら小首をかしげると、ステフが腰に手をあてて胸をそらした。
「伝承なんてあてにならないよ、言い伝え通りじゃない魔物なんていっぱいいるもん」
ステフがギルとアルにそう言って、それから俺を見て「それが『鬼門開放』なの?」と聞いてきた。
「いや、わからない。俺も初めてだし」
「そうなんだ」
「ってか、なんでステフが『鬼門開放』を知ってんの?」
「それって400年前のゴブリンの王が使っていたというゴブリンの奥の手だよね? 私は小さい頃から魔物について教え込まれているからそれぐらいのことなら知ってるよ」
「いやいや、小さい頃って、ステフはまだ小さいだろ?」
「もっと小さい頃からだよ」
嘘だろ? マジか? やっぱりやべぇな異世界。
俺がステフを見ながら苦笑いを浮かべると、ステフは「それにしても、追い込まれて自分の力を引き出すなんてすごいよ」と笑う。
「俺を追い込んでいるステフがそれを言うのか?」
「それで、ポチはまだやれそう?」
ステフがさらにニヤニヤと笑うので、俺は小さな声で「話を聞けよ」と呟いて顔をしかめた。すると、ステフは「まだ遊べそう?」と続けるので、俺は息を「はぁ」と吐き出す。
「あのな、見ればわかるだろ? 正直に言えば立っているのがやっとだよ」
「そう、いきなり力を引き出したから体がビックリしているのかなぁ、じゃあ、おしまいにしよっか?」
ステフが軽い感じでそう言うので、ゾゾゾッと背筋になにかが走る。
その死の宣告みたいな発言はなに? もしかしてそれってば悪役の皆さんが言う『お遊びはここまでだ』的なやつ? どちらにしても勇者のセリフではないよね?
「ねぇ、怖いよ、ソレ?」
「うん?」
「おしまいってさ」
「なに?」
「俺を殺すってことじゃないよね?」
俺が恐る恐る聞くと、ステフは笑って「そうだよ」と答えた。
うん?
「いやいや、その『そうだよ』はどっちだよ」
俺が言うとステフがケラケラと笑って「殺したりするわけないよ」と答えた。
「えっ?」
「ポチは私と友達になるんだから私が殺したりするわけないよ」
「はぁ?」
俺はそう言って少し固まってからもちろん「ごめんなさい」と頭を下げた。
「えっ?」
「『えっ?』じゃねぇだろ? ならないよ、ステフの友達になんて、俺は絶対にならないからな!」
俺がそう言うと、ステフは「なんでよ」と口を尖らせた。
「勇者と友達になれるんだよ」
「だからどうした?」
「だって、私と友達になりたいって人多いよ」
「嘘だろ?!」
「嘘じゃないもん」
ステフがそう言うので、俺がアルとギルを見たら2人とも目を背けた。
なるほどね。
「それはさ、大きいお友達の話だろ?」
「大きいお友達?」
「そうだよ。ステフとじゃなくて勇者と友達になって得したい貴族か、もしくは、幼女が好きな『YES』の方々の話だろ?」
俺がそう聞くとステフは『えっ?』って顔をして、それから「でも、みんな親切だよ」と笑う。
「そりゃあ、親切だろうな。みんな、お前の機嫌を取りたい連中なんだから」
「そっ、そんなことないもん」
ステフがそう言ってふくれたので、俺は「まあ、それは正直どっちでもいいよ」と苦笑いをする。
「俺はステフの友達にはならないからね」
「だから、なんで?」
「あのさ、ステフと友達なんかになったらどう考えても俺の身がもたないだろ?」
「そこはポチが頑張って強くなればいいだけの話でしょ。なってよ、つまんない」
ステフがそう言ってガシガシと地団駄を踏むので、俺は「おいおい」と言う。
「だいたいな、聞いたことないよ。勇者の友達のゴブリンなんて。ゴブリンってのはどちらかと言えば勇者の敵で、しかも序盤で『ヒャッハー』と出てきて『アボジ』と瞬殺されるザコだからね」
「ヒャッハー?」
「そうそう、知ってるでしょ? モヒカンでプロテクターと釘バットのあの世紀末的な人たちだよ」
「いや、知らないよ」
「えっ?」
俺が驚くと、タマが「『えっ?』じゃないっす」とツッコミを入れたので、俺は「じゃあ」と続ける。
「『ヒー』の覆面の皆さんは? 赤いマフラーをつけた仮面のナイスガイにやられる人たち」
俺が聞くとステフが「うん?」と首をかしげて、タマが「アニキの謎ワードはスルーっす」と言うとステフは「わかった」と笑う。
「そんな人たちはどうでもいいから、私と友達になって」
「いやいや、どうでもいいとか言うな、かわいそうだろ? だいたいな俺たちがいなければお前たちは引き立たないんだよ。どんなにステフが強くても、やられてくれるやつがいなかったらその強さはわからないだろ?」
「うん、じゃあ。ポチが友達になって引き立てて」
「おい! それはもはや友達じゃねぇ!」
「なんで!?」
「『なんで?』じゃねぇだろ? って、まったく。だいたいな、お前みたいなチート勇者の相手をただのゴブリンの俺にやれってのか? そんなのつとまるわけないよ」
「チート?」
「馬鹿みたいに強いってこと!」
俺は言うとステフは「うーん」と頭をひねって、それからニンマリと笑う。
「つとまる」
「いや、つとまらないって」
「つとまる」
「いやいや、つとまらないだろ?」
「つとまるの!」
「おい!」
俺が言うと、ステフは涙目になりながら「つとまるもん」と小さく呟いて、上目遣いで俺を見る。
だけど、そんな目で見ても今回ばかりは俺も首を縦に振らないよ。さすがに死ぬ未来しかみえん。
「ほかをあたれ! 無理なものは無理」
「嫌」
「『嫌』って、お前は馬鹿なのか? 普通に考えても初対面でいきなりこんなボコボコにされて友達になるやつがいると思ってんのか?」
「えっと、そこは強敵と書いて『とも』と読めばいけるって言ってたよ」
「はぁ? いけるわけないだろ?」
「本気で殴り合えば分かり合えるって言ってたよ」
「アホか! そんなわけないだろ?」
「だって、お父さんが……」
ステフが言い淀んで、俺は苦笑いを浮かべる。
娘になに教えてんだよ、お父さん。
「ってか、ステフの父さんがそれを言ってたのか?」
「うん、お父さんが言ってたよ」
えっと? いやいや、違うよな?
「我が人生に?」
「いっぺ……」
「ちょっ、ちょちょい、ちょい、ちょい」
「うん?」
「言わせねぇよ、そんなの言い切ったら俺たちなんてデコピンでピーンって弾かれて、指先ひとつでやられちゃうからね」
俺がそう言うと、ステフが「やられちゃうの?」と首をかしげる。
「あぁ、ほほえみ忘れたくないなら、気をつけろ」
「わかった」
ステフがうなずくと、タマが「わかったんすか?」とツッコミを入れて、ステフが「うん?」と首をかしげる。
「今の話の意味がわかったんすか?」
「ううん、全然わかんない」
「そっ、そうっすよね」
タマが「ホッ」と息を吐いてからうなずくと、ステフも「うん」とうなずく。
「だけど、言わなければいいんだよね?」
ステフが聞くので、俺も「そうだ」とうなずく。
「カップ麺の『◯王』を真似して『ら◯』とかにしてもぜったいやばいから、昇天ポーズとかもするなよ。いいな?」
「そんなにやばいの?」
「うん、やばいぞ。人差し指と親指でペシャッとやられていきなり昇天させられたら『あぁ、タイガー威嚇しなければ良かったな』とか『弟にもっと優しくしておけばよかった』とか『エロ本はその都度捨てればよかった』とか、右の拳を突き上げながらあの人だって本当は悔いだらけだよ」
俺が「うんうん」とうなずくと、タマが低い声で「アニキ」と言う。
「えっと?」
「よくわからないけど、ステフ様に変なこと教えないで!」
「はい、すみません」
俺がタマに謝ると、ステフが「お父さんとお母さんみたい」と言ってケラケラと笑って、そこからもステフの「友達になって」と俺の「ならない」がいつまでも平行線をたどった。




