勝負①
騒ぎを聞きつけた旦那様や伯爵が出てくると、とりあえず倒れている騎士たちの手当てをしてもらったが、たぶん中にはもうダメな騎士もいるだろうね。
傷は癒えても心の傷までは治らない。
それほどにランスは強く。そして、容赦がなかった。
伯爵は文句を言いたいようだったが、やったのがランスと聞いて素早く口を閉じた。
どうやら弱者の立ち回りというやつをちゃんと理解しているらしい。
さすがです、伯爵。
しばらくして殿下と伯爵が屋敷に入って行くと、ギルが手当てを終えた騎士たちに話しかけた。
「これにこりたら弱い者いじめはやめることだ。自分がされたらどれほど怖いものなのか、わかっただろ?」
ギルがそう言うと、騎士の1人は顔を歪めた。
「あのゴブリンが演技さえしなければ、このようなことには……」
「演技?」
「あいつは強いくせに弱者のふりで我らをあざわらっていたのです」
「そうです、そのせいでこのような事態に……」
「なるほどな」
ギルはそう言うと「救えないな」と小さく呟く。
「なんですか?」
「いや、いい。まあ、頑張れ」
ギルがそう言うと騎士たちは「ありがとうございます」と笑って屋敷に入っていった。
「ダメだな、あれは」
「うん?」
俺が首を傾げると、ギルは頭をかいた。
「なにを言っても無駄な奴ってのはいるだろ?」
「うーん、確かにね。だけどさ、ギル」
「なんだ?」
「人の上に立つならさ、それじゃダメなんじゃないの?」
俺がそう言うと、ギルは「えっ?」と驚いて、旦那様が「そうだね」と笑う。
「優秀な者や頭のいい者だけ集めて仕事ができれば楽かもしれないが、実際はそのようにはいかないものだよ」
「ダメな奴も使わなくてはならないってことか?」
「うーん、その者をどのように使えば活かせるのか? その者はどのような仕事なら力を発揮できるのか? それを考えるのが上に立つ人のつとめだよ」
旦那様がそう言うと、ギルは目を見開いた。
「あのような者たちの目を覚まさせるのも、上に立つ者のつとめってことか?」
「うーん、覚ますことができるかはわからないけど、その努力はするべきだね。人材は限られているし、それにね、誰にでもダメなところってのはあるんだよ」
旦那様はそこまで言うと「まぁね」と笑う。
「そうは言っても人には人を変える力はないからね。美点をほめて伸ばすか? 助言で自ら気づいてもらえるように仕向けることしかできないけどね」
旦那様が笑ってギルの肩に手を回すと、ギルはハッとした顔をして旦那様の顔を見上げた。
「正論ぽいことを上から言われると反発したくなるもんね」
「なるほど、フレディの助言。ありがたく受け取るよ」
ギルがそう言ってほほえんだあとで俺の手当ても終わり、夕方になった。
西日が当たった伯爵家の城壁のノコギリ状のツィンネが赤く燃える。
そして、中庭ではなぜか? タイラたち伯爵家の従者であるトウゴツたちが行儀よく並んで座っている。
「もしかしてタイラたちは餌の時間?」
「いや……」
タイラが言い淀むと「反省させておるのだ」と伯爵が屋敷から顔を出した。
「うん? 反省?」
「そうだ。お前らごときに負けたとあっては、誉高きテイマーの名門フォレスト家の名折れだからな」
「うっ」
もしかして、バレたのか?
俺がタイラを見るとタイラがうなだれた。
おいおい、そこはシラを通せって、マジか、お前?
「手厚く弔ってくれたそうじゃないか? なぁ?」
「えっと……なんと言いますか、あれは、悲しい事故と申しますか?」
「事故、なるほど、事故か。確かにな」
伯爵は何度もうなずくと、カッと目を見開いた。
「騎士たちから聞いておるぞ、ランス殿と打ち合えるほどの腕前のくせに弱いふりなどしおってからに」
伯爵はギィィィィィィと歯を食いしばる。
あのさ、そんなに食いしばるとエナメル質が削れて知覚過敏になるよ。冷たいものを食べても、温かいものを食べてもキィーンとするんだからね。マジで。
「よくも、恥をかかせてくれたな」
「いやいや、恥をかかせるつもりなんてなかったんですよ。トウゴツのことは本当に事故だったし、騎士たちだって無駄に絡んでこなければ、あんなことにはならなかったでしょ?」
俺がそう言うと伯爵は「ほぉ」と顎をさする。
「ではお前はこちらが悪いと申すのだな?」
「えっ?」
「なにを驚いておる?」
「えっと、伯爵様はもしかして、自分たちが悪かったと思っていないのですか?」
「なっ、きさまは……」
伯爵がまたギィィィィィィと歯軋りをしてから俺を睨みつけた。
「ゴブリン風情が、我がフォレスト家を愚弄するつもりか!?」
「えっ?」
また出たよ。あのさ、その『愚弄するつもりか?』ってやつはもしかして貴族の中で流行ってるの? 流行語ってやつ? 12月の頭に発表される例の賞の大賞でも狙っているんですか? でもまだ今年は始まったばかりですよ、まったく。
「あのぉ、状況を見ればどちらが悪かったのかなど、一目瞭然だと思うのですが?」
「なんだと」
「だって、やめておけばいいのに弱い者いじめをしようと無駄に絡んできて、結果的に返り討ちにあっただけじゃないですか?」
「きっ、きっ、きさまぁ!」
「うん?」
俺が首をかしげると、伯爵は顔を真っ赤にした。
「ゆるさぬ、ゆるさぬぞ、ゴブリン!」
「えっと……伯爵様はどうして怒っているのですか?」
「きさまが我が家を馬鹿にしておるからだ!」
「えっ?」
うん? 馬鹿にしてな……くはないね。確かに。
いやいや、なに納得してんの? 俺?
まずい、まずい、まずい、相手は伯爵家だよ、あれほど端っこで大人しくしとけって言われたよね?
どうする?
落ち着け、一旦落ち着こうか? まだ取り戻せるはずだよ。確かさっき、ダメなやつはほめて伸ばせって旦那様が言ってたよ。
そうだね、まずはこちらの非を認めて、それからとりあえずほめようよ。うんうん、ほめよう。
「いやいやいや、誤解を与えたならすみません。俺が馬鹿にしているのは自分たちと相手の力も測れないトウゴツと騎士たちであって伯爵様ではありませんよ。だって伯爵様は騎士を怪我させたのがランスだとわかると素早く口を閉じたじゃないですか? さすがですよ、あそこら辺の弱者の立ち回りは素晴らしかったです。尊敬してますよ、本当に」
俺がニコニコしながらうなずくと、伯爵はこめかみに血管を浮き上がらせた。
「きさまはやはり死にたいらしいな?」
「えっと? なんで?」
俺が首をかしげると「プファ」と吹いた殿下が屋敷から顔を出した。
「殿下?」
「フォレスト伯爵、ポチの言う通りではないか?」
「なっ?」
「ポチは身に振る火の粉を払っただけだ。そんなにも家の名誉を守りたいなら力を示せ」
殿下はそう言うと「クククッ」と笑う。
「どちらが多くのアンデッドを狩れるか勝負すればいいだろ?」
「勝負でございますか?」
「そうだ。お前自慢のトウゴツとポチ、どちらが多くアンデッドを狩れるのか? 勝負すればよい。そして、トウゴツが勝てばポチが悪かった、ポチが勝てばお前たちが悪かったということにする」
殿下がそう言って笑うと、伯爵は「しかしながら」と言った。
「なんだ?」
「このゴブリンは、その……」
「ハンデが欲しいのか?」
「そうですね」
おいおい、ハンデが欲しいって、どうした? 家の名誉は?
「では、トウゴツは9匹、ポチたちは3匹での勝負とする。これなら文句もないだろ?」
伯爵が「はい」とうなずくので、俺は「いやいやいや」と止める。
「なんで? 3倍だよ。そんな勝負、意味わかんないから」
「勝てないのか?」
「いや」
「お前たちなら勝てるだろ?」
「まぁ……」
俺が言い淀みながらうなずくと、殿下は「決まったな」と笑う。そして、伯爵が「逃げるなよ、ゴブリン」と指を突きつけるので、俺は「わかりました」とうなだれた。
なぜ? こうなった!?




