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伯爵家③

 ランスの一撃をシミターで受け止める。


 キィーン! と高い音のあとで、俺はさらに繰り出された一撃を避ける。


 ブォン! ブン! ブン!


 空気を切り裂く音のあとで、ランスが「クッ」と声をもらした。


 カッ、カッ、カキィィィィィィ!


 シミターが火花を散らしながらランスのロングソードの一撃をいなして、俺はランスの懐に入る。そして、俺がランスの鎧の隙間にミスリルダガーを突き入れると、刹那、ランスは身を捩って避ける。


 ランスが後ろに大きく飛び退いた瞬間に、俺は加速した。


「なっ?!」


 ズザッ! カッ!


 俺に肩を浅く斬られたランスが俺のシミターをロングソードで受け止めて、ミスリルダガーの一撃を避けて、ギュッと顔を歪める。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁ!」


 ドガッと腹を蹴られて、俺が後ろに飛ぶとランスが間合いを詰めてきた。


 俺は空中でクルクルと回って壁に着地して、思いっきり蹴る。ロングソードを振り上げていたランスの胸をシミターで斬りつけた。


 カキィィィィィィ。


 ロングソードとシミターが火花を散らて反発しあうと、お互いに弾き飛ばされて地面に着地した。


 騎士の誰かが「嘘だろ?」と言ったけど、ランスが肩の傷を確かめたあとで俺を見てニヤリと笑った。


「これがお前の本気か?」


「まあね」


「では、私も少しだけ本気を見せようか」


「いやいや、そういうのいらないから」


 俺が苦笑いを浮かべると、ランスは剣を鞘に収めた。


 うん?


 そして、鞘を持って足を開いて腰を落とし、前傾に構えた。


 おいおい、あなたはどちらの抜刀斎さまですか?


「慈悲深き主よ、信仰なき者たちを憐みたまえ、闇に飲まれし愚かなる者たちに光を、彼らに永遠の安息を『ペッカートゥム・クル……』」


「やめよ、ランス!」


 そう言った男の子が中庭に入ってくると、ランスはすぐに技を止めた。


「これはなんの真似?」


「客人のゴブリンとフォックスが騎士たちにいじめられておりましたので、止めに入ったのですが……」


「うん? 止めに入った?」


 男の子は転がっている騎士たちを見て苦笑いを浮かべてから「それで?」と続ける。


「なんで殺そうとしているの?」


「私の騎士道を貶されましたので」


 ランスがそう答えると、男の子は「はぁ」とため息を吐いて、それからランスの肩の傷を見た。


「その肩の傷はポチがやったの?」


「はい、恥ずかしながら遅れをとりました。あの者はなかなかです」


 なっ、なに馬鹿なこと言ってんだ、こいつは?


「いやいや、俺はなかなかじゃないよ。その肩の傷はたまたまだから」


 俺がそう言うと目を少しだけ見開いた男の子は「クククッ」と笑う。


 いやいや、怖いよ。なにソレ?


「ランスに奥の手を使わせようとしたんだ。君はなかなかだよ。ポチ」


「うっ」


「どうしたの?」


 まずいね。非常にまずい気がする。


 俺はその場にひざまづいた。


「もったいお言葉です。殿下」


 俺がそう言うと男の子は「フフフッ」と笑う。


「もう気がついたの? 本当にゴブリンとは思えないね。ポチ」


「いえ、気づくのが遅くなりました。お許しを」


 俺は頭を下げたままでそう言ったが、冷や汗が止まらない。王子の側近に調子こいたことを言って、しかも怪我させたからね。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。


「そうか、どうかな? 僕とも友達にならないかい?」


「いえ、ゴブリンごときが殿下のお友達になるなど」


「いいんだよ。僕が友達になりたいんだ。それに君はただのゴブリンじゃないだろ?」


 殿下はそこで止めて「それとも」と続けた。


「ギルとは友達になるのに、僕とでは嫌なのかな?」


「嫌ということはないのですが……」


「ないのですが?」


「周りが許さないと言いますか?」


「周り? 誰のことだい?」


 ダメだ。もう『参りました』と頭をさげるか? 


 いやいやいや、俺、ちょっと待て、考えろ。


 王子と友達なんかになったら、この先どんな厄災が降りかかるかわからんぞ。断固阻止だ『諦めたらそこで試合終了ですよ』ってカーネルサン、いや、ホッホッホッのおじさんが言ってたよ。


「騎士の皆さんや、王宮の方々がお許しになりませんよ。俺はなにせゴブリンですから」


「なるほど、うまく逃げたね。だけどさ、騎士はもちろん王宮のことも気にしなくていいよ。話せばきっと父上も母上も気にいると思う。ジェニーおばさんから奪ったら怒られそうだけどね」


「ウッ」


 俺が声をもらすと、殿下はまた「クククッ」と笑う。


 それが『さぁ、どうする?』って聞こえるのはさ、俺だけなんか? マジで?


「俺はブラックドッグ家のアビゲイルお嬢様の初めてのお友達なんです。帰らないとお嬢様が泣きますので許してもらえませんか?」


「フフフッ、ダメだと思ったら今度は泣き落とし? なるほど、ではアビーも一緒に王宮に来たらいいじゃないか?」


「えっ?」


「ブラックドッグ家は子爵になった。伯爵まで上がれば僕と婚約しても問題ないだろ?」


 おいおい、嘘だろ?


 まずい、塞がっている、道という道が行き止まりだ。誰だよ、全ての道がローマに続いているって言ったの? 無理じゃんか……。


「おい! ポチ。ハッキリと『お前にアビーはやらねぇ!』って言ってやれよ」


 そう言ったギルが中庭に出てくると、殿下は「なんでさ」と口をつぼめる。


「アビーは俺が娶るからな」


「「はぁ?」」


「いやいやいや、やらないよ。お前にもやらないからな、ギル」


「なんでだ?」


「『なんでだ?』じゃねぇ!」


 俺がツッコミを入れると、ギルがガシガシと頭をかいた。


「お前なぁ、アビーに王妃がつとまると思うのか?」


「えっ?」


「楽しければなんでも良くて」


「グゥ」


「契約の詠唱も覚えられないアビーに妃教育なんか受けさせたら頭がパンクするぞ」


 ギルがニヤニヤとするので、俺は「いやいやいや」と返す。


「それは言い過ぎだから、アビーだってやる時はやる子だから、たぶん」


「本当か?」


「いや」


「本当に、本当か?」


「グゥ」


 俺がいいあぐねると、ギルは「あいつは」と続ける。


「秘密兵器と呼ばれたまま、終わるタイプだ」


「「そんなことはないだろ?」」


 俺と殿下がハモると、ギルは「なんだよ」と言った。


「最悪、アビーはかわいいからほほえんどきゃなんとかなるだろ?」


「そうだね。かわいいし、笑っておけばいいんじゃない?」


「お前らはアホか? 世の中、笑って済むなら騎士はいらねぇんだよ」


 おぉ、なに? その、警察いらないんだよ的なお言葉?


 俺がそう思っていると、殿下が「だいたいさ」と続く。


「アビーに王妃が無理だからってなんでギルが娶るのさ」


「そりゃあ、かわいいからに決まってるだろ」


「「おい!」」


「お前、ブラックドッグ家に婿入りするつもりか?」


「そうだ」


「いやいや『そうだ』じゃねぇ!」


 俺がツッコミを入れると、ギルは「アビーは1人娘だからな」と笑う。


「婿を取らないと御家が潰れるだろ? しかも俺なら公爵家の三男坊で家は同じ派閥だし、フレディやマギーとも仲がいい、それにお前たちのこともよく知っているからな」


「まぁ、確かにわけのわからない奴らが来るより、ギルの方がマシなのか?」


「ギルにだまされないでよ、ポチ。アビーが王妃になって男子を産めば、フレディとマギーは次期王の祖父と祖母だ。意味わかるよね?」


 殿下がそう詰め寄ってくるので、俺は「はぁ」とため息をついた。


「お前たち2人はとりあえず落ち着け!」


「「うん?」」


「『うん?』じゃねぇ! 俺はただのゴブリンでアビーの従者なんだから、そんな責任重大な選択をするわけないだろ? お前たちは揃いも揃って馬鹿なのか?」


「「えっ?」」


「いやいや、だから『えっ?』じゃないだろって、なんで選ぶと思った? こっちが驚くわ! だいたいな、そんなのはアビーか、旦那様たちが選ぶことだし、お前らにはまだ早いだろうが!」


 俺がそう言うとギルが「くそ、気づかれたか」と呟く。


「マジか? これぞまさに下衆の極み!」


 俺がそうツッコミを入れると、殿下が「なにソレ?」と笑った。

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