伯爵家②
翌日。タイラたちはなんとかごまかしたらしいので、そのままがんばってもらうことにしたのだが、なぜか俺は中庭で伯爵家の騎士たちに囲まれていた。
「ふん、これか?」
「肌の色が違うがゴブリンだな」
「あぁ、間違いない」
「それにしてもゴブリンなんかに生まれてくるなんて、かわいそうな奴だな」
騎士の1人がそう言いながら俺を小突くと、次々にわけのわからないことを言いながら小突いてくる。
いやいや、君たちは鉄の籠手をしているし、痛いからね。そんなこともわからないのかな? これだから脳筋は嫌いなんだよ。
俺がそう思っていると、1人の騎士が俺の顔を覗き込む。
「俺たちが少し遊んでやろうか?」
「いえ、大丈夫です」
俺がことわると「遠慮するな」と、襟を持たれて投げられた。地面に叩きつけられる瞬間に受け身を取ったが背中を打ちつけられて「グフゥ」と声がもれる。
「アニキ!」
タマがそう叫ぶと、騎士たちは「アニキだってよ」と笑う。そして、タマをつかむので、俺は「やめてください」と言いながら立ち上がる。
「おいおい『やめてください』なんて言われて止める奴がいると思うのか?」
「お願いします、その子には手を出さないでください」
「へっ、じゃあ、お前が遊んでくれるのか?」
「はい」
俺がうなずくと1人が殴りかかってきたので、とりあえずそのまま受ける。ビシッと血が飛ぶとタマが「アニキ!」と叫ぶから俺は「大丈夫だから」と答える。
「でも……」
タマが顔を歪めながら言い淀むと、俺を殴ったやつではない騎士が「大丈夫だってよ」と笑い。ほかの騎士たちもゲラゲラと笑い始めた。
「腰が入ってないんだよ、お前は」
「馬鹿やろう、小手調べだ、小手調べ」
とりあえずそこから騎士たちに囲まれたままで繰り返し、殴られて蹴られたが、血が飛ぶたびにタマが「グゥ」と我慢する声が聞こえるだけで、ほかは淡々としたものだった。
なので、騎士の1人が「つまらないな」と笑う。
「おい、そっちのを連れてこい」
「どうするんだ?」
「毛を全部刈り取ってやるよ」
騎士がそう言ってナイフを出したので、俺は「やめてください」と言う。
「だからよ『やめてください』なんて言われて止めるわけないだろ。馬鹿だな、お前」
「まぁ、そう言ってやるなよ、ゴブリンだから仕方ないだろ?」
タマをつかんだ騎士がそう言って笑うので、俺はその騎士の腕をつかんだ。
「てめぇ、やるっての、ギァァァァァァ」
魔法でサポートして握ると、騎士がタマを離したので、俺も離す。すると俺たちを囲んでいた騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「よくもやりやがったな」
「死んで後悔しろ、薄汚いゴブリンが」
「簡単に殺すなよ。こいつの目の前でフォックスの毛を全部刈り取ってやる」
騎士たちがそう言ったので、俺は「はぁ」とため息をついた。
「あんたたちはどこのやられ役のチンピラですか? ヒャッハーのモヒカンですか? それともヒーの覆面ですか?」
俺がそう聞くと、騎士が「なんだと!」と怒ってから「なに言ってんだ?」と首をかしげるので、俺は「こういうのって不思議と、意味はわからなくても馬鹿にされているのはわかるんだよね」と呟いて頭をポリポリとかいた。
「言われた通りに端っこで大人しくしてたのに、なんでこうなるんだ。まったく」
「アニキ」
「タマのせいじゃないから気にしなくていい。こいつらは死んで当然のクズだから」
「でも……」
言い淀むタマの頭をなでてやる。
「まぁ、一応は殺さない程度に相手をしてやってくれる?」
「いいの?」
「いいよ」
俺が笑うと「なめやがって!」と両手を振り上げて斬りかかってきた騎士の鉄の胴当てをガゴッと殴ると、胴当てが拳の形にへこんで騎士はその場に崩れ落ちる。
「イタタタ」
俺が手を振りながらそう言うと、タマが「大丈夫っすか? アニキ」と聞いてきた。
「いや、ダメ。鉄の胴当て殴るとめっちゃ痛い」
「そりゃあ、そうっすよ」
タマが苦笑いを浮かべると「お前たちはなにをしている?」と言いながら中庭にほかの騎士より高価そうな鎧を身につけた騎士が入ってきた。
上司かな?
俺が騎士たちの隙間からその騎士を見ると、その騎士はキビキビと歩いて俺たちのところまで来た。
「これは、これは、ランス殿。伯爵のお屋敷に薄汚いゴブリンがいたので取り調べていたのだ」
「そうか、だがそのゴブリンは殿下の客人だったはずだぞ。伯爵家の騎士が薄汚いゴブリンと言っていたと殿下に伝えておこうか?」
「いや、どうやら我らの誤解であったとわかって、取り調べをやめようとしていたところなのだ」
「なるほど」
ランスが何度かうなずいて、俺を見下ろす。
「それで間違いないか?」
はいはい、俺は端っこで大人しくしてないとダメだからね。ここは『そうでゲスぜぇ、ヘッヘッヘ』ともみ手をしながら笑っておこう。
「はい、事情を聞かれておりました」
俺の言葉にランスが「そうか」とうなずくと、取り調べをおこなっていたと言った騎士が倒れた。
うん?
「ギァァァァァァ」
騎士が地面に転がると、ランスは「どうした?」と首をかしげる。そして、のたうち回る騎士を蹴った。
「これがお前たちの言う取り調べなのだろう? 答えてみよ。なにをしていた? 殿下の客人に手を出したのだ、正直に話さぬと死ぬことになるぞ」
「グァァァァァァ」
ランスがガシガシと何度も騎士を踏みつけると、もう1人の騎士が「やめ」と言った瞬間に斬られた。
マジかよ!
今度は見えたけど、速い。
騎士たちが後ろに飛び退いた瞬間に「遅い」とランスが言うと数人の騎士が斬られていた。
そして、ランスは「ほぉ」と言いながら俺を見る。
まずいね。とっさに近くにいた騎士をかばってしまったけど、これはダメだったんじゃないか?
「いなしたのか?」
「いや、たまたまシミターに当たっただけですよ。運が良かった」
俺が笑ってみせると、ランスが連撃を繰り出して、全ての騎士が倒れた。
「こいつらは運が悪いみたいだ。まぁ、日頃のおこないが悪いのだろう」
嘘だろ? 速すぎる。
「アニキ……」
「タマ、動くな」
キラッと光った瞬間に、ギィィィィィと金属が擦れた。
この速さで重いのかよ。とっさに後ろに大きく跳んで飛ばされたふりをした。
地面をバウンドしながら転がる。
「イタタタ」
「ふん、芝居はよせ」
「いえ、もう動けません。まいりました」
俺がそう答えると、倒れていた騎士の1人が「所詮はゴブリン」と言った。
いやいや、馬鹿なのか?
やっぱり「ギァァァァァァ」と声が聞こえる。
「立て、ゴブリン」
「いやいや、もう立てませんって」
「お前が立たないと言うなら、この馬鹿どもは全部殺す。おどしではないぞ」
ランスの低い声が響いたので、俺は仕方なく立ち上がって頭をかいた。
「アニキ」
「タマは少し離れてて」
「でも……」
「大丈夫だから」
俺がうなずくとタマは躊躇ってから少し下がった。
「ふん、やはり芝居か、なぜ実力を隠す?」
「いやいや、買い被りすぎですよ。たまたま急所を外れていただけですって」
「たまたま」
ランスはそう言うと、なんとか立ち上がった騎士の1人を斬りつけた。
「こいつはたまたま急所に入ったようだぞ」
「あんた正気かよ。下手したら死ぬぞ、そいつ」
「ふん、集団で少数を囲んで抵抗しないのをいいことに暴力を振るう輩など騎士の恥晒しだ、すべて死ねばいい」
「おいおい」
俺は苦笑いを浮かべた。
「だから、ちょっと取り調べを受けてただけだって」
「そんな嘘を誰が信じると言うのだ」
ランスは首を振ると、剣を天に捧げるように両手を胸の前で合わせた。
「騎士たる者、博愛の心を持ち、主君に忠誠を尽くし、常に品格を保ち、正義の名の下に力をふるい、真実を語らねばならない。だとするならば、この者たちは騎士にあらず、誉高い王国の名を貶める愚か者どもは私が断罪してくれよう」
「随分とヤバい奴が来たな。まったく」
俺は「はぁ」と息を吐く。
「あのさ、騎士だって人族なんだからさ、ちょっと博愛を忘れることだってあるし、品格なんて保ち続けたら疲れちゃうし、正義なんてのは見る側によって違うし、たまには嘘だってつくさ。それが『ひとぞくだもの』ってえらい人が言ってたよ」
「それは騎士にあらず。騎士は危険を顧みない勇気を持ち、人に恥じることのない良い振る舞いを行い、いかなる小さな不正も許さず、その名誉をもって民から愛され尊敬される存在でなければならない」
「いやいやいや、そんなのもはや人族じゃないから」
俺は騎士たちを見た。
「確かに俺もいじめは嫌いだし、こいつらは死ぬばいいと思うけどさ、だからって本当にすべて殺すってのはやり過ぎだろ?」
「仲間の不正を見て見ぬ振りをして許せば、それは私もこいつらと同類ということだ。罪を犯せば断罪される。それが騎士だ」
ランスがそう言うので、俺は「じゃあ」と言った。
「俺に対してのあんたの暴力はなに?」
「お前も嘘をついているだろ?」
「おいおい、マジか? お前はマジもんの馬鹿だな」
「なっ、なんだと!」
「名誉を傷つけられて怒ってんの?」
俺は首をかしげて「ふざけんな!」と言う。
「なにが騎士だ。偉そうなことを言って罪を犯した者はすべて断罪? お前はなに様だよ。正義ヅラしている分、お前の方が悪質だよ。まったく」
「私を愚弄するつもりか?」
「あぁ、いくらでも愚弄してやるよ」
俺はそう言ったあとで、シミターを構えた。
「誰かのためだろうとなんだろうと、暴力は暴力なんだ! それをわかった上で、苦悩しながら悪に立ち向かい鉄槌を下すのがヒーローだろうが、それもわからずに正義の名の下に一方的に暴力を振るうお前は騎士なんかじゃない」
ランスは「そうか」とうなずくと「では、正義の名の下に死ね」と言った。




