伯爵家①
伯爵領に入ると、俺たちはオーティス商会の荷馬車に乗せてもらった。
「おい、ポチたちは森に行かないのか?」
「行かないよ」
「なぜだ?」
「相手は旦那様が怒らせている上位貴族だし、勝手に森で遊んでたらへんなイチャモンとかつけられそうだもん」
「おい!」
「うん?」
「あのな、絶対に本人には言うなよ」
ギルがそう言うので、俺は「なにを?」と聞き返す。
「『へんなイチャモンつけられそう』とか、絶対に言うな」
「わかってるよ」
「本当か?」
「うん」
俺がうなずくと、ギルは「いや、心配になってきた」と呟いて「絶対に、絶対だからな」と念を押す。
「だからわかったって」
俺はそう答えてから「うん?」と首をかしげた。
「もしかして、ギル。それってば、フリ?」
「『フリ』ってなんだ」
「えっと『押すなよ、押すなよ、絶対に押すなよ』って言って本当は押して欲しい例のアレだよ」
「いや、なんだよ。ソレ?」
「だから『やめろよ、やめろよ、絶対にやるなよ』って言って本当はやってほしいアレだってば」
「いやいやいや、なんだソレ? ダメだって言ったらダメだろ? なんでやって欲しいのにダメって言うんだ? 意味わかんないし」
ギルは首をかしげて、ハッとなった。
「いや、俺のはその『フリ』じゃねぇからな。絶対に伯爵に『イチャモンつけられそう』とか言うな。わかったな」
「うん」
「ダメなものはダメだからな」
「わかったよ『ならぬことはならぬものです』だね」
俺が言うとギルは「なんだソレ?」と聞く。
「いやいや『什の掟』でしょ? 流行ったじゃん」
「いや、知らねぇし、ゴブリンの掟か?」
「あぁ、そうか。まぁ、そんなところ」
俺がうなずくとギルは目を細めた。
「まぁ、なんでもいいがとりあえず喧嘩を売るな、そして、喧嘩を買うな、端っこで大人しくしているんだぞ」
「うん、任せといて」
俺が首肯すると、ギルは「心配だなぁ」と頭をかいた。
伯爵家の屋敷について、ギルと旦那様が挨拶に行くと、俺たちは暇になった。もちろん従者の人たちやオーティス商会の職員たちは働いているけどね。
とりあえず、待っているように言われた中庭で大人しくしていたら、タイガーに飛びつかれた。
地面に押さえつけられて「グルル」と牙を剥き出したタイガーの顔が目の前にある。
「アニキ!」
タマが叫んだので、俺は「イタタタ」と言いながら、タマを手で止める。
「ふん、やはり進化してもゴブリンなど大したことないな」
そう言った男の人が中庭に入ってくると、旦那様が「やはりタイガーはすごいですね」と言う。
「ふん、ゴブリンなんぞと一緒にされては困る」
男の人はそう答えてから「タイラ、かわいそうだから離してやれ」と言った。
「弱い者いじめは好きでないからな」
「ありがとうございます。フォレスト伯爵」
旦那様が頭を下げると、俺はタイガーから解放されたので立ち上がった。
「どうだゴブリン、タイラはCランクのトウゴツだ。速くてなにをされたのかわからなかったであろう?」
「はい、あっという間に取り押さえられていたので、驚きました。さすがはトウゴツですね」
「ふん、わかればいいのだ。それによく弁えているようだな。なるほど、弱者としての立ち回りかたを理解しているというわけか」
伯爵が満足して「よいよい」とうなずきながら屋敷に戻っていくと、トウゴツが再び「グルル」と牙を剥くので、俺は「はぁ」とため息をつく。
「アニキ?!」
タマが言った瞬間に再び飛びかかってきたトウゴツを避けて、その頭を上からつかむと地面に押し付けた。
「おい! 調子に乗らないでくれる?」
「キャイン」
「鳴くなって、なにも取って食おうって話じゃないんだ。仲良くしようよ」
俺が笑うとトウゴツは俺の顔を見上げながらブルブルと震え始めた。
「お前の主人が偉い人でよかったね」
「すみません」
「うん?」
「すみません。主人の命に従っただけですので」
「そう? いなくなってから襲ってきたのに?」
俺が聞くと「本当にすみません」と謝ったので、とりあえず離してやる。
するとほかの2匹がタマとジローに飛びかかった。
「やめろ! ジロー!」
「フガ?」
タマはサラリと避けたのだが、もう1匹にジローの後ろ蹴りが綺麗に入った。
グゴッとへんな音がして、飛んでいったトウゴツは地面に何度も跳ねながら転がって止まる。
「えっと、お前らは馬鹿なのか?」
俺がトウゴツたちに聞く。
「俺たちが手加減していることもわからないのか?」
「なぜだ。我らもお前らと同じCランク、しかもお前らより上位の種族だぞ」
「あのな、お前らみたいに餌をもらって進化した温室育ちが、俺たちみたいに森で育った魔物に勝てるわけないだろ?」
「「えっ?」」
「お前はさ、命狙われたことある? 襲われるのが怖くて寝れない夜は? 獲物が獲れなくてひもじい思いをしたことがあるのか?」
俺が聞くとトウゴツたちは「いや、ない」と言った。
「悪いけどさ、俺たちが進化まえでもお前らには負ける気しないよ。こっちは何度も死にそうになってんの、ぬくぬく過ごしてきた奴とは違うの? わかった?」
「はい、すみません」
トウゴツたちが頭を下げたので、とりあえず地面に転がっているトウゴツのところまできた。
「生きてる?」
「ダメっすね」
「やっぱり?」
「はいっす」
タマがうなだれるので、俺は頭をかいた。するとジローが「アニキ、ごめん」と言うので、俺は「いや、ジローのせいじゃないから気にするな」とその頭をなでる。
「身のほどを知らずに襲ってくる奴らが悪いからな」
俺はそう続けてタイラを見た。
「タイラ、これ、どうする?」
「どっ、どうすると言われましてもわからないです」
「えっと、今まで死んだ奴はどうしてたの?」
「墓があります」
「「墓?!」」
俺とタマがシンクロして、俺が「マジかよ」と笑う。
「お前たちは何匹いるの? 1匹いなくてもバレない?」
「いや、10匹いますが、毎日名前を呼ばれながら餌をもらうのでバレると思います」
「おいおい、マジか、どうしよう……」
俺はもう一度、倒れているトウゴツを見た。
「うん、勇ましく森に向かって帰らないことにしようか?」
「えっと……それは捨てて来るってことですか?」
「いやいや、それはさすがにかわいそうだから、魔石は食べて庭の隅に埋めてあげようよ」
「「えっ?」」
タイラともう1匹が引くので、俺は「いやいや、引いてるけどさ、もったいないし、襲ってきたお前らが悪いんだからね」と苦笑いを浮かべた。
「というか、これを素直に話したら伯爵は怒るよね?」
「たぶん怒ると思います」
「お前たち愛されてそうだもんねぇ」
「はい」
「いやいや『はい』じゃねぇよ! 襲われた俺たちが返り討ちにしたら怒られるとか意味わかんないけど、そうなるよなぁ」
俺は頭を抱えてから「はぁ」とため息をつく。
「だけどさ、俺たちに負けたと知られたらお前たちもまずいんじゃないの?」
俺が聞くとタイラはカッと目を見開いて「たぶん」と小さくうなずく。
「もう仕方ないからかわいそうだけど埋めて、お互いのために今回のことはなかったことにするしかないな」
「そうですね」
タイラがうなずくともう1匹もうなずく。
「よし、やろう」
仕方がないので、トウゴツは魔石を抜いて食べてから庭の隅に埋めた。彼は勇敢にも主人を困らせるアンデッドたちを倒すために森に向かったことにした。
あとはシラを切るしかないよね。




